regret-51 takaci様

2月14日。





世の男たちが色めき立つ日。





バレンタインデーの朝、秀一郎は里津子に屋上へ呼び出されていた。





「おはよう佐伯くん」





笑顔の里津子。





そして沙織もいた。





こちらはやや緊張した面持ち。





「おっす、おふたりさん。こんなところでなんの用だ?」





「ただこれを渡したくてね。はい!」





綺麗にラッピングされた箱を差し出した。





チョコレートであることは簡単に想像がつく。





「おっ、ありがとな」





「佐伯くんにはホント世話になったからね。でもみんなの前で堂々と渡すのはなんか気が引けてさ。それで変な噂になるのやだし」





里津子が芯愛の菅野と付き合っているのはそこそこ広まっていた。





「んで菅野には本命チョコ渡したのか?」





「放課後に逢って渡すよ。甘いの苦手らしいからとびっきりのビターチョコをね。高かったよ」





「まあ本命なら仕方ないだろ。それにその分来月返してもらえばいいだろ」





「まあね。ところで奈緒ちゃんからは貰った?」





「ああ。今日は逢えん予定だからこの前の休みにな。真緒ちゃんもくれた」





「そっか。じゃあもうひとつね。ほら沙織!」





「う、うん・・・」





ぎこちない動きからかなり緊張しているのが伺える。





「あの、佐伯くん、これ、受け取ってください」





こちらもラッピングされているが、里津子のと比べるとほんの少しだけ雑な仕上がりに感じる。





「あ、ありがとう」





「佐伯くん、ちゃんと味わって食べてよね。それ沙織の手作りだから。しかも沙織は義理チョコは渡さない主義だからそこんとこよろしくね」





「えっ?」





いろいろ驚く秀一郎。





「ちょ、ちょっとりっちゃん!」





沙織も顔を真っ赤にして慌てていた。





そして里津子は秀一郎に大きな手提げ紙袋を渡し、3人で教室に向かう。





「いや実はさ、和くん甘いもの嫌いみたいだからチョコ以外のものを渡そうとしたんだけど、その、ちょっと勇気が無くて断念したんだよね」





「へえ、何を渡すつもりだったんだ?」





「いや、だからその・・・あたし・・・を・・・」





里津子の顔が赤い。





どういう意味か簡単に想像がついた。





「そりゃまた大胆だな。まあ菅野は喜ぶだろうが、でもそれは簡単に渡さんほうがいいぞ」





「でも恋人同士だったら当然そーゆー関係を望むじゃん。特に男はね。だったらいいきっかけかなって思ってさ」





「でも付き合い出してひと月にもならんだろ。まだ早いと思うぞ。焦る必要はない」





「佐伯くんと奈緒ちゃんはどれくらいだった?」





「そーゆーことは人それぞれだと思うしあまり聞いて欲しくないけど・・・まあ1年くらいかな」





「そんなに待ったんだあ。佐伯くんよく我慢したね」





「我慢つーか、付き合い出した頃は奈緒は中3だ。さすがに中学生に手を出すのはまずいと思ってたのもあったけどな」





「そう言えば佐伯くんが中学卒業の時に奈緒ちゃんにコクられて付き合い出したんだっけ。じゃあもうすぐ2年かあ」





「2周年記念とか言ってまた何かねだるだろうな」





秀一郎からため息が出た。





「別に高価なものでなくても、なにか心に響くもののほうがいいと思うよ。それにいくら記念でもあまり高いものはあげちゃダメだよ。奈緒ちゃんの教育上もよくないと思うな」





沙織が真剣な顔でそう進言した。





「そうなんだけどなあ。けどなかなか思いつかないんだよなあ」





「なんならウチの店に来てみる?」





「桐山のバイト先か?」





沙織が雑貨屋でバイトしていることを思い出した。





「ウチの店、結構手頃なものがメインだし。カップル向けにいろんなものを扱ってるの。店長もいろいろ詳しいから役に立てるかも」





「ホントか?じゃあ近いうちに必ず行くよ」





「うん。でも奈緒ちゃんは連れて来ないほうがいいかも。今年は佐伯くんのサプライズプレゼントってことでどうかな?」





「そ、そうだな。いろいろ気を遣ってくれてありがとな」





奈緒へのプレゼントに沙織が絡んでいると知れば反発するのは目に見えている。





そこまで考えている沙織に対して秀一郎は複雑な笑みを向けていた。





3人揃って教室に入ると、





「おはよ〜。女子に連絡ね〜」





突然里津子がクラス全体に呼び掛けた。





「佐伯くんにチョコ渡す予定の子は出来れば今から渡してね。たぶん他のクラスや違う学年の子たちからいろいろ呼ばれると思うから、ぐずぐずしてるとタイミング逃すよ」





「お、おい御崎、なに言ってんだよ!俺がそんなに貰えるわけがないだろ!」





慌てる秀一郎。





「なに言ってんのよ。佐伯くん女子からの人気高いんだから、たくさん貰えるよ。今年は凄いことになるかもね」





里津子は自信に満ちた笑みを見せる。





そして、





「おわっ?」





早速、何人かの女子のクラスメイトが色とりどりのラッピングの箱を手にして目を輝かせて並んでいた。





さらにその後、真緒が弁当を届けに来た際に、





「センパイ、お昼休みに少し時間いいですか?センパイに会いたいって女の子が何人かいて・・・」





と少し困り顔で訪ねてきた。





ここでも里津子が出てきて、





「おっ、チョコの受け渡しだね」





と目を輝かせる。





