regret-64 takaci様

浜崎橋ジャンクションでC1外回りに合流した際、黒のポルシェ997ターボを見つけた。





つかさはアクセルを踏み込む。





車間が詰まりかけたが、ポルシェも加速した。





(東城さんもあたしに気付いたか。けど今日は引かない)





強い闘志をステアリングに託す。





一般車の間を高速スラロームで抜けていく。





(この安定感が欲しかったの。これなら行ける!)





自信を持つつかさ。





愛機Z34はリアのスタビリティとトラクション重視のセッティングになっている。





不安定になりやすい高速スラロームでも、リアタイヤはがっちり路面を捕えている。





さらに増大した太いトルクが車を軽く走らせる。





身軽な動きで綾との差を詰めていく。





一般車の塊を抜けて視界が開けた。





よりアグレッシブにアクセルを踏み込む。





(これで捕らえ・・・ええ?)





太いトルクと増えたトラクションはZをより速く加速させる。





だが、それでも綾のポルシェは離れていく。





(なんて加速なの?いったい何馬力出てるの?)





連続コーナーが続く。





綾はセオリー通りの走りを見せる。





(コーナーでは無理してない。スローインファーストアウト、アウトインアウトの基本通り。で、前で何があっても避けれるように安全マージンも取ってる)





エスケープゾーンが無く、一般車も走っている首都高で限界ギリギリの走りは出来ない。





(でも東城さんと同じ走りじゃ前に出るのはもちろん無理。それどころかどんどん離される)





コーナーを抜けるたび、立ち上がりでグンと差が開く。





(立ち上がりで離されるなら、突っ込みで詰めるしかない)





つかさはリスク覚悟でハイスピードコーナリングに出た。





首都高では心臓が縮み上がる。





だがその甲斐あって車間は保たれる。





霞のストレート。





いまのつかさには嫌な場所。





(予想してたけど、やっぱりね)





つかさもアクセルを床まで踏み込むが、それでも綾は一気に離れていく。





ただ途中に一般車がいたので、そこでアクセルを戻した。





(いつもは邪魔な一般車だけど、今日は救われてるな)





綾は明らかに安全マージンを大きく取っている。





一般車の処理も無理せずスムーズに抜いていく。





対するつかさは少しラフ。





(多少無理してでも着いてかないと、気を抜いたら一気に離される)





連続コーナー区間が続き、一般車の塊もあったのでつかさはなんとか離れずについて行ける。





江戸橋ジャンクション。





綾は直進した。





(やっぱり9号から湾岸か。でもそれは望むところ!)





9号線はC1に比べてスピードレンジが上がる。





つかさのZはこの9号線に合わせてセットされている。





一般車も減り、スムーズに走れる。





中速コーナーを身軽な動きで駆け抜ける。





(今日のあたしは乗れてる。この子の動きも最高。でも・・・)





それでもじりじりと離される。





綾の立ち上がり加速は強烈の一言。





つかさが頑張ってコーナーで削った差を、立ち上がりで簡単に取り返す。





(ここなら絶対に負けない自信があったのに・・・)





綾に比べて明らかに無理をしている自分の走りに少しずつ自信を失う。





開きかけた差が一般車の処理で詰まる。





(一般車を利用して詰めても勝ってる気がしない)





辰巳ジャンクション手前。





減速する綾。





つかさは差を詰めつつ、エンジンのマップを変えた。





「お願い、湾岸は正直辛いけど、頑張って」





通常は7500回転リミットで420馬力だが、プラス700回転で50馬力を得る。





(ターボ車みたいにドカンとパワーは得られない。この子じゃこれが限界。けどこれなら大台に届く。大井までなら着いて行ける)





湾岸合流。





8000回転オーバーまで回す。





パワーと引き換えにエンジンが悲鳴をあげる。





だがそれでも綾は離れていく。





(これでも無理なの?)





敗北感に包まれかけた。





その直後、











(えっ?)





綾が消えた。





何が起こったのか理解出来ない。





一気に抜き去り、もうミラーにも写っていない。





(・・・)





状況を整理するまでしばらくかかった。





(たぶん東城さん・・・)





ある推測が浮かび上がる。





新環状18キロを廻り、湾岸線有明出口で降りた。





(やっぱり)





出口すぐの路肩に綾のポルシェがハザードを焚いて停まっていた。





脇の歩道で綾が佇む。





その後ろに停め、車を降りる。





「よくわかったね、有明で降りたって」





「トラブルを抱えた車でズルズルと走るとは思えなかったから。なら1番近い出口でしょ」





「なるほどね」





微笑む綾。





「エンジンじゃないよね?」





「駆動系ね。たぶんミッション。一気に力を失ったから。トルク上げすぎたかな」





「いったいどのくらい出てるの?」





「常用域では常に80オーバー、ピークは6000弱で90ちょいね」





「90オーバー?」





自分のZの倍近い数値に驚く。





「ポルシェのティプトロじゃそのトルクに耐えられないみたいね。何か対策考えないと」





「なんでそこまで速くするの?」





「えっ?」





「東城さん、前の仕様でも充分に速かったじゃない。なんでそれ以上の速さを求めるの?」





「西野さんがあたしに対抗すべくZを仕上げてるって耳にしたから。今日の西野さん速かった。前の仕様じゃ速さで負けてたよね」





「それで圧倒的な速さ見せつけて、トラブルで終わりって、勝ち逃げされた気分よ!」





憤るつかさ。





「なんで怒るのかな?結果的には負けたのはあたしよ。トラブルなんて言い訳にならないし」





「でも東城さん余裕じゃない。走りも安全マージンたっぷり取って、あたしが死ぬ気で詰めた差をちょっと踏んだだけで離して・・・あんな走りされたら勝った気分なんてないよ!」





