regret-63 takaci様
(ん・・・)
目が開く。
腕の中で奈緒が寝息をたてている。
ゆっくり身体を起こし、ベッドに備え付けられた時計を見る。
「8時か。確か寝たのが6時過ぎだったから・・・2時間くらいか」
若いので短い睡眠時間でも比較的余裕を感じられた。
奈緒の身体を揺さぶる。
「おい起きろ、朝だぞ」
「う〜ん・・・眠い・・・」
「そりゃお前がハリキリ過ぎたからだ。朝まで何度逝ったんだよ?」
「わかんない・・・また気持ち良すぎて記憶飛んでるもん・・・」
「なあ、お前って危ない薬とかやってないよな?」
「やってないよ〜。なんでそう思うの?」
「お前の逝きっぷりって異常じゃないか?何度も何度も我を忘れて完全に飛んでる感じだからな」
「それだけ秀が上手なんだよ。秀に抱いてもらって、ひとつになってるときが最高。でもあたしだけ楽しんだ気がしてちょっと悔しいかも」
「んなことない。俺も楽しかったよ」
「目標は秀に3発打たせるはずだったけど、2発だった。それもギリギリ」
「そんなの気にするなよ」
「気にするよ〜。菅野なんて夜通しだと5、6発打つらしいよ」
「マジかよ。それに付き合う御崎も大変だな」
「でもりっちゃん楽しそうだよ。全然苦になってないよ」
「まあ、嫌がってないならいいかもしれんが・・・」
「あたしも嫌じゃないから、秀も頑張ろ」
「いや、やめとこう。お前が壊れる」
「・・・かもね。逝き過ぎてどうにかなっちゃうかも」
「まあいい、身体洗って来いよ」
「・・・余韻と体力使い果たして立てない・・・」
「ったく、しゃあねえな」
秀一郎は奈緒を抱き抱え、バスルームに向かった。
身支度を整え、車でホテルを出る。
「やっぱ車っていいよね。堂々とラブホ入れるもん。歩きだと誰かに見られたら気まずいもんね」
「まあそうだけど、そんなつもりで車買ったわけじゃないからな」
「秀も首都高走りたかったんだよね?」
「ああ。けど現実目の当たりにしてちょっと引いた。あれはついてけん。金も命もいくらあっても足りん」
「自分のペースで走ればいいんじゃない?お父さんもそうだし」
「俺もそう思ってたけど、やっぱり夜通し走らないとダメらしい。ゴールデンタイムは午前2時から4時って言われても、そんな時間に走る気になれんよ。ガソリン代だけでもバカにならん」
「車の維持ってお金かかるもんね」
今まで奈緒とのデート費用はほとんど秀一郎が出していたが、車を買ってからは奈緒も出すようになった。
「でもあたしも仕事どうしよう。普通のバイトって時給安いからなんかやってらんないんだよね」
「けどそれが普通だぞ。高校生だと700円くらいが相場じゃないか?俺や奈緒は貰い過ぎなんだよ」
秀一郎のバイト先である弁護士事務所はかなり高額な時給になっているが、その分レベルの高い仕事が要求される。
奈緒のグラビア撮影もかなり高額なギャラが支払われていた。
「あたしは仕事続けてもいいし、他の事務所からオファーもあるんだけど、お姉ちゃんとセットでって話ばっかなんだよね」
「そりゃしかたないだろ。一卵性の双子だから価値があったんだ。奈緒ひとりじゃインパクトが足らん」
「あ〜あ、どっか割のいいバイトないかなあ」
「普通の勤労に勤しんで普通の感覚身につけたほうがいいと思うぞ」
「秀はそうしないの?」
「俺は今のバイトを続けるつもりだ。仕事はきついけど、こんな割のいいバイトはないからな。どんな理由であれ一度辞めたら二度目のチャンスはない気がする」
「けどこれから受験勉強もきつくなるよね。大丈夫?」
「なんとか両立させるよ。けど今日みたいにお前の相手をしてやれる時間は無くなるな」
「うん、あたし頑張る。だから秀も頑張ってね」
「ああ」
2学期に入り、かなり忙しくなった。
通常授業に加え特別補習にバイト。
無駄な時間はない。
金曜日の放課後、秀一郎は図書室で教材を広げていた。
沙織と一緒に受験勉強。
志望校、志望学課が同じなので効率よく勉強がはかどる。
しかも秀一郎からすれば沙織のほうが学力が上なので教わることも多い。
沙織の存在はかなり助けになっていた。
そして今日は真緒も一緒に勉強。
沙織と真緒はまるで姉妹のように仲がいい。
「ほんと、こうして見ると実の姉妹に見えるな」
「そうですね。桐山先輩って頼れるお姉さんみたいです」
笑顔の真緒。
「あたしはひとりっ子だから姉妹の感覚はわからないけど、真緒ちゃんみたいないい子が妹なら毎日楽しいだろうな」
ふたりとも満更ではない様子だった。
「ねえ佐伯くん、あさっての日曜日って空いてる?」
「ああ、今んところは」
「西川町の図書館に行かない?受験の参考書がたくさんあるみたいなの」
