regret-70 takaci様

12月に入り、街はクリスマスムード一色になる。





ただ今年はそれに浸っていられない。





年明け早々には最初の関門、センター試験が待っている。





模試等の結果では余裕があるのも事実だが、油断は出来ない。





「さて、どうしたもんかねえ」





昼休み、沙織と真緒と一緒に弁当を囲んでいるときに秀一郎がそう漏らした。





「どうするって、なにを?」





聞き返す沙織。





「今年のイヴ。ここ2年は奈緒と一緒だったけど、受験生の今年はそんな気分で浮かれていると痛い目みる気がするからな」





「そうですよね。年明けには学年末テストにセンター試験と連続で試験ですからね」





真緒も暗い顔になる。





「佐伯くん、だったらその・・・あの・・・」





沙織はなにか言いたそうだが、躊躇しているように見える。





「なに?遠慮なく言ってみて」





そんな沙織に秀一郎は優しく微笑みかける。





「じゃああの・・・今年のイヴ、あたしと一緒に勉強しない?勉強しながら、あたしちょっと豪華な料理用意するから。どうかな?」





「えっ?」





意外だった。





沙織から誘って来るとは思わなかった。





「えっと、その・・・俺としてはありがたいけど・・・」





ひとりより沙織と一緒に勉強したほうがはるかにはかどることが身に染みていたので、ありがたい申し出だった。





「ホント?」





沙織の笑顔が輝く。





そこに、





「あの、すみません、さすがにそれは難しいと思いますよ」





真緒が難しい顔で切り出した。





「あ、ああ。そうだよなあ」





秀一郎は我に返る。





いくら受験勉強とはいえ、イヴの夜に沙織と過ごす。





奈緒が黙ってるわけがない。





「センパイはどうするつもりだったんですか?」





「今年は遊ばずに勉強しとこうと思ってた。確かに寂しくないかと言えば嘘になるし、1日くらい遊んでもあまり影響ないとは思うけど、だからって遊んじゃまずい気がしてさ。まあ自分に対する戒めかな」





「家族でパーティーとかしないの?」





沙織がそう尋ねると、





「ついこの前、結構でかい会社の下請けの仕事が入ったから、両親はそれにかかりっきり。まあ嬉しい悲鳴って状態だな。だからイヴの夜はひとりっきりの予定」





秀一郎は空笑いを浮かべた。





「そんな状況なら奈緒が放っておくわけないですよ。あの子ならセンパイの家に押しかけて世話するに決まってます」





「そうなると奈緒のペースに押し切られちまうんだよなあ。勉強なんてさせてもらえん」





それは避けたかった。





「奈緒ちゃんも佐伯くんの立場わかってるだろうから、今回はさすがにわがまま言わないんじゃないかな?」





「桐山先輩、甘いです。奈緒はセンパイと桐山先輩が一緒に勉強するのをあまり快く思ってません。ましてやイヴの日です。いくら受験勉強という名目があってもそれを大人しく受け入れる子じゃないです」





「だからそのイヴに敢えて勉強するってのが佐伯くんの受験に対する意気込みなんだから。それを理解しなきゃダメだよ」





(桐山、珍しいな)





いつもの、今までの沙織なら大人しく引き下がるところだが、今日は引かない。





「桐山先輩の言ってることは正しいです。センパイにとっても理想的な状況でしょう。理屈はわかります。でもイヴの日に他の女の子とふたりっきりで過ごされるのは気分よくないですよ。奈緒はもちろん、あたしも嫌な感じです」





