regret-46 takaci様
「なんだよお前は?いきなり見ず知らずの他人から襲い掛かられる覚えはないけどな」
「ふん、あたしもあんたに個人的な恨みはないよ。けど、いい気になって何人もの女を弄んでいるふざけたヤローは気にいらないんでね」
女の子は好戦的な目を向け、木刀を振りかざす。
「ちっ、ただの根も葉もない噂だけでケンカ売られたらかなわんな」
「昔から言うだろ。火のないところに煙は立たないってね!」
秀一郎の言葉には耳も貸さずに突っ込んできた。
(くそ、やるしかないのか)
とりあえず木刀を回避しながら考えを巡らす秀一郎。
(最近になって始めた真緒ちゃんとの組み手、武器を持った相手の対応が実戦になるとはな)
真緒の言葉を思い出す。
『まず間合いを見切ること。相手の体格、リーチ、それに武器の長さを加味すれば間合いが決まります。基本的には素手の組み手と動きは変わりません。あと長い武器ほど攻撃と攻撃の間隔が大きいです。リズムを掴んでタイミングを見計らえば必ず隙があります』
(こいつ、女にしちゃ背が高いし腕も長い。けど動き自体はそんなに速くはない)
だんだんリズムが分かってきた。
(確かに隙はある。けど・・・)
『武器を持った相手に情け容赦は禁物です。急所に全力の一撃で確実に止める。じゃないとこちらがやられます』
攻撃出来そうな隙がちらほらと見える。
(けど相手が男ならまだしも、いくらなんでも女の子には手は出せん)
秀一郎は隙を見過ごし、回避に集中する。
(野次馬も多いから教師が騒ぎを聞き付けて来るはずだ。それまでもたせれば・・・)
パアン!
音を起てて木刀が宙を舞う。
大きな弧を描き、女の子の背後に落ちた。
秀一郎と女の子の間に、小柄な子が割って入った。
「真緒ちゃん」
真緒は木刀を鋭い蹴りで弾き飛ばし、秀一郎に背を向け、相手の女の子に厳しい視線をぶつける。
「そういやこの男の側にはあんたがいたねえ、小崎真緒。けどいくらあんたが強くても、タイマンのケンカに割って入る権限はないと思うけどね」
「本当のタイマン勝負なら水を差すような真似はしない。けどこれはあなたが一方的に仕掛けたケンカで、センパイはあなたを攻撃する気はさらさらなかった。それがわかっててこのケンカを仕掛けたんじゃないの?槙田涼」
(槙田涼?どっかで聞いたことある名前だな)
秀一郎は真緒とガンの飛ばし合いをする、この涼という女の子をあらためて見る。
背が高く、スタイルも良い。
気は強そうだが、整った顔立ちをしている。
(俺とは完全初対面だ。けどどっかで見たことあるような・・・?)
記憶を巡らす秀一郎。
「ふん。こいつがどんな男なのか見極めようと思っただけさ。まあ腰抜けじゃないみたいだけど、そーゆー奴ほど心が腐ってたりするんだけどね」
「センパイは心も真っ直ぐな人です。あんな噂は根も葉も無いデマ。決してそんなことが出来る人じゃない」
「ふうん、やっぱり身内は信じたいんだね。けど・・・」
涼は木刀を拾いあげて切っ先を秀一郎の喉元に向け、
「あたしは絶対にあんたの本性を暴く。覚悟しときな!」
そう言い残し、颯爽に去って行った。
涼が姿を消すと、野次馬もばらけ出した。
「真緒ちゃんありがとう。ところであの女のこと知ってんの?」
「槙田涼。あたしと同じ1年生です」
「その名前、どっかで聞いた気がするんだけど?」
「軽音部のボーカルです。今年はかなり盛況だったから、それで知った人も多いと思います」
「あっ、あの歌の上手い子か」
今年の文化祭、ちらっと見たステージの様子と澄んだ歌声を思い出した。
「あの子、みんなからちやほやされて、おまけにあんな男勝りの性格だからちょっと有頂天になってるんです。自分が一番じゃないと気が済まないタイプで、ちょくちょく問題もあるそうです。あたしも絡まれたことがありました」
「真緒ちゃんにちょっかい出すとは、かなり怖いもの知らずな女だな」
「相手にしないのが賢明です。あんな根も葉も無い噂を確かめずに一方的に牙を剥くような子です。関わらないほうがいいです」
「そうだな、そうするよ」
と決めたが、放課後に黒川から呼び出しを喰らった。
「佐伯、1年の槙田と小競り合いがあったそうだな」
「一方的に木刀振り回して襲い掛かられたんです。俺は一切手を出してません」
「なぜ槙田は佐伯に手を出して来たんだ?」
「向こうに聞いてください。てか俺だけ呼び出されて、あいつはなしですか?」
「自分は一切間違ったことはしていない。だからここに来る気はないと言っててな」
「ちょっと、今回の被害者は俺です。被害者を呼び出しておいて加害者は放っておくなんて、いくらなんでも筋が違いませんか?」
怒る秀一郎。
「お前の言い分は理解している。正直、槙田への対応は我々生徒指導教師も手を焼いていてな。すぐに正義という言葉を出して正当化してしまう」
「正義の味方気取りが木刀振り回してデカい顔してんですか。いい度胸してますね」
秀一郎は嫌悪感をあらわにする。
「そこで聞きたいのが、槙田がお前に手を出した要因となった噂についてだ」