「そっか。じゃあ行こう。けど西川町って微妙な距離だなあ」
直線距離はさほどでもないが、公共交通機関だと結構な時間がかかる。
「無料駐車場があるから、車で行ければ近いかなって思ったんだけど、どうかな?」
「んじゃ車出すよ」
「ありがとう、助かる」
「それくらいならいつでも言ってよ。桐山には世話になりっぱなしなんだから」
「あの、すみません、お邪魔でなければあたしも行ってもいいですか?」
真緒が遠慮がちに切り出した。
「え?あたしは別にいいけど・・・」
「でも俺たち勉強で行くから、真緒ちゃん退屈じゃない?」
「大丈夫です。本読んでますから」
戸惑い顔のふたりに笑顔を見せた。
「じゃ3人一緒に行こう。んで奈緒はナシだな。あいつが来たら絶対邪魔される」
「わかりました。あたしからよーく言って利かせるので」
3人笑顔に包まれた。
終鈴が鳴り、揃って図書室を出る。
校内は少し薄暗くなっている。
そんな廊下に佇むセーラー服がひとつ。
木刀を掲げている。
「なにやってんだ槙田?こんな時間に」
「あんたを待ってたんだよ、佐伯秀一郎」
鋭い目つきは既に交戦モード。
「俺はお前とやり合う予定はないけどな」
「あんたになくても、あたしにはあるんだよ。人の道を外す真似しやがって・・・」
かなり強い怒りを見せる。
(またヘンな噂を聞き付けたのか?けど二股かけてるのは事実だし・・・)
上手くごまかす言葉を出そうと思考を巡らせていたら、
「センパイ、もうきちんと相手したほうがいいですよ」
真緒が真顔でそう告げた。
「マジで言ってるの?」
「あの子にどんな言葉を向けても無駄でしょう。大丈夫です。いくら木刀持っててもセンパイなら素手で勝てます」
「・・・ったく、しゃあねえな」
不本意ながら前に出て、涼と向き合い構えた。
「覚悟しな!」
涼が突っ込んできた。
木刀が振り落とされる。
それを際どいタイミングでかわし、懐に入り側面に回る。
涼もそれに対応して向きを変える。
「うっ!?」
涼の動きが止まる。
秀一郎の拳が涼の顔面に寸止めで捕らえていた。
「もうこれで充分だろ。悪いが女の子を殴るわけにはいかないからな」
「そうやって情けをかけられるのが1番ムカつくんだよ!」
涼の怒りは収まらない。
(やれやれ、どうしたもんかねえ)
悩んでいると、
「わかった、じゃああたしが相手します」
真緒が前に出た。
「へえ、面白いじゃない。ずっとはぐらかされてばかりだったけど、ようやく本気になったってわけね」
涼も引かない。
「あたし、手加減なしで全力で行くから。だから死ぬ気でかかって来なさい」
凜とした声は明らかに本気モード。
「言われなくたって、あたしも全力であんたを潰す!」
真緒に突進する涼。
真緒も出た。
交錯するふたり。
ここで真緒は高速で不規則な動きを見せる。
瞬時に懐に入り、蹴りを出す。
涼は木刀で咄嗟にガード。
だが、
ボキイッ!
バアン!
左のダブルステップが木刀までへし折って脇腹を直撃、反動で涼の身体は壁に叩き付けられた。
「きゃっ!?」
「げっ!?」
沙織も秀一郎も顔が蒼い。
去年の夏、ガタイのいい大男を仕留めた大技。
それを女の涼に繰り出すとは思わなかった。
「ちょっと真緒ちゃん、やり過ぎだ」
「こーゆー相手に情け容赦は禁物です。向こうも本気でした。だからあたしも本気を出しました。せめてもの礼儀です」
「礼儀って・・・」
涼は脇腹を押さえうずくまっている。
「おい大丈夫か?」
手を差し延べようとしたが、
「センパイ、情けは禁物です。逆にこの子のプライドを傷つけます。放っておいて行きましょう」
「けどこの状況どう説明するんだよ?」
「ここは階段の踊り場です。転げ落ちて打ち所が悪くアバラが折れたってことで通るでしょう。それより他の生徒や先生に見つかるほうがまずいです。行きましょう」
真緒は冷たかった。
足早に立ち去る。
沙織も戸惑い顔で真緒について行く。
「おい槙田、これ以上真緒ちゃんにちょっかい出すなよ。本気で怒らすとマジ恐いからな」
後ろめたい気持ちを残して真緒に続いた。
(けど真緒ちゃん、前よりいろんな意味で強くなった気がする)
小さな背中がより大きく感じていた。
25時30分。
C1外回り。
「見つけた」
台場線から合流したら、黒の997ターボが目に入った。
つかさは愛機Z34に鞭を入れる。
「西野さん、ようやく仕上がったのね」
つかさの姿をミラーで捕らえた綾もアクセルを踏み込んだ。
戦いの火ぶたが切って落とされた。
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