regret-54 takaci様

事件から一週間。





芯愛はすっかり落ち着いていた。





発端となった原田は姿を見せていない。





「菅野、いろいろ手間かけさせてすまない」





秀一郎は菅野に礼を述べる。





「気にすんな。原田にあんなパイプがあったからには、俺が動かなきゃな。警察沙汰になってたらいろいろヤバかったからな」





一介の学生が拳銃など入手出来るわけがない。





原田のチームのバックには暴力団の影があった。





そこで菅野もパイプを持っている組織に連絡して今回の事件の収拾に当たった。





幸いにも菅野側の組織のほうが力関係も強く、原田側は筋の通らない無茶な行動だったので話は簡単についた。





結果として今回の事件は、菅野が底力を活かして原田のチームをシメたことになった。





真緒の名前は一切出ていない。





「けど実際は瞬動に助けてもらったのに、俺が手柄をかっさらったみたいでいい気はしねえな」





「だからって真緒ちゃんの名前は出せん。40人以上の兵隊全員病院送りなんてことが知れ渡ったらさすがに警察も動く。下手すりゃ退学だ」





「とにかく警察は動かねえから安心しろ。バック同士ではもう話はついてる。終わったことだ」





「原田はどうなるんだ?」





「まあ、ただじゃ済まんだろうな。今まで相当無茶してたみたいだし、今回の件であいつのバックも怒ってる。たぶん自主退学だろうな、表向きは」





「そうか。まあ報いだろうな」





秀一郎が知らない裏社会で原田がどうなるのか少しは気になったが、これ以上は関わらないと心に決めていた。





「秀、おまたせ」





奈緒がやってきた。





傷も完治しており、いつもの元気が戻っている。





「今日はふたりで買い物なんだって?」





笑顔を見せる菅野。





「ああ、こいつのいつもの気まぐれだ。俺は振り回されっぱなしだよ」





「女の子はそんなもんだよ!つべこべ言わないの!」





「へいへい」





奈緒節に半分呆れる秀一郎。





「それと菅野も今回の件でりっちゃんに迷惑かけたんだからちゃんと埋め合わせしなさいよ!」





「ああ、そう思っているんだが、なんか申し訳ない気持ちが先に出て逢わせる顔がなくってな。どうすべきか・・・」





「そんなくだらない悩みなんかどっかに捨てて今から逢いに行きなさい!悩む前に行動よ!そんなんじゃりっちゃん心閉ざしちゃうよ!」





「わ、わかったよ」





さすがの菅野も奈緒には形無しだった。











今日の買い物は芯愛の女子の姿が目立つ街で、普段の行動範囲から少し離れている。





街の規模も人の数も普段の場所より小さく少ない。





「で、こんなとこでなに買うんだ?いつものとこにないものでもあんのか?」





「それをこれから探すのよ」





「へっ、ノープラン?」





「うん。ただお姉ちゃんの行動範囲外でなにか見つけて贈ってあげたいの」





「真緒ちゃんにか」





「お姉ちゃん、あの事件以降元気ないんだよね。前の道場破りのときもそうだった。本当は人を傷つけるようなことは本当に嫌いなんだよ」





「理由はどうあれ、真緒ちゃんがかなりの数の人間を病院送りにしたのは事実だからな」





「あのヌンチャク、お姉ちゃんは二度と手にしないって決めてた。あまりに強すぎる力だから。でもその自分の決めごとを破っちゃった。それで自分を責めてるみたいなの」





「あれは本当に強すぎる力だ。そんな力は災いのもとにもなる。真緒ちゃんもわかってると思うけど、今回はホントにブチ切れてたからなあ。冷静な判断が出来なくなってたんだ。そんな真緒ちゃんを止めずに全てを任せちまった俺らにも責任はある」





