ichigoWAR-12  - takaci 様






「こうして向き合って映画の話をしていると、なんか映研の合宿を思い出すね」


「合宿は3年間、毎年やってたよなあ。1年目はさつきが倒れてほぼパーになって、2年と3年は天地の別荘借りて撮ったっけ。いろいろあったよなあ」


「本当に、いろいろあったよね・・・」


地方のとある旅館のロビー。


淳平と綾は旅館の浴衣に身を包み、柔らかいソファに腰掛けて微妙な表情を浮かべていた。


「まあそれはさて置き・・・原作者の視点から見たロケ地としてのここの感じはどう?幸い主演の二人も来てくれたからイメージ掴みやすかったと思うけど」


「悪くないと思うよ。あたしが架空で書いた町に近い感じがする。あとは真中くんがどんな形で具現化するのを期待するだけかも」


「まだ主演が決まっただけで他の役者は正式には決まってないし、脚本もこれからだ。全体像が掴めるのはもう少し先だな」


「これからが大変なんだよね?」


「確かに大変だけど、またそれが楽しくもあるんだよなあ。イメージが少しずつ形になってくのがさ!」


「ねえ脚本だけど、本気であたしが書いてみたいなあって思ってるけど、やっぱりダメ?」


綾は真剣な眼差しを淳平に向けた。


「俺も正直、東城の脚本で撮ってみたいとは思う。けどそっちのスケジュール大丈夫?本業の合間に脚本書く時間空けられるの?」


「もうすぐ小説の連載が1本終わるし、そのあとは暇になるから平気だよ。それにこの原作は高校時代に映画用に考えたものが土台になってるから脚本化も難しくないはずだよ」


「そういう理由なら、製作サイドに掛け合ってみるよ。でも原作者が脚本まで手がけるなんて珍しい話になるなあ」


「あれ、真中くん知らないんだね。こういうケースそんなに珍しくないんだよ」


「え、そうなの?」


素直に驚く淳平。


「原作者が別の名前で脚本書いてるのは少なくないよ。小説家と脚本家のふたつの名前持ってる人は珍しくないんだよ」


「それは今初めて聞いて知ったよ。角倉さんからもそんな話は聞かなかったからなあ」


「上手く行けば、真中くん初監督作品が、あたしの初脚本作品になるかもね。あ、あたしの小説の映画化も初だよね!」


「なんか最近東城には世話になりっぱなしだなあ。2時間ドラマ監督の話も東城がきっかけだし、この映画の監督だって東城が推してくれたもんだからなあ」


「真中くん、あたしはきっかけに過ぎないの。いくらあたしが強く推しても、真中くんに力が無ければ周りは認めない。だからこの映画の監督は、真中くんの実力で掴み取ったんだよ」


