regret-41 takaci様
泉坂高校の文化祭、乱泉祭は、この辺りでは有名なイベントになっている。
各部対抗の集客争いは、勝者に特別部費という名目の賞金が与えられることもあって毎年力が入っている。
ここ数年は美少年や美少女を看板代わりにして宣伝する流れが主流になっている。
もっとも泉坂の生徒だけでは看板に相応しい華のある美少年や美少女は限られるので他校から呼ぶ部も少なくない。
そして今年最大の目玉は、
「トップはウチがもらった!」
と、鼻息の荒い正弘が所属する映研だった。
ここ数年は鳴かず飛ばずだったが、今年は奈緒と真緒というふたりの美少女がいる。
しかもこのふたりは今や芸能人。
デビューとなったマンガ誌のグラビアは思った以上の反響を呼び、その後も数本の撮影が入っていた。
小柄で一卵性の双子の美少女という要因はインパクトが大きいと、スカウトした社長、外村がしきりに言っていた。
乱泉祭当日、映研の自主製作映画上映場所の視聴覚室前にはほとんど男性客の長い列が出来ていた。
「ヨッシャ!この客の出足ならトップ狙えるぞ!」
隣の準備室で様子を伺っている正弘のテンションは高い。
「でもさあ、このカッコでいいんかな?客にとってはもっとインパクトある衣装のほうがよくない?」
別の部員が同じ部屋に待機している双子を見てそう意見を出すと、
「とりあえず最初はこれで行こう。客の反響で衣装チェンジだ。いくつか用意してるから大丈夫だ」
そう正弘は笑顔で答えた。
「なに勝手なこと抜かしてんのよ。あたしあんなミニのメイド服なんて絶対着ないからね」
静かに怒る奈緒を、
「ほら、そんな顔しないの。もうすぐ出番だよ」
笑顔でたしなめる真緒。
「よし時間だ。行こう」
映研部長が気合いの入った声を出す。
視聴覚室の扉を開け、客を入れる。
「教室内での撮影はご遠慮ください。撮影希望の方は昼に撮影時間を設けてあります。撮影はご遠慮ください」
正弘が客に注意を呼び掛ける。
席が埋まると扉が閉められた。
そして準備室に繋がる通用扉から、奈緒と真緒が現れた。
客のボルテージが一気に上がる。
「は〜い、みんな来てくれてありがと〜!奈緒で〜す!あたしこんなナリだけどここの生徒じゃないからそこんとこよろしくね〜!」
ノリノリの奈緒がマイクで呼び掛けると、客の生きのいい返事が返ってきた。
「ええっと・・・真緒です。今日はご来場下さいまして誠にありがとうございます。上映に際して注意事項がありますのでご協力お願いします」
真緒は少し緊張気味で文面を読み上げていく。
「よし、観客の反応は上々だな」
正弘は満足そうな笑みを浮かべた。
奈緒と真緒は泉坂の制服姿で、映画で使ったウイッグでロングヘアーになっている。
ただそれだけだと見分けがつかないので、今日は色違いのカチューシャが着いていた。
ピンクが奈緒で、水色が真緒。
「やれやれ、どうやら忙しい1日になりそうだな」
隣の準備室で奈緒たちの声を聞きながら、秀一郎はそう感じていた。
乱泉祭の出展は大半が部活動によるものになっている。
ただクラス単位でも出展は可能で、乱泉祭運営委員会に申告して許諾が下りればOKである。
だが勝者に与えられる賞金はあくまで「特別部費」なので、クラス単位で入賞しても賞典対象外になってしまう。
そんな背景があるので、クラスでの出展は数少ない。
部活動の顧問をしていない教師が担任を務めるクラスなどが「参加することに意義がある」という名目でちらほら出展しているくらいである。
普通に考えれば部活動ばかりの出展のみではボリュームに欠けるが、運動部系は屋台の出店に加えて各クラスの教室を押さえて複数の出展をこなす部も少なくない。
こうなると問題になるのが部活動に所属している生徒の数になる。
部活動に籍を置く生徒は全体の八割ほどだが、実際に参加しているのは半数ほどになる。
実質が全体の半分の人数でひとつの学校の文化祭を賄うのは明らかに足らない。
