regret-38 takaci様

「ねえ佐伯くんホントにいいの?」





「いいって気にするな。んで・・・」





沙織は順調に回復していた。





もう立って歩けるようになっていて退院も近い。





あとは体力の回復を待つだけだった。





そして今は病院の喫茶室で秀一郎が中間テストに出た問題を教科書に印をつけていた。





秀一郎が黒川に確認した話では、沙織が退院後にひとりで受ける中間テストは正規で行われた内容と全く同じとの事だった。





ならば既に受けた秀一郎が沙織にそれを教えれば、沙織のテストは安泰である。





だが沙織本人は不正を行っているようでいい顔はしていなかった。





「もしあとで先生にバレたらまずい気がする。それで0点にされたら内申点も悪くなっちゃう」





「大丈夫、それはない。もう黒川先生に確認済みだ」





秀一郎は不安がる沙織に太鼓判を押した。





「えっ?」





「学校としては、桐山にどんな理由があっても正規の中間と同じテストを受けさせなきゃダメで、受けた俺なんかから当然テストの内容を聞けるけど、それは仕方ないんだってさ。記録を取って渡すのはまずいけど、記憶を伝えるのは止められないと。むしろ桐山が赤点とかになると補習の問題とか、いろいろ時間的にまずいんだってさ」





「そうなの?」





「先生は大人の事情だと苦笑いしてたけど、桐山が受ける中間はなんとしても一発クリアして欲しいみたいだ。だからこれくらいは目をつむるさ」





「そんなんでいいのかな?」





沙織の罪悪感はなかなか消えない。





「桐山はもっと要領よくなったほうがいいよ。宿題のプリントだって真面目に提出してんだからそれで充分さ。別に横着して楽しようとしてるわけじゃないし。まあそういう奴らは報いを受けたけどな」





「それって誰?」





「御崎だよ」





「りっちゃん?そういえば最近来ないね」





「あいつ今まで桐山のプリントに加えて俺のノート丸写しでろくに勉強してなかったから、赤点みっつで補習の嵐だよ」





「うわあ・・・赤点みっつはきついね」





哀れみの色を見せる沙織だったが、





「同情の余地なし。当然の結果さ」





秀一郎はズバッと切り捨てた。





テストの内容を伝えて、それが終わると自分の部屋に戻った。





まだ個室のままだった。





「けど身体が治っていけば大部屋に移るんじゃないの?」





「普通はそうみたいだけど、唯お姉さんが個室のほうが落ち着けるからってこの病院にお願いしてくれたの。あと綾先輩も人目を気にしなくていいから助かってるみたい」





「東城先輩よく来るのか?」





「うん、ほぼ毎日。いろんなお話聞かせてくれるから楽しいし、勉強になるんだ」





「へえ・・・」





秀一郎は扉が開いたままの沙織の部屋に足を入れた。





「おかえりなさい」





(えっ?)





そこに綾が待っていた。





「あ、綾先輩、こんにちは」





笑顔の沙織。





「勉強してたの?」





綾は沙織が抱えている教科書やノートを見てそう尋ねてきた。





「はい。テストについていろいろ教えてもらいました」





「そう。ねえ沙織ちゃん・・・」





楽しそうに会話する綾と沙織。





秀一郎はその様子をずっと見ていた。





正確には、綾に見とれていた。





「佐伯くん、どうかした?」





秀一郎の視線に気付いた綾が聞いてきた。





「あ、いえ、その・・・」





慌てる秀一郎。





「ふふっ、なんか男の人ってそんな態度する人多いんだけど、なんでなのかな?」





綾は疑問を口にしながらも、微笑みを崩さない。





(この人、全部わかってるな・・・)





