regret-40 takaci様

季節は秋。





衣替えも終わり、少しずつ涼しくなっていく日々。





下校時刻はとっくに過ぎ、だいぶ暗くなっていた。





静かで物音ひとつしない校内に、ひとつの教室の扉が開く音が響く。





女子生徒が一礼して、静かに扉を閉めた。





「よっ、桐山、お疲れ」





「あっ、佐伯くん」





秀一郎の姿に驚く沙織。





「テストどうだった?」





「うん、佐伯くんが教えてくれたからバッチリ。大丈夫だと思う」





笑顔を見せた。





「しっかし学校側も考えて欲しいよなあ。いくら急ぎとは言え、退院した翌日にテストはないだろ」





「でもあたしとしては大丈夫だったよ。病院でちゃんと勉強出来たから」





「ま、でもこれで一段落ついたな。今日これから用事ある?」





「え、特にないけど・・・」





「じゃ、一緒に晩飯どう?俺が出すからさ」





「えっ?そんな、悪いよ」





「いいっていいって!桐山は俺の恩人だ。何かしたいとずっと思ってたんだ。まあこんなことでチャラにしようとは思わんけど、とりあえず今日は奢らせてくれ」





「そんな、でも・・・奈緒ちゃんは、いいの?」





「奈緒?あいつがどうした?」





「奈緒ちゃんの知らないところであたしが佐伯くんと食事に行ったなんて知ったら、機嫌悪くするんじゃない?」





沙織はとても心配そうな顔を見せる。





そんな沙織に対し秀一郎は余裕の笑みで、





「大丈夫、あいつも今日のことは知ってるし、一応了承済みだ。そもそもこれは俺の桐山に対する気持ちっつーか、恩返し・・・っつったら大袈裟だけど、とにかくそんな気持ちなんだ。あいつにはとやかく言わせない」





