regret-43 takaci様

乱泉祭が過ぎると、泉坂高校の空気が穏やかになる。





祭の後の脱力感が学校を包んでいる。





「ふぁ〜〜っ・・・」





正弘の大あくびを連日見る日々が続いていた。





「若狭、もう少ししゃんとしろよ」





あまりのだらけぶりに呆れる秀一郎。





「最近落胆することが多くてよお。ウチの文化祭は圧倒的大差で負けるわ、芯愛の文化祭はハズレ引いたわじゃ落ち込むっつーの」





「まあ、確かに今年の軽音は凄かったな」





映研も健闘したが結局4位。





そして優勝は2位以下に圧倒的大差をつけた軽音楽部だった。





軽音は毎年、最も集客数の大きい体育館を使っていたが、今年は体育館を飛び出し、グラウンドに大型トラックを乗り入れて臨時ステージを設置。そこで野外ライブを行った。





これが大盛況で、過去最高の来場数を記録していた。





「でもあそこまでされたら負けても仕方ないだろ。ちらっ聴いただけだけど迫力あったし、なによりボーカルの子の歌が上手かった。あの子もウチの生徒かな?」





「は?お前涼ちゃん知らないの?」





「リョウちゃん?」





正弘に名前を言われてもピンと来ない。





「槙田涼。ウチの1年生だよ」





「背が高くてスタイルもいい。モデルでも通用しそうな綺麗な子だよ。で、軽音のボーカルこなすくらい歌が上手い。ある意味完璧な子だね」





向かいの席の沙織と里津子が説明した。





「まあ涼ちゃんと奈緒ちゃん、真逆の子だもんな。ロリコンの佐伯にゃ奈緒ちゃんがお似合いだ」





「その認識はいい加減止めとかないと奈緒にボコられるだけじゃ済まなくなるぞ」





秀一郎が釘を刺すと、





「あ〜あ。芯愛なんぞに行くんじゃなかったよ」





正弘はふて腐れた。





奈緒に誘われて秀一郎、正弘、里津子に沙織、さらに姉の真緒という面々で芯愛高校の学園祭に遊びに行った。





奈緒はクラスのコスプレ喫茶でメイド服を着こなして注目を浴びていた。





そしてそんな奈緒を少し離れた位置から見守るように、目つきの鋭い男たちが控えていた。





菅野の仲間である。





奈緒と真緒が雑誌のグラビアを飾ったことで泉坂の真緒の周辺は騒がしくなったが、芯愛の奈緒の周辺はとくに変わっていなかった。





菅野たちが目を光らせていたからであった。





奈緒からそう聞かされてはいたももの話半分と思っていた秀一郎だったが、実際に目の当たりして驚き、菅野に頭を下げて礼の言葉を述べていた。





「でも芯愛の菅野って噂ほど怖くなかったね。ちょっとやんちゃっ気のある男子って感じだったなあ」





「りっちゃん、あの菅野って人と結構話してたよね」





(菅野も普通の男なんだよな)