「じゃ、また走る?」





「当たり前よ!」





「でも、西野さん大丈夫なの?」





「なにが?」





「そのZ、ここまで仕上げるのに相当お金も時間も使ったでしょ?それでもまだ足りない。さらにエスカレートすることになる。あたしもまだ速くする。それに着いて来れるの?」





「着いて行くんじゃない。あたしは必ず東城さんの前に出る」





強い決意を見せる。





「けどそうしてなんになるの?あたしの前に出たからって、淳平が戻るとでも思って?」





「そんな風には思ってない。ただあなたに負けたくないからよ」





「・・・」





「・・・」





しばらく視線をぶつけ合うふたり。





積載車がやって来た。





「わかった。西野さんがそのつもりなら、あたしも引かないから」





「次は途中でトラブルなんてナシにしてよね」





つかさはそう言い残し、Zに乗り込んだ。





積載車のドライバーと綾が話す姿を見ながら、その場をあとにする。





(この敗北感、ぜったい忘れない。次は必ず完全な形で前に出る)





つかさはどうしようもない悔しさに包まれていた。













(少し涼しくなったな)





9月下旬。





日中は残暑が厳しいが、陽が落ちると夏服では少し肌寒く感じる。





バイトの帰り道。





家路を急ぐ。





そこに泉坂のセーラー服を見つけた。





「槙田か。なにやってんだ?」





「あんたとどうしても話がしたくてね」





相変わらず交戦的な目つきだが、いつもの鋭さはない。





「全く、世話焼かせんなよな。送るよ」





「そうやって女の子の気を惹くの?」





「いつものお前なら放っておくが、そんなアバラじゃまともに動けんだろ。襲われでもしたら一発で終わりだ」





「そんなのあたしの勝手だよ。余計なおせっかいだね」





「んじゃいまはその余計なおせっかいを受けろ。マジでお前が襲われでもしたら俺が後味悪いからな。どうせ話ついでだ」





「・・・わかったよ」





涼は渋々引き受けた。





ふたり並んで夜道を歩く。





「アバラはどうなんだ?」





およそ一週間前に真緒のダブルステップ直撃を受けている。





短期間で回復するとは思えない。





「3本持ってかれたよ。あと首も痛めた。3日は動けなかったね」





「もう真緒ちゃんには絡むなよ。お前がどうやっても勝てる相手じゃない。木刀なんか無意味だ」





「確かにね。あそこまでとは思わなかった。負けたよ」





「で、お前はなんで俺にケンカ売ってきたんだ?話ってそれだろ?」





「なら話が早いよ。あんた、いまいったい何人の女の子と付き合ってんのよ?」





声に批難の色が混じっている。





「一応ひとりだ。けど、そう言い切れない状況ではあるな」





「あの生意気な小崎の妹とは続いてるの?」





「ああ。てゆーかそいつが、奈緒が俺の彼女だ」





「じゃあなんで桐山先輩の弁当食べてるのよ?それに休みの日に小崎真緒とデートしてるのも見られてるのよ。どういうつもり?」





「確かに我ながらフラフラしてるとは思ってる。けどいろんな事情が絡んでんだよ」





「それ話してよ」





「悪いが言えん。俺だけの問題じゃないからな」





「そうやって逃げるの?あんたってそんな軽薄な男だったんだね」





「俺をどう思おうがどう罵倒しようが好きにすればいい。けど奈緒や真緒ちゃんは悪くない。もちろん桐山もな」





「そんなの答えになってない。真面目に話しなさいよ!」





怒る涼。





「だから言えんと言ってるだろうが・・・」





ため息をつきつつ、





「お前さっき、襲われても自分の勝手だと言ったな」





「そうよ。そんなの襲われるほうも悪いのよ」





「その考えは今すぐ捨てろ。軽々しく口にするな」





厳しく真面目な口調でそう伝えると、





「えっ?」





涼は交戦的な顔つきから普通の女の子の表情を見せる。





「男に襲われた、レイプされた女の子ってのはとてつもない大きな心の傷を背負う。忘れたくても忘れられない辛い記憶をずっと引きずる。それはまともな日常生活さえ阻害する。見るも無惨な、ホント悲惨なもんだ。簡単に立ち直れるもんじゃない。軽視しすぎだ」





「それってつまり、あんたの身近な子がレイプされでもしたってこと?」





「もしそうだとしたら、俺が自分の判断だけでそんなことを言えると思うか?」





「それは・・・」





秀一郎に返されて言葉に詰まる涼。





「俺だって好きでフラフラしてるわけじゃない。奈緒ひとりで充分だ。けど奈緒の利害、真緒ちゃんの利害、さらに桐山の利害まで絡んで目茶苦茶だ。スパッと一本にしたいんだが、周りがそうさせてくれん。まあこんなの言い訳にもならんがな」





「あんたもいろいろ大変みたいだな。要は傷ついた子のためにやってるんだね」





「あくまで仮定の話だぞ。それが事実とは俺は一言も言ってないからな。傷ついたのが誰かなんて詮索するなよ」





「けどそれだとあんたに批難の目が集中する。それでもいいの?」





「だから俺をどう思おうが罵倒しようが好きにすればいいって言ったろ。後ろめたいことをしてるのは事実なんだからな」





「へえ、あんたって思ったよりずっと器が大きい男なんだね」





交戦的な色が消え、普通に好感を持った目を向ける涼だった。






NEXT