そこで各部は特典を餌に無所属の生徒を釣り、人手に加えている。
実行委員会に各部が提出する部員名簿に名前が記載されていれば文化祭の臨時戦力の「一時雇われ部員」になる。
ちなみに正規に所属している部活動があっても、別の部活動の臨時戦力にはなれる。
要は実行委員会に提出する部員名簿に名前が記載されればいいだけで、実際に複数の部活動を掛け持ちしている生徒もいれば、ほぼ裏切りに近い形で別の部活動に参加する生徒もいる。
そんな形態は学校としては乱れているようなので、乱れた泉坂の学園祭を略して「乱泉祭」と呼ばれるようになったとも言われている。
そんな学園祭を迎えた秀一郎は映研にかなり手を貸していたが、無所属を選んでいた。
正弘から誘われたが、その件で黒川とこんなやり取りがあった。
「佐伯、若狭から映研の手伝いに誘われてるそうだな」
「あ、はい。まあ奈緒が関わってるんで」
「やめておいたほうがいいぞ。雑用に付き合わされるだけだ。それに映研では勝てん」
「へえ、意外ですね。顧問の先生からそんな言葉が出るなんて」
「私は映像は素人だが、今年の映画は魅力がない。真中が現役の頃の作品は素人目でも面白さがあったが、それがない。あれでは客は呼べん」
「若狭は自信満々ですけどね。奈緒と真緒ちゃんを当てにしてるみたいですけど」
「小崎姉妹で確かにある程度は客を呼び込めるだろうが、所詮は付け焼き刃だ。地力がないウチには厳しい。それくらいのことで軽音に勝てるとは思えん」
「ウチの軽音って人気あるし強いですからね」
泉坂は公立の進学校で名前が通っているが、伝統的に軽音楽部も有名である。
人気が高く実力もあり、ライブが楽しめる学園祭は随一の集客力を誇る。
乱泉祭の一位は軽音楽部が指定席になっている。
「そんな状況で映研に付き合うより、恋人と文化祭の思い出を作るほうがいいと思うぞ」
「まあ、先生がそこまで言うならそうします。でも意外ですね。先生が生徒の恋愛認めるなんて」
黒川は生徒指導教師で特に恋愛問題には口うるさいことで有名である。
そんな黒川は苦笑いを浮かべ、
「最近は軽い気持ちで付き合う生徒が多くてな。それがくだらない問題になるんだ。私から言わせれば恋愛にもなってない。だが佐伯、お前はそんなハンパな気持ちで付き合ってはいないだろ。そもそもあの小崎の母親がそんな恋愛を許すとは思えん」
と聞いてきた。
「はい、まあ、一応いろいろ考えてはいます。そういえば先生って由奈さんの同級生なんですよね?」
少し照れながら答えた秀一郎は一学期での級友の思わぬ再会の場面を思い出して尋ねた。
「小崎の母親、篠原は一年の時に同じクラスだった。いつも明るく楽しそうに笑ってた。その笑顔の理由を尋ねたら恋愛だと答えた。もう今のご主人と付き合っていたようだ。女の私から見ても可愛らしい少女だったので恋人がいても不思議ではなかったが、結婚の話は驚かされた。ちょうど今頃の時期だ。誕生日で16歳になると同時に結婚するから学校を辞めると言い出した。教師も友人も猛反対したが、篠原本人は幸せになることになんら疑いを持ってなかった。あれから17年、どうしているのか少しは気になっていたが、あんなに立派な娘を育て上げたのは本当に驚いた。篠原はいい男に巡り逢えたな」
黒川は嬉しさの中に少し寂しさを感じるような笑みで思い出を語った。
「由奈さんって家庭的で温かい人ですよね。先生はどこか高貴な感じで敷居が高い感じがしますけど」
「よく言われる。男を見る目が厳しそうで声をかけづらいとな。私は別に普通の男で構わない。お前ほどレベルの高い男は求めん」
「へっ、俺がレベル高い?なに言ってんすか?そんな自覚ないですよ」
「お前は女子の間では悪い評判は聞かない。小崎の娘たちがいなければいろいろ問題が出そうな感じだ」
以前、里津子から似たような言葉を聞かされたことを思い出した。