「はい、たぶんそうだと思います」





「オッケーオッケー。必ず行かせるよ」





「おい、なんでお前が答えるんだ?」





秀一郎は一言も言っていない。





「あ、あたし今日は佐伯くんのチョコ集計係だから。その袋で大丈夫かなあ?今日は忙しくなりそうだね」





と笑顔で言ってのけた。





「ってことは、このデカい紙袋はチョコ入れ用か」





朝のチャイムが鳴る。





既にこの時点で8個のチョコが入っていた。





去年、秀一郎が貰ったチョコは奈緒と真緒からの2個だった。





今年もそれくらいだと秀一郎は考えていたが、その予想は覆された。





里津子の言う通り、忙しくなった。





休み時間のたびに呼び出され、学年を問わず多くの女子がチョコを渡しにやって来た。





最初のうちは正弘が茶化していたが、次第に何も言わなくなる。





クラスメイトならともかく、初めて会う女子から渡されるとは思わなかった。





どのクラスの誰なのかわからなくなっていたが、そこは里津子がしっかりとメモをとっていた。











放課後。





黒川が教室に顔を出す。





その頃、秀一郎、里津子、沙織で机を囲んでいた。





「お前ら、こんな時間になにをしている?」





「あ、先生、見てください、これ」





机の上はチョコの山。





「これは凄いな。ということは、これは佐伯の分か」





「はい。トータル38個。奈緒ちゃんと真緒ちゃんの分を入れると40個ですね」





「人気者はいろいろ大変だな、佐伯」





黒川までもが秀一郎を茶化す。





「まあ、一桁までなら嬉しいっすけど、ここまでになるといろいろ重いっすね。食べ切れるわけないからどうすりゃいいのかわかんないし、来月返すこと考えると、ぞっとします」





困り顔を見せる秀一郎。





「貰った子のクラスと名前は全部控えたからね」





こちらは笑顔の里津子。





「うーん、でもこれだけの量だとさすがに困るよね。でもあげた子の気持ちを考えると食べないのは悪い気もするし」





沙織は秀一郎と同じく困り顔。





♪〜♪♪〜





秀一郎の携帯が鳴る。





奈緒からのメールだった。





「あいつはホントにカンがいいな。『チョコどれだけ貰えた?』だってよ」





「写メ撮って送ったら?さすがの奈緒ちゃんも驚くでしょ」





里津子は明らかに面白がっている。





「まあ、そうすっか」





秀一郎は携帯で机の上のチョコの山を撮り、『どうするか困ってる』と一文つけて奈緒に返信した。





ほどなくしてまたメールが来た。





「へ?あいつどうするつもりだ?」





「奈緒ちゃん、なんて?」





「『全部ウチに持って来て』だってよ」





「奈緒ちゃん甘いもの好きなの?でもこの量は・・・」





奈緒の意図が掴めない沙織。





「まあ、一応持ってってみるよ」





秀一郎は今朝渡された大きな紙袋にチョコを詰め込み、学校を出た。





バイトがあったのでそこにも持って行くことになったが、さすがに驚いた様子だった。





「佐伯くんは9月の事件があったから、あれで人気が上がったんだろうね」





所長の峰岸はそう分析する。





さらに田嶋までチョコをくれた。





これで39個。





それを持って奈緒宅に行く。





「こんばんは〜」





「あ、秀、上がって」





奥のキッチンから奈緒の声が聞こえる。





秀一郎がキッチンに入ると、





「おわっ、なんだこれ?」





テーブルの上は既におびただしいチョコの山。





「お姉ちゃんが貰った分。28個あるよ。ちなみにあたしも4個貰った」





「そっか、そうだよな。真緒ちゃんって女子からの人気高いよなあ」





「で、秀は何個?」





「この袋に39個入ってる。お前らふたり分を含めると41個。去年の20倍だ」





「そっかあ、秀のほうが多かったんだあ。てっきりお姉ちゃんのほうが多いと思ってたのに」





なぜか残念がる奈緒。





「別に真緒ちゃんとチョコの数を競う気はないって。で、どうすんだこれ?トータル70個以上あるぞ」





「とりあえず包装紙は取って、仕分けするの。普通の甘いチョコは近所の保育所にあげるつもり」





「なんで仕分けするんだ?そのまま持ってけばいいじゃないか?」





「甘くないビターチョコやアルコール入りとかは子供にあげても仕方ないでしょ。だから分けるのよ」





「なるほどね」





奈緒にしては珍しく頭が回っていた。





秀一郎も机にチョコを広げる。





「ちょっと・・・これは凄いね」





その光景に驚く真緒。




まずお目にかかれないほどの大きなチョコの山が形勢された。





「じゃ、パッケージ剥がしてチェックしよ」





奈緒がとりかかる。





「あ、その前に、これと、これは貰ってく」





秀一郎は山からふたつのチョコを取り出した。





「それ、誰の?」





「クラスメイトの分。食ってくれって言われてたからな。まあくれたみんなそう言うだろうけど、いつも顔合わせる子の分は食ったほうがいいからさ」





「ま、そうだね。他にも良さそうなのがあったらどんどん持ってってね」





奈緒は特に気に留めず、作業を進める。





(これは、食っといたほうがいいよな)





秀一郎が手にしていたのは沙織が慣れない手つきで包装したと思われる手作りチョコがあった。





NEXT