regret-71 takaci様

12月24日。





放課後、秀一郎は沙織と図書室で勉強していた。





いつもはそれなりに人がいる図書室も、今日はがらんとしている。





「さすがに今日は人が少ないな」





「そうだね。みんな遊びたい日だもんね。でも塾通いの子は特別講習とかあるみたいだよ。夜晩くまでカンヅメだって嘆いてた」





「それも嫌だな。息抜きもさせてもらえんのだろ?」





「塾はクリスマスもお正月も関係なしで凄い追い込みかけるみたいだよ。特に現役組は厳しいって」





「現役合格って結構確率低いらしいからなあ」





大学合格者の7割は浪人生で、現役生は3割ほどしかない。





大学受験は経験と日々の積み重ねが大きな力になる。





経験も積み重ねも浪人組に比べると乏しい秀一郎ら現役組には大学受験という関門は意外と狭い。











「あの、佐伯センパイ」





知らない女子が何人か声をかけてきた。





「ん、なに?」





「あの、もしよろしければ、これから一緒にその、パーティーって感じでどうですか?」





「ああゴメン、先約あるんだよ」





「そ、そうですか。すみませんでした」





笑顔で断ると、女子たちは残念そうな顔で去っていった。





「さすがミスター泉坂だね」





冷やかす沙織。





「んなことないよ。あんな風に声かけられたの今日が初めてだよ」





「今日は真緒ちゃんがいないからね。あわよくばって感じだったのかも」





「そーゆー桐山はどうなんだ?ミス泉坂になってから変わった?」





「ううん特には。たまに下級生の男の子からラブレター来るけど、全部断ってる」





「でも桐山って美人だから結構頻繁に声かけられてたんじゃないか?」





「そんなことないよ。1年のときにちょこっとあったけど、その頃からお母さん入院しててそれどころじゃなかったからことごとく断ってたの。で、亡くなってからはずっと暗い顔してたから男子はおろか女子からも声かけられなかった。1年のときは寂しかったな」