「まあ正直女子から好かれるのは悪い気がしないっすけど、だからって複数の子と付き合う気にはなれないっすね。ひとりでも充分過ぎるほど手を焼いてんですから、そんなの俺には無理です」
「それが賢明だ。お前の恋人がどんな子なのかよく知らないが、あの母親にあの姉なら悪い子のはずがない。大切にしろ」
「はい」
「あと・・・」
すれ違い様に秀一郎の肩にぽんと手を置き、
「くれぐれも下手は打つなよ」
思いきり含みを持った笑みでそう告げ、後にした。
(さすが黒川、見透かれてたか)
背中が熱い。
(でもホントそうだよな。これから生は自重しよう)
あらためてそう思う秀一郎だった。
そんなわけでしがらみ無く文化祭を迎えた秀一郎だが、長い時間待たされることになった。
奈緒と一緒にいろいろ廻る予定だったが、その奈緒が映研にかかりっきりである。
そして一段落ついたのが昼過ぎ、撮影時間が終わってからだった。
「秀、おまたせっ!」
出てきた奈緒はウイッグもカチューシャも外し、私服姿。
少しでも目立たないための変装の意味合いも含んでいた。
「撮影大変だったみたいだな」
「もうそっち系の男がすんごいカメラでバンバンシャッター押しまくってた。そんなのがたくさん来ててかなり引いた。愛想笑いばっかりで疲れたよ」
「んじゃどこ行く?腹減ってんだろ?」
「うーん、空いてるような空いてないようなって感じかな。甘いもの食べたい」
「甘いものか。出店のクレープ屋でも探すか」
「それよりプログラムに載ってるスイーツカフェってのが気になるんだけど」
「スイーツカフェ?」
奈緒が持つ乱泉祭プログラムを覗き込むと、確かにそう記載されている。
「男女バスケ部合同か。いろんなこと考えるなあ」
奈緒が興味を示したので、そのスイーツカフェに足を運んだ。
その教室の前には順番待ちの女子生徒が並んで、そこそこ人気が高いことがうかがえる。
少し並んで順番が来て中に入ると、教室がいかにもケーキショップのようなレース主体の装飾が施すされていた。
「おひとり様30分まで、コーヒーか紅茶は飲み放題、ケーキも食べ放題です。400円になります」
客をある程度回すための時間制限があるにしても、バイキングでこの金額は手頃に感じる。
さらに、
「うわあ・・・」
並ぶケーキは売り物として普通に通用しそうなレベルのものばかりで、奈緒が目をキラキラさせている。
「本格的だな」
驚く秀一郎。
「ねえ、ちょっと君!」
そこに声がかけられた。
振り向くと私服にエプロン姿の美人がいた。
(ウチの生徒じゃない。歳ももっと上だろう。この店の援軍かな?)
そう感じた。
「ねえ、君って映研の関係者?ちらっと見てて覚えてたんだけど」
「えーっと、ちょっと関わってますけど、正式なメンバーじゃないです」
「そっか。でも関わってるなら、ちょっとお願いしてもいいかな?」
そこにもうひとりのエプロン姿の女性が割って入って来た。
「つかさやめなって。捨てた男をいつまでも追い掛けるなんてみっともないよ」
「トモコは黙ってて。これはあたしと淳平くんの問題なの。あたし諦めるつもりないから」
(捨てた・・・淳平くん・・・?)
どこかで聞いたことのあるフレーズ。
記憶を巡らす。
「その名前、確か東城綾が・・・そうだ真中先輩だ」
「えっ?君って淳平くん知ってるの?」
美人の顔が変わる。
「捨てたって・・・まさか真中先輩の元カノ・・・」
そこまで口にして、秀一郎はまずいと察知した。
慌てて顔を背け、側の奈緒の手をとり、ここから、この美人の前から立ち去ろうとした。
だが、
「うっ・・・」
肩に抵抗を感じる。
この美人が秀一郎の肩をしっかりと掴んでいた。
「あの、俺、ひょっとして地雷踏みました?」
「うん踏んだよ。思いっきりね。でもそう気付いたなら話早い。ちょっと付き合ってもらうよ」
美人は秀一郎に獲物を捕らえた雌豹のような目を向けていた。
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