はっきり言い切った。





「そっか。なら・・・ご馳走になります」





胸の支えが取れたような笑みを見せた。











秀一郎は沙織を学校近くの小洒落たレストランに案内した。





学生服のカップルの姿がちらほら目につく。





「あたしこのお店って入ってみたかったんだけど、カップルばかりだからちょっと入りづらかったんだ」





少し照れている沙織を見て、





「へえ、でもそんなんでもないだろ。女の子だけのグループも結構いるぞ」





事実、そんなテーブルも見かける。





「ここは女の子同士より男子とのほうが雰囲気がいい気がするってりっちゃんとよく話してたんだ。まさか佐伯くんと一緒に入るなんて思いもしなかったよ」





「俺じゃ役者が不足してるかな?」





「そんなことないよ。あ、佐伯くんって正しい日本語だね。普通は役不足って言うよね」





「ああ、最近テレビでよく取り挙げるだろこの言葉。それで気にするようになっただけさ。正しい日本語なんて正直よくわからん」





「そうだね、あたしもよく知らない。たぶん日本通の外国の人とかのほうが詳しいんじゃないかな?」





「それ普通にありそうだな。現国の先生より詳しいとかな」





「そうかもね。あ、ここって何がいいんだろ・・・」





メニューを手に取る沙織。





「俺も初めてだからよく知らないんだよ。桐山って苦手なものとかある?」





「実はチーズが少し苦手。あとマヨネーズもあまり好きじゃないかも」





「そっか。んじゃ・・・」





秀一郎はウェイトレスを呼び、こちらの苦手なものとこの店のオススメの品を尋ねた。





笑顔が似合うウェイトレスは日替わりのお買い得なパスタをいくつか勧めてきたので、秀一郎と沙織で異なる品を注文した。





「佐伯くんって、なんか場慣れしてるね」





沙織が感心した目で一言述べた。





「場慣れ?」





秀一郎はピンと来ない。





「あたし外食ってほとんどしないからなんか緊張しちゃうんだよね。今も少し。でも佐伯くんは堂々としてる。なんかカッコイイね」





「そっか?でも食い物屋で迷ったら店員に聞くのが鉄則だからな。ハズレを引かずに済むケースが多いし」





「奈緒ちゃんとこんなお洒落なお店にはよく行くの?」





「あいつとはファーストフードかファミレスばっか。食い物屋は男と行くのが多いかな。若狭とか」





「こんなお店に若狭くんと?」





「いやいや、さすがにこんな店は行かない。昔からある大衆食堂とかラーメン屋とかね。ちょっと小汚い感じの」





「あ、あたしそーゆーの平気だよ。おいしいお蕎麦屋さんとか行きたい」





「蕎麦だったら駅前のうどん屋かなあ。うちの野球部の奴らが行ってる店」





「へえ、駅前にそんなお店があるんだあ」





沙織と会話が途切れることはなかった。





ごく普通に気負うことなく、自然に空気が流れる。





奈緒との時間はとにかく賑やかで退屈しない。





沙織との時間は穏やかで、落ち着く。





そしてどちらも、心が温かく感じた。





沙織と過ごす時間は秀一郎にとって少しも重荷に感じなかった。





以前正弘が言っていた、疲れるような感じもない。





とても心地がよかった。





食事を終えて店を出ると、空は完全に暗くなっていた。





沙織はここで解散と言い出したが、秀一郎がごり押しして沙織の部屋まで送っていった。





「佐伯くんが思ってるほどウチの周りって危なくないよ」





「でもあの辺りって街灯もろくに無いし狭い路地もある。そんなところに連れ込まれたら一発アウトだぞ。用心に越したことはないよ」





「あたしは小さい頃からそれが当たり前だと思ってきたからなあ。あんまり危機感しないんだ」





「だからそれ危ないって。桐山は真緒ちゃんみたいに強くない普通の女の子なんだから、危ない行動は慎めよ。襲われてからじゃ遅い」





秀一郎は真顔で沙織に言い聞かせる。





「佐伯くんってりっちゃんと同じこと言うね」





「御崎が?」





夏休みの里津子の告白を思い出した。





ドキッとした。





「りっちゃんも襲われたあとで後悔しても取り返しがつかないってよく言うんだ。あたしはそうなったらなったときだよって返したらすごく怒られたことがあったっけ」





「そっか・・・」





(御崎はまだ桐山にはあのことを話してないんだな)





「佐伯くん?」





急に静かになった秀一郎の変化に気付いた沙織。





「あ、ああ。御崎の言うとおりだぞ。桐山って狙われやすいと思うから、ちゃんと自覚したほうがいいぞ」





「あ、うん。わかった。そうするよ」





沙織はようやく素直に頷いた。





そのまま沙織を無事に部屋まで送り、秀一郎は家路につく。





(これでひと段落だな)





沙織のことでいろいろ思い悩んだ。





正直、今も心は揺れている。





(でも、もうはっきりしよう。桐山は俺の恩人で、そして・・・)





(・・・大切な、友達だ)





そう自分に強く言い聞かせた。





♪〜♪♪〜





携帯がメロディを奏でる。





奈緒からだった。





「もしもし、どうした?」





『もうそろそろ桐山さんと別れた頃かなって思って』





「相変わらずカンがいいな。ついさっき送ってったところだ」





『お姉ちゃんから聞いたけど、桐山さんの家って結構遠いよね。そこまですることないんじゃない?逆に重く感じてるかもよ』





「かもしれんが、女の子をひとり歩きさせるにはどうも危なっかしい夜道でな。もし何かあったらまずいし、後味悪いからな」





『そんなこと言ってる秀が一番危なかったりして。送り狼になるとか』





からかう奈緒。





それに対し、





「奈緒」





秀一郎は真面目な声を出す。





『な、なによ?まさかホントに狼になったとか・・・』





「今まで辛い想いさせてゴメン。桐山は俺の恩人だからどうしても放って置けなかった。けど無事に退院したし、今日でひと段落だ。これで明日から元通りだから」





『勝手なこと言わないで』





「奈緒?」





怒っているような声が届いた。





『いますぐウチに来て。あたし外で待ってるから』





ブツン。





一方的に切れた。





(なんなんだ?なんで怒ったんだ?)





自分の言った言葉を振り返る。





(よく考えたら、かなり俺の勝手な言葉並べてたよな・・・)





胸が痛くなる。





(こりゃ一晩かけて機嫌取りかな。最悪別れ話とか言い出すかもしれん)





奈緒はとにかく沙織を嫌っている。





秀一郎に沙織とはあまり近付かないように言っている。





いろんな状況が重なったとは言え、秀一郎は奈緒の言葉を無視して沙織と接していたことになる。





奈緒が怒るのも無理はない。





「ヤバイかも・・・」





そう感じた秀一郎は走り出した。





沙織の家から奈緒の家までは普通に歩いて30分以上はかかる。





その距離を走り続けた。





通話が切れてから10分足らず。





家の前で寂しそうに立っている奈緒を捕らえた。





「奈緒・・・はあっ、はあっ・・・」





ずっと走りづくめだったので息が荒い。





ドンッ





「おわっ?」





そんな秀一郎な突然抱き着く奈緒。





「奈緒・・・」





「走って来てくれるなんて思わなかった。怒って来てくれないかもってすごく不安だった」





(奈緒、お前・・・)





思いもよらぬ奈緒の態度だった。





「俺も奈緒が怒ってると思ってた。ずっとお前の気持ちを踏みにじるようなことしてたから」





「明日からなんて嫌。今日から、今から元通りだよ。お願いだからあたしを離さないで」





「俺も奈緒を失いたくない。これまでも、これからもずっと奈緒が好きだから」





「秀、あたしも大好き」





奈緒が身体を伸ばし、秀一郎にキスをした。





秀一郎も奈緒を抱く腕に力を込める。





夜の住宅街で互いの想いを確かめ合うふたりだった。






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