regret-61 takaci様

夏休みも終盤。





受験生の今年は長期休暇という感覚がなかった。





夏季講習も多く、バイトも忙しかった。





さらに全国模試。





ここでの成績が悪ければ秀一郎はバイトを辞めることになっていたが、なんとか基準の成績はクリアして続けられることになった。





とにかく慌ただしい日々で、まともに遊べなかった。











「よっ、佐伯くん」





「おっ、御崎か」





講習が終わり昇降口で里津子が声をかけてきた。





「これからお昼一緒にどうかな?今はお弁当ないんだよね」





夏季講習は原則午前の4時間のみなので弁当の必要はない。





「ああ、別にいいよ」





ということでふたりは近所のファーストフード店に行った。





「真緒ちゃんの回復が思ったより全然早くてよかったよ。あれなら2学期から登校出来そうだね」





「そうだな。普通に笑うようになったし、朝練でも切れが戻ってきたからなあ」





「でも、佐伯くんが真緒ちゃんにしてあげたことは女の子としてはどうかと思うけどね」





ギクッとした。





それが顔に表れる。





里津子はポテトをくわえながら思いっきり意味深な目を向けている。





「・・・なんの話だ?」





とりあえずとぼける秀一郎。





「まあ、今は佐伯くんと真緒ちゃんは恋人同士だからなにしようと勝手だけどさ、越えてはならない一線てあるでしょ」





どうやら全て見透かされている。





真緒を抱いたことはふたりの秘密になっている。





秀一郎がバラすわけにもいかないし、口の固い真緒がしゃべったとも思わない。





たぶん真緒のちょっとした変化に感づいたんだろう。





以前もカマかけられてつい秘密を口にしてしまったことを思い出す。





「俺は真緒ちゃんが元気になるようにしてあげただけだ。それがよかったんだろうな」





「まあねえ、真緒ちゃんも佐伯くんが好きだし。好きな人に抱かれるって元気付けられるもんねえ。あたしもそうだったし」





「んっ!?」





驚いてポテトが詰まりそうになったが、レモンティーで流し込んだ。





「お前なあ、いくら知った仲とは言え、そんなこと男の前で言うなよ」





要は里津子は菅野に抱かれたことを告白したようなものである。





「あたしは佐伯くんと本音トークがしたいだけ。だからここだけの話。嘘や隠し事はなしで行こうよ」





里津子は本気の目を見せる。





「わかったよ。んじゃあらためて聞くけど、真緒ちゃんがしゃべったわけじゃないだろ?」





「真緒ちゃんはなにも言ってないよ。けど態度見ればバレバレ。佐伯くんに抱かれたのがよっぽど嬉しかったみたいね。エッチに対する恐怖感もなさそうだし」





「まあ、結果的に真緒ちゃんが回復したからよかったけどな」





「で、どっちから言い出したの?佐伯くん?それとも真緒ちゃん?」





「俺がそんなこと真緒ちゃんに言うと思うか?」





「う〜ん、あたしの知ってる佐伯くんなら、言わないよねえ」





「それが正解。俺にはそんな度胸ない。真緒ちゃんがあまりに必死に言い出して、俺も断りようがなくて・・・って言い訳にもならんけど、でもマジでプレッシャーだったよ。一歩間違えれば悪化する可能性大だ」





「そこまでわかっててやったんならあえてなにも言わないけどさ、けど罪悪感みたいなもの感じなかった?」





「あるに決まってる。奈緒には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。バレたらグズるくらいじゃ済まんだろうし」





「最近奈緒ちゃんと逢った?」





「なんだかんだでほぼ毎日顔は逢わせてる。真緒ちゃんの部屋には通ってるんだからそのときにな」





「どんな話してる?特別変わった様子ない?」





「いや特には。ただ最近わがまま言わないなあ」





「そっか。奈緒ちゃん大人になったね」





「どういう意味だ?」





「奈緒ちゃん、とっくに気付いてるよ。佐伯くんが真緒ちゃんを抱いたこと」











ハンバーガーの味がしなくなった。





「・・・マジか?」





秀一郎の顔が変わる。





「気付くなってほうが無理な話かもね。だってあの真緒ちゃんの急激な回復を目の当たりにすれば。真緒ちゃんも佐伯くんが好きなのわかってるし、それであの元気の出方を見ればどんな鈍感でも気付くよ。好きな人から隅から隅まで愛されたってね」





