regret-48 takaci様
『新年あけましておめでとうございます』
どこもかしこもこの言葉が飛び交っている。
新しい年の始まり。
秀一郎はひとりで近場ではそこそこ人が集まる神社に向かっていた。
もちろん初詣である。
(ま、たまにはひとりもいいもんだな)
秀一郎は心の底からそう感じていた。
いつもならここに奈緒がそばにいるが、小崎家は家族揃って韓国で新年を迎えている。
29日に日本を発ったが、クリスマス前からそれまで、奈緒は秀一郎にべったりだった。
原因は真緒。
『センパイ、学校でかなり女の子の好感度高いみたい。油断してると誰かに盗られちゃうかもしれないよ』
冬休み前に涼が秀一郎に絡んできて、4人で話した沙織の想い。
それがあって、真緒は妹に全てを伝えるようなことはせず、少し危機感を募らせるような言い方をした。
だが、これだけでも奈緒は過敏に反応してしまった。
ことあるごとに理由をつけて秀一郎のそばに居続け、さらにいろいろ引っ張り回された。
クリスマスイヴの夜は帰らずに秀一郎と一緒に過ごし、冬休みに入ってからはほぼ毎日べったり。
バイト先の弁護士事務所にまで『無給でいいから手伝わせて欲しい』と無理難題を言ってまでそばにいた。
ただ事務所ではあまり役に立たず、むしろ引っ掻き回されていた。
峰岸も田嶋も温かい目で見てくれていたが、秀一郎は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
そんな感じで奈緒に付き纏われた日々が過ぎると、今度は年末の準備でバタバタして、ようやく落ち着いたのが今日、元日だった。
昨日から年末年始の特番バラエティー番組を見続けてたので一睡もしていないが、そんなに眠く感じてはいない。
少しボーッとしながら、元日ならではの賑わいを見せる境内に入った。
(やっぱ結構いるなあ。よくこれだけ集まるもんだ)
そんなことを感じながら行列に並ぶ。
(そういやこのあたりって桐山のアパートの近くだな。ひょっとして来てるかな)
軽く辺りを見回したが、それらしい人影は見当たらない。
そこで、はっと奈緒の顔が浮かぶ。
(いかんいかん、今の奈緒に桐山と会ってたなんて伝わったら絶対また面倒なことになる)
今度は周りに知っている顔がいないか首を回す。
とりあえずそれらしい顔はない。
(全く、ちょっと人がいつもとは違う女の子と歩いてるだけで浮気だの二股だの言われたらかなわんよな)
好戦的な涼の鋭い目つきを思い出した。
「あ・・・わっ・・・」
(えっ?)
突然、秀一郎の目の前に立っていたご婦人が境内の階段でバランスを崩した。
そのまま秀一郎に向かって倒れてくる。
「危ないっ!・・・とっ・・・わっ!?」
秀一郎はなんとかご婦人を支えようとしたが、自分も無理な体勢だったので堪えきれない。
ゴツン!
砂利敷きの地面に頭を思い切りぶつけた。
「ごめんなさい。君、大丈夫?」
秀一郎の上でご婦人が心配そうに呼びかける。
「いてて・・・大丈夫っす・・・って、あれ?」
グラッと来た。
目眩がする。
視界が回る。
(あれ、なんだこれ?ひょっとして・・・マズいのかな)
「あれ・・・佐伯くん、佐伯くん?」
沙織が呼んでいるように聞こえる。
(幻聴かな・・・でも奈緒じゃなく桐山の声が聞こえるとはな・・・)
視界が真っ暗になる。
秀一郎の意識が途絶えた。
「ん・・・」
視界が明るくなる。
蛍光灯の光が差し込む。
(あれ、ここは?)
見慣れない天井。
布団に寝かせられている。
(どこだ?病院じゃないみたい・・・つっ!?)