「そうだね。だからふたりでなにかお姉ちゃんが元気の出るものを見つけて贈ってあげようよ」






「そうだなあ、まあそれくらいしか出来んだろうしなあ」





秀一郎も他にいい案が浮かばなかった。











「へえ、やっぱり小崎真緒が絡んでたのね」





背後からどこかで聞いたことのある女の子の声が届く。





振り向くと、泉坂の制服姿の背が高い女子が鋭い目つきで睨んでいた。





「なんだお前か、槙田」





「秀、知ってる子?」





「ああ、槙田涼。真緒ちゃんの同級生でケンカっ早い女だ」





「あ〜思い出した!秀にいきなり木刀で襲い掛かった女ね!しかもお姉ちゃんにまで絡んでたでしょ!あんた一体なんのつもり?」





奈緒はいきなり交戦モードになる。





「ただ気にいらないからよ。本当は好戦的なのに大人しい子ぶってる女や、一途な想いに応えようとしないモテ男とかがね」





涼は名前こそ出さなかったが、誰のことを言ってるのかは容易に想像がつく。





それは奈緒も気付いた。





「お姉ちゃんは強いけど、だからってケンカが好きなわけじゃない。秀の周りにどんな子が寄り付こうとしても、あたしが絶対食い止める」





「へえ、たいした自信ね。自分がそこまで愛されてると思ってんだ。けどだからってその彼氏のために自分の命を差し出すまでは出来ないでしょ?」





「そんなことしてなんになるの?ふたり一緒に生きてかなきゃ意味がない。そんなのナンセンスよ」





「じゃあ出来ないわけだ。その時点であんた負けてるよ」





「勝手に決め付けないで。無駄なことを一方的にやっただけで負け呼ばわりされたくない」





どんどんヒートアップするふたり。





「奈緒、ちょっと落ち着け。こいつのペースに乗せられてるぞ」





「秀、でも・・・」





「それと槙田、お前には聞きたいと思ってたことがある。いい機会だからちょっと付き合え。コーヒー代くらいなら出すからよ」





珍しく柔和な顔を向ける秀一郎。





「な、なんだよそれ?ま、まあ別にいいけど」





そんな顔を初めて見た涼は少し戸惑いを見せていた。











そして3人で近くの喫茶店に入った。





「で、聞きたいことってなによ?」





涼が切り出すと、





「お前はなんでそこまで俺と桐山をくっつけようとするんだ?桐山となにかあったのか?」





秀一郎は真顔で直球をぶつけた。





「ちょっ、あんたマジ?本カノの目の前でよくそんなこと聞けるわね!」





戸惑い驚く涼。





だが秀一郎は至って真面目だった。





「じゃあ逆に聞くが、これって奈緒の知らないところでしなきゃいかん話でもないだろ?俺はそーゆー話は隠すつもりもないし、隠したくないからな」





うんうんと横で頷く奈緒。





「で、でも、それがきっかけで仲引き裂いたら気まずいって言うか、なんかやじゃん」





「俺と桐山をくっつけるってことは、俺と奈緒を引き裂くことじゃねえか。お前なんか矛盾してるぞ」





「それってつまりあたしが引き金を引けってこと?そんなことを女にさせる気なの?」





「男だろうが女だろうが関係ないだろ。普段威勢いいわりには汚れ役は嫌なのか。そんなんじゃ何かやろうとしてもハンパになるだけだぞ」





秀一郎のほうが勢いがあった。





「なあんだ、結局口だけの女なんだあ。言っとくけどお姉ちゃんはいざというときは汚れ役になるからね。それが出来ないならお姉ちゃん以下よ。ケンカ売る立場でもないわよ」





奈緒も調子づく。





それを受けた涼は怒りを見せ、





「言わせておけばいい気になって・・・わかったわよ言うわよ!でもホントにそれで別れてもあたし知らないからね!」





腹をくくったようだった。











涼はコーヒーに一口つけると、ゆっくり語り出した。





「あたしは以前から桐山先輩を知ってたわけじゃない。去年の通り魔事件、あたしも現場にいて、見た瞬間に叫び声あげて逃げ出したの」





「ってことは、あのとき校門から逃げてきた生徒の中にお前もいたのか」





秀一郎は全く気付いていなかった。





「そのとき、向かってくあんたとすれ違って、バカじゃないのかとか思ったけど、でもあんたは勇敢に立ち向かってた。正直凄い、負けたと思ったよ」





「別に凄くなんかない。俺だって逃げたかった。けど逃げれる状況じゃなかっただけだ」





「で、離れたところから見てた。そしたらあんたの腕をナイフがかすめて血が流れた。そのとき、側にいた桐山先輩が飛び出そうとして、あたしが腕を掴んで止めたんだ」





「そんなことがあったのか?」





「うん、あたしは『危ないからやめろ』って言ったんだけど、桐山先輩は『大切な人を失うのはもう嫌、そんなの見たくない』って凄い剣幕でね。あたしそれに負けて手を離しちゃった。だから桐山先輩が死にかけたのはあたしのせいでもあるの」





「俺は・・・なにも言えんな。結果的に桐山に助けられたのは事実だし、もし桐山がいなかったら俺は死んでたかもしれない」





苦い顔を見せる秀一郎。





「でもあのとき、あたし分かった。桐山先輩は本当に心の底からあんたを想ってるって。自分の身体を盾にして護るなんて中途半端な気持ちで出来っこない。だから結ばれて欲しいって思うんだよ。あれからあんたと桐山先輩のこといろいろ調べた。で、あんたにはもう彼女がいて、桐山先輩の前でいちゃついてて・・・そんなの腹が立つに決まってるじゃん!」





「なるほどな。お前の言うこともわかる。桐山の気持ちも気付いてないわけじゃない。でも、俺は奈緒が大切なんだよ」





「そこまでこの女にこだわる理由はなんなの?納得出来る理由ならあたしは引くよ。それ聞かせて」





真剣な目を秀一郎にぶつけてきた。





「そう言われてもなあ・・・」





答えに困っていると、





「槙田さん、あなた恋愛したことないでしょ」





ずっと黙っていた奈緒が口を開いた。





「どういう意味よ?」





「人が人を好きになるって理屈じゃない。言葉で説明出来るものじゃないもん。そんなことを聞こうとするのが無理よ」





「でもそれじゃあたし納得出来ない!」





「まあ、あそこまでされるとね。あたしも認めてるよ。桐山さんの秀に対する想いの強さは。本気だよね」





「奈緒?」





そんな言葉が出て来るとは全く予想だにしてなかった。





「でもやっぱりあたしは気にいらない。好きならまずコクるべきよ。それもせずに秀の側にい続けるなんてなんか嫌。志望大学も学課も秀と同じらしいけど、偶然なのか怪しいよ。国公立はともかく、なんでライター志望の人が法学部なの?普通は文学部よ。秀に合わせたとしか思えない」





「おいおいちょっと待てよ、大学だぞ。将来の進路に関わる大事なことを恋愛感情絡めて決めるなんてありえんぞ」





「まあ普通はそうだよね。でも桐山さんは普通じゃない。たぶんあたしと秀に隙が出来たらそこを突いてあわよくばって考えじゃないかな。だから秀の側を選ぶ。桐山さんはそういう人よ」





「いや、それは考え過ぎだろ。俺に対してそこまでの感情を抱いてるとは・・・」





「秀、甘いよ。桐山さんは本当に本気。それくらい平然とやるよ。でもあたしは気にいらない。あの人の考えもやり方も認めない。隙なんて絶対に作らない」





「・・・」





「・・・」





秀一郎も涼も、奈緒の気迫の前に声を失っていた。






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