「けどあいつなら絶対に文句のひとつやふたつは言って来るぞ」





「そこを我慢してるんだよ。そもそも奈緒ちゃんが佐伯くんに恋人役頼んだんだから言えないんだろうね」





「あの奈緒が・・・」





言葉を失う。





「で、いつまで真緒ちゃんの恋人役続けるの?」





「それが悩みの種なんだよ。もうかなり元気になったからそろそろ終わりにしようか、って真緒ちゃんに切り出したら、すごく悲しい顔されてさ。なんか今にも泣き出しそうな感じになって。そんときは慌てて撤回したんだけど、それっきり」





「ちょっと、さすがにそれはまずくない?」





「そうなんだよ。真緒ちゃんは終わらせたくないみたいなんだ。だからってこのままズルズルってわけにもいかんし、なんとか上手くキリつけたいんだよなあ」





「もうそろそろ奈緒ちゃん我慢の限界だよ。全然構ってあげてないでしょ?」





「まあバイトやら講習やらで忙しかったし、空いた時間は真緒ちゃんの相手だったからなあ。ホント顔逢わせて少し話するくらい」





「ぶっちゃけ聞くけど、真緒ちゃんの相手し始めてから奈緒ちゃん抱いてあげた?」





「・・・いや、全然」





「じゃあ、真緒ちゃん抱いてばかり?」





「そ、そんな頻繁にはやってないぞ。ただ、真緒ちゃんから誘われると断れないっつーか・・・」





「佐伯くん、自分で言ってて危機感しない?」





「・・・感じてるよ。思いっきりな」





かなり焦燥感漂う顔つきになっている。





「まあ佐伯くんはいいよ。相手が奈緒ちゃんから真緒ちゃんに替わるだけだし。けど・・・」





「ちょっと待て、全然よくない。あくまで真緒ちゃんとは期間限定だ。こんなことで奈緒を失いたくないぞ」





必死に弁明する秀一郎。





「でもさあ、男が手を出しておいてそれで終わりにしようとはちょっと言い出しにくくない?ましてや真緒ちゃんから誘うなんて、よっぽど好かれてるよ。そんな真緒ちゃんが終わりにしようと言い出すとは思えない」





「・・・そう、なんだよなあ・・・」





「こりゃ一歩間違えば泥沼だね。双子の姉妹がひとりの男を廻る争いか。なんかドラマになりそう」





「冗談のつもりで言ってるんだろうが、マジでそうなりそうだから怖いんだよ。あ〜なんで真緒ちゃん抱いちゃったんだろ。これで奈緒無くしたらめっちゃ後悔するぞ」





「いまさら悔やんでもしかたないでしょ。もうなるようにしかならないんじゃないかな」





「どうなるんだよ?」





「まあ普通の子なら愛想尽かしておしまいなんだけど、姉妹揃って愛情いっぱいだもんね。奈緒ちゃんと真緒ちゃん、強いほうが勝つんじゃない?」





「んじゃ真緒ちゃんが勝ったら、俺は真緒ちゃんと付き合うのか?」





「不満?」





「てゆーか思いっきり気まずいだろ!」





「じゃ奈緒ちゃんと元に戻ったなら、真緒ちゃんとは気まずくないの?」





「そりゃあ、全くってわけにはいかないけど、そもそも真緒ちゃんとは期間限定で始まったんだ。だからその期間が終了ってほうが多少すっきりする」





「まあ理屈は通るよね。でも感情がそこまで簡単に割り切れるもんじゃないと思うけどなあ」





「いまさらこんなこと言うのもなんだけど、真緒ちゃんの性格が掴み切れん。ふたりとも気が強くて負けず嫌いなのは一緒だが、奈緒は駄々っ子で真緒ちゃんは聞き分けがいいって感じだったけど、真緒ちゃんも結構我が強いっつーか・・・」





「逆よ逆。奈緒ちゃんのほうが従順。真緒ちゃんは引かないタイプね」





「え?奈緒が従順?」





「だってあの子、佐伯くんの言うことはちゃんと従うもん。表面上はわがまま駄々っ子だけど、根っこは佐伯くんのイエスマン。だから佐伯くんも奈緒ちゃんがいいって思うのよ。付き合いやすいから」





