regret-52 takaci様
4月。
秀一郎は3年生になった。
今年から受験生。
いろいろ忙しくなる。
ただ先月の全国模試で秀一郎の第一志望校判定はBランクだったので、特別に焦ってはいなかった。
そして今年は、
「佐伯くん、また1年よろしくね」
沙織がクラスメイトになった。
他に仲のよかった面々は志望が別れ、別クラス。
「こっちこそよろしくな。ところで桐山は模試どうだった?」
「なんかよかったんだよね。第一志望Aだった」
「すげえな。受験余裕じゃん。ところでどこ行くの?」
沙織の口から大学名が語られた。
秀一郎は驚く。
「えっ、俺と同じじゃん。法学部だろ?」
「あっそうなんだ。偶然だね」
「けど桐山の頭ならもっと上の大学狙えるだろ?」
「かもしれないけど、あたしの場合は今の部屋から通えるところで、国公立限定だから。そうなるとあそこしかないんだよね。それにバイトは続けたいから受験勉強にあまり時間を割きたくないの」
「そっかぁ。まあ桐山の場合は生活かかってるもんなあ」
南戸家からの仕送りは毎月届いているが、沙織はそれにはほとんど手をつけていない。
基本はバイト料のみで生計をやり繰りしている。
「でも志望校が一緒なら受験勉強もふたりでやれば効率いいかもね。そうしよっか?」
「なんか桐山には世話になりっぱなしだな。先月も奈緒のプレゼントで助けてもらったし」
ホワイトデーのお返しでクッキーを用意したのだが、数がハンパではないのでかなりの出費になった。
そこに加えて、奈緒への2周年記念のプレゼント。
少しでも出費を抑えたかった秀一郎は以前誘われた通りに沙織のバイト先の雑貨屋に赴き、店長に相談を持ち掛けた。
雑貨屋の店長は20台後半くらいの若い女性で、親身に相談に乗ってくれた。
さらに秀一郎が希望の予算を伝えた際に、
「高すぎ。そんなにお金かけちゃダメ」
とまで言い、去年贈ったペアウォッチも高価過ぎると駄目出しをしてくれた。
「まだ高校生なんだからそんなにお金かけちゃダメ。もっと安いもので、普段使えるような品物がいいわね」
と言って薦められたのがペアのマグカップだった。
ただそのままでは味気ないので、これにオリジナルのイラストがプリント出来るサービスがあった。
そこで秀一郎と奈緒の写真を渡し、それを基にイラストを描いてもらった。
これで世界にワンペアしかないマグカップが出来上がった。
奈緒に簡単に説明して渡したら大感激で、秀一郎もホッと胸を撫で下ろしていた。
「でもあのイラストって誰が書いたんだろ。シンプルな絵だけど上手く特徴とらえてて、ホント似てたもんなあ」
「あれはウチのお店で絵が上手な子がいてね、その子が描いてるの」
「でもそういうのって普通は割増料金になるだろ?あんな額で商売成り立つの?」
「あのマグカップ、本来は自分で描いたものをプリントする商品なんだけど、自分で似顔絵を上手に描ける人なんてそんなにいないから、ウチはその子が代行で描いてるの。本人は将来イラストレーター目指してるから勉強だと思って率先して描いてくれてる。それもあって、あのマグカップはウチでは結構な人気商品になってるの」
「なるほどねえ、あの額であのクオリティの品物なら安いよなあ」
「その感覚はちょっと違うよ。あれは妥当な額だよ。そもそも佐伯くんは奈緒ちゃんにお金かけすぎ。もっと出費を抑えなきゃダメだよ」
店長と同じことを沙織は口にする。
「うーん、最近それよく言われるんだよなあ。けど女の子に財布出させるのもなあ・・・」
「社会人ならともかく、まだ高校生じゃない。いくら佐伯くんがバイトしてるからって、それに甘える奈緒ちゃんもどうかと思う。デート費用はワリカンが普通だよ」
「でも毎日の弁当代はタダなんだよ。俺は一切出してないからなあ」