「最初に会ったときも、いきなり泣きそうな顔見せたから焦ったよ」





沙織はキーケースを取り出した。





ふたりが知り合うきっかけになった、古く使い込まれたキーケース。





「これが壊れたときは凄くショックだったから。でも佐伯くんは綺麗に治してくれた。ホントに感謝してるよ」





「俺も桐山には世話になりっぱなしだ。俺に出来ることがあったらなんでも言ってくれよ」





「うん」





滅多に見せないとびきりの笑顔を見せた。











終鈴が鳴り、ふたりは学校を出て沙織の部屋に向かった。





「寒いな」





「今夜は雪になるかもね」





白い息を吐きながら夜道を歩く。





沙織の部屋に着き、扉を開けて明かりが点く。





「あれ?」





少し趣が異なっていた。





「せっかくだから少し飾り付けてみたの」





小さなツリーが瞬いていた。





それだけでもクリスマスの気分がした。





「じゃあ先に夕飯の支度しよっか。もうあらかた出来てるからすぐ用意出来るよ」





「手伝うよ」





「じゃあ食器とか並べてもらっていいかな」





沙織とふたりで食卓にいろいろ並べていく。





「なんか、ホントに豪華だな。それにクリスマスって気分がする」





食卓にはクリスマスらしい料理が並ぶ。





「こんなふうにクリスマス楽しむの中学以来だから、少し張り切っちゃった」





楽しそうな笑みを見せる沙織。





一通り並んだ。





「なんか凄いな」





「さらにとっておきがあるよ。綾先輩からのプレゼントがあるの」





「東城先輩から?」





少し驚く秀一郎に沙織が冷蔵庫から取り出したのは、





「お、おい、それはちょっとまずいんじゃ・・・」





「でも佐伯くんは結構強いって真緒ちゃん話してたよ」





「ま、まあ少しくらいならな。そーゆー桐山はどうなんだよ?」





「あたしも少しなら平気だよ。まあ年に一度だし、誰も見てないからいいんじゃないかな」





「・・・そうだな、ま、いっか」





少し抵抗があったが、飲み込んだ。





沙織はシャンパンのコルクを抜き、ふたつのグラスに注ぐ。





「じゃ、メリークリスマス」





グラスを鳴らし、一口つける。





「へえ、飲みやすいシャンパンだな。癖が全然ないよ」





驚く秀一郎。





「綾先輩も真中先輩もお気に入りの一本なんだって」





「ひょっとして結構高いんじゃないか?」





「値段は怖くて聞けなかったよ」





少し困った笑みを見せる沙織。





「こーゆーの知るとよくないんだよな。安い酒が呑めなくなる」





「佐伯くんはよくお酒呑むの?ここだけの話」





「たまにな。奈緒の親父さんが酒呑みで、たまに晩酌相手するかな。真緒ちゃんは少し呑めるけど奈緒は全くダメ」





「男の人同士でお酒呑むと楽しいらしいね」





「まあ酒で酔うとちょっと気持ちがおおらかになるからな。普段は言えない話が出来たりする」





「じゃあ女の子と呑んだことは?」





「それはない。だから今日が初めてになるな」





「そっか。なんかうれしいな佐伯くんの初めての相手になれるなんて」





幸せそうな笑みを見せる沙織。





美味しい酒に美味しい料理。





楽しい食卓になった。





沙織も饒舌になり、楽しくいろいろ話す。





会話が途切れることはなかった。





料理を一通り平らげると、今度は小さなケーキが出てきた。





「ホント、クリスマスだな」





「そうだね」





このケーキも美味しかった。











食後、とても心地よかった。





秀一郎はすっかりくつろいでいた。





沙織が手早く後片付けを済ます。





「なんか、勉強やる気がしないな。すげー気持ちいい」





「そうだね」





沙織が台所から戻ると、秀一郎に身を寄せた。





「き、桐山?」





大胆な行動に少し慌てる。





「佐伯くん温かい。こうしているとホントに心地いい」





秀一郎にも沙織の温もりが伝わる。





それはとても心地よく、全てを委ねたくなる。





と同時に、理性が警告を奏でる。





(ヤバイ、このままじゃ抑えが効かん。なんとか離れないと・・・)





そう思って身体を動かそうと思った矢先、











ドサッ。





沙織に押し倒された。





そして、





「・・・」





唇を奪われる。





甘く、とても心地いい。





「佐伯くん、いまは全てを忘れて、佐伯くんの赴くままに・・・」





あまりにも甘い囁き。





本能が理性に打ち勝った。














数時間後。





(俺は・・・)





ようやく落ち着きを取り戻しつつある。





暗い部屋。





何も身に付けていない状態で、布団に横になっていた。





秀一郎の素肌に触れる温かく柔らかい感触。





一糸纏わぬ沙織が幸せそうな笑みを浮かべている。





(俺は・・・桐山を・・・抱いたのか・・・)





あらためてその事実に気付いた。





焦燥感と自責の念が強くなる。





「桐山、俺は、その・・・」





「いいよ、なにも気にしなくて」





「そんなわけにはいかない。俺は、越えちゃいけない一線を越えちまった」





「だから、あたしがそうするように仕向けたんだから。確信犯なのはあたし。だから佐伯くんは余計な心配しなくていいよ」





沙織は優しく、どこか魅惑的な笑みを向ける。





(・・・このまま、桐山の誘惑に乗っちゃダメだ)





そう強く言い効かせ、身体を起こす。





「佐伯くん?」





「ゴメン、いまさらこんなこと言ったらダメなんだろうけど・・・少し時間をくれないか?」





「うん。でも、あまり重く受け取らなくていいよ。あたしは佐伯くんの判断に任せるから」





そう優しく微笑む。











秀一郎は手早く身支度して、沙織の部屋を出た。





(あ・・・)





雪が舞っていた。





既に日付は変わっていた。





(ホワイトクリスマスか。たぶん桐山は俺と過ごしたかっただろう。でも・・・)





そうしたら、完全に後戻り出来ないと感じていた。





(いや、いまさらなんになる?俺がしたことは変わらない。俺は今後もあいつと過ごすことが許されるのか?)





強い自責の念に駆られる。





寒さより、そちらのほうが堪えた。











自宅の前に着く頃には、頭と肩にうっすらと雪が積もっていた。





(ん?)





そこに人影が立っていた。





秀一郎とは比べものにならない量の雪が積もっている。





慌てて駆け寄る。





「奈緒!なにやってんだ?」





「秀、おかえり」





いつもの元気はなく、寒さで声も震えている。





思わず抱きしめた。





小さな身体は氷のように冷たい。





「なんでこんなとこで待ってんだよ?鍵持ってるだろ?」





「ここで待ってなきゃダメだって思ったから・・・」





「なにがダメなんだよ?」





「よくわかんない。なんとなく・・・」





「はあ、なんだよそれ?」





奈緒の行動が理解出来ない。





そんな奈緒も腕を回し、秀一郎を抱きしめる。





「秀、このままあたしを温めて」





「えっ?」





「迷惑なのもわがままなのもわかってる。でもお願い、秀の身体で凍えたあたしを思いっきり抱きしめて」





「と、とにかくウチに入ろう」





はぐらかしたかった。





今の秀一郎の身体には沙織の匂いが染み付いている。





それに感づかれるのはまずいと思った。





だが、奈緒は放さない。





「おいちょっと、奈緒?」





戸惑う。











「あたし全部気にしない。秀から他の女の匂いがしても構わない。だから熱く抱いて」





ギクッとした。





もう既に気付かれていた。





「奈緒、俺は・・・」





「なにも言わないで、あたしに後ろめたい想いがあるなら、その分あたしの身体にぶつけて。それでいいから・・・」





奈緒は少し辛そうな声でそう漏らした。











(奈緒・・・ゴメン・・・)





秀一郎は強く抱きしめる。





あらためて沙織を抱いたことを悔いていた。





NEXT