「あんなの完全なデマです。女友達と一緒に歩いてるだけで二股なんて言われたらやってられませんよ」
「小崎の妹とは順調なのか?」
「おかげさまで、振り回されっぱなしの毎日です」
「そうか。そうなると桐山が問題だな」
黒川は真剣な顔でそうつぶやいた。
「ちょっ、なんで桐山が出てくるんすか?」
「佐伯は桐山を友達だと思っていても、桐山は佐伯を友達だと思っていない。それ以上の感情を抱いている。一言で言えば片思いだ」
「だから俺と桐山はそんなんじゃないです。それに片思いが問題だとしたらほとんどの生徒が該当する。高校生にもなって恋愛感情抱いてない奴なんてほとんどいないですよ」
「だから、そうじゃない。そんな簡単な問題ではない」
「だったらどうなんです?分かりやすく説明してください」
「こういうことは口で説明出来るものではない。個人の主観の問題だ。だから・・・と逃げ口上では生徒指導は務まらんな。いずれきちんと説明する。今日はもう帰れ」
「ちょっと待ってください、言うだけ言って、それはないでしょ?」
「いいから帰れ。呼び出してすまなかった。あと桐山とは問題起こすなよ」
(なんなんだよ黒川の奴、教師だったらちゃんとわかるように言えっての)
秀一郎はずっと機嫌が悪かった。
そんな気持ちで学校を出て、バイトをこなす。
だが奈緒からの日常のメールが秀一郎の心に温かいものを残した。
「お先に失礼します」
バイト先のビルを出たところで、
「よっ、佐伯くん」
声をかけられた。
「あ、真中先輩、お疲れ様です」
スーツ姿に鞄を抱えた淳平が立っていた。
「佐伯くん、ちょっと話がしたいんだけど、これから少しいいかな?」
「あ、はい」
そしてふたりはすぐそばの喫茶店に入った。
「えっと、確か奈緒ちゃんだっけ。彼女とはうまく行ってる?」
「ええ、まあ」
「そっか。じゃあ沙織ちゃんとはどう?」
「・・・それ、今日黒川先生からも聴かれましたよ」
「えっ?」
秀一郎は学校で見ず知らずの女の子に木刀で襲われ、それが原因で黒川に呼び出され、さらにはそれらの要因になった噂について話した。
「そりゃ災難だねえ」
「ただ一緒に歩いてただけで二股なんて言われたらやってられませんよ。しかも黒川まで問題起こすなとか言うし、俺と桐山はそんなんじゃないっすよ」
「そうか、佐伯くんはそう思ってるのか。でも沙織ちゃんはちょっと違うよ」
「えっ?」
「例の怪我で沙織ちゃんと綾が仲良くなってね。よくメールをやり取りしてるんだよ。それでつい最近、沙織ちゃんから綾に相談を持ち掛けられたんだ」
秀一郎の動悸が少し高鳴る。
(聴いちゃダメな話のような予感がするけど・・・)
そうは感じたが、耳を傾けた。
「二番でいいから付き合って欲しいと思うのはダメですか?ってね」
「は、二番?」
どんな意味なのかわからない。
「前に話したよね。沙織ちゃんは佐伯くんが好きだって。それに当てはめれば、どういうことかわかるよ」
「って言われても・・・二番はダメ?」
淳平のヒントを聞いてもピンと来ない。
「つまりこういうことだ。沙織ちゃんは今の佐伯くんと付き合いたいと考えているんだ」
「いや、それ無理っすよ。だって奈緒が・・・」
「だから、奈緒ちゃんと付き合っててもいいから付き合いたいんだ」
「えっ?」
「沙織ちゃんは二番でいい。この場合の一番は奈緒ちゃんだ。佐伯くんは奈緒ちゃんと付き合いながら、空いた時間に沙織ちゃんと付き合うってこと」
「ちょっ、それって完全二股じゃないですか!」
「そうだね。でも沙織ちゃんはそれでもいいみたいなんだ」
「そんな馬鹿な。そんなの楽しくないし意味がない。付き合ってるなんて言えない。そんなふざけた真似は出来ないっすよ」
「そうだね。恋愛の形としては間違ったものだ。でもそれでも付き合いたいと思ってるのが今の沙織ちゃんだ」
「なんで・・・桐山は・・・」
言葉が出なかった。
沙織の気持ちが理解出来ない。
「佐伯くん、君はどう思う?」
「どうって・・・わけわかんないすよ。恋人が別の奴と付き合ってるなんて嫌に決まってる。俺だってそうです。奈緒が他の男と付き合うなんて考えたくもない。とても本気の言葉とは思わないです」
「じゃあ迷惑かい?」
「迷惑ってわけじゃないですけど、でも奈緒との間は荒らして欲しくない」
「沙織ちゃんにその気はないらしい」
「でも確実に奈緒とぶつかります。そんなのありえない。成立しないすよ絶対に」
「まあ、そうだろうね。けど沙織ちゃんはそんな非現実的な願いを抱き、口にしている。ある意味では、追い込まれているんだ」
「なんでそこまで・・・」
「佐伯くんと沙織ちゃんの間に今まで何があったかは知らない。けど沙織ちゃんにそんな気持ちを抱かせたのは事実だ」
「・・・ならどうすりゃいいんですか?」
「それを考えたほうがいいと思う。このままだとちょっとマズいような気がする。誰かが悲しむ前に何らかの手が打てるなら、そうしたほうがいい」
(って言われても・・・)
沙織の好意は嬉しく思うものの、やはり困る秀一郎だった。
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