regret-57 takaci様

(どうすっかなあ・・・)





朝の教室で秀一郎は誰にも相談出来ない悩みを抱えていた。





まさかあんなことになるとは思わなかった。





沙織の言う通り、完全に油断していた。





あの大人しい沙織があんな大胆な行動を取るとは思わなかった。





だが言い訳は出来ない。





沙織とキスをしたのは事実。





(奈緒からすれば、完全に浮気だよなあ。いくら奈緒が桐山を代役に指名したとしても、アレはやっちゃいかんだろうなあ・・・)





かなり罪悪感を感じていた。





とは言うものの、こんなことを奈緒に言えるわけがない。





(絶対グズるに決まってる。でも・・・)





隠し通す自信があるかは微妙。





(あいつ妙にカンだけはいいからなあ。でもこれだけはごまかし通すしかないだろう。いや待てよ・・・)





奈緒と沙織はメアドを交換している。





今回のデートの代役も奈緒が沙織にメールで頼んだ。





もし今回のことを沙織から奈緒に伝わったら・・・





それはそれでまた面倒なことになる。





(いや、そっちのほうが厄介だ。俺が黙ってて桐山から伝わったら、完全に浮気者呼ばわりされる。うまく収める自信がない)





そんなことを考えていると、





「おはよう」





沙織が声をかけてきた。





「お、おはよう」





沙織はいつもと変わらない笑顔だが、秀一郎は少し戸惑う。





「昨日はありがとう。あとゴメンね。ひょっとして怒ってる?」





「い、いや、怒ってはいないけど、いろいろ困ってる。特に奈緒にバレたら絶対面倒なことになるからなあ」





「あたし奈緒ちゃんにお礼のメール打ったけど、さすがにアレは伝えてないから安心して」





「そ、そっか。ありがとう助かる」





「ところで奈緒ちゃんから連絡ないの?あの子ならすぐ佐伯くんに連絡しそうだけど」





「そう言われりゃ連絡ないなあ・・・」





おもむろに携帯を取り出すと、奈緒からメールが来た。





ただ内容は、





「えっ、マジ?」





驚く。





「どうしたの?」





「真緒ちゃん体調崩して休みだから今日弁当なしだって。しかもしばらく続くかもって」





「えっ、でも真緒ちゃんってすごく健康な子だよね?」





「ああ。自己管理しっかりしてるから風邪なんて引いたことないし、病欠とは無縁の子だよ。その真緒ちゃんが体調崩すなんて」





意外としか言えなかった。





朝のチャイムが鳴り、ホームルームが始まる。





その最後で担任教師から放課後に面談室に来るように言われた。





全く身に覚えがない秀一郎は朝から混乱していた。





そしてその放課後、





秀一郎は面談室に入ったが、誰もいなかった。





しばらく待っていると、





「佐伯、遅れてすまない」





厳しい表情の黒川がやって来た。





黒川は生徒指導教師。





こんな顔をされると妙に後ろめたい気持ちになる。





「黒川先生が俺に話ですか?なんかやらかしましたっけ?」





「お前には直接関係ない話だが、ちょっと聞いておきたいし話しておきたい事態が起こってな。まあ座れ」





黒川と向かい合わせに座る。





「まず、この件は他人に口外するな。他の生徒はもちろん知らないし、教師も知っているのはごく一部だ」





「なにがあったんですか?」





「2年の小崎真緒だが・・・」





「真緒ちゃん?そういや今日休んでますよね」





「実は昨日の夜、校内で襲われた」





「えっ!?あの真緒ちゃんが?」





信じられなかった。





並の男なら徒党を組んでかかって来ても問題なく殲滅する力を持っている。





そんな真緒が簡単に襲われるなど、信じられなかった。





「昨日の夜だ。私は仕事がひと段落して帰るときに体育倉庫の側を通ったら中から物音と啜り泣くような声が聞こえたんで扉を開けたら、小崎が倒れていた。ひどい有様だった」





顔をしかめる黒川。





「真緒ちゃん、ひどい怪我なんですか?」





「佐伯、お前勘違いしてないか?」





「え?」





