regret-53 takaci様

秀一郎は里津子を家まで送り届け、絶対に家から出ないように釘を刺してから駆け足で奈緒の家に向かった。





奈緒が里津子のように襲われて怪我をした。





たいしたことないと言われても、充分に不安だった。





着くと、荒い息を整えながらインターフォンを押す。





真緒が出迎えてくれた。





だがいつもの優しい笑みはなく、どこか緊張した面持ち。





「センパイ、お疲れ様です」





「奈緒は?」





「居間です。あと菅野の仲間がふたり。奈緒の護衛で来てくれています」





「菅野の仲間まで?」





いろいろ驚く。





靴を脱ぎ上がると、一直線に居間へ向かう。





「奈緒」





里津子と同じように、頭に包帯を巻いていた。





「秀・・・あたし、怖い・・・」





秀一郎を見て安心したのか、奈緒は泣き出した。





さらに芯愛の制服姿のふたりの男も神妙な顔を浮かべている。





「どういうことか説明してくれ。菅野に何があったんだ?なんで御崎や奈緒、俺まで襲われてんだ?」





とにかく理由が知りたかった。





「芯愛の新1年生、原田という男が発端です」





その理由を真緒が話した。





「新1年生?原田?」





「とにかく無茶苦茶な男だ。あいつは狂ってる」





「入学してすぐに徒党を組んで菅野さんにケンカ売って・・・いやありゃケンカじゃねえ。一方的な痛め付けだ」





菅野の仲間の男たちは完全に怯えていた。











このふたりに奈緒の話を整理すると、芯愛の新入生、原田という男が黒幕のようだった。





新入生なので学校内で人脈など作る時間もないが、この男は学校という枠を越えた独自のチームを持ち、それがかなりの数だった。





とにかく人海戦術で菅野のグループに襲い掛かり、あっという真に征圧してしまった。





「それで菅野は?」





「そんな新参者に簡単に屈する人じゃねえ。最後まで立ち向かったけど、多勢に無勢だ。やられて拉致られちまった」





「それで御崎と連絡がつかないのか。まずいな」





秀一郎の顔にも緊迫感が漂う。





「でも、その原田の考えがわかんない。芯愛シメるだけなら菅野だけでいいじゃない。なんであたしまで狙われるの?それに秀やりっちゃんまでなんて・・・」





震える奈緒。





「菅野に近しい人間すべてを狙うってか。そんな考えあるにはあるが、気に入らないな。女の子にまで手を出すなんてまともな男じゃないな」





「そうですね。関係のない人まで巻き込むなんて、あたしの最も嫌いなタイプです」





真緒が珍しく嫌悪感をあらわにする。





♪〜♪♪





ここで秀一郎の携帯が鳴った。





ディスプレイには「菅野」の文字。





「もしもし、菅野か?大丈夫か?」





『佐伯秀一郎だな?』





菅野の声ではない。





初めて聞く、どこか勝ち誇ったように感じる声。





「お前・・・原田って奴だな?」





『ほお、さすが察しがいいねえ。切れ者と聞いてるだけのことはある』





「テメエ、目的はなんだ?なんで俺や奈緒、御崎まで狙う?女の子に手を出すなんざ男として最低だぞ」





『俺は目的のためなら手段は選ばねえ。菅野みてえに女にやられたままのうのうと過ごす気はねえんだよ』





「お前、まさか・・・」





話しながら自然と目が向く、





凜とした顔は緊迫感があった。





『お前もお前の女も菅野の女もそいつを煽るために狙っただけさ。本気になってもらうためにな』





「ふざけんな!だったら最初から泉坂に来ればいいじゃねえか!なんでこんな真似すんだ?」





『だからこれが俺のやり方だ。瞬動に伝えろ。俺たちのアジトに来いってな。じゃなきゃ菅野は再起不能なまでに痛め付ける』





原田は場所と時間を告げると、一方的に切った。





「くそっ、ふざけた野郎だ」





携帯に怒りをぶつける秀一郎。





「センパイ、その原田の狙いはやっぱり・・・」





「ああ、真緒ちゃんだ」





秀一郎は原田との通話の内容を告げた。





「そうですか、ならあたしが行かなきゃダメですね」





「ちょっと待て、こんなの明らかな罠に決まってる。いくらなんでも危険過ぎる」





「でも菅野を放っておけません。それに個人的にもこういう男は許せません」





真緒の拳が小刻みに震えている。





(真緒ちゃん、マジで怒ってる)





