regret-60 takaci様

夏休みに入った。





だが秀一郎たち3年生は夏期講習があるので長期休暇の気分はない。





いつも通り学校に行き、バイトもこなす日常生活。





そして最初の土曜日、





1日休みのこの日、秀一郎は車で小崎宅を訪れた。





「おはよう、秀」





奈緒が出迎える。





「ああ、おはよう。で、真緒ちゃんは?」





「まだ準備中。お姉ちゃんはホント遅いからねこーゆーのは、まあ頑張るのはいいんだけどさ」





少し呆れ顔の奈緒。





待たされること20分ほど、





真緒が出てきた。





「センパイおはようございます。お待たせしてすみません」





「いやいや気にしないで、これくらい待たされるのこいつで慣れてるから」





と奈緒を指差す。





「女の子がデートの準備に時間かかるのは仕方ないの!それにほら、お姉ちゃんかわいいでしょ?」





確かに真緒はいつものシンプルな服装ではなく、女の子らしいスタイルに身を包んでいる。





「うん、真緒ちゃんそーゆーの似合うよ。奈緒よりセンスいいんじゃない?」





「あ、ありがとうございます。うれしいです」





笑顔を見せる真緒。





「う〜っ・・・」





引き合いに出されてからかわれた奈緒は膨れっ面。





「じゃ、そろそろ行こうか」





「はいっ!」





ふたりは車に乗り、真緒はウインドウを下げた。





「じゃ、奈緒、今日1日センパイ借りるね」





「うん、デート楽しんできてね」





笑顔で見送る奈緒。





ゆっくりと車は発進した。





見えなくなると、奈緒の笑顔が曇っていた。





「けど奈緒も変わったよな。あんな笑顔で見送るなんてさ」





「けど、今頃は拗ねてると思いますよ。センパイが他の女の子と仲良くしてるのはホント嫌みたいですから」





「まあ多少のやきもちはかわいいし、俺もそうあって欲しいと思うけど、奈緒は度が過ぎてるからなあ」





「けど、それだけセンパイが好きなんですよ。奈緒が風邪引いて桐山先輩が代役で行ったデートの日もずっと不機嫌でしたから」





「そっかあ。けど俺にはなにも言ってきてないけどなあ」





「その日の夜に、あたしが騒ぎ起こしてそれどころじゃなくなりましたから」





「あっ、ゴメン」





秀一郎が沙織とデートして、ちょうどキスをしていた頃、真緒は泉坂高校で襲われていた。





「いえ、大丈夫です」





笑顔を繕う真緒。





「ちゃんと寝てる?ごはん食べてる?」





もともとスレンダーな真緒だが、事件以降はさらに痩せたように見える。





「まあ、なんとか倒れて迷惑かけない程度にはやってます。薬に頼るのは嫌なんですけど、でも・・・ないとダメですね」





「御崎もまだ薬使ってるって聞いた。でも元気に楽しそうにやってる。頼るものは頼るべきさ。焦る必要はないんだからさ」





「はい。それに、よかったこともあります。もうお仕事しなくてもよくなりましたから・・・」





「真緒ちゃんには負担だった?グラビアとかは」





「そうですね。奈緒は楽しんでたみたいですけど、あたしはちょっと・・・だから少しだけホッとしてます」





「そっか」





真緒と奈緒は外村の会社で芸能活動をしていたが、契約打ち切りになった。





真緒が襲われたときに映像が撮られ、それがネットの裏サイトから流出していた。





判明してから菅野のルートで即消去させたが、漏れた事実は明らかで、これが真緒の契約不履行に抵触してしまった。





外村にも事情を説明して理解はしてもらえたが、仕事とは別問題ということで契約解除になってしまった。





「でもこれで真緒ちゃんは普通の女の子に戻ったわけだ。それはいいことかもしれんな」





「そうですね。雑誌に載る度に騒ぐ男子にはうんざりしてましたから」





「これからは気がねなく外を歩けるんだから、前向きに行こう」





「はい」





真緒の笑顔が繕った感じから、ほんの少しだけ自然になった。











夏休みに行く場所は海か山。





去年は大人数で海水浴に夏祭り。





ちょっとしたトラブルもあったが、楽しい思い出。





そして今年は、今日は山に向かう。





車で2時間ほど飛ばして、着いた先は軽井沢。





避暑地では有名な場所。





「へえ、やっぱ涼しいなあ。東京とは大違いだ」





「センパイも初めてですか?」





「ああ、軽井沢ってセレブの避暑地ってイメージあるから行こうとも思わなかった。いろいろ高そうだし」





「でも、今日はそんな心配ないですからね。お小遣たくさんありますから」





今日のデート費用は全て真緒持ちになっている。





出元は支払われた多額の慰謝料。





全ては真緒を元気付けるため、真緒のためのデート。





とりあえず街に出る。





やはりどこかお洒落な感じがする。





秀一郎は少し場違いな感覚だった。





やはり避暑地のメッカ。





観光客も多い。





若い男のグループとすれ違う。





真緒の表情がさっと曇った。





少し脅えの色を見せる。





「真緒ちゃん、大丈夫」





秀一郎は笑顔で真緒と手を繋いだ。





「センパイ・・・」





「俺がついてるから大丈夫。心配ない」





「・・・はい」





真緒に笑顔が戻った。





そのまま手を繋いで歩く。





「あたし、センパイと手を繋ぐってちょっと抵抗あったんです。あ、嫌って意味じゃないですよ。ちょっと自信なくて・・・」





「自信って、なにが?」





「あたし普段から鍛えてばかりだから手が固いんです。奈緒は女の子らしい柔らかい手をしてるから・・・センパイは奈緒の手の感触に慣れてるから、変な感じ受けるんじゃないかなあって・・・」