「怪我はない。だが心の傷はすさまじい。いくら小崎と言えどひとりの女子高生。レイプされればひとたまりもない」





「レイプ?」





言われるまでその発想がなかった。





真緒は完全に武闘派のイメージしかなかった。





襲われた=ケンカで大怪我をしたとしか思い浮かばなかった。





「で、でもあの真緒ちゃんが男に襲われるなんて・・・いくら束になってかかっても簡単にやられる子じゃない。いったいどんな状況だったんですか?」





「それが全くわからない。心の傷は相当深いようで、完全に口を閉ざしている。私はもちろん、家族にもだ。小崎の口から話してくれないことにはどうにもならない」





「そうですか・・・」





「佐伯、お前は校内では小崎との親交がもっとも深いひとりだ。我々教師の知らないことも知っている。小崎を襲った人間に心当たりはないか?」





「んなこと言われても、真緒ちゃん強いですから、それを快く思ってない連中は腐るほどいるはずです。でもだからって真緒ちゃんを襲える奴なんて想像つきませんよ。芯愛の菅野だって真緒ちゃんには手出ししませんから」





「芯愛と言えば4月にひと騒動あったそうだな。それに小崎は絡んでないのだな?」





「・・・真緒ちゃんは無関係です」





この状況で黒川の前で嘘はつきたくなかったが、真実は言えない。





「とにかくお前からも小崎に聞けることがあったら頼みたい。気を許してるお前なら何か話してくれるかもしれない」





「俺は、ちょっと自信ないです。でも、力になれる子がいるかもしれません」





「それはウチの生徒か?」





「はい」





「わかった、では判断はお前に任せる。だが出来る限り口外するな。学校側も対処の方針が決まっていない状況だからな」





「わかりました」





面談室から出ると、早速奈緒に電話した。





黒川から聞いたことを伝えると、





『秀、どうしよう。お姉ちゃんものすごく暗い顔で一言もしゃべらないの。どうしていいかわからない』





奈緒も泣き出した。





「俺もなにが出来るかわからん。けど、力になれそうな子に心当たりがある。その子に話していいか?」





『うん、秀お願い、お姉ちゃんを助けて』





奈緒の声も切迫していた。





秀一郎は電話を切ると、アドレス帳に登録してある女子に電話をかけた。





その1時間後、その女子を連れて小崎宅を訪れた。





「りっちゃん?」





「いろいろ大変だったみたいね。真緒ちゃんは部屋にいる?」





「あ、うん」





「案内して」





奈緒は秀一郎と里津子を上げると、真緒の部屋の前まで案内した。





奈緒はノックして、





「お姉ちゃん、秀とりっちゃんが来てくれたよ」





優しく声をかけ、扉を開ける。





「佐伯くん、奈緒ちゃん、あたしと真緒ちゃんのふたりで話させて」





「わかった。じゃあ居間で待ってる」





秀一郎は奈緒の手を取り、居間に向かった。





奈緒と並んでソファーに腰掛けてじっと待つ。





由奈がコーヒーを出してくれた。





「あの子も秀くんのお友達?」





「はい、実は彼女、御崎も過去に男に襲われてるんです。中3のときに。だから真緒ちゃんの辛さをわかってる子だと思って、頼んだら引き受けてくれたんで・・・」





「もう立ち直ったの?」





「その辺の話はしないんでよくわかりませんが、去年の夏はまだ治療中でした。睡眠薬に頼ってるって」





「でもりっちゃんはかなり立ち直ってると思う。菅野と楽しくやってるみたいだし、あの菅野も頑張ってるもん」





「だといいんだが、御崎の心にも簡単に癒えない傷があるのは事実だ。俺も思わず頼んじまったけど、これがきっかけで振り返さないといいけどな」





秀一郎も真緒のことばかり考えていたので、里津子の心情まで考えが回っていなかった。





居間の空気が重い。





30分ほど待っていたら、里津子が降りてきた。





「りっちゃん、お姉ちゃんは?」





「いま泣いてる。けど泣かなきゃダメ。とにかく泣いて泣いて泣きまくって、涙が枯れる頃には少し心がすっきりするから。さっきまでは泣くことも出来ないくらい追い込まれてた」