小柄な身体から大きな威圧感が溢れ出る。





「お姉ちゃん、あたしも行く」





「お前、なに言ってんだよ?」





危険過ぎると言おうとしたが、





「そうね、ひとりよりあたしたちと一緒に行動したほうが安全かもね」





真緒が同行を認めた。





「真緒ちゃん?」





「センパイも一緒に来て下さい、奈緒を頼みます。それとあなたたち」





菅野の仲間ふたりに目を向けると、





「御崎先輩の護衛を頼みます。向こうが御崎先輩の自宅を調べて襲撃するとは考えにくいですが、念のためです」





「わかった。じゃあ今から動ける仲間を少しでもかき集めてあんたらと一緒に・・・」





「大丈夫です。あたしとセンパイと奈緒の3人で行きます」





「ちょ、ちょっと待て、いくらなんでも無茶だ!向こうの兵隊は少なくても30人はいる。いくら瞬動と佐伯のコンビが強くても無理ってもんだ!」





「センパイはあくまで奈緒の護衛です。あたしひとりでなんとかします。いや、あたしひとりで片付けなきゃダメなんです」





「ひとりでって・・・」





絶句する菅野の仲間たち。





それに対する真緒は微笑みを浮かべる余裕を見せていた。











原田が指定してきた場所は倉庫街にあるひとつの倉庫だった。





「なんか、いかにも悪巧みに適した場所だな」





秀一郎の第一印象。





「でもこの中なら無茶しても問題なさそうですね、お互いに」





真緒は普段と変わらないような顔で倉庫の扉を開けた。





「秀、お姉ちゃんって・・・」





奈緒は真緒に対して少し怯えていた。





「もう、なるようにしかならんだろ」





秀一郎も腹をくくり、奈緒の手をとって真緒に続いた。





明かりは点いていた。





穀物倉庫のようで、小麦粉の袋のようなものが積んである。





荷物類は少なく、がらんとしついて空間は広い。





「よく来たな、小崎真緒!」





勝ち誇ったような声。





芯愛の制服姿の男が姿を表した。





「あなたが原田ね?」





「ああ。しっかしたった3人で来るとはな。使えない菅野の残党を少しばかり引き連れて来るかと思ったが」





「あなたの狙いがあたしなら、他人を巻き込む理由がないからよ。それより菅野を放しなさい。もう捕まえておく理由はないでしょ」





「そうだな、おい!」





菅野がふたりの男に抱えられて表れた。





顔中あざだらけで、かなり手荒い仕打ちを受けたのがわかる。





放されると、その場で崩れ落ちた。





秀一郎と奈緒が駆け寄る。





「大丈夫か?」





「バカヤロウ・・・なんで小崎真緒を連れて来たんだ・・・いくら瞬動でもこの数相手じゃ無理だ」





「センパイ、この人も頼めます?」





「わかった」





「じゃあ下がってください。あとはあたしが片付けます」





「・・・無茶するなって、いまさら言っても無駄だな。じゃあ頼む」





秀一郎と奈緒で菅野を抱き抱え、壁際に下がった。





真緒はひとり、ゆっくりと原田に歩み寄って行く。





「さすが魔女と言われるだけのことはあるな。たいした度胸だ」





「兵隊を全員出しなさい。まとめて相手したほうが手間がかからないから」





「へっ、度胸があるんじゃなくて、ただのバカだな。おい出てこい!」





原田の掛け声とともに、男たちが表れた。





(30、いや、40人はいるな)





