regret-42 takaci様
この美人に捕まった秀一郎たちは、教室の隅のテーブルに腰掛けた。
「とりあえず自己紹介ね。あたし西野つかさ。ここの出身じゃないけど、あたしと同じ店でここの子がバイトしててね、その繋がりでケーキの監修やってるの。歳は聞かないでね。まあ淳平くんと同い年だから隠してもしかたないけど」
(明るい人だな)
つかさの笑顔を見た秀一郎の第一印象だった。
「えっと、あたしは小崎奈緒です」
「佐伯秀一郎です」
「奈緒ちゃんに秀一郎くんか。ふたりって付き合ってるの?」
「はい!」
つかさの問い掛けに笑顔で答える奈緒。
「ふふっ、幸せそうだね」
「幸せかあ。あんまり意識してないけど、毎日楽しいです。ねっ秀!」
「俺はこいつに振り回されっぱなしですけど」
奈緒に対してかなりローテーションな声を出す秀一郎。
「なによそれ〜?ここは素直にそうですねって答えてよ!」
「そんな恥ずかしいことポンポン言えるかっての」
「ぶ〜っ」
ふて腐れる奈緒。
「まあ仲がいいのはわかったよ。男の子ってそういう言葉ってあまり口にしないから。逆に平然とした顔で口にされると軽薄で怪しく感じたね、あたしは」
奈緒にフォローを入れるつかさ。
「まあ、それならそれでいいよ。あたし秀は信じてますから、一応ね」
「それはそうと、本題に入りましょうか」
奈緒の言葉に触れずに秀一郎はつかさに目を向ける。
「スルーしないでよ!」
今度は怒る奈緒。
「わかったわかった、後で付き合ってやるから、今はこの人の話が先だ。ぐずぐずしてっと自由時間終わっちまうぞ」
奈緒を軽くあしらい、秀一郎は話を進めようとした。
「じゃあ秀一郎くんに聞くけど、淳平くんと東城さんの今を教えて欲しいの」
「それはここの映研出身の真中淳平先輩と、同じくここ出身で小説家の東城綾先輩のことですか?」
「うん」
頷くつかさ。
「ねえ、そのふたりって確か夏休みに・・・」
「ああ。俺のバイト先でばったり会ったあのふたりだ。外村社長も一緒だったな」
「そうだよね。社長と優しそうな男の人が話してて、そこに東城綾が来たんだっけ」
奈緒は当時を思い出す。
「秀一郎くん、奈緒ちゃん、そのとき、ふたりはどんな風に見えた?」
真剣な顔でつかさが尋ねてきた。
「そんなの、俺たちに聞いてどうするんですか?」
逆に尋ねる秀一郎。
言葉と表情に少し不満の色が入っている。
「どういう意味?」
つかさもそれを感じ取り、顔が引き締まる。
「俺は東城先輩からいろいろ聞きました。真中先輩がでかい借金背負って、それでいろんな物を全て失った。そこに東城先輩が現れて借金肩代わりして、それがきっかけで付き合うようになったと。で、ここからは俺の推測ですが、真中先輩にはその借金を背負う前に別の恋人がいた。それが今、俺の目の前に座ってる西野さんです」
「・・・そっか、そこまで知ってるんだ。うん、それで合ってるよ」
少し驚きを見せながらも、つかさは全てを認めた。
「ぶっちゃけ言うなら、俺はそんなのは納得してません。あのふたりにどんな経緯があったか知らないけど、そんなのがきっかけで付き合うなんて違う気がします。でも東城先輩は金が絡むと人は薄情になると言ってました。現実そうかもしれないし、生意気だけどそれがきっかけで別れるのも少しはわかる気がします。けど別れた後でまたこうやって聞くのってどうなんです?」
「秀一郎くんが言いたいことはわかる。自覚してるよ。みっともないってね。でも嫌いになったわけでもないのに、一方的に切り捨てられた気持ちは簡単には割り切れないの」
「切り捨てられた?」
これは初耳だった。
「その借金のときに、淳平くんは真っ先にあたしの身の安全を最優先にしてくれた。まともな相手じゃなかったから、あたしのことが知れたら手を出してくるのは明らかだった。だからすぐに海外に逃げるように言われたの。それと全く同じタイミングでケーキの師匠からフランスに行くように言われてね。そんな状況で離れ離れなんて嫌だったけど、あたしの意思なんて回りはみんな無視。淳平くんは凄い剣幕であたしを怒鳴りつけて強引に振って、師匠に急かされるようにフランス行の便に乗せられた。そんなの納得出来ない。そんな一方的な別れなんてないよ」
つかさは辛そうな声を出した。
「それってひょっとして・・・そのフランス行も真中先輩が?」
「そう。淳平くんが師匠に頼み込んだの。あたしを安全のために、あたしを遠ざけたの。その気持ちは嬉しい。淳平くん優しいから・・・でもそんなの・・・絶対割り切れない・・・ましてやあたしがいない間に東城さんと付き合うなんて・・・そんなの・・・」
涙声になるつかさ。
(俺、とんでもない地雷踏んじまったかも)
事の大きさをあらためて感じる秀一郎。
「あの、あたしいまいち事情掴めないけど、要は一方的に振られて、無理矢理引き裂かれて、その間に別の女が奪ったってことですか?」
ずっと黙って話を聞いていた奈緒がそう問い掛けると、つかさが小さく頷いた。
「そんな、そんなのありえない。あたしも絶対嫌。そんなの許せない」
奈緒も嫌悪感をあらわにする。
