regret-65 takaci様

10月。





受験勉強はさらに加速する。





秀一郎もそれに集中したいところだが、思いもよらぬ事態に気を取られかけていた。





金曜の25時。





秀一郎は沙織を夜の首都高ドライブに誘った。





「桐山、お待たせ」





「佐伯くん、この車は?」





秀一郎のブルーのスカイラインではない。





かなり迫力ある外観を持つシルバーのクーペ。





「奈緒の親父さんが俺の車を借りたいって乗ってって、代わりに置いてった車。どこでも自由に踏んでいいよって言われてるけど、これがちょっと凄いんだよ」





珍しく秀一郎の気分が高揚している。





沙織が乗り込むと、ゆっくり発進させた。





「これ、なんて車?」





「スカイラインGT−R。俺の車よりひとつ旧いR33型」





「あ、なんか聞いたことある。凄い高性能な車だよね」





「しかもかなり手が入ってる。俺でもそこそこ走れちゃうんだよ」





首都高に乗り、まず路肩に停めて沙織に4点式シートベルトを付けた。





「ちょっと苦しいよ」





バン!





ベルトを思いきり引っ張り、シートに締め付ける。





「こんなに締め付けるんだね。これが本格的なシートベルトなんだ」





少し驚く沙織。





秀一郎も自分でベルトを締め付けた。





「ちょっと胸が苦しいだろうけど我慢して。すぐに慣れるから」





ゆっくり本線に合流した。











C1外回り。





少しずつペースを上げる。





「なんかとても不思議な感覚。下道では硬いと感じた乗り心地も、ここだとそんな風には感じない。あとこのベルトが凄く安心感がある。なんか車に乗ってるんじゃなくて、車の一部になってる気分」