真緒も引かない。





厳しい視線をぶつけ合うふたり。





いつもの姉妹のような雰囲気はない。





「おいおい、ふたりとも落ち着けよ」





その間に割って入る秀一郎。





「センパイは黙っててください。これは女の子同士の問題なんです」





「真緒ちゃん、確かにそうだけど、そこにちゃんと佐伯くんの意思を汲み入れてるの?」





「それは・・・」





沙織の指摘に真緒が詰まった。





「佐伯くんもあたしと勉強したほうがいいんだよね?」





「あ、ああ。でも周りが許さんだろうからなあ」





「じゃあ少し時間ちょうだい。あたしなりに動いてみるから」





「あ、ああ」





「真緒ちゃんも、あらためてちゃんとお話ししようね」





「・・・わかりました」





真緒は渋々引き下がった。





(なんか桐山、いつもと違う)





そう感じずにはいられなかった。











そしてその翌日、





沙織は芯愛高校に訪れた。





校門で待つ。





そこに小柄な少女がやってきた。





「奈緒ちゃん、お疲れ様」





「桐山さんがあたしに話ってなに?」





沙織は優しい笑みを浮かべるが、奈緒は厳しい表情。





「こんなところでもなんだから、どこか落ち着いて話せる場所に行こうか」





「なら近所に喫茶店があるから、そこ行こ」





奈緒の案内でふたりは喫茶店に移動した。





芯愛の制服が目立つ。





ふたりともコーヒーを頼むと、





「じゃ、早速本題に入ってよ。どうせ秀のことでしょ?」





奈緒から切り出した。





「うん、今年のイヴ、佐伯くんは遊ばずに勉強するつもりなの」





「で、桐山さんも秀と一緒に勉強したいってこと?」





「そう。ひとりよりふたりのほうがずっとはかどるからね」





「つまり、今年のイヴに秀は桐山さんとふたりっきりで過ごすって話になるの?」





「そう。佐伯くんもそう望んでる」





「そんなの、あたしが認めるとでも思ってるの?」





「思ってないよ。だからこうして直接頼みに来たの。今回は駄々をこねずに佐伯くんの意思を最優先に考えてってね」





「イヴの夜は恋人たちにとっては特別なの。そこにほかに女の子と過ごすのなんて認めるわけにはいかない」





奈緒の言葉は強く、引くそぶりはない。





「大袈裟だね。佐伯くんと奈緒ちゃんの絆ってそんな小さなことにこだわらないと保てないほどのものなの?」





「なんですって?」





「みんなイヴイヴって騒ぐけど、そんな周りの風潮に躍らされてるだけじゃないの?付き合って間もないならまだしも、あなたたちは2年もイヴを過ごした。もう充分じゃないの?」





「じゃあ逆に聞くけど、イヴの夜に男女ふたりっきりで過ごす。秀はいま流行りの草食系じゃない。ガツガツした肉食よ。なにもないと思ってるの?」





「思ってないよ。あたしはそのつもりだから」





「桐山さん、あなた男に抱かれたことは?」





「ないよ。だからもしそうなれば、佐伯くんが初めての人になるね」





「ずいぶん大胆ね。あたしの前でそんなこと口にする人だとは思わなかった。もっと賢い人だと思ってたけど、結構バカなのね。そんなのただ遊ばれるだけじゃない。なんの意味もないよ」





