regret-73 takaci様
秀一郎は苦しい受験勉強から解放された。
入試は無事終了。
手応えはあり、なんとか合格した。
そして沙織も合格。
「佐伯くん、とりあえずまた4年間よろしくね」
「ああ、こちらこそよろしく」
「佐伯くんは7年在籍することになるんだよね。大学院卒業しないと司法試験受けられないもんね」
「そうなるな。桐山はどうする?」
「まだそこまでは決めてない。でもやってみてもいいかなとは思ってる」
「真剣に目指すなら早いとこ決めたほうがいいぞ」
「そうだね。でもいまは大学生活を楽しむことを考えたいかな」
「ま、それもそうだな」
笑顔に包まれるふたりだった。
もう学校は自由登校になっており、卒業式を迎えるだけ。
秀一郎はバイトに励んでいた。
これで目標としていた弁護士への道に近づいた。
だが、司法試験は大学受験ほど簡単にクリアー出来るようなハードルの高さではない。
バイトも勉強の一環である。
そんな秀一郎に所長の峰岸が相談を持ち掛けた。
「バイトをもうひとり、助手ですか?」
「ああ。もうひとり女性の弁護士を雇い入れることになったんで、その助手だ。出来れば法律関係志望の学生の女の子がいいな。心当たりないかな?」
真っ先に沙織の顔が思い浮かんだ。
「一緒に勉強して、同じ学課に受かった女の子がいます。俺より頭いいから充分戦力になるとは思いますけど、本人はまだ将来の道を決めてないんです」
「そうか、試しにその子に聞いてみてくれないかな?ちなみにその子、いまバイトは?」
秀一郎は沙織について簡単に説明した。
「そうか。たぶん今の雑貨屋よりウチのほうがいい時給になるよ。あ、あと佐伯くんの時給も4月から上げるから。大学生になったからね」
「あ、ありがとうございます」
秀一郎はその日の夜、早速沙織に電話した。
『あたしが弁護士の助手?そんな仕事出来るかなあ?』
「助手ってもたいしたことないよ。公判前はさすがに忙しいけど、俺でも出来てるんだから、桐山なら大丈夫だって」
『そうかなあ?』
沙織は自信なさ気な声を出す。
「いまバイトしてる雑貨屋より近いし、時給だってずっとよくなるはずだ。悪い話じゃないと思うぞ。とりあえず面接受けてみろよ」
『うん、ありがとう。正直時給がいいのは魅力かな。受けてみるよ』
最後は弾んだ声を出した。
3月上旬。
泉坂高校は卒業式を迎えた。
「なんか、あっという間の3年間だったな」
「佐伯と桐山はいいよな。勝ち組の人生が待ってるんだからな」
隣で皮肉る正弘。
正弘は受験に失敗し、浪人が決まっている。
「なに言ってんだよ。1年や2年の浪人くらいたいした影響ないだろ。それよりランク落とした大学行くほうがデメリット大きいんじゃないか?」
「でも俺じゃどんなに頑張っても佐伯のレベルは無理だ。公立の大学の法学部で、しかも大学院まで行くんだろ?」
「ああ、まだ7年も学生生活だ。社会人になるにはまだ当分かかるな」
ふうとため息をつく秀一郎。
「なんだよお前、社会人になりたいのか?」
意外な声を出す正弘。
「まあ、ちょっと思うとこがあってな」
高い空を見上げた。
式と最後のホームルームが終わると、里津子に呼ばれた。
「なんだよ用事って?」
「あーよかったよかった。全部ボタン付いてるね」
「ボタン?」
そして里津子に引っ張られて中庭へ。
かなりの数の女子が集まっている。
里津子はマイクを受け取ると、仮設のステージに秀一郎を連れて上がった。
女子たちのボルテージが上がる。
『さあみんなお待たせ!これからミスター泉坂、佐伯秀一郎のボタン抽選会始めるよー!』
黄色い歓声が上がった。
「おいなんだよ御崎、俺はなにも聞いてないぞ?」
「佐伯くんのファン多いんだから、こうでもしないとトラブルになるかもしれないよ。だから協力して」
と里津子に押し切られ、制服のボタン全て提供することになった。
その後も写真撮影に付き合わされた。
解放されて校門前に行くと、奈緒がいた。
「ちょっと秀、ボタンどうしたのよ?」
「文句があるなら御崎に言ってくれ」
と、隣の里津子を指差す。
里津子が秀一郎のボタン争奪イベントのことを話すと、
「ちょっとりっちゃん、勝手なことしないでよ。あたし秀のボタン貰うつもりだったんだよ!」
奈緒は怒った。
「奈緒ちゃんは佐伯くんそのものを持ってるんだからそれくらい気にしちゃダメだよ」
「それとこれとは話が・・・」
「奈緒ちゃんと真緒ちゃんと沙織は佐伯くんとの絆が深いからボタンはなし。独占禁止法発動ってことで納得して」
「もうっ!」