「そっか、それがあったね」
ハッと気付く沙織。
「だから俺自身としては、毎日弁当作ってもらってるから、メシ代くらいは俺が出すのが普通だと思うんだけど」
「うーん、でもお弁当ってそんなにお金かからないし、慣れれば手間もたいしたことないよ。ましてや好きな人に食べてもらうものを金銭感覚で考えるのってなんかドライな気がする。ただ食べてもらいたい、それだけの気持ちだよ。奈緒ちゃんもそうだと思うけどなあ」
「弁当作ってるかわりにメシ代出してとは思わないって?」
「うん。そんなふうに考えるならお弁当は作らないほうがいいと思うし、食べないほうがいいと思う。大切な人へのお弁当ってのは作る人の無償の愛情の表れだとあたしは思うな」
沙織にはっきりそう言われると、秀一郎は返す言葉がなくなる。
「うーん、ワリカンかあ。金貯めてる身としては確かにありがたいけど、ちょっと抵抗あるなあ。なんかセコい男に見られるような気がする」
「佐伯くんって妙なところでプライド高いよね。そんなの気にせず、お金は大切にしなきゃダメだよ」
沙織の言葉は重い。
「そうだよなあ。もうすぐデカい買い物するし、出費抑えればラクになるからなあ」
「大きな買い物って、なに買うの?」
「車」
「車?ホントに?」
さすがに驚く沙織。
「もう自動車学校には通ってるんだよ。来月18になるから、それに合わせて免許取る予定」
「そっか。ウチの学校って申請して許可下りれば免許取れるもんね。でも在学中で車買うなんて凄いなあ」
「まあ中古だけどな。車選びは奈緒の親父さんに頼んでいるから」
「そういえば奈緒ちゃんと真緒ちゃんのお父さん、モータージャーナリストなんだよね。一度会って話がしたいなあ」
「えっ、桐山も車に興味あんの?」
今度は秀一郎が驚く。
「ううん、車には特に興味ないけど、あたしルポライター志望だから、ジャーナリストと呼ばれる人には興味あるんだ。誰もが簡単になれる仕事じゃないから、上手な文章を書くノウハウみたいのを聞きたいんだ」
「だったら今度会う機会作るよ」
「えっ、でも奈緒ちゃんが・・・」
「奈緒は関係ないじゃん、あくまで奈緒の親父さんと桐山が話がしたいだけだろ。妙な気遣いはいらないって」
「でも、ライターって忙しい人が多いから迷惑なんじゃ・・・」
「俺のクラスメイトで会いたがっている女の子がいるって言えば、どんなに忙しくても時間を作る人だよ。あの親父さんはね」
「それって佐伯くんの顔を立てるため?それとも単に女の子目的?」
「そんなん後者に決まってるじゃん。歳とると娘や親戚以外で若い子と話が出来る機会なんてないんだってさ。男なんてそんなもんだよ。でもちゃんと分別わきまえてる人だから心配ないよ。前に騒ぎになった議員秘書なんかよりずっと大人だし、いい人だからさ」
「そっか。じゃあお願いしてもいいかな。佐伯くんと奈緒ちゃんの関係を認めてるお父さんって人にも興味あるし」
珍しく意味深な目を向ける沙織。
「なんだよそれ?」
「付き合う当人間の気持ち次第だけど、佐伯くんと奈緒ちゃんは高校生の一線を越えた付き合い方をしてると思うし、それを認めてる親の心境とかどうなのかなってね」
「本音を言えばあまり聞いて欲しくないけど、別に構わんよ。けど実際にそんなこと聞けるもんか?」
「うーん、ストレートにはさすがに聞けないね。ちょっと遠回しにさりげなくかな」
苦笑いを浮かべる沙織。
秀一郎も釣られて笑顔になる。
ふたりの楽しい会話が続いていた。
「さてと、バイト行くか」
秀一郎もバイトは続けており、当面辞める予定もなかった。
受験勉強とバイトを両立させていくつもりである。
いつものように学校を出て、いつもの道を歩く。
当然、泉坂の制服姿が目立つ。
その中で、
(ん?)
