regret-49 takaci様

少し前、





つかさは愛車のステアリングを握りC1を走っていた。





(ブレーキとタイヤを換えて、だいぶ走り易くなった。けど、足をもう少し固めたい)





中高速コーナーの安定感が足らなかった。





(けど足はあまり手を入れたくない。淳平くんの好みじゃなくなっちゃうもんなあ)





低速コーナーへのブレーキング、旋回は満足出来るレベル。





(あくまで中速以上の安定感だから、エアロもありかも。フロントに大きなスポイラー付けて、あと定番のGTウィング。でもそれやっちゃうとボディラインが崩れちゃうんだよね)





いろいろ思い悩む。





(ん?)





後ろから速いスピードで光が迫る。





(あたしは結構なペースで走ってる。それに追い付いて来るなんて)





ミラーに注意を払う。





純白の丸2灯ヘッドライト。





黒のボディ。





(まさか・・・東城さん?)





ポルシェ997ターボ。





綾が迫っていた。





C1外回り。





一般車も少ない。





(絶対に抜かせない)





つかさはペースを上げた。





車と格闘しながら、荒れた道を速いペースで駆け抜ける。





それに綾はつかず離れずの距離で着いてくる。





つかさのテンションが上がる。





突き放すべく、限界を越えてペースを上げようとした。





その時、Zの挙動が大きく乱れた。





「くっ!」





ラインを外し、大きくカウンターを当てる。





(しまった!抜かれる)





そう感じ、修正しつつミラーを見る。





(えっ?)





綾は抜いて来なかった。





何とか立て直し、アクセルを踏む。





「ふう。でも東城さん・・・」





綾はつかさの背後から離れない。





だが、抜こうともしていない。





つかさは少しペースを落とし、コーナーへの進入を甘くして隙を見せる。





それでも綾は仕掛けて来なかった。





(東城さん、あたしの走りを観察してただけか・・・)





そう気付いたらペースを落とし、パーキングに入った。





綾も着いてくる。





空いたパーキングに車を停める。





隣に綾も並んだ。





ふたりとも車を降りる。





つかさは鋭い目つき。





対する綾は笑顔。





「あけましておめでとう、西野さん」





「おめでとう」





「新年早々無茶しちゃダメだよ。もし事故して怪我でもしたら淳平が心配するよ」





「ちょっと力んだだけだから心配しないで。あれくらい日常茶飯事だから」





ぷいと横を向くつかさ。





「別にあたし、煽ってたわけじゃないけどな」





「そうね。でもこっちは全開なのに後ろで手を抜かれてるってわかると逆に腹が立つのよ」





「手を抜いてたわけじゃないよ。怖くて近付けなかっただけ。西野さんって後ろから見てると危なっかしいから」





「なんですって?」





カチンと来た。





それを受けた綾はふうと一息つき、つかさに歩み寄る。





そして、





「はい」





ポルシェのキーを差し出した。





「どういう意味?」





「あたしの車、乗ってみて。いろいろわかることが多いから」





「えっ?」





意外だった。





自分に置き換えてみれば、考えられない行動。





いろんな意味で敵対している相手に、愛車のキーを渡す。





戸惑いが顔に表れる。





だが綾は笑みで、





「大丈夫、西野さんなら扱える。C1でも湾岸でも、どこでも踏んでみて」





「・・・」





あまり気乗りはしなかった。





だが、興味はあった。





綾のポルシェがどんな車なのか。





つかさは固い表情でキーを受け取る。





綾は笑顔。





対称的だった。





そして今。





C1外回り3周目。





(この子・・・凄い)





ポルシェターボの性能に圧倒されていた。





走り始めの印象は最悪だった。





(なにこれ、曲がんない)





体験したことのない強アンダーステア。





そして止まり過ぎるほどに効く強力なブレーキ。





慣れないオートマ車。





リズムが掴めずちくはぐな動きだった。





そんなつかさを見て、





「無理に曲げようとしないで。旋回性能は高くないから。曲がれるスピードまで充分に落として、コーナーは小さく廻り、脱出ラインが見えたら一気に踏む」





綾がアドバイスを入れた。





これがきっかけでつかさの印象も激変する。





(なにこれ、凄く踏める。踏んでも全然乱れない)





一般車の処理も難無くこなす。





(このパワーが凄い。どんな状況でも踏めば即ついてくる。しかも全部無駄なく使える。トラクションの次元が違う)





