regret-55 takaci様
6月。
秀一郎の心は踊っていた。
同時刻、小崎宅。
「そういえば秀くん、今日納車なんでしょ?」
「そうみたいね。でもあたしが乗せてもらえるのはしばらく先だって。運転に慣れるまではダメだってさ」
母親、由奈の問い掛けに奈緒はつまらなさそうに答えた。
「秀くんもウキウキしてるだろうけど、お父さんも妙に張り切ってるのがお母さんは心配ね。危ない道に進ませないといいけど」
「それって首都高?でももう今夜からふたりで早速行くみたいよ」
「全くもうお父さんは・・・」
呆れ顔の由奈。
「でもあたしはあそこ好きだよ。お父さんの助手席気持ちいいもん。湾岸は綺麗だし」
「私は嫌いね。うるさいし、なにより派手過ぎよ」
小崎宅には車が2台ある。
家族用のステーションワゴンが1台。
あと、父の真也が首都高用に乗っているポルシェがもう1台。
GT2ルックの993型911カレラで派手な黄色。
この目立つ車で夜の首都高を快走している。
「お父さん、あのポルシェお気に入りだもんね」
「でも改造費も凄いし、維持費だって高いのよ。今は環境社会なのにそんなのとは無縁の車だし」
「お父さんエコカー嫌いだもんね。でもそんなスタンスで書いてて仕事切れないんだから、世の中にはそんな需要がまだあるんだよ」
「そうかもしれないけど、車にお金をかけるのは反対ね。秀くんにそんな車を勧めてなければいいけど」
「あたし秀の車は見たよ」
「どんなのだった?」
「車種は忘れたけど、普通のセダンだった。年式はちょっと古めだけど中も外も割と綺麗な青い車。でも音はちょっと迫力あったけど、お父さんのポルシェに比べれば全然静かだったよ。それになんか凄く安かったみたい」
「そう。まだ高校生だし初めての車なら安いのはいいと思うけど、でもあのお父さんが選んだんだから、やっぱり少し心配ね」
由奈は不安げな顔を見せていた。
「はい、これがキーね」
秀一郎は堅い表情で車の鍵を受け取った。
「これが俺の車なんですね」
感慨深いものがある。
「まあいわゆる事故車の距離飛びだ。けどきちんと治ってるし、ちゃんとメンテナンスしてきてる。それに今回主要な消耗品は換えてあるから、安心して乗れるよ」
真也が太鼓判を押した車。
R34型スカイラインセダン25GT後期型の5速マニュアル車。
車高が若干下げられ、社外アルミを履き、エンジン廻りも少し手が入っている。
これが今日から秀一郎の愛車になった。
その日の夜、23時。
秀一郎は助手席に真也を乗せ、首都高デビューしていた。
初めての車に初めての道なので無茶はせず、流れに沿って普通に走る。
それでも充分に楽しかった。
「やっぱり環状は難しいですね。高速なのに曲がりくねってて、なんか忙しいです」
真也のポルシェの助手席で何度か走っていたが、自分でステアリングを握ると印象がかなり違っていた。
「C1は舗装が荒れてるし、内回りはコーナーがきついからね。まあ無理せずコースを覚えよう」
真也は楽しそうな笑顔を見せる。
「あ、後ろからなんか来ます」
純白の光がかなり速い速度で迫って来る。
「無理せずラインキープしてればいいよ。速い車は綺麗に抜いていくから」
光は迫力あるサウンドと共に迫り、スッと駆け抜けて行った。
秀一郎と同じブルーのボディ。
「あれZですね。すげー速い」
「気にせずマイペースで行こう。慣れればあれくらいで流せるよ」
「あれで流してるんですか・・・」
とんでもない世界だと秀一郎は感じていた。
C1内回りを何周かして、パーキングに入った。
「あ、さっきのZです」
鮮やかに抜いて行ったブルーのZが止まっていた。
「ちょうどいい、あの隣に止めよう」
秀一郎は言われた通りに車を並べた。
車から降りると、Zのタイヤをチェックしている女性の姿を見つけた。
(へえ、女の人だったんだ)
意外に感じていると、真也がその女性に早速声をかけていた。
女性の顔が目に入る。
「あっ?」
思わず声が出た。
「君は泉坂の・・・」
女性も意外そうな顔を見せる。
「えっ、知り合い?」
驚く真也
「ええ、まあ・・・」
去年の学園祭で踏んでしまった地雷女、西野つかさとの思わぬ再開だった。
「君ってまだ高校生じゃなかったっけ?」
「はい。でも18になったんで免許取れたんで、今日からこの車乗ってます」
「へえ、首都高デビューか。でも危ないしお金もかかるからのめり込んじゃダメだよ。かわいい彼女に愛想つかれちゃうよ」
「その彼女の父親がこの人で、この人の勧めで走ってるんです」
と言って真也を指さす。
「えっ?」
驚いたつかさはあらためて真也をまじまじと見つめる。
「あれ、ひょっとして小崎さん?」
「あっ、西野さんじゃないか。日本に帰って来てたの?」
「はい、去年の夏に。今はこっちでケーキ焼いてます」
「そっかあ、じゃあ今年のルマンじゃ西野さんのケーキ食べれないんだなあ」
残念がる真也を見て、
「あの、おじさんもこの人と知り合いなんですか?」
と尋ねると、真也は毎年取材で行ってるフランスのレースの出店でつかさのケーキをほぼ毎年食べていたことを話してくれた。
そして秀一郎も去年の文化祭で会っていたことを話すと、
「いやあ、こんな偶然があるんだねえ。驚いたよ」
と、真也は笑顔を見せた。
「小崎さんって確かポルシェ乗ってますよね?」
と、つかさが訪ねる。