「いや、そんなふうに思ったことはないぞ。奈緒のほうが手を焼くから・・・」





「いつもわがまま駄々っ子で手を焼くけど、それは許容出来るレベルで本気で困らせることはしない。で、いざというときは従順に従う。それが奈緒ちゃん。天然なのか確信犯なのかはわからないけどね」





言われてみて振り返ると、確かに奈緒は秀一郎を本気で困らせることはしていない。





と同時に、以前真緒が言った言葉を思い出す。





『センパイは見てないですから。あの子の陰の努力を』











その日の夜。





秀一郎は机に向かい宿題を片付けているが、なかなかはかどらない。





奈緒のことが頭から離れない。





(あいつはどんな気持ちで俺と真緒ちゃんを見てたんだろう・・・)





里津子の指摘でようやく気付いた奈緒の本質。





(確かに御崎の言う通りだ。あいつは俺を本気で困らせたことはなかった。ホントに俺を気遣って・・・)











携帯が鳴った。





サブディスプレイには奈緒の文字。





「もしもし」





『秀、ゴメン、あたし帰れなくなっちゃった』





やけに暗い声が不安にさせる。





「は?いまどこにいるんだ?」





『まだ付き合い始めた頃に行った時計台の前』





「あんなところに?」





ちょっと遠出して電車とバスを乗り継いで行った郊外の公園にある綺麗で立派な時計台。





現時刻は23時を過ぎている。





バスはもうないはずだ。





「今から迎えに行く。そこで待ってろ。あと家にはちゃんと連絡入れとけよ」





『ゴメンね』





簡単に身支度をして、すぐ車に飛び乗った。





(普通なら1時間くらいかかるけど、この時間ならそこまでかからん)





空いた道を少し速いペースで走る。





しばらくするとフロントウインドウに雨粒が当たり出した。





(急がないと)





アクセルを踏む右足に力を入れようとしたときに、奈緒の父、真也の言葉を思い出した。





『この車は200馬力オーバーのFR車だ。乗ってて楽しいし速いけど、ちょっとした操作ミスがスピンから事故に繋がる。雨の日、特に降り始めは気をつけるんだ』





(急ぎたいけど、それで俺が事故ったら本末転倒だ)





もどかしく感じながら、焦る気持ちを抑えて走る。











40分ほどで目的地の公園に着いた。





照明は点いているが、広い駐車場に他の車はない。





雨も本降りの無人の公園。





秀一郎は傘を差し、時計台に急いだ。





走ること数分。





ライトアップされている時計台が目に入る。





その前に佇む小柄な人影。





「奈緒!」





「秀、ゴメンね・・・」





「なにやってんだよ?雨宿り出来る場所いくらでもあるだろ」





奈緒は全身ずぶ濡れ。





「だって、秀がここで待ってろって・・・」





「お前バカか!」





「うん、バカだよ。だからどうしていいのかわかんない・・・」





泣き出して秀一郎に抱き着いた。





「奈緒・・・」





「あたし、お姉ちゃんが元気になるなら頑張ろうって思った。秀ならお姉ちゃんを元気にしてくれるって信じてた。そうなって欲しかったし、なれば嬉しいって思ってた。けど・・・苦しい。お姉ちゃんと秀が仲良くしてるの見るのが辛い・・・秀が遠くなる・・・見えなくなる・・・そんなわけわかんない不安でいっぱい・・・あたし・・・」





「奈緒、もういい。俺が悪かった。ゴメン」





両腕で小柄な奈緒をぎゅっと抱きしめる。





転がる傘。











時計台が午前0時の鐘を鳴らす。





(俺は気付いてやれなかった。奈緒の心が壊れかけていたことに・・・俺もバカだ。でももう迷わない)





雨に打たれながら、抱く存在の大切さにあらためて気付く秀一郎だった。












25時30分。





小雨がぱらつく首都高。





「ぐっ・・・」





淳平は綾の助手席で、いままで体験したことのない強烈な加速Gに驚いていた。





(ウェットでこの加速かよ。なんなんだこの車は)





リニューアルした綾の997ターボが牙を剥いた。





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