数人の男が泉坂の女子生徒を囲んでいた。
私服がほとんどだが、どこかで見たことのある制服姿もいる。
触らぬものに祟り無し。
ほとんどの生徒が見て見ぬふりをしている。
だが秀一郎は囲まれている女子生徒が誰かわかると、ガラの悪い集団に割って入った。
「お前ら、なにやってんだよ?」
「あ、佐伯くん」
囲まれていたのは里津子だった。
嫌悪感を示していた顔が明るくなる。
「ああ、なんだよテメエは?」
男のひとりがケンカ腰で絡んできた。
だが秀一郎は冷静で、少し笑みを浮かべる余裕もあった。
「ナンパを邪魔する気はないけど、やめといたほうがいいぞ。この子の彼氏を怒らせたらなにされるかわからんぞ」
「ちょ、ちょっと佐伯くん!」
困り顔を見せる里津子。
「佐伯?ひょっとしてお前、佐伯秀一郎か?」
制服姿の男が秀一郎の名前を口にした。
「なんで俺の名前を・・・」
見ず知らずの男から自分の名前が出るとは思わなかったので驚く。
そこでこの男の制服の学校を思い出した。
「お前その制服、芯愛じゃないか。この子、菅野の彼女だぞ」
「へっ、んなことぁわかってるよ。菅野の女と、それにあんたも俺らのターゲットさ!」
突然、警棒のようなものを振りかざしてきた。
慌てて回避し、間合いをとる。
それと同時に別の男がごつい工具のようなものを取り出し、いきなり里津子を殴りつけた。
「きゃっ!?」
倒れる里津子。
「御崎!?」
秀一郎が里津子に気を取られていた隙に、男たちは逃げ出した。
「くっ!」
追い掛けてひとりでも捕まえたい衝動に駆られたが、多勢に無勢なのは明白。
しかも倒れている里津子も気掛かりだった。
「御崎、大丈夫か?」
秀一郎が抱き起こすと、里津子の額が割れて血が流れていた。
「う、うん・・・なんとか・・・」
「医者に行くより学校戻ったほうが早いな。保健室行こう」
里津子に肩を貸し、学校へ戻った。
傷は見た目ほど酷くなく、簡単な処置で血は止まった。
暴漢に襲われたとは言わず、ただ転んだと言ってごまかした。
秀一郎は護衛するように一緒に里津子の家まで送る。
「あいつら、御崎を菅野の彼女だと知ってて絡んで来たんだな」
「うん、最初はたちの悪い連中のナンパかなって思ってたけど、あたしの名前出したし、それに和くんの名前も・・・」
「芯愛の、菅野の周辺でなんかあったんだ。菅野と連絡は?」
「それが、今朝からぜんぜんつかないの。毎日メールやり取りしてるんだけど、今日は一度も・・・」
里津子の不安の色が増す。
「奈緒に聞いてみよう。あいつならなにか知ってるはずだ」
携帯を取り出すと、メロディが鳴る。
ただ、奈緒ではなく真緒からだった。
「もしもし、真緒ちゃん?」
『センパイ、今日なにか妙な連中が絡んで来ませんでしたか?あと御崎先輩にも』
「あの連中のこと、知ってんの?」
秀一郎は里津子が絡まれて怪我をし、いま送っている最中だと告げた。
『そうですか。思った以上に動きが早いです。御崎先輩を送ったらウチに来てもらえませんか?』
「何があったんだ?」
『芯愛が荒れています。たいしたことないですが、奈緒も怪我させられました。今は一緒にいます』
「奈緒も?」
秀一郎に動揺の色が広がっていった。
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