regret-74(Fin) takaci様

4月。





秀一郎は大学生になった。





そして沙織が同じ弁護士事務所でバイトを始めた。





必然的に一緒にいる時間が長くなる。





それとともに桐山沙織という女性の新たな一面も見えてきた。





「沙織って少し天然入ってるな」





「そう?」





「仕事見てるとそんな感じする。しっかりした女の子だとばかり思ってたけど、少しボケてる時があるな」





「それで天然って言われるのはショックかも。秀一郎が完璧過ぎるんだよ。全然ミスしないんだから」





お互い下の名前で呼ぶようになった。





ふたりの絆は日増しに深まっていった。











バイトが終わり、ふたり一緒に帰る。





そこで、





「よっ、佐伯くんに沙織ちゃん」





淳平が声をかけてきた。





「あ、真中先輩、お疲れ様です」





頭を下げる秀一郎。





「綾から聞いたよ。沙織ちゃんおめでとう。よくやったね」





「ありがとうございます。ホントに綾先輩のおかげです」





「えっ?」





秀一郎は意味がわからない。





「佐伯くん、実は君と沙織ちゃんが付き合えるように、綾がサポートしてたんだよ」





「ええっ?」





淳平の言葉に驚く。





「理想は佐伯くんが奈緒ちゃんと別れて、ちゃんと沙織ちゃんと付き合うようにするのが目的だったけど、奈緒ちゃんとの絆が思ってたよりずっと深かったからこんな変な形になったけどな」





