regret-59 takaci様

真緒が襲われてから4日。





事件は裏側から調べられている。





とにかく真緒はなにも話さない。





秀一郎からもそれとなく聞き出そうとしたが、肝心なところは語ろうとしない。





ショックで話せないと言うより、強い意思で固めて口を割らないようにしていると感じていた。











昼休み。





秀一郎は学食に向かおうと席を立った。





「佐伯くん」





沙織が声をかけてきた。





「ん、なに?」





「今日も学食?」





「ああ、ちょっと真緒ちゃんの休みが長引きそうだからな。夏休みまでは学食だ」





「あの、よかったらこれ・・・」





と、ナプキンに包まれた弁当箱を差し出してきた。





「えっ、俺の分?」





「ゴメン、迷惑だった?」





「いや、そんなことはないけど・・・ホントにいいの?」





「うんっ!」





沙織の笑顔が輝いた。





元旦に沙織の手料理を食べたが、弁当も同じように美味しかった。





「よかったあ。佐伯くんの好みじゃなかったらどうしようかと思ってたから」





「んなことないって、桐山は料理上手いんだから自信持てよ」





「ありがとう。でも不謹慎だけど、真緒ちゃんに感謝かな」





「なんで?」





「だって真緒ちゃんが休んでるから、あたしのお弁当食べてもらえる機会が出来た。あたし、最近真緒ちゃんの姿見てないから少し気になってたけど、りっちゃんに相談したら背中押してくれたんだ」