「東城・・・」


「それにあたしだって、真中くんが背中を押してくれたから字書きになれた。真中くんが居なかったら今のあたしは無いよ。だからお合い子だよね!」


綾は屈託の無い笑顔を見せた。


「まあ、東城がそう言ってくれるなら・・・これからも持ちつ持たれつで行くとするか!」


「そうそう!お互い夢は大きいんだからね!」


「あの夢は叶うかなあ・・・でも不思議と東城と一緒なら叶いそうな気もするんだよなあ。はははっ!」


「あたしも真中くんと一緒なら叶いそうな気がする。でも他の人が聞いたらすごい野心家と思われるかも。ふふっ!」


大人の笑顔に包まれる二人。





「あの〜すみません・・・」


その場に少女の声が割って入った。





「あれ、あなた達は確か・・・」


綾の目には以前、泉坂高校で出会った男女ふたりの生徒の姿が映っていた。


ただ服装はあのときの制服姿ではなく、綾と同じくこの旅館の浴衣を身に付けている。


「泉坂高校文芸部の東山美奈です。あの時は貴重はお話を聞かせて頂いてありがとうございました」


「な、中山平一です。お久しぶりです」


美奈達は丁寧に頭を下げた。


「ううん、話をしたのは角倉さんであたしは何もしてないから。ところであなた達は旅行かなにかでここに?」


「はい。中山くんの友達と一緒に8人でここに泊まってます。東城先輩と真中先輩は、お仕事ですか?」


「うん。今度あたしが書いた小説を真中くんが監督で映画化するんだ。その下見でここに来てるの」


「あ、じゃあ昼に防波堤で見た俳優さんたちはその映画に出る人ですか?」


平一は友人達に海へ放り込まれる直前に見た光景を思い出す。


その言葉で淳平の表情がやや硬くなる。


「ああ君たち見てたんだ。でもお願い、このことあまり言わないで。公式発表まだだから一応オフレコってことで」


「あ、はい分かりました」


淳平の言葉に対し素直に頷く平一だった。





「でもたくさんの友達と旅行って楽しいよね」


綾は笑顔でふたりに尋ねる。


「あ、ハイ楽しいです。俺ってみんなと過ごす夏の海がこんなに楽しいとは思いませんでした!」


それに平一が笑顔で答えた。


「オイオイ、本音じゃ彼女とふたりっきりのほうが楽しいんじゃないのか?」


その言葉に対し、笑顔でからかう淳平。


そして平一と美奈はいつものように慌てた。


「ち、違いますよ!俺と東山はそんな関係じゃ・・・」


「そ、そうです!あたしと中山くんは付き合ってるわけじゃなくって・・・」


お互い顔を真っ赤にして、微笑ましい光景を見せる。


「ああそうなんだゴメンゴメン。じゃあどちらか、それともふたりとも他の誰かと付き合ってるとか?」


「「あ、いえそんなことは・・・」」


淳平の問いかけに対し、揃って答える平一と美奈。


「じゃあこの旅行をきっかけに付き合っちゃうのもありかもな。俺の余計なおせっかいかもしれないけど、結構お似合いに見えるよ」


「そうだね。ふたりとも決まった人が居ないなら、この旅行で恋が芽生えるってのもいいかもね!」


淳平と綾は笑顔で後輩の少年少女をけしかける。


「え、えと・・・俺・・・」


「あ、あの・・・あたしは・・・」


またまた揃ってどもる平一と美奈のふたりだった。





このような微笑ましい空気が流れるロビーに、


「そんなことはありません!!」


この空気を切り裂く可愛らしくも凛々しい声が響いた。


「「「「ん?」」」」


4人揃ってその声のもとに目を送る。


そこには、4人と同じくこの旅館の浴衣を身にまとい、ややむすっとした表情のひとみが立っていた。


「あ、ひとみちゃんも来てたんだあ」


ひとみと面識のある淳平は素直に驚いた。


「あれ、真中くん知ってるの?」


「ああ、つかさのケーキ屋のそばにある花屋でバイトしてる女の子で、大西ひとみちゃんって言って、彼女の俺達の後輩だよ」


「へえそうなんだ。はじめまして大西さん」


するとひとみは綾の挨拶を無視し、平一の右腕をぎゅっと掴んだ。


「あたしは平一くんの恋人候補なんです!この旅行で絶対に平一くんのハートを掴んで見せるんだからねっ!」


周りに高らかに宣言して、存在をアピールするひとみ。


その光景に平一も含め、回りはみな圧倒されていたが、


「君って大変だなあ。まあ頑張れよ」


淳平が平一にエールを送る。





その言葉にひとみが敏感に反応した。


「ちょっと真中さん、その『頑張れよ』ってもちろん、あたしとですよねっ?」


「いや、まあ、その・・・それも含めて、ね・・・」


言葉を濁す淳平。


「それより真中さん!こんな所でおおっぴらに浮気してないでください!あたし西野さんになんて言えばいいんですかあ?」