「なにか話してくれたか?」





「・・・かなり酷い状況だったみたい。ちょっと口にするのをためらうくらいに。あたしなんかたいしたことないくらいだね」





「そう・・・か・・・」





言葉が出ない秀一郎。





「あと、佐伯くんと話がしたいって」





「俺と?」





「いまの真緒ちゃんは男に怯えてる。あたしもそうだった。けど、気を許してる男なら大丈夫って場合もあるの」





「それが、俺なのか?」





「もし真緒ちゃんが佐伯くんを怖がらないようだったら、真緒ちゃんを優しく包んであげて。恋人を抱くような感じで」






「えっ、でもそれは・・・」





さすがに躊躇する。





奈緒の前では。





だが里津子はその辺りも理解していた。





「佐伯くん、いまは奈緒ちゃんのことは忘れて、真緒ちゃんだけ見てあげて。奈緒ちゃんもいまは両目閉じて。お姉ちゃんのために」





秀一郎が奈緒に目を向けると、苦虫を噛み締めたような顔をしている。





「秀、お姉ちゃんをお願い。あたしのことは一旦忘れて」





そう言い残し、奈緒は自分の部屋に行ってしまった。





そんな奈緒に後ろめたさを感じてはいたが、いまは真緒が最優先だと言い聞かせ、部屋に向かった。





「真緒ちゃん、俺だ。入るよ」





そっと扉を開ける。





パジャマ姿の真緒がベッドの上で泣いていた。





いつもは優しく、時に厳しく、凜とした強い女の子。





そんな真緒の泣きじゃくる姿を見ているだけでも辛かった。





そっと歩み寄り、しゃがみ込む。





「真緒ちゃん・・・」





かける言葉が見つからない。





そんな自分がもどかしく、情けない。





「センパイ、あたしの・・・手を・・・握って・・・・下さい」





震える右手を差し出す真緒。





「・・・いいのか?」





小さく頷いた。





秀一郎は涙で濡れた小さな右手を両手で優しく包み込む。





(ん?)





震えが止まった。





「よかった・・・センパイなら大丈夫・・・もしセンパイまでダメだったら・・・絶対立ち直れないから・・・」





「真緒ちゃん、大丈夫。だから今はゆっくり休もう。焦らなくていいから」





優しく抱きしめた。





「あたし・・・全部無くしちゃった・・・ファーストキスも・・・バージンも・・・大切に・・・したかったのに・・・」





「そんなのなかったことにすればいい。ノーカウントでいい」





「そんなの・・・無理です・・・怖かった・・・痛かった・・・辛かった・・・あんな終わらない地獄・・・忘れられない・・・」





「大丈夫、すぐは無理でも、時間が経てば乗り越えられる。辛いだけが人生じゃない。この先いいことだってたくさんある。必ずね」





「あたし・・・怖いです・・・男の人が・・・怖い・・・恋愛なんて・・・きっと無理・・・」





「そんなことない。真緒ちゃんかわいいし、とてもいい子なんだから、必ずいい男に巡り逢える」





「無理です・・・こんな・・・汚れた・・・あたしなんか・・・」





「汚れてなんかない。真緒ちゃんは真緒ちゃんでなにも変わらない。そんなの気にしなくていい」





「センパイ・・・」





真緒は涙が溢れ出す瞳を真っすぐ秀一郎に向ける。





真緒がなにを望んでいるのか、空気が伝えてくる。





罪悪感を感じる。





(けど・・・奈緒・・・ゴメン)





それを飲み込み、真緒に優しくキスをした。



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