「そんなことないよ。言われてみてなんとなく気付くレベルじゃん。ちゃんと女の子の柔らかい手だよ」





「ホントですか?」





「ああ」





「よかったあ・・・」





ホッとした笑みを見せる真緒。





手を繋いでいると、真緒は安心した顔を見せる。





ただ男の団体とすれ違うたびに、握る力が強くなる。





(真緒ちゃんの心の傷は、まだ相当深い)





強い力を感じるたびに、秀一郎はそう思っていた。





いろんな店を見て回り、ちょっと豪華そうなレストランで昼食をとる。





基本的に真緒は笑顔を見せているが、若い男の団体が目に入る度に脅えの色を見せる。





昼食後もいろいろ廻ろうとしたが、真緒の精神が限界に近いと感じていた。





公園に入りベンチに腰掛ける。





「真緒ちゃん、今日はもう帰ろう」





「えっ、でもまだいろいろ行きたいところが・・・」





「今日の真緒ちゃんじゃ無理だ。ほら、手がこんなに汗ばんでる。もっと暑いところで手を繋いでてもこんなにはならない。緊張し過ぎだ」





「そ、そんなことないです。ちょっと恥ずかしいのとうれしいから汗ばんでるんです。センパイと手を繋いで歩くなんてうれしくてドキドキしっぱなしで・・・」





「それは違う。真緒ちゃんはまだ脅えてる。男の集団を目にする度に力が入ってる。心を落ち着けるにはここは人が多過ぎる。いまの真緒ちゃんにはまだ早い」





はっきりそう伝えると、真緒の笑顔が消えた。





「・・・はい、やっぱり怖いです。センパイが手を繋いでくれてなかったらまともに歩けなかったかもしれません」





「そんな状態じゃこれ以上は無理だ」





「でも、まだ終わらせたくないです。せっかくセンパイとふたりっきりの1日なのに・・・」





「いつでも付き合うよ。けどもっと元気になってからね。何度も言ってるけど、焦らなくていい。焦っちゃダメなんだ。ね」





優しく言い聞かせる。





「はい。じゃあひとつだけ、あたしのわがまま聞いてください」





真剣で真っすぐな目をぶつけてきた。





「ん、なに?」





笑顔で応える秀一郎。





真緒は秀一郎の身体を抱きしめた。





「これから・・・あたしを抱いてください」





「・・・」





言葉を失う。





状況を整理するのに少し時間を要した。





「あの、それは・・・こうやって抱きしめる、って意味じゃないよね?」





首を横に振る真緒。





「・・・本気で言ってるの?」





今度は首を縦に振る。





とにかく困った。





「真緒ちゃん、確かに俺はいま、真緒ちゃんの恋人役だ。でもだからってそこまでは出来ないし、真緒ちゃんもそれを許しちゃダメだ。もっと自分を大切に・・・」





「あたし、怖いままなのは嫌なんです」





「だからそれは少しずつ時間とともに・・・」





「無理です。あたしにとってセックスってレイプだけ。あんな怖くて、辛くて、痛くて・・・思い出す度に震えます。でも奈緒は、あの子はセンパイに抱かれた翌日はホント上機嫌で幸せそうで・・・やってることは大差ないのに、全然違う。だからあたしも幸せな気分を感じたいんです」





「だからそれは真緒ちゃんが本当に好きな誰かと巡り逢えれば・・・」





「だから、それがセンパイなんです」





「えっ?」





「今日あらためてそう感じました。センパイが側にいてくれれば、あたしは笑顔でいられる。センパイが手を繋いでくれたから街を歩けた。だからセンパイならあたしの全てを捧げられます。だからお願いです、あたしを・・・」





「でも・・・」





「やっぱり汚れた女の子は抱きたくないですか?」





涙目でこんな言葉を発する。





「そ、そんなことない!」





思わず強い言葉で否定した。





と同時に、後戻り出来ないとも感じた。





「お願いします、こんなこと頼めるのセンパイだけです。奈緒には絶対に秘密にします。迷惑なのはわかってます。けど・・・お願いします」





泣きながら懇願する真緒。





いまの秀一郎にはこの申し出を断る言葉が見つからなかった。












強い罪悪感を感じた。





プレッシャーもあった。





だがそれらを全て飲み込み、真緒の身体を優しく抱いた。












「あたし、奈緒がセンパイに夢中になるわけがなんとなくわかった気がします」





「なんで?」





「だって、センパイすごく優しいし、気持ちいい。全然違いました。抱かれるってこんなに素敵なんですね」





屈託ない笑顔を見せる真緒。





「俺はとにかく真緒ちゃんに笑顔が戻ってホッとしたよ。奈緒と初めてのときより緊張した。一歩間違えれば悪化する危険性大だったからなあ」





「奈緒とあたし、センパイはどっちがよかったです?」





「それは・・・聞かないでよ。マジ答えに困るから」





本当に困り顔を見せる秀一郎は、心地よい疲労感とともに大きな罪悪感を感じていた。






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