「あたしも許せない。いくら東城さんが淳平くんを救ったのが事実でも、それを楯にして側にいてほしいなんて言うなんてありえない。そんなこと言われたら、あの淳平くんが断るわけない。断れないに決まってる。そんなの絶対に認められない」
「そうだよ!秀だってそう思うよね?」
つかさの言葉に共鳴した奈緒が秀一郎に同意を求めてきた。
だが、
「・・・」
腕を組み、考え込む。
「秀!?」
「奈緒、俺だって西野さんの言葉がわからん訳でもない。言いたいことはわかる。けどだからってどうすんだ?」
「えっ?」
「理由はどうあれ、真中先輩は東城先輩を選んだ。いくら回りが騒いでも、真中先輩にその気がなければどうにもならない。西野さん、違いますか?」
「うん、そうだね・・・」
つかさの声のテンションが落ちた。
「でもとりあえず逢ってみて話せば・・・」
「逢ったよ。話もした。東城さんに直接連絡先を聞いてね。でも淳平くんには、今は東城さんの恋人だからって優しく断られた。それからはなんか逢うのが怖くなって・・・逢うたびに拒絶されるのは辛いから」
「そうですか・・・」
奈緒のテンションも落ちた。
「それでもまだ望みは捨ててない。逢ってみてわかった。淳平くんは本心であたしを嫌いになってはいない。だから淳平くんと東城さんの間になにかあれば、きっかけがあれば状況は変わるかもしれない。だから君たちに聞いてみたんだけど・・・」
つかさは藁にもすがるような目を向ける。
「って言われても・・・」
それを受けた秀一郎は完全に困り顔を見せた。
「あたし一度しか会ってないけど、東城綾はホント幸せそうに笑ってた。けど男の人はちょっと微妙な笑顔だったような気が・・・そんな感じだったよね?」
「そう言われればそうかもしれんが、そりゃ仕方ないだろ。そんな事情で付き合ってんなら男なら嫌でも複雑になるって」
「じゃあなによ、秀はそんな恋愛認めるの?」
「だから俺も納得いかないっつってんだろ。けどどうすんだよ?」
少し険悪な空気が流れる。
「ふたりともゴメン!」
それをつかさの言葉が止めた。
「あたしのせいでケンカなんかさせちゃダメだよね。いくらみっともないって自覚しててもそこまでさせれない。ゴメンね。もういっそのこと今の話聞かなかったことにして。ホント・・・ゴメン」
つかさは詰まらせた声を残して席を離れていった。
「・・・」
「・・・」
気まずい空気が残り、ふたりも席を立った。
「結局なにも食べれなかった・・・」
名残惜しそうな奈緒の一言。
「スマン、俺が余計なものを踏んじまったからな」
謝る秀一郎。
「まあそれはいいけど、でも西野さんどうするんだろう・・・」
「正直言って、絶対に関わらんほうがいい。俺たちにはいろんな意味でレベルが高すぎる話だ。興味本位で首突っ込むとろくなことにならん」
「・・・そうだね。でもなんで秀一郎は知ってたの?東城綾のこととか」
「ああ、そのあたりの話は桐山が・・・」
ちょうど沙織の名前を口にしたとき、
「あ・・・」
たまたま偶然、廊下出された机の受付をしていた沙織と目があった。
「佐伯くん、奈緒ちゃん、こんにちは」
にっこり微笑む沙織。
「よっ、こんなとこでなにしてんの?」
「文芸部の受付。ほとんど見に来る人は来ないけど、一応集計するから」
「客寄せしないの?」
「文芸部は低俗な客寄せせずに中身だけで勝負する。昔からの不文律なの」
「低俗ね・・・」
奈緒の機嫌が少し悪くなった。
「それじゃ客の入りはあまり良くないよな?」
「知ってる人がちらほらくらい。よかったら見てってって言いたいけど、あまりデート向きの場所ではないかな」
「桐山の書いたものもあるのか?」
「うん。最初はオリジナルの恋愛ストーリーのつもりだったけど、綾先輩がいいお話をくれたから、それを元にあたしなりに手を加えたの。個人的にはだいぶいいお話になったかな。やっぱり綾先輩って凄いね」
沙織はとても嬉しそうにそう話す。
「東城綾の話なんて最低」
そこに奈緒が真逆の言葉を発した。
「なっ・・・なんでそんなことが言えるの?綾先輩はホントにいいお話を書くんだよ!」
珍しく沙織が奈緒に噛み付いた。
「話はよくても人として終わってる。そんな女の本なんて読みたくない!」
「あたしが書いたものをけなすのはいいけど、綾先輩の作品を読みもせずにけなすのは許さない!」
どんどんヒートアップするふたり。
騒ぎを聞き付けた生徒が集まり出した。
「ふたりともやめろ!」
そこに秀一郎が割って入った。
「奈緒、さっきの話聞いた後だからってもそれは言い過ぎだ。少し落ち着け」
「秀・・・」
「桐山もらしくないぞ。確かに奈緒の言葉は気に障っただろうが、ここは抑えてくれ」
「佐伯くん・・・」
大人しくなるふたり。
だが周りはどんどん騒がしくなる。
「奈緒、行くぞ。桐山ゴメンな」
秀一郎は沙織に軽く頭を下げ、奈緒の手を取って足早にこの場から立ち去った。
(全く、マジでとんでもない地雷だったな)
つかさに余計な一言を発したことをあらためて悔いる秀一郎だった。
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