regret-58 takaci様

「秀、しばらくお姉ちゃんを恋人だと思って接してあげて」





「えっ?」





秀一郎の両親がまた不在なので、奈緒が出向いて夕飯を作り、ふたりで食卓を囲んでいるときに奈緒が切り出した。





「お姉ちゃんはずっと辛い思いしてた。あたしが秀と仲良くいちゃついてるのがお姉ちゃんには苦痛だったの。ずっと今まで。あたしもそれに気付いてたけど、仕方ないと言い聞かせてた。だって秀はひとりしかいないんだもん」





「それってつまり・・・」





「そう。お姉ちゃんも秀が好きなの。まあ当然かもね。一卵性の双子なんだから」





「・・・」





言葉を失う秀一郎。





「秀は気付いてなかった?お姉ちゃんの気持ち」





「まあ嫌われてはいない、好感は持たれてるくらいは感じてたけど、そこまでとは思わなかった」





「秀って意外と鈍いよね。秀を好きな女の子なんてゴロゴロいるよ。考えただけで気が滅入るよ」





苦笑いを浮かべる奈緒。





「そりゃ女の子から好かれるのは嬉しいけど、だからっていろんな子とフラフラ付き合ったりは出来ん。俺にはその・・・お前がいるんだから」





少し照れ臭かったが、はっきり伝えた。





「ありがとう。あたし、それで充分だから。それで頑張れるから。だからお姉ちゃんお願いね」





「奈緒・・・」





今まで見せたことのない、少し大人びた笑みに少し驚いていた。











食事を終え、居間でテレビを点けていたが、内容は頭に入っていない。





「どしたの?そんな難しい顔して」





「どうも腑に落ちないんだ。真緒ちゃんの行動が」





「そうだよね。あのお姉ちゃんが簡単に襲われるなんて」





「それもあるけど、なんで日曜の夜なんかに学校に行ったんだ?」





「うん、それも気になる。けど話してくれないんだよね」





「そもそもウチの学校は去年の通り魔事件からセキュリティが厳しくなってる。日曜でも部活動はあるけど、時間になれば生徒は足早に追い出されて門には鍵がかけられる。職員は専用の通用門があるけど、そこは常に施錠されてるから生徒は使えない」





「それってつまり、お姉ちゃんは学校に入れない状況だったってこと?」





「ああ、生徒も入れない。部外者は絶対無理。ある意味では密室なんだ。犯人はどうやって校内に入り、真緒ちゃんを連れ込み、出て行ったのか謎なんだ」





「でもそれはお姉ちゃんが話してくれるのを待つしかないよね」





「そうだな。とにかく物騒な状況なのは間違いないってことだな。奈緒も夜のひとり歩きとかするなよ。じゃあ送るよ」





秀一郎が立つと、





「あ、大丈夫。今日は泊まるから。もうウチにはそう言ってあるから」





奈緒はあっけらかんと答えた。





「へっ?でも明日学校だぞ」





「そんなの関係ない。明日から秀はお姉ちゃんの恋人。でも今夜はあたしが秀を独占する」





ぎゅっと抱きしめてきた。





「奈緒?」





「今夜は寝かさないで。限界まであたしを愛して」





「・・・わかった。大好きだよ、奈緒・・・」












翌日の放課後、秀一郎は黒川からまた面談室に呼ばれた。





ただ今日は、里津子も一緒だった。





「御崎、小崎はなにか話してくれたか?」





「具体的なことはまだです。ただ、数時間に渡って10人以上の男にマワされたみたいです」





「じゅ、10人以上?」





驚く秀一郎。





「あたしのときは3人でした。それでも延々と続く終わらない地獄だった。真緒ちゃんはその数倍。考えただけでぞっとします。普通の子なら精神崩壊します」





「御崎、お前もレイプ被害者か?」





「はい、中3のときです。だから他人事とは思えなくて」





「立ち直るまで相当かかるだろうな」





「2学期から登校出来るようになれれば早いほうだと思います。1学期は無理です。しばらくは自分の部屋から出られないはずです」





「まあ期末テストは終わってるし、夏休みまで休んでも大きな問題にはならないだろう。ただそれより気になるのは・・・」





「真緒ちゃんと犯人がどうやって学校内に入ったか、ですね」





秀一郎が指摘すると、黒川の顔が変わった。





「生徒が出入りするふたつの門には監視カメラが付いている。その画像を確認したが、小崎は写っていなかった。フェンスも高くなっている上に有刺鉄線もあるのでよじ登るのは不可能。フェンスを破った形跡もない。残るは・・・」





「監視カメラのない、常に施錠されている職員専用出入り口ですね?」





「・・・そうだ」





黒川の顔が一層厳しくなった。





「それってつまり、先生の誰かが絡んでるってことですか?」





驚く里津子。





「認めたくはないが、そうなる。だから校長も教頭も頭を痛めている。ただでさえ去年の不祥事があって、そこに加えて今回が集団レイプとあっては、当校は致命的な打撃を受ける。それは避けたいというのが上の考えだ」





「つまり、真緒ちゃんに訴えるなということですか?」





秀一郎が詰め寄る。





「それが本音だが、あくまで小崎本人の意思が最優先だ。そこまでは言えん」





「でも佐伯くん、訴えないのもありなんだよ」





「御崎?」





「真緒ちゃんは被害者だから、警察に被害届を出すのが筋だよ。けどそうすると、長い間その記憶と向き合うことになる。それはとても辛い。とにかく早く忘れたい。もういっそのことなかったことにしたい。そうしたほうが早く立ち直れるなら、訴えない選択肢もあるの」