苦笑いを浮かべる淳平。





「御崎や菅野が動いてたことは聞きましたけど、東城先輩までもですか」





少し呆れる。





「でも奈緒ちゃんって強いね。自分の彼氏が他の女の子と付き合うの認めるなんてなかなか出来ることじゃない」





「俺は奈緒にフラれると思ってたんですけどね」





「だから奈緒ちゃんからは絶対に切らないって。ホント心の底から秀一郎を想ってるもん」





「まあ、うれしいには違いないけど、正直複雑だな。その想いにちゃんと応えてない気がするからな」





「でも女の子同士がお互いを認め合って共有出来れば負担は軽いよ。俺はそんなのとはほど遠いからな」





「そう言えば真中先輩も複雑ですよね。その・・・西野さんとはどうなったんですか?」





少し抵抗があったが、はっきり尋ねた。











「先月、つかさはまたフランスに行ったよ。それで投資して欲しいと言われたから少し渡した」





「投資?」





首を傾げる秀一郎。





「あいつ、向こうに本格的な店を出すんだ。で、その資金を俺が少し出した。つかさは店を成功させて、大きくして、俺が出した額を何倍にもして返すつもりらしい」





「それってつまり、それで東城先輩が真中先輩に肩代わりした全額支払うつもりなんですか?」





「たぶんそうだと思う。で、俺と綾を切り離したいんだろうな」





「そんな・・・そんなことでおふたりが離れるなんてあたしには考えられません」





沙織は不満そうにそう口にする。





「俺もそれで綾と別れたりはしないだろう。でもそうなれば綾に対する負い目は無くなるな。逆につかさに対して負い目を感じるかもしれない」





「もう決めちゃえばいいじゃないですか?真中先輩が綾先輩にプロポーズすれば解決すると思います。綾先輩も断りませんよ」





「それ、よく言われるよ。けどそうなると完全に綾に養われる形になるから男としては情けないんだよ。綾に頭が上がらん」





「確かにそれは嫌ですね。男なら生活支えたいですもんね」





秀一郎が同調した。





「そんなもんなの?」





「女の子にはわからんかもしれんが、生活基盤は男が持ちたいよ。それで奈緒が困ったことを言い出してちょっと説得に悩んでるんだ」





新たな困り顔を見せる秀一郎。





「ははあ、奈緒ちゃんって確か高3だよね?進学せずに就職して、その稼ぎで佐伯くんと暮らすつもりだろ?」





淳平が指摘した。





「そうなんですよ。ちょっと焦ってるみたいなんです。俺が大学院卒業するまで待てって言ってるんですけど、あいつは7年も待てないって結構強情で・・・」





思わずため息が出た。





「けど学生結婚って現実は厳しいよ」





淳平も難しい顔を見せる。





「奈緒だって大学行けないほど頭悪くないし、やれば出来る奴なんです。そんな理由で進学諦めるなんて絶対に間違ってる」





「秀一郎が奈緒ちゃんにまだ一緒に暮らす気はないって言えば・・・そうなると駄々っ子になっちゃうよね」





沙織までもが困り顔を見せる。





「奈緒ちゃんと沙織ちゃんでバランスが取れてないんだろうね」





「バランス?」





「佐伯くんと奈緒ちゃんが一緒に暮らすのは難しいけど、沙織ちゃんとは簡単だろ?ひとり暮らししている沙織ちゃんの部屋に行けば、すぐにでも同棲生活が始められる」





「秀一郎と同棲かあ、楽しいかも・・・」





「おいおい沙織、なに言い出すんだよ?同棲なんて出来んぞ」





「あ、そ、そうだね」





秀一郎に言われて我に帰る沙織。





「でもちょっとしたきっかけ、例えば奈緒ちゃんとケンカして、その反動で沙織ちゃんの部屋に行ってそのままふたり暮らしが始まる可能性は低くないよ」





「確かにそれはあるかも。もしそうなればあたしは秀一郎を受け入れるだろうから」





「そうなれば微妙なバランスは大きく崩れる。ひとつ屋根の下で暮らすってのは絆がぐっと強まるからね。奈緒ちゃんが危惧してるのはそれじゃないかな?」





「じゃあどうすれば・・・」





秀一郎は悩む。





「あくまで俺の提案だけど、佐伯くんが家を出てひとり暮らしするのはどうかな?」





「えっ、俺が?」





「大学生になったんだから、親元を離れて生活するのも悪くない。学生向けのワンルームなら家賃もそんなに高くない。今のバイトの稼ぎなら、なんとかなるんじゃないかな?」





「それはまあ、貯えも少しはありますし」





「真剣に考えてみなよ。佐伯くんなら出来ると思うよ」











その日の夜から真剣に考えた。





今までの貯金、





バイトの収入、





生活費は沙織のアドバイスを参考にした。





両親の許可は簡単に出て、むしろ応援してくれた。





さらにいくらか仕送りも貰えることになった。





そして部屋探し。





秀一郎の考え、奈緒の意見、沙織の意見を聞き、実家から歩いて20分ほどの場所に手頃な部屋が見つかった。





さすがに車庫の費用までは出なかったので、車は実家に置くことにして、普段の足で自転車を購入した。





これで、準備は調った。





淳平のアドバイスから1ヶ月で、秀一郎のひとり暮らしが始まった。











最も喜んだのが奈緒。





新しい部屋は奈緒の自宅から歩いて5分とかからない。





「あたし頑張るから!毎晩秀の夕飯作りに来るから!」





もう通い妻を決め込むつもりでいる。





「気持ちだけで充分だ。お前受験生なんだからそっちに集中しろ」





「でも秀って自炊全然ダメじゃん」





「お前や沙織から少しずつ教わるよ」





「けどここから桐山さんの部屋まで結構あるじゃない?彼女はいろいろ大変だと思うよ」





「沙織は足で原付スクーター買ったから、それならここまで10分くらいだ」





「ふうん、桐山さんがスクーターね。結構頑張ってんだなあ」





「お前はとにかく受験頑張れ。俺も桐山も教えてやるからそっちに集中しろ」





「え〜っ、桐山さんから教わるの?」





明らかに嫌な顔を見せる。





「まあ今更仲良くしろとまでは言わん。けど桐山は人に教えるのが上手い。だから利用出来るものは利用しろ。それがお前にとってプラスになる」





「はいはい、秀が言うならそうする」





渋々納得する奈緒だった。











その後ふたりで近くのスーパーまで買い物に行った。





「ねえ秀、ぶっちゃけ聞くけど、今だったらあたしと桐山さん、どっち選ぶ?」





「お前らしいストレートな質問だな。なら俺も本音で答えるぞ」





買い物カゴを持つ奈緒の顔が引き締まる。





「俺はお前と一緒になりたい。けど沙織が切り札を出して来たら沙織だ」





「切り札?」





「身体の傷跡だよ。俺をかばって背負った大きな傷跡。あれの責任取れと言われたら取るしかない」





「そんなに大きいの?」





「お前も綺麗な白い肌だけど、桐山はさらにきめ細かくて白い。だから相当目立つ。しかもそれで死にかけてるんだ。今でも思い出すよ。集中治療室での蘇生の光景をな」





「こうして秀と買い物出来てるのは桐山さんのおかげでもあるんだよね。お姉ちゃんもよく言ってたしあたしも理解はしてる。でもそれって秀ひとりが背負わなきゃダメなの?秀はなにひとつ悪いことしてないんだよ?」





「どんな理由があっても桐山は俺の命の恩人で、その代償で大きな傷跡を背負った。その事実は変わらないし、逃げられない」





「桐山さんは冗談抜きで命懸けの勝負をして、それに勝ったからいまの位置を掴んだ。じゃああたしも同じように死ぬ気でなにかすれば・・・」





「おいおい、それこそ冗談じゃないぞ。あんな想いはもう二度としたくない」





「じゃああたしはどうすれば桐山さんに勝てるの?」





「情けない話だが、俺にもわからん。どうすれば上手く収まるのかな」





「そっか、そうだよね。それがわかればこんな形になってないもんね」





奈緒の声が暗くなる。











「なあ奈緒、お前後悔してないか?」





「後悔?なにを?」





「俺と付き合わなければこんな苦しみを味わうことはなかった。正直辛いだろ?」





「まあ本音はね。けど秀がそれだけいい男ってことで仕方ないと割り切ったよ。だってあたしは秀が好きなんだもん」





「そっか、ありがと。あとゴメンな」





「秀にはあるの?後悔」





「まあな。もっと普通に誠実でいたかった。どこでどう間違えちまったんだろうな、俺は」





「大丈夫、秀は間違ってないよ。だってあたしはそれでも幸せだから」





普段の笑みを見せる奈緒。





(奈緒・・・)





この笑顔に何度も救われた。





ずっと支えてくれていた。





いまの秀一郎にとって、最も大切な笑顔。





これだけは失いたくない。





だが、他にも捨てられない、逃げられないものがある。





(情けない男だよな。奈緒と沙織の優しさに甘えてるだけだ。でも・・・悔やんでも仕方ないよな)





秀一郎は自分にそう言い効かせ、行き先不透明な道を歩いていく。











regret Fin...