「御崎が?」





「うん。その・・・真緒ちゃんしばらく休むから、その間は奈緒ちゃんのお弁当食べれないからって聞いたの。それならって思ってね」





「そっか」





「あたし、真緒ちゃんが元気になるまではお弁当用意するよ。いいかな?」





「いいもなにも、俺としてはありがたいよ」





沙織の申し出を断る理由がなかった。





だが、内心は複雑だった。











放課後、面談室に集まる前に里津子に聞いた。





「お前、桐山にどこまで話したんだ?」





「なにも言ってないよ。ただチャンスだよって言っただけ」





「チャンス?」





「佐伯くんが奈緒ちゃんのお弁当が食べれない状況。ある意味では距離が開いてる。沙織にとってはチャンスでしょ」





「ちょっと待て、俺はいま真緒ちゃんの恋人役やってんだぞ。こんな状況で桐山まで相手しろって無理だろ」





「ただ沙織のお弁当食べるだけじゃない。そんな負担じゃないでしょ?」





「・・・絶対それだけじゃないだろ?」





「まあねぇ。ま、沙織の頑張りと佐伯くんの捉え方次第かな」





「お前の狙いはなんだ?」





「特にないよ。ただ佐伯くんに選択肢を与えただけだよ。奈緒ちゃんに真緒ちゃんに沙織。誰を選ぶかは佐伯くんの意思だから」





「そんな選択肢はいらん。ひとりで充分だ」





「佐伯くんってそーゆーところ真面目とゆーか、一途だよね。ま、それはいいことなんだけど、も少しアバウトになってもいいと思うなあ」





「フラフラしてたら木刀の餌食になりそうだから嫌だ」





槙田涼の鋭い目つきを思い出す。





「ま、ゆっくり考えなよ。焦る必要ないんだからさ」





面談室の扉を開くと、既に黒川が待っていた。





「毎日すまないな。小崎はどうだ?」





「真緒ちゃんはなにも話しません。でも手掛かりは見つかりました」





「なんだ?」





「襲われる直前に島村美樹って子とメールのやり取りしてました」





里野子の報告で新たな名が浮上した。





「島村って、ウチでそんな名前の先生がいたんじゃないか?」





「ああ、2年で世界史を教えている。家は確か・・・小崎とそんなに離れてない。同じ学区内になるはずだ」





「真緒ちゃんの中学時代の友達です。妹の奈緒ちゃんも知ってました。違う高校になったんで少し疎遠になったそうですが、仲は良かったみたいです」





「島村先生にはそれくらいの娘がいたはずだ。たぶん同一人物だろう。しかし島村先生とはな」





「どんな先生なんです?」





秀一郎も里野子も学年が違うのでよく知らない。





「生徒の評判は悪くない。丁寧でわかりやすい教え方をする。ただ最近顔色が良くない。噂では大きな借金を抱えたと聞いているが・・・」





「あたしたちは美樹ちゃんの方から調べます。先生は島村先生の調査をお願い出来ませんか?」





「わかった」





ふたりは面談室を出た。





「なあ、その島村美樹ちゃんだっけ。どうやって調べたんだ?真緒ちゃんが話したんじゃないだろ?」





「和くんのルートで真緒ちゃんの携帯の通話とメールの履歴を追ったの。そしたらその子の名前が出てきた。あ、このこと真緒ちゃんには内緒だからね」





「さすが菅野だな。で、どうすんだ?その美樹ちゃんって子に会いに行くのか?」





「それはまだ。その子がどう絡んでるのか下調べしてから。でももうそんなに時間はかからないよ」





里野子は調査のため菅野のもとへ向かい、秀一郎もバイトに行った。





バイト中に里野子から『事件の概要は掴めた』とメールが来た。





バイトが上がり、真緒の部屋に。





少し微笑みを見せるようになったが、表情は固い。





ほどなくして里野子も来た。





「真緒ちゃん、もういいよ。今夜中にケリがつくから」





「えっ?」





真緒の顔が変わった。





「美樹ちゃんの安全は確保した。島村先生も全てを認めた。犯人も半分は捕まえたし、バックの連中も押さえた。だからもう大丈夫」





「美樹は・・・美樹は無事なんですか?」





「あたし美樹ちゃんに会ってきた。少し参ってる感じだけど、今の真緒ちゃんよりはよっぽど元気だよ。彼女も真緒ちゃんのこと心配してた」





「そんな・・・あたし・・・心配される立場じゃない・・・あたしが・・・美樹を・・・巻き込んで・・・」






ボロボロと泣き出す真緒。






「どういうことなんだ?説明してくれ」






「全ては真緒ちゃんを陥れるための巧妙で卑劣な罠だったの」











犯人は原田の残党たち。





真緒の圧倒的な強さに恐れつつも強い怨みを抱き、復讐のために入念な下調べをして、友人の島村美樹をターゲットにした。





父親を罠に嵌め、莫大な借金を吹っ掛け、その引き替えに娘の美樹の身体を奪った。





徹底的に凌辱の限りを尽くし、さらにその映像を闇ルートで販売した。





そして美樹と父親の立場を利用して密室になる日曜夜の泉坂高校に真緒を呼び出し、美樹を人質にとり、その映像を見せ付けた。





真緒にショックを与え、戦意を喪失させるには充分だった。





そして真緒は抗うことが出来ず、親友の目の前で凌辱された。





もし真緒が口を割れば、美樹に更なる被害が及ぶ。





だからなにも言えなかった。





「なんて奴らだ。心底腐ってやがる」





怒りをあらわにする秀一郎。





「真緒ちゃんを襲った全員残らず今夜中に身柄を押さえる。雁首揃えて詫び入れさせれるけど、どうする?もう顔も見たくないよね?」





「・・・はい。今更謝られても・・・許す気には・・・なれません・・・」





「じゃあそいつらは和くんに任せる。もう二度と復讐しようなんて思わせないくらい徹底的にやってもらうから」





こう言い切った里野子の顔に秀一郎は少し寒気を感じた。











翌日、まず菅野と里野子が揃って報告に訪れた。





「いろいろ迷惑かけてすみません」





真緒はか弱い声で菅野に頭を下げた。





「いや、詫び入れるのはこっちだ。俺がきちんと後始末しなかったことが今回の件に繋がった。あのとき助けてもらったあんたにこんな辛い思いさせちまって、本当にすまなかった。きっちり全員オトシマエつける。もう二度と顔を合わせることはないだろう」





「どうするんだ?」





秀一郎が尋ねると、





「・・・世の中には知らないほうがいいってことがある。だから聞くな。とにかく任せろ」





「かなりあくどいことを繰り返してた連中だから、同情の余地はないよ」





菅野も里野子も冷たい目でそう答えた。











その日の夜。





泉坂高校の校長が島村教諭と娘の美樹を連れて謝罪に訪れた。





「真緒、ごめんね。あたし弱いからなにも出来なくて・・・ホントゴメン・・・」





「美樹は悪くない、全てはあたしが無茶して、それが美樹を巻き込んじゃった。ゴメン・・・」





抱き合い泣きながら謝るふたりの親友。





「全ては私が原因です。ちょっとした油断が生徒を、真緒さんに取り返しのつかない傷を負わせました。本当に申し訳ありません」





島村が両親と真緒に土下座して頭を下げた。





「私どもは去年、真緒さんに助けていただきました。その恩を仇で返す形になり、弁明の余地はありません。誠に申し訳ございません」





校長も揃って土下座した。





両親の真也と由奈も態度を硬化することはなかった。





全ての発端は真緒が振るった『強すぎる力』。





それがわかっていたので、強い言葉を言えなかった。













「結局、金で解決か。なんかやり切れないな」





全てが終わり、奈緒の部屋で秀一郎がぽつりとそう漏らした。





事件は表ざたにはせず、泉坂高校と加害者から多額の慰謝料を支払うことで和解した。





さらに島村教諭は責任をとり依願退職。





「でも、失ったものはもとに戻らない。戻せって言うのも無理な話。だからお金で解決するしかないんじゃない?秀のバイト先の弁護士事務所で扱う事件もほとんどがお金で解決でしょ?」





「まあなあ。でも、金を払ってはい終わりってのもなあ。まあそれが大人の世界なんだろうけど、真緒ちゃんが負った傷は金で解決出来んぞ。もとに戻るまでどれだけかかるか・・・」





「そうだね。でもそのためにあたしたちが頑張らなきゃ。秀もしっかりお姉ちゃんお願いね」





「ああ」





今後の方向性は決まりつつも、やり切れない後味の悪さを感じる秀一郎だった。




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