つかさが経験したことのない速度域で走れていた。





そのまま9号〜湾岸に出て、羽田まで踏み切り、Uターンしてパーキングに戻った。





「やっぱり西野さん速いね。安定してたし、湾岸じゃスクランブル使わずに大台入ってるよ」





ポルシェに搭載されたロガー機能で確認した綾はつかさにそう伝えた。





「大台かあ。あたしの車じゃそこまで出ないんだよね」





「本当にクリアな状態で270ってところかな?」





「そうだね。でも実際は250がいっぱい。だから湾岸はあまり行かないのよ」





「確かにC1じゃこんなパワーいらないからね。けど、使えるならパワーは多いに越したことはないよね」





「まあ・・・ね」





「西野さん、とても安定して走れてた。Zじゃこの安定感は得られないんじゃないかな」





「う・・・」





認めたくはないが、認めざるを得ない。





綾のポルシェのほうが、自分のZより遥かに安定し、アグレッシブに踏め、しかも速かったことを。





「西野さんのZ、よく出来た車だと思うし、たぶん乗ってて楽しいよね。でも、本気で速さを求める車じゃないよ。だから無理はしないで」





「それって、東城さんを追うなってこと?」





「あたしを追うのは西野さんの自由。でもあたしの車に乗ってわかったでしょ?楽しい車と速い車の違いがね」





綾は表情こそ微笑んでいるが、言葉は厳しい。





いつものつかさなら反論するが、今日は出来なかった。





身を持って体感した事実は重かった。





「じゃああたし行くから。無茶しないようにね」





綾はポルシェに乗り込み、パーキングをあとにした。





その後ろ姿を見ながら、つかさはため息をつく。





(確かにいろいろわかったよ。車の違いは大きいとは思ってたけど、ここまでとは思わなかった)





綾を追う。





追うだけではなく、前に出る。





今は追うすらままならない事実に気付き、つかさは新年早々落ち込んでしまった。












3学期に入って一月ほど。





学校は静かだった。





3年生は早々に学年末試験を終え、受験の真っ只中で自由登校になっている。





2年生も進路に向けて真剣に考えなければならない。





秀一郎は教師の勧めを断り、自分の希望を貫いた。





国公立大学法学部志望。





3年も文2を選択する旨を先程黒川に伝えた。





「佐伯くん」





放課後、面談を終え教室に戻ると、沙織が声をかけてきた。





「お、桐山」





「面談終わった?」





「ああ、志望は変えん。来年も文2だ」





「そっか。たぶんあたしもそうなるかな。国公立の法学部」




「桐山も?」





これは初耳だった。





「南戸の家が大学の学費も出してくれることになったんだけど、さすがに私立はね。それにこれからの時代は法律に詳しいほうが将来役に立つと思うから」





「そっか」





「けどりっちゃんは文1にするみたい。せっかく仲良くなれたのに、また違うクラスになっちゃう」





暗い顔を見せる沙織。





「けど進路が変わって別クラスになるのは仕方ないだろ。俺も来年若狭とは違うクラスになる。てか夏の旅行に行った面子で文2選択するのがほとんどいないんじゃないか?」





「そうだね。たぶん佐伯くんとあたしだけ」





「まあ、来年も同じクラスになれるといいな」





「そうだね。あたしは佐伯くんは理系に行くかもって思ってたから、同じクラスになれればうれしいな」





笑顔になるふたり。





沙織はこれからバイトとのことで帰っていった。





(さて、俺もバイトに行くか)





鞄を持ち、教室を出たところで、





「佐伯くん、ちょいと待った!」





呼び止められた。





「なんだ御崎か」





「最近沙織と仲いいね。気まずい感じもなさそうだし」





「ああ、まあな」





「ふっふっふ佐伯くん、あたしの得意技に自白の術ってのがあるんだよ。それをこの前沙織にかけたら、聞かせてもらったよふたりの秘密をね!」





「なに?」





動揺が顔に表れる。





元旦に沙織の部屋で過ごしたことはふたりの秘密になっていた。





第三者が聞いたら誤解するだろうし、これ以上くだらない噂に振り回されるのは御免被りたかった。





「いや、だからあれはその、あくまで事故だったんだよ。そこで桐山が機転を利かせてくれただけで・・・」





慌てて弁明する秀一郎。





「ふっふーん、嘘だよん!」





「は、嘘?」





「自白させるのは得意だけど、沙織って口が固いからね。なんかあったっぽい様子がしただけ。だからカマかけてみたんだけど、やっぱり何かあったみたいだね」





してやったりという笑みを見せる里津子。





「お前・・・」





逆にまんまとハメられた秀一郎。





「で、何があったの?」





仕方ないので元旦の出来事を簡単に話した。





里津子は目を輝かせ、





「へえ〜っ、新年早々沙織の部屋で丸一日過ごして、手料理まで食べたんだあ。で、その後は?」





「なんにもねえよ。それだけだ」





「ふう〜ん。でも、ふたりの距離はぐっと詰まったみたいだね!」





「そんなの意識してないけどな。まあまた普通に話せるようになったくらいだ」





「それが大きいんだよ。いろいろ面白いことになるかもね。あ、それと週末よろしくね」





「は?」





週末よろしくと言われてもさっぱりわからない。





「あれ、聞いてない?奈緒ちゃんと和くんの4人で遊びに行くんだけど」





「なんだそれ?」





すぐに携帯を開き、奈緒にメールを打つ。





程なく返信が来た。





『あ、ごめん、言うの忘れてた。日曜日菅野とダブルデートだから』





「へっ?」





全くわけのわからない展開に戸惑う秀一郎だった。





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