秀一郎は兵隊をざっと数えた。





しかも全員が金属バットや木刀といった武器を手にしている。





「どうだ、さすがの瞬動もこの数相手じゃどうにもならんだろう。どうする?俺に屈したと認めるなら手を引いてもいいぜ?」





原田は高ら笑いを見せる。





「あなたのような非道な男が相手なら、あたしも遠慮なく本気を出せます」





真緒はスカートのポケットから小さな黒い袋を取り出した。





そこから中身を出す。





金属の筒とチェーン。





カシャン。





「あいつが得物を使うのか?」





意外そうな声を出す菅野。





「真緒ちゃんがあれを出したら、ただじゃ済まんぞ」





秀一郎の声も緊張が感じられる。





真緒が手にしたのは、金属製のヌンチャク。





それを自在に振り回す。





ヌンチャクの先には小さな孔が空いており、それも相俟ってかなり迫力ある風切り音を奏でる。





兵隊たちもたじろぐ。





その真ん中で、真緒が構えた。





「さあ、死にたい奴からかかって来なさい!」





凜とした、澄んだ声が響く。





「てめえらぁ!相手は所詮女ひとりだ!まとめてやっちまえ!」





兵隊たちが一斉に動き出した。





その中心で、けたたましい風の音が鳴り響く。











「これが・・・瞬動の本気なのか・・・」





菅野も驚きを隠せない。





風の音が止まらない。





真緒が動き続けている証。





そして兵隊たちは嫌なうめき声をあげながらバタバタと倒れていく。





「今日みたいな状況が以前あったんだ。真緒ちゃんは小さな空手道場に通っていて、そこに俺も体験で参加した。奈緒も見学で着いて来た。その日に別のでかい道場の連中が道場破りみたいな形でケンカを売ってきた。有段者が30人くらい押しかけた。武器を持ってる奴もいた。そこで先輩や師範の先生もやられて、それで真緒ちゃんがブチ切れてさ、あのヌンチャクを持ち出したんだ」





「ヌンチャクはどこで習ったんだ?独学じゃないだろ?」





「近所に格闘技の経験者のじいさんが住んでて、若い頃に中国で習ってた人に教わってる。始めは護身用だったけど、あれはそれ以上の威力だ。ヌンチャクってのは扱いがとにかく難しい。けど使いこなせば強力だ。あの真緒ちゃんのスピードを活かしたまま、威力が桁違いに倍増するからな」





「それで、その有段者30人はどうなったんだ?」





「全員病院送り。まあ向こうが一方的に悪いから警察沙汰にはならんかったけど、協会で問題になってな。いろんな力関係が働いて、真緒ちゃんは空手界から永久追放になっちまった。だからあれだけ強くても公式戦にはもう出られないんだ」





「そうか・・・しかしあの風切り音は凄いな」





「その時やられた連中は、あれは強烈な台風、サイクロンだと言ってたな」





「なるほど、サイクロンか・・・」





真緒のサイクロンにより、兵隊の大多数は倒れていた。





時間にして3分弱で。





「ば、化け物だ!逃げ・・・ぐあっ!」





逃げることすらままならない。





真緒の嵐は獲物を一切逃がさなかった。





「なんだこれ・・・なんだこれ?なんだこれ!」





原田は完全に狼狽していた。





圧倒的優位の状況を作り上げて持ち込んだ。





絶対に負けるはずのないケンカ。





だがそれは、予測だにしなかった強烈な嵐により一気に負け戦になった。





最後の兵隊が倒された。





残るは自分ひとり。





「く、来るな・・・来るなぁ!」





原田が取り出したのは、





「あいつ、あんなものまで?」





「瞬動、逃げろ!」





秀一郎も菅野も動揺した。





原田は拳銃を真緒に向ける。





だが真緒のサイクロンは止まらない。





原田に向かう。











「うわああああ!!!」





叫びながら引き金を引く。











パアン!





パアン!





パアン!












「ぐげえっ!」





サイクロンには無力だった。





うめき声をあげて倒れる原田。





「あなたバカね。熟練者ならともかく、ズブの素人がそんなもの使ったところで当たるわけない」





問題なく全員殲滅して、ようやくサイクロンは治まった。




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