実は菅野は秀一郎にこっそり相談を持ち掛けていた。





一目見た里津子に興味を示し、学園祭を笑顔で案内し、帰る頃には完全に惚れていた。





「もしあの子のメアド知ってたら教えてくれないか?」





「気持ちは判るが、後のこと考えたら自力で聞いたほうがよくないか?俺に出来る範囲なら機会は作るから」





「・・・そうだな」





こんな会話が秀一郎と菅野の間であった。





これが当事者ふたりだけの事であればまだよかったが、どこからともなく奈緒が嗅ぎ付けていた。





当然のごとく面白がって首を突っ込み、菅野に要らぬ助言を送ったりしていた。





周辺にその名を轟かす大物も、恋愛が絡むとひとりの男子学生。





奈緒に完全に主導権を握られ、全く頭が上がらなくなっていた。





ちなみに正弘が凹んでいるのは、奈緒が菅野たちに『あたしたちに害をもたらすエロ男』と余計な一言を滑らせ、当然のごとく反感を買って完全に睨まれたのが原因。





「くそ、なんとか奈緒ちゃんに仕返しする方法はないだろうか・・・」





「だから止めとけって。今の奈緒にお前が逆らっても分が悪い。そんなことよりさっさとプラン決めようぜ」





今は放課後。





秀一郎、正弘、沙織、里津子で机を合わせている。





2年生は文化祭後にまた重要なイベントが待っている。





修学旅行。





しかも今年から行き先が変わっていた。





ここ数年はずっと北海道だったが、不況の影響なのか今年からぐっと近場になった。





しかも修学旅行ではあまり行かない場所。





「名古屋、美濃、伊勢かあ。あんまり面白くなさそうだな」





正弘は不満を口にする。





「でもその代わりにほぼ完全な自由行動だ。でもここまで自由過ぎると計画立てるだけでひと苦労だな」





秀一郎の言葉の通り、この修学旅行はほぼ自由行動になっている。





通常の修学旅行ならまず新幹線で移動し、各地に観光バスで移動というのが定石。





最近はほぼ一日班行動という場合も多い。





だが今回の旅行で全員が揃って移動するのは行きの岐阜羽島駅までと帰りの名古屋駅からの新幹線移動のみ。





その間の3日間は3〜4人という少人数での班行動。





宿泊先も学校側がいくつか用意した宿に分散という形になる。





これで各班はかなり自由に動けるが、制約もある。





・3日の間に必ず伊勢神宮に行く。





・移動費用は一定額までは学校が出すが、オーバー分は自腹。





縛りは上記2点で、これを踏まえ、宿を選び、自由行動。





ただもちろん事前に計画を立てて書類を提出する。





そしてこの4人がひとつの班で行動するのだが、なかなか計画がまとまらなかった。





「あ〜っもうっ!ほとんど自由行動のはずなのになんでこんなにまとまらないの?」





少し苛立つ里津子。





「そりゃしゃあない。一見自由に見えるけど実はかなり縛りがあるんだ。現実的に岐阜、美濃方面は廻れんよ」





「そうだね。いろいろ魅力的なところはあるんだけどね」





秀一郎の指摘に沙織が同意した。





「佐伯ってずっとそう言ってるけど、なんでだ?」





正弘が聞いてきた。





「あの辺りって公共交通機関がほとんどないんだ。鉄道はもちろんバスもろくにない。だからってタクシー移動は金がかかるから現実無理。どうにもならん」





「そっかあ。でも桐山ってそっち方面で行きたいところあるんだろ?」





「うん、関の町がちょっと興味あるの。刃物で有名なところなんだよ。昔の刀とか包丁とかね」





「なあ佐伯、関ってどの辺なんだ?」





「ちょっと・・・いや、かなり無理だな。エリアから少し離れてるし、現実は車じゃないと行けん」





「そっかあ」





「ううん、あたしも関は無理だと思ってたから。でも犬山は行ってみたいかも」





「犬山?どこだ?」





また正弘が聞いてきた。





「国宝の城がある愛知と岐阜との県境の古い町だ。電車があるし岐阜羽島からなら比較的行きやすいから、行くなら初日だな。けど交通費はオーバーになるかも」





「またえらくシビアだなあ」





「御崎要望のセントレアまで行くとなると完全オーバー。私鉄一本で行けるけど料金がバカ高い」





「あの辺りってJRもなくて私鉄一社の独占だからもの凄く料金が高いんだ。あたしも調べてびっくりした」





「そうなんだよね〜。確か名鉄だったっけ。凄く割高なんだよね。セントレア無理かなあ〜」





正弘以外の3人が暗い顔を見せた。





「でも確か二日目の宿って御崎の希望じゃなかったっけ?」





「そうだよ。長島スパーランドに長島温泉!絶叫マシンて騒いで疲れたら温泉でゆったり!これは譲れないね!」





「まあ長島は位置的に名古屋と伊勢の中間だ。二日目に伊勢神宮に行って、帰りに長島で泊まるのは効率いいな」





「問題は一日目なんだよね。犬山行くならその周辺の宿にしたいけど、今から変更出来るかなあ?」





さすがに宿は定員があるのでかなり前に申告して押さえている。





この班は一日目は名古屋近く。二日目は長島温泉を押さえていた。





「宿の変更は難しいんじゃないか?それにそもそもあの辺で宿の設定がなかったはずだ。それに確か名古屋と犬山って・・・電車で30分くらいだから、気にするほどの距離じゃない」





「そっか。なら犬山と名古屋の間でどこか行けるところが・・・そういえばないんだよね」





「名古屋市内はまだいいけど、ちょっと郊外に出ると足が無い。だから東京の人間が名古屋に転勤になると高い確率で車を買うって聞いたことあるぞ」





「あ〜っもうっ!これで日本第三の都市なわけ?もうちょっと交通機関充実させてよね!」





「けどそれがあるからトヨタが大きくなった気もするな」





「佐伯くん、その言葉すごく説得力あるね。そういえば名古屋と豊田ってわりと近いよね。でもなんかすごくやるせなさを感じるよ」





「まあ・・・な」





また暗い顔を見せる里津子と秀一郎。





「ほ、ほら、りっちゃんも佐伯くんもそんな顔しないで、もっと前向きに考えようよ」





そんなふたりを励ます沙織。





「まあ、俺はみんなに任せるよ。俺は大須に行ければいいからさ」





「大須?どこ?」





正弘の言った地名がわからない里津子。





「名古屋市内の町。名古屋の秋葉原みないなとこ」





と秀一郎が説明すると、





「うわ、オタクの町?そんなとこ行くの?」





里津子がどん引きした。





「そうでもないって!服とか雑貨とかもいろんなのがたくさんあって安いみたいなんだよ!絶対面白いって!」





正弘には珍しく必死に弁明する。





「雑貨かあ。あたしちょっと興味あるかも」





「おっ、桐山いいね!そうだって!面白いから最終日に行こうぜ」





「まあ、沙織がそう言うならいっかあ」





里津子も渋々同意した。





「んなら大体のプランは決まったな。あとは細かいとこを詰めるか」





秀一郎は意見をまとめ、地図を取り出した。





「ねえ佐伯くん、セントレアは・・・」





「無理。諦めろ。長島行くんだからそれで納得してくれ」





「わかった・・・」





がっくりと肩を落とす里津子だった。







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