「俺は別の車でこのタイプのベルト経験したけど、やっぱり安心感が違うよな。身体がシートに密着することでここまで変わるんだよな」





「絶叫マシンもこんなベルトにすれば怖くなくなるかもね」





「怖いと感じたらすぐに言ってよ。ペース落とすから」





「うん、大丈夫だよ」





沙織は笑顔を見せた。





とにかく安心感のある車だった。





無理かなと思う速度でコーナーに侵入してもスッと曲がる。





安定性が高くブレーキも強力なので積極的に踏んで行ける。





そして踏んだときの音と加速が乗り手をその気にさせる。





「凄い加速Gだよね。何馬力くらいあるの?」





「確か520馬力って聞いた。俺の車の2.5倍くらいだね」





「そんなにあるんだ。それを普通に走らせてる佐伯くんも凄いんじゃない?」





「そんなことない。この車が凄すぎるんだ。ドライバーが多少未熟でもそれなりに走れちゃうんだ」





かなり速いペースで流す。





そこに以前見たことのある車を視界に捕らえた。





「あの車、西野さん?」





ブルーのZ。





「知ってる人?」





「ああ、ちょっとね」





念のため確認しようと車を並べかける。





するとZが急加速した。





「なっ、あの人、バトル仕掛けられたって勘違いしたな?」





アクセルを踏み、Zを追う。











C1外回りは中低速コーナーが続き、車の総合性能が問われる。





「コーナー進入と旋回はほぼ互角。けど立ち上がりで詰まる」





つかさのZを追い詰める。





だが一般車の処理で差が開く。





つかさは秀一郎からすればとんでもない勢いの高速スラロームを見せる。





「あれは真似出来んな」





秀一郎は自分のペースで一般車を処理する。





それでも車の性能差で再び差が詰まる。





そんな状況を繰り返しながら9号線を抜け、湾岸に合流した。





「ここが湾岸線かあ。道も広くて開放的だね」





「首都高では1番の高速コースだ。こっちのほうが馬力あるから追い付けるはず」





秀一郎は自信を持ってアクセルを踏む。





一般車も少なく速度が乗る。





このGT−Rは250キロオーバーでも素晴らしい安定性を見せ、高速コーナーでは差が詰まる。





だが、直線で徐々に離れていく。





「あれ、なんで?」





アクセルを床まで踏み込んでいるが、速度が伸びない。











大井ジャンクションを直進。





神奈川湾岸線、超高速ステージへ突入する。





さらに差が広がっていく。





「佐伯くん、これ以上は無理だよ。ずっとメーター見てるけど、速度伸びないもん」





この車には後付けのデジタルメーターが付いている。





その数値は280近辺を上下している。





完全に頭打ちになっていた。





Zはどんどん離れていく。





「・・・そうだな。この先は直線が続く。追い付けんな」





アクセルを緩める。





Zが一気に離れていった。





「ゴメンな桐山、恐かったろ?」





「ううん全然。凄い速度だったけど恐くなかったよ。だってこの車ってとても安心感あるし、それに佐伯くんは絶対に無茶しない人だって信じてるから」





「そっか、ありがと」





つばさ橋、ベイブリッジをクルーズする。





「わあ、綺麗」





目を輝かせる沙織。





「ここはいつ走っても綺麗だよな」





ベイブリッジを抜け、大黒パーキングに入った。





「あ、さっきの車がいるよ」





沙織がつかさのZを見つけた。





秀一郎はその隣に車を停めた。





車を降り、つかさに声をかける。





「こんばんわ」





「あれ、君だったの?もうRに乗り換えたの?」





驚くつかさ。





「いえ、おじさんに俺の車を貸して、その代わりに置いてった車です。やっぱGT−Rって凄いっすね」





「ふうん、で、ちょっと」





つかさは秀一郎の腕を引っ張り、ひそひそと話しかける。





「なんで違う女の子連れてんのよ?あのちっちゃい小崎さんの娘さんとは別れたの?」





「奈緒とは続いてますよ。ただ今日はあの子の客観的な意見が聞きたかったから誘っただけです」





「じゃああの子も君が奈緒ちゃんと付き合ってること知ってるのね?」





「もちろん知ってます。へんな隠し事は無用です」





「あっそ」





つかさは秀一郎を離した。





そして沙織に笑顔で挨拶をする。





「こんばんわ。あたし西野つかさ。小崎さんとちょっとした知り合いなんだよ」





「は、はじめまして。桐山沙織です」





「佐伯くんとはよくドライブに来るの?」





「いえ、前にあたしが夜の首都高に行ってみたいって言ったのを佐伯くんが覚えててくれて。とてもうれしいです。凄く綺麗な場所ですよね。なんか非日常って感じです」





「で、沙織ちゃんもこの車気に入った?」





「う〜ん、凄く速いし安心感もあるのはいいと思いますけど、使い勝手は悪そうですね。それに速い分維持費もかかるんだとしたら、佐伯くんにはまだ早いと思います」





「佐伯くん、彼女はそう言ってるよ」





つかさは秀一郎に振る。





「俺は桐山のその言葉を聞きたかったんだよ。買うにはまだ早いよな」





「あの青のスカイラインで充分だと思う。次の車は受験が終わってからのほうがいいよ」





「そう、そうだよなあ」





自分に言い聞かせる秀一郎。





「でも奈緒ちゃんあたりはこっちのほうが気に入ったんじゃない?」





「そうなんだよ。奈緒は乗り換えしろって言うんだよ。確かに俺も気に入ってる。速いし安定してるからさ。けど今の時期に乗り換えなんかしてる場合じゃないような気もしてさ」





「それが正しいよ。確かに魅力的な車だけど、いまはその誘惑に負けちゃダメ。受験に集中」





「そうだよなあ・・・」





考え込む秀一郎。











「沙織ちゃんっていい子だね。ちゃんと佐伯くんのことを心配してくれてる。いっそのこと奈緒ちゃんから沙織ちゃんに乗り換えたらどう?」





「ええっ、ちょ、なに言ってんすか?」





「あの、その、あたし・・・」





つかさにからかわれて真っ赤になるふたり。





「まあそれはともかく、そのRって500馬力くらいだよね。しかも完全なC1仕様だから湾岸は辛いでしょ」





「えっ、これってC1仕様なんですか?」





言われるまで気付かなかった。





「だってフロントのスポイラーにカナードだって大きいし、ウィングも角度付いてる。しかも大きなアンダーパネルにディフューザー。相当なダウンフォースで安定性は高いと思うけど高速域では伸びないでしょ。だから湾岸連れて来たんだけどね」





「そうなんですよ。280キロで頭打ちです。西野さんのZより馬力あるはずなんですけど」





「あたしは湾岸だと470馬力くらい出すけど、それでも大台届くよ。そのRは空気抵抗大きすぎ。湾岸じゃダメね。でもその分安定感も安心感も高い。だから小崎さんも置いてったんじゃないかな?」





「そう言われればそうっすね。あの人が俺に危険な車を置いてくわけないもんなあ」





「それにまだ君じゃそのRの性能引き出せてないよ。ちょっと交換してみよっか?」





と、つかさは笑顔でキーを差し出した。





「えっ?」





「君があたしのZ乗って、あたしがそのRに乗る。横羽上がってC1経由で箱崎まで行こ」





「あ、あの、いいんですか?」





つかさの車に乗ることに抵抗を感じる。





「いいよ。でも無理はしないでね。結構な駄々っ子だから」











そして車を乗り換え、横羽線を上がる。





Rに乗ったつかさはあっという間に視界から消えた。





「凄い、西野さん速い」





「ああ。それにしてもこの車って・・・」





秀一郎はつかさのZと格闘していた。





横羽線は道が狭く舗装も荒れているがスピードレンジは高い。





「駄々っ子ってレベルじゃないぞこれ」





踏めばリアタイヤが簡単にホイルスピンして横に出る。





ハンドリングもシャープ過ぎて一気に切り込めない。





「こりゃ俺には無理だ。命がいくつあっても足りん」





ペースを落とし、普通に流す。





それでも不安定感が残り、気を遣う車だった。











横羽を抜け、C1内回りを経由して箱崎パーキングに入った。





シルバーのGT−Rを見つけて隣に停める。





「遅かったね」





笑顔のつかさ。





「よくこんな車であんな風に走らせられますね」





半分呆れ顔の秀一郎。





「そっかな?ちょっと癖が強めだけど、よく曲がるし踏めるでしょ?」





「俺には無理ですね。曲がり過ぎるし踏めば横向くし、とにかく扱い切れません」





「そっか。君にはそう感じるんだ」





つかさはあらためてZを見つめる。





「西野さんはこのRどうでした?めっちゃ速かったっすけど」





「やっぱ4駆は曲がんないね。速いことは速いけど、乗ってて楽しくない。イライラする」





「これで曲がらないって感じるんすか」





秀一郎には理解出来ない感覚だった。





「でもあたしもいい経験出来たかな。あと君の意見も参考になったよ。ありがとね」





つかさはZに乗り込み、パーキングをあとにした。





「しっかしまあ速い人の感覚はよくわからんな。この車に乗ってちょっと乗り気になったけど、西野さんの車でまた考え変わった。やっぱついてけん世界だ」





「いまはそれでいいと思うよ。余計なことはあまり考えずに受験に集中だよ」





「そうだな」





沙織とつかさに救われた感じがした。





NEXT