「ああ。でもNAの993カレラだから大して速くはないよ。西野さんの車のほうが速いだろうね。見たところきっちり仕上がってるみたいだけど」
「いえ、まだまだです。ガラッと仕様変更したんで今日は探りながら走ってます」
「でもかなり気合い入ってるよね。18インチに落としてるし、エアロも本気仕様だ」
「まあ、ここまで派手にしたくはなかったんですけど、スタビリティ欲しかったから羽根付けるしかなくて・・・」
つかさの言う通り、かなり迫力ある外観のZだった。
少し落とされた車高にいかにも軽そうなホイール。
若干張り出したフロントスポイラーにGTウィング。
見た目だけでも速そうな雰囲気を醸し出していた。
「西野さん、もしよかったら秀一郎くん助手席に乗せて走ってくれないかな?」
「え?」
驚く秀一郎。
「西野さんみたいな現役ランナーの走りは見るだけで参考になるからね。軽くどうかな?」
「いいですよ、あたしなんかでよければ」
つかさは笑顔で快諾した。
そして秀一郎は気持ちの整理がつかないまま、Zの助手席で4点式シートベルトに縛られていた。
「凄いっすね、このベルト。シートに密着して全然動かないです」
「少しでも身体が動くと正確な操作が出来ないし、なにより恐怖感が増すからね。本気でここを走るなら4点ハーネスは必須よ」
「はあ・・・」
「じゃ、行くよ。まだ慣らしだからペースは上げないからね」
「はい」
少しホッとした。
のもつかの間。
つかさは秀一郎からすればとんでもない速度でコーナーに突っ込んでいく。
「ちょっ、慣らしじゃないんですか?」
「慣らしよ。大体6分といったところね」
「これで6分っすか・・・」
体験したことのないGがかかる。
加速も凄まじい。
「いったい何馬力くらいあるんです?」
「ノーマル3.7リッターから4リッターに上げて420馬力ってところね。ピークは求めず中間とピックアップ重視よ」
「そ、そうですか」
いまいち言葉の意味がわからないが、凄いことはわかった。
コーナー立ち上がりで簡単にホイルスピンしている。
そう伝えると、
「これじゃダメなのよ。トラクションかからないし動きが重い。パワーが活かせてない。内圧調整したけどダメね。バランス悪いから怖くてペース上げれない」
「俺的には充分に速いんすけど」
「ノーマルでもこれくらいで走れるよ。これじゃチューンした意味ないよ。」
「そんなもんなんですか」
あらためて凄い世界だと感じていた。
内回りを一周してパーキングに戻る。
シートベルトを外して車から降りるとホッとした。
「どうだった、西野さんの助手席は?」
真也が笑顔で訪ねてきた。
「もう凄いの一言です」
そうとしか言えなかった。
「でもさすが小崎さんですね。そのスカイラインであたしに着いて来るんですから」
「いやあ、いっぱいいっぱいだったよ。バランスはいいんだけどちょっとパワー足らないね」
「どのくらい出てます?ターボ付きですか?」
「いやNAの2.5。少し手が入ってるけど、まあ220ってとこかな」
「そーゆーこと。わかった?」
突然つかさが秀一郎に振ってきた。
「えっ?」
「君はあたしのペースに驚いてたけど、君の車でもあのペースで走れるんだよ。あたしのZの半分くらいのパワーでもね」
(あっ!)
あらためて自分のスカイラインを見た。
「この車ってあんなに走るんだ。凄く安い車なのに」
驚かずにはいられなかった。
「でもそれは小崎さんくらいの腕があればって話だよ。免許取り立ての高校生が本職モータージャーナリスト並に走れるわけないんだから、無茶しちゃダメだよ」
「はい」
「西野さんありがとう。でも西野さんも無理はダメだよ。君があの噂のZ34だとは思わなかったよ」
「はは。でも引くつもりはないですから。この子をきっちり仕上げればなんとかなると思いますから」
そう語るつかさからただならぬ気合いを感じていた。
そしてつかさはパーキングを出て行った。
「おじさん、噂のZ34ってなんですか?」
「東城綾って知ってるよね、有名な美人小説家の」
「あ、はい」
ドキッとした。
泉坂の先輩である真中淳平の恋人で、西野つかさはその前の恋人。
何かしら関係があるような気がしてならない。
「僕のポルシェをチューンしたショップの客でもあるんだ。彼女は現行の997ターボでここを走ってる。しかもかなり速い。そこそこ有名な車だ」
「そうなんですか?」
イメージからは全く想像がつかない。
「で、その速い東城綾に絡もうとしている青のZ34がいるって噂が立ってるんだ。チューンドのポルシェターボにZで挑もうなんて明らかに無茶だ。どんな乗り手なのか気になってたけど、まさか西野さんとはね。でもあの車を見れば、本気だね。きちんと仕上がれば相当速いよ」
「つまり西野さんは東城綾に勝てるってことですか?」
「それはやってみなきゃわからない。けど東城綾のポルシェも今は仕様変更してるんだ。要求が高いってショップのスタッフが嘆いてたよ。西野さんも速くなるだろうが、東城綾も速くなる。お互いエスカレートし過ぎると果てしない泥沼だ」
「そうっすか・・・」
(たぶん真中先輩が絡んでるんだろうな。けど西野さんといい、奈緒といい、女が本気になると怖いなあ)
あらためてそう感じる秀一郎だった。
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