里津子に押し切られて腹を立てる奈緒だった。
そこに真緒と沙織もやって来た。
ふたりとも目が赤くなっている。
「りっちゃん、3年間ホントにありがとう。元気でね」
「センパイ、御崎先輩、卒業おめでとうございます」
さらに泣き出すふたり。
「ほらほら、そんなに泣かないで。沙織もちゃんと佐伯くん捕まえときなさいよ」
「ちょっとりっちゃん、なに言ってんのよ?」
それを聞き逃す奈緒ではなかった。
「まあ奈緒ちゃんが腹立つのはわかるよ。でも佐伯くんにとって沙織がただの友達だけだって言い切れる?」
「それは・・・」
返答に詰まった。
「もう強がらずに認めちゃいなよ。強情張ってると捨てられるかもしれないよ。まあ佐伯くんも簡単に奈緒ちゃんを捨てたりはしないだろうけど、佐伯くんには奈緒ちゃん意外の選択肢があるんだからね」
奈緒はしばらく黙り込み、
「桐山さん、あなたってホントに狡猾で賢い女だよね。絶対に隙は作らないつもりだったし、マークもしてた。けど気がついたら秀と深い絆を結んでた。ここまでやるとは思わなかったよ」
沙織に交戦的な目を向ける。
「まあ、我ながら嫌な女だと感じてるよ。でもなりふり構ってられなかった。それにいろんな人が応援してくれたし」
「桐山さんはあたしと秀が付き合ってるの嫌じゃないの?」
「あまり気にならない。佐伯くんの余裕があるとき、あたしで出来ることがあれば支えたい。あと少しだけあたしを見てくれればそれで満足。それが本音だよ」
笑顔を見せる沙織。
「秀から桐山さんを切ることはないし、切れない。そういう状況に持ち込んだのは認める。気に入らないけどね」
「あくまで結果論だよ。たまたまいろんな偶然が重なっただけ。でもだからって佐伯くんが奈緒ちゃんを切ることもないと思うよ。ふたりの絆はとても強いから」
「あたしと争う気はないってこと?」
「そんな争いはなにも生まないし、佐伯くんの負担になるだけ。それは避けたいね」
「わかった。じゃあ桐山さん、とりあえず休戦しよ。あたしも秀と桐山さんの関係認めるよ。その代わり、ふたつの条件がある」
「なに?」
「ひとつは秀のガード。恋人の自覚持って、他の女が近寄らないようにして」
「わかった」
「それと、今から秀にコクって」
「えっ?」
「まだちゃんとコクってないんでしょ。そんなんで付き合われるのは嫌。断られることはないんだから、ほらさっさと!」
奈緒に急かされた沙織は少し戸惑い顔で秀一郎と向き合った。
「えっと、その・・・佐伯くん、あたしはあなたが・・・好きです。だからこれからも、よろしくお願いします」
「桐山、ホントに俺なんかでいいのか?本カノがいる男でいいのか?」
「だからあたしは気にしない。あたしは2番でいい。1番は奈緒ちゃん。それで充分だから」
沙織は頬を朱に染め、幸せそうな笑みを見せる。
「桐山がそれでよくて、奈緒も納得してくれるなら、俺も腹くくるよ。こんな俺でよければ、こちらこそよろしくな」
秀一郎は複雑な笑みを見せる。
「ヨッシャ!じゃ記念写真撮るよ!」
里津子が張り切り、秀一郎と沙織をくっつけて写真を撮った。
さらにみんな集まって集合写真。
秀一郎の右隣に奈緒、左隣に沙織。
ふたりの恋人に囲まれた秀一郎は少し息苦しかった。
その日の夜、真緒に誘われた。
いつものように真緒を抱く。
そして、
「センパイ、勝手だと思いますけど、あたし今日でセンパイから卒業します」
「えっ?」
「あたし、センパイにすごく支えてもらいました。だからもう大丈夫です。これからは前向きに、ちゃんとした恋愛が出来るように頑張ります」
「そっか、俺は別に構わんよ。頑張ってね」
真緒の頭を撫でる秀一郎。
「センパイも頑張ってくださいね。奈緒と桐山先輩、ふたりの相手って大変だと思いますけど」
「まあ、なんとかするよ。奈緒も桐山もお互いのことを認めたから、影でこそこそバレないようにすることないしな。真緒ちゃんも俺みたいないい加減な男じゃない、ちゃんと誠実な男見つけなよ」
「うーん、それでもセンパイはあたしの理想の男性です。でも奈緒と桐山先輩のふたりと付き合うなら諦められます。あたしにはちょっと入り込めませんから」
「そっか、ゴメンな」
「気にしないでください。あと奈緒が困らせるようなこと言い出したらいつでも言ってください。あたしで出来ることはしますので」
真緒は屈託のない笑みを見せる。
それが秀一郎の心を軽くした。
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