「じゃあ御崎も・・・」





「うん、訴えなかった。だって早く忘れたかったから」





「こういったレイプ事件の被害者女性が訴えない率はかなり高いと聞く。小崎と両親がどうするかだな」





「けど今は訴えるとか訴えないとかそれ以前の問題です。どうすれば真緒ちゃんが立ち直れるのか、また心の底から笑えるようにしてあげるようにするのがあたしたちの役目です」





「そうだよな・・・」





そのために秀一郎は真緒の恋人役になる。





「とにかく動こうにも情報が少ない。小崎が語ってくれるのを待つしかない。ふたりとも頼む」











面談室を出て、ふたりで学校を出た。





「佐伯くん、今回の件で和くんも動いてくれるから」





「菅野が?」





「まだ情報が少ないからあくまで推測なんだけど、犯人は真緒ちゃんに強い怨みを持った人間のはず。それのきっかけで考えられるのは・・・」





「4月の芯愛の騒ぎか。確か原田って男だったな」





「もしそれが発端なら、真緒ちゃんは訴えられない。裏で話をつけたんだから、今回も裏で動くしかない。和くんは原田の動向を探ってる。あのあとどうなったのかうやむやだったからね」





「もしそうだとすれば、あまり関われんな。下手に首を突っ込んだら大怪我しそうだ」





「とにかくいろいろ調べないとね。あたししばらく真緒ちゃんの部屋に通うから。佐伯くんはバイトでしょ?」





「ああ。俺もバイト終わったら顔出そうかと思ってるけど、ちょっと躊躇ってもいるんだよなあ」





「なんで?だって今の真緒ちゃんが唯一心を許してる男でしょ?」





「と言われても、避けられてるんだよ。何回かメール打ったけど返信来ないんだ」





「そっかあ。まあ無理もないかなあ。いくら奈緒ちゃん認めたと言っても、さすがに遠慮するよねえ。佐伯くんも割り切れてないでしょ?」





「なんでお前まで知ってんの?」





今日から真緒の恋人役になるのは昨夜に奈緒が言い出したばかりで、秀一郎は誰にも言ってない。





「今朝、奈緒ちゃんからメール来たもん。あたしからも真緒ちゃんが佐伯くんに甘えられるようにフォローお願いってね」





「そっか・・・」





「佐伯くんは佐伯くんで大変だと思うけど、頑張ろ!」











里津子に励まされたものの、やはり完全には割り切れない。





いくら事情があるとは言え、恋人の目の前で仮の恋人役になることに抵抗を感じる。





バイト先で所長の峰岸に相談すると、





「佐伯くんは毒の味を知り、それに耐える強さが求められてるんだろうね」





と言われた。





「毒の味って、どういう意味ですか?」





「人は時として、間違ってると理解しててもその間違った道に進まなければならない時がある。それはとても抵抗があるし後ろめたい。場合によってはそれに耐えられないかもしれない」





「つまり、人生の毒みたいなものって意味ですか?」





「そうだね。不条理を飲み込む強さ、それでも自分を失わない強さだ。まだ高校生には荷が重いことだろうが、人生いつかはそんな経験を積む日が来るんだ」





(毒の味か・・・)





峰岸の言い方は妙な説得力があった。





バイト中に携帯がメール着信を知らせる。





(御崎からか・・・えっ?)





『真緒ちゃん、襲われたときに携帯だけ奪われてた』





(そっか、それで返信ないんだ。でも・・・)





なにか引っ掛かった。











バイトから上がると、真っ先に小崎宅に向かった。





「秀、急いで!」





着いてすぐ、奈緒に引っ張られる。





そのまま真緒の部屋へ。





里津子が真緒の側で戸惑い顔をしている。





「真緒ちゃん?」





その真緒は顔が真っ青で震えていた。





考えるより先に身体が動いた。





真緒の手を握り、両腕で抱きしめる。





「センパイ・・・」





「いいからなにも考えるな。落ち着いて、気持ちを楽にして・・・」





やがて震えは止まり、穏やかな寝息をたて始めた。





そのまま静かに寝かせ、3人は部屋を出た。





「いや佐伯くん凄いね。あんなに取り乱してた真緒ちゃんを一発で寝かせちゃうなんて」





「去年、奈緒が同じような状況になったんだ。例の議員秘書騒ぎの後でな」





「あたし、あの頃ちょっと情緒不安定で思い出しては震えてた。けど秀に抱っこしてもらったら落ち着いて寝れたから」





「ふうん、やっぱ双子なんだね。でも真緒ちゃんは少しでも眠らないと。たぶん襲われてから一睡もしてなかったから」





「薬、出てないのか?」





「出てるけど、頼りたくないんだって。普通の子ならそれに耐えられなくて薬に頼るんだけど、真緒ちゃんはそこまで心が折れてない、って言うか折れられない感じ」





「どういう意味だ?」





「真緒ちゃん、なにか隠してる。たぶん間違いない」





「隠すって、なにをだ?」





「事件の真相とか、襲われた原因とか、核心のことを隠そうとしてる。話したくても話せない。なにかに縛られてる」





「本当か?」





「あくまであたしのカンだよ。そういうのは抱え込まずに話したほうが絶対に楽になるから、ちょっと無理っぽく聞き出そうとしたんだよね。そしたらあんなに取り乱して・・・よっぽど強いなにかに縛られてる」





「それを話してくれればいいんだけど・・・真緒ちゃんって結構頑固なとこがあるからなあ・・・」





頭を抱える秀一郎。





「そうだね。お姉ちゃんは口が堅いからね」





奈緒も暗い顔を見せる。





「けど、ヒントは見つかった」





その中で里津子の瞳が輝く。





「奪われた携帯か?」





「うん。真緒ちゃん、そのことも隠そうとしてた。状況を考えれば妙だよ。財布が手付かずで携帯だけ奪われるなんて、絶対なにかある」





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