淳平の綾の姿を見て、本気で怒るひとみ。


「ええっ、う、浮気っすか?」


平一も慌てる。


だが淳平は冷静に対処した。


「ちょっとちょっと、俺と東城はあくまで仕事でここにいるの。つかさがいるのに浮気なんて絶対に出来ないって」


「でもなんか仲よさそうに見えますよ。西野さんが見たら絶対に誤解しそうな・・・」


「つかさも俺が今日東城と一緒なのは知ってるよ。あとお願いだからひとみちゃんから誤解を招くようなヘンなこと言わないでね。あいつぐずるとマジ大変だから・・・・」


そこで淳平はふうっと大きくため息をついた。


それを見た綾は、


「西野さんってそんなにやきもち焼くの?」


「普段はこっちが恥ずかしくなるほどべったりなんだけど、ぐずるともう大変。一晩かけてなだめすかして落ち着かせて・・・翌日の仕事はマジ堪える・・・」


「真中くんの態度になんか問題あるんじゃないの?西野さんて本来は落ち着いた頭の良い人だからそんなに慌てないはずだよ」


「普段はね。でも俺の前で恋愛モードに入ると人が変わる。あの異様な甘え方は何とかして欲しいよなあ・・・」


その言葉でひとみの脳裏に鶴屋の前でのつかさの『甘えんぼ駄々っ子モード』が浮かび上がる


「あ、そういえばあの時もすっごく甘えてましたね。あたしとても羨ましく見えたんだけどなあ」


「傍目からはそう見えるかもしれないけど、当人は結構辛いんだよ・・・」


そう語り、真剣に悩む淳平。


「でも、今後お仕事にまで影響が出てきたら少し考えなきゃいけないかもね。西野さんに態度を改めてもらうとか・・・」


綾は表情をやや硬くしてそう話す。


「もう少し俺を信用して欲しいよね。あ、そろそろチェックの電話が入る頃じゃ・・・」


と、淳平が言ったとたんに、


「♪〜〜♪♪〜♪〜」


淳平の浴衣の中から、携帯の着信音がなった。


「「「「えっ?」」」」


さすがに驚くほかの4人。


そして淳平は携帯を取り出し、


「ほら、噂をすれば・・・つかさからだ」


サブディスプレイの名前を確認すると、携帯を開いて通話ボタンを押した。


「は〜い。お疲れ〜。今?旅館でまったりしてるところ。ちょうどみんなでつかさの話をしてた所だよ」


誰かが携帯で話し始めると、不思議と周りは静かになるものである。


他の4人は淳平とつかさの話に自然と耳を傾ける。


「みんなって?実はひとみちゃんとその友達が偶然同じ旅館に泊まってるんだ・・・ああ友達で旅行みたいで・・・あと東城もいるよ」


「・・・帰ったらチェックって・・・はいはい。そっちは?・・・そう。鶴屋も明日から少し忙しくなるんだろ?今日はゆっくり休めよ」


「・・・え?ひとみちゃんに?・・・わかった。ちょっと待ってて・・・」


すると淳平は通話状態のままの携帯をひとみに差し出した。


「つかさがひとみちゃんにお願いがあるってさ」


「ええ〜っ!西野さんがあたしに!?」


ひとみは目を輝かせながら、淳平の携帯を受け取る。


「もしもし・・・あ、ひとみです。お疲れ様で〜す・・・ハイ偶然友達と旅行で一緒になって、あたしもびっくりです!」


ロビーにひとみの元気いっぱいの声が響く。





「ねえ、あの子にお願いってなんなのかな?」


綾が淳平に尋ねた。


「さあ。でもたぶん、監視役でも頼むんじゃない?」


「ふうん、西野さんってそこまで心配性なんだね・・・でもそれだけ淳平くんを想ってるってことなのかもね」


そう呟きながら、手元のポーチから小さなデジカメを取り出した。


「あれ、カメラなんか何に使うんですか?」


美奈が綾に尋ねる。


「この雰囲気楽しそうだから、あたしのブログに載せようと思ってね。みんな写真撮ってもいいかな?」


「あ、ハイ!あたし東城先輩のブログに載るなんて光栄です!」


「お、俺もOKです。今度から先輩のブログチェックしますんで!」


笑顔で答える美奈と平一。


「ふふ、ありがと」





そして、


「え?真中先輩の監視ですか?ハイ分かりました!」


淳平の予想通り、つかさはひとみに淳平の浮気監視員を依頼していた。


「やっぱり・・・もうどうでもいいや〜」


ぐったりとうなだれて、ソファに身体を投げ出す淳平。


「ハイ!私大西ひとみはこれから真中先輩の浮気監視を努めるであります!」


そんな淳平に対し、左手に携帯を持ちながら右手で敬礼をするひとみ。


「あ、チャンス」


その光景を綾はデジカメに収めた。





ぐったりとうなだれる淳平に対し敬礼をするひとみ。


その写真と共に、このロビーでの出来事が今夜の綾のブログに更新されていた。





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