呆れる奈緒。





「意味がないかどうかはあたしが決めること。一夜限りの関係になってもあたしは構わないしそのつもり。ただ邪魔はして欲しくないだけ」





沙織は本気の目を見せる。





「・・・言っておくけど、秀は堅い男だから。簡単に誘惑出来ると思ってたら大間違いだからね。自信無くしても知らないから」





「なら、認めてくれるのね?」





「いいよ。桐山さんの挑発に乗ってあげる。好きにすればいいよ」





「ありがとう。奈緒ちゃんが了承してくれるなら佐伯くんも気兼ねなく来てくれると思う。真緒ちゃんも不満みたいだったけどなんとか説得するから。じゃあね」





沙織は笑顔で席を立ち、伝票を手に取った。





奈緒は不機嫌な表情でコーヒーに口をつけた。











翌日の昼休み、





「桐山先輩、いったい奈緒にどんな魔法を使ったんですか?」





いきなり真緒が切り出した。





「真緒ちゃん、なんの話?」





尋ねる秀一郎。





「奈緒が、あの子がイヴにセンパイと桐山先輩が一緒に勉強するのを認めたんです」





「なに?俺はまだなにも聞いてないぞ?」





秀一郎も初耳だった。





さらに奈緒がそれを簡単に認めるなど、信じられなかった。





秀一郎も沙織に目を向ける。





沙織は微笑みを浮かべ、





「昨日、奈緒ちゃんと直接お話ししたの。最初は反対してたけど、ちゃんと説得したら認めてくれたよ」





「どう説得したんですか?」





真緒はまだ信じられない表情を浮かべている。





「別に。ただ佐伯くんも今年は勉強して過ごすつもりで、その邪魔をしないでって。それに過去2年イヴを一緒に過ごしてるんだから、そんなにこだわらなくても崩れる関係じゃないよねってね」





笑顔の沙織。





「それだけであの奈緒が?」





秀一郎も信じられない。





「奈緒ちゃん、たぶん自信がないんだと思う。佐伯くんとの絆が周りが思ってるよりずっと細いと感じてるんじゃないかな?」





「確かにあいつは俺と一緒にいたがるけど、自信がないと感じたことはないぞ」





「前はそうだったかもしれない。けど今はいろいろ違うもん。佐伯くんはミスター泉坂に選ばれて女の子からの人気が高くなってるし、奈緒ちゃんのお弁当も食べてない。たぶん前より少し離れてて、油断出来ないと感じてるんじゃないかな」





「確かにそんなこと言ってたな・・・」





秀一郎がモテるようになり気苦労が増えたと奈緒が漏らしてたのを思い出す。





「決定的なのは真緒ちゃんだね。以前より佐伯くんと一緒にいる時間が明らかに増えてるもん。夏休み以降からね。それも奈緒ちゃんの不安の要因じゃないかな」





「それは・・・」





返答に詰まる真緒。





「夏休み前の真緒ちゃんは佐伯くんと奈緒ちゃんの関係を見守る立ち位置だったけど、今は割って入ろうとしてるように見えるよ。そんなことして大丈夫なの?」





沙織の指摘に真緒はさらに困り顔を見せる。





「桐山、それは心配ない。実は真緒ちゃんもちょっと情緒不安定になることがあってさ、それで俺が頼られるようになっただけだよ。奈緒もそのことはわかってる」





秀一郎が代わりに弁解した。





「そうなの?」





「夏休みにちょっとな。去年の議院秘書騒ぎのときに奈緒がショックでふさぎ込んだろ?あんな警察沙汰の事件じゃないけど、真緒ちゃんもショックでふさぎ込んだんだ。それがあったからだよ。そのあたりは双子だな」





「そっか。佐伯くん優しいもんね。でも真緒ちゃん、その優しさが心地いいとは思うんだけど、それは奈緒ちゃんの負担にもなってるよ。もちろん佐伯くんにもね」





「はい、それはわかってます・・・」





痛いところを突かれた真緒は元気がない。





「真緒ちゃんの不満もわかるよ。奈緒ちゃんも不満だよ。でも今は佐伯くんにとって大切な時期なの。そのために今どうすべきか、ちゃんと考えてあげようよ」





沙織は真緒に優しく言い効かせるようにしつつも、逃げ道は与えなかった。





「・・・わかりました。センパイ、わがまま言ってすみませんでした」





真緒も了承し、秀一郎に頭を下げる。





「い、いやいや、むしろ謝るのはこっちだよ。でも真緒ちゃんありがとうね」





秀一郎は真緒の言動に驚きつつも感謝の意を述べると、真緒は少し微笑んだ。





(でも桐山はどうやって説得したんだ?あの奈緒がたった一日で簡単に認めるなんて、それに真緒ちゃんは奈緒以上に強情だ。それを言い包めるとは・・・)





秀一郎は沙織に謎の力があるように感じていた。





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