起き上がろうとしたら、頭に痛みが走った。
「あ、佐伯くん、気付いた?」
沙織の声が届く。
「えっ、桐山?」
私服にエプロン姿の沙織が柔らかい笑みを向けていた。
「ここは・・・つっ!?」
慌てて起き上がろうとしたら、また痛みが走った。
「あ、まだ寝てたほうがいいよ。頭打ってるんだから」
心配そうな顔で枕元に寄ってきた。
「ここは?」
「あたしの部屋。佐伯くん、神社で倒れて頭打ったんだよ。覚えてる?」
「ああ。前のおばさんが倒れそうになったところを支えようとしたけど俺も一緒に転んで・・・そこまでは覚えてる」
「そのおばさんがここの管理人さんだったの。で、あたしもちょうど近くにいたから」
「そういや、桐山の声が聞こえた気がする」
「佐伯くん、意識が朦朧としてたけど受け答えはしてたから、とりあえず近くの人に手伝ってもらってここまで運んだの。たまたま初詣に来てたお医者さんもいたから診てもらったけど、ただの脳震盪だから心配ないって」
「そっか。悪いな、迷惑かけて」
「そんなの気にしないで。せっかくだから晩ご飯食べてって」
「えっ、晩メシ?」
慌てて時計を見ると、針は6時過ぎを指していた。
家を出たのは午前10時頃。
「うっわ、俺こんなに寝てたんだ」
驚きつつ、気まずさを感じる。
「よく寝てたから、なんか起こすのも悪いなと思って。ひょっとして奈緒ちゃんとかと予定でもあったの?」
「いや、それはないよ。あいつ今家族揃って韓国だし。けどマジでゴメン。せっかくの元旦の日に迷惑かけて潰させちまって」
「だから気にしないで。なんにも予定なんてなかったもん。それよりお腹空かない?もうすぐ仕度出来るからゆっくり待ってて」
沙織は笑顔で狭い台所に戻っていった。
食欲をそそるいい匂いがほのかに漂う中で秀一郎は焦燥感に駆られていた。
(この状況はマズい。理由はどうあれ奈緒がいない時に桐山の部屋に上がり込んでほぼ丸一日過ごした。しかもあの神社は結構人がいた。俺が倒れたことで小さな騒ぎにはなったはずだ。それをウチの生徒に見られてたらまた噂になる。こればっかりは言い訳出来ん)
「佐伯くん、心配しなくていいよ。とりあえず周りにウチの生徒らしき人はいなかったから」
「えっ?」
「ことあるごとに噂になるよね。たぶん佐伯くんって女子からの人気高いから、それを快く思ってない誰かがそんな噂を広めてると思う。佐伯くんと奈緒ちゃんの関係に亀裂を入れるためにね」
「そう言われても実感沸かないんだよな。俺よりもっとカッコよくていい男なんてゴロゴロいるだろ。例えば・・・」
秀一郎は同じ学年でイケメンで通っている何人かの名前を挙げた。
「確かにそうかもしれないけど、中身がわかんないもん。佐伯くんは女の子に優しいし、それにいろんな意味で強い人。そばにいてくれるだけで頼りになるし、なんか安心感あるもん」
「そんなもんかねえ。けどそうだとしたら、もっといろんな女子から声をかけられてもいい気がするけどな」
「だって真緒ちゃんがいるじゃない。あのしっかりしたお姉ちゃんがちゃんとガードしてるもん。普通の子はちょっと声かけ辛いと思うな」
沙織は小さなテーブルにふたり分の夕食を並べると、布団で横になっている秀一郎の首をそっと支えた。
「ゆっくり起きて。あまり頭を動かさないように・・・」
「ああ、大丈夫。ありがとう」
「目眩とか、気分とか平気?」
「ああ。おかげさまでぐっすり寝たから全然大丈夫。昨日徹夜だったからたぶんその影響が出たんだと思う。心配かけてゴメン」
「そう、よかった」
沙織の表情から不安の色が消え、温かい笑顔を見せた。
そしてふたりで小さな食卓を囲んだ。
有り合わせのもので簡単に作った料理とのことだったが、見た目も匂いも食欲をそそる。
期待しつつ口に運ぶ。
その様子を沙織は少し緊張した顔で見つめる。
「うん、美味いよ」
「ホント?」
「ああ、マジで美味い。桐山も料理上手なんだな、ってひとり暮らしだから当たり前か」
「よかったあ。佐伯くんっていつも奈緒ちゃんの美味しいお弁当食べてるから、口に合わないかもって思ってたんだ」
心底ホッとした顔を見せる沙織。
「え?そりゃ確かにあいつも料理上手だけど、そこまでのもんじゃないぞ」
「けど、毎日食べてて飽きない味でしょ。そういうのって難しいんだよ」
「飽きない味か。そう言われればそうかもな。なんだかんだで結構食ってるしな。あいつの料理」
「お弁当以外でも?」
「ウチは親父もお袋も仕事で家を空けることが多いんだ。んであいつが飯作ってくれてる。あと週一くらいで真緒ちゃんと朝練やってて、そのついでに向こうで朝飯食わせてもらってる」
「そっか。ちゃんと姉妹で住み分け出来てるんだね。真緒ちゃんと奈緒ちゃん」
「いやそうでもない。真緒ちゃんも料理は上手い。一度奈緒と真緒ちゃんの料理を一緒に食ったことあるけど、全然わからんかった。それで奈緒がグズってさ」
「あ〜佐伯くんひどい。それ奈緒ちゃんかわいそう!」
「えっ、俺が悪いの?」
「だってほぼ毎日食べてるんでしょ。だったら微妙な違いわかってあげなきゃ」
「いや、でもそれくらいわかんないんだよ。やっぱ一卵性の双子なんだなあと・・・」
「それ言い訳だよ〜。料理って同じ人が作っても日によって味が変わるもん。いくら双子でも心が違えば味は違うよ」
「そんなもんなの?」
「そんなもんです。奈緒ちゃん不憫だな・・・」
「ちょっとお、俺ってそこまでひどいの?」
温かい食事は人の心も温かくさせる。
秀一郎と沙織は、これまでにないくらい打ち解けていた。
その夜。
C1を快走する黒のポルシェターボ。
ただ、普段ステアリングを握っている綾は助手席にいる。
(この子、一体なんなの・・・)
現在ステアリングを握っているのは、この車に対抗すべく愛車Z34を仕上げているつかさだった。
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