秀一郎はそう判断した。





少しカチンと来た。





「そりゃ男なら、あなたみたいな凄い美人が目の前にいたら見とれますよ」





少し不満の色を滲ませる声で本音で答えた。





「見た目より中身のほうが大事なんだよ。あたしは性格ブスって言われたことあるからあまりよくないかもね」





「えっ、綾先輩にそんなひどいこと言うなんて」





驚く沙織。





「でもそんなの関係ないんじゃないです?有名な小説家になって、真中先輩といういい恋人もいる。充実してるんじゃないですか?」





「そうだね。特に淳平の存在は大きい。彼がいなかったら今のあたしはないからね」





綾はとても幸せそうな笑みを見せる。





「でも綾先輩って凄いです。中学の頃から真中先輩のことが好きだったんですよね?そんなに長く想い続けるなんて、なんか素敵です」





沙織は綾に憧れの眼差しを向けている。





「俺はなんで真中先輩なのかが気になりますね。確かにいい人だと思いますが、東城先輩ならもっとレベルの高い男が狙えるんじゃないですか?」





「レベルが高いってどういう意味かな?」





綾が秀一郎に直球で返してきた。





「えっ?それは・・・もっとルックスがいいとか高収入とか」





「そんなの関係ないし、あたしにとってはくだらない」





秀一郎の一般論を綾は一蹴した。





「えっ?」





「普通の人はみんな恋人を欲しがる。あたしも佐伯くんが言うような人にたくさん言い寄られたし、お付き合いもした。けどあたしの心には響かなかった。一緒に過ごすよりひとりで仕事してるほうが充実してるように感じた。要するに無駄な時間だったの」





「無駄・・・ですか」





秀一郎は綾がそこまで言い切るとは思っていなかった。





「まあ、無駄とわかるのに気付くまでかかった時間かな。いくら人から言われても、身を持って体験しないと人は学習しないからね。で、あたしは心に響かない男の人と過ごすのは無駄だと学習したの。それがわかってからは誰とも付き合う気なんてなかった」





「で、真中先輩は心に響く人だったんですか。東城先輩が真中先輩に手を差し延べたと聞きましたけど?」





「これはホント偶然だった。あたしが書いてる出版社で、ある作品をドラマ化するって話があって、そこで角倉さんの名前が出てね」





「角倉さんって、映画監督の角倉周さんですか?あの人も泉坂の出身ですよね?」





沙織がそう尋ねると、





「そうよ。あと淳平の職場でもあった。そこで新人が詐欺紛いの手口で法外な借金を背負って姿を消したって聞いて、胸騒ぎがしたから詳しく聞いたら・・・」





「それが、真中先輩だった」





秀一郎がそう言うと、綾は小さく頷いた。





「それからはもう必死だった。淳平が苦しんでるって知っただけで何も手につかなかった。ありとあらゆる方面から探して、居場所がわかったらすぐに駆け付けた。その頃の淳平は全てを背負った代償で全てを失ってホントボロボロだった。放っておけなかった。あたしなら彼を助けてあげられた。それでも彼はあたしを巻き込むことを拒んだけど、そんなこと言ってられる状況じゃなかったから、もう押し付けるような形で無理矢理介入したの」





「じゃあ、その法外な借金ってのは?」





「もともと詐欺紛いの手口で相手もまともじゃなかった。だからこっちがきちんとした弁護士を立てて対応したら膨らんだ借金はあっという間に減ったの。それで残った分はあたしが払った。まあ何本か書けば取り戻せる分だったからたいしたことないよ」





綾は笑顔で軽く言ってのけたが、





「ちょっと待ってください、東城先輩の何本分って一般人からしたらとんでもない額になるんじゃ・・・」





秀一郎は少し驚いた。





「こんなに売れる前の話よ。まあ普通の人が聞いたらびっくりしちゃうかもしれないけど、冷静に考えればなんとかなる額ね。淳平はその数倍の額を請求されたからものすごく滅入っちゃった。しかも誰も助けようとしなかった。人間お金が絡むと薄情になるよ」





綾の言葉はリアルだった。





「でもやっぱり綾先輩は凄いです。それだけの大金を真中先輩のためにポンと出せるなんて」





「けど、いろんな人から怒られた。見境のない行動だってね。結果的に淳平は側にいてくれるようになったけど、もしそうならなかったらあたしのしたことは全て無駄になるってね。けどあたしは彼の苦しみを解いてあげたかっただけだからそこまで考えてなかったのは事実。だからあまり声を大にして言えることじゃないね」





苦笑いを浮かべる綾。





「あの、ひょっとしてそれがきっかけで付き合うようになったんですか?」





「そう。お金で心を買ったと言う人も少なくないし否定もしない。けどどんな形でも、あたしが淳平の心に入り込めたのは事実。だからこうして側にいてくれるし、側にいられる。きっかけはなんだっていい。心を掴めればね」





綾の顔は自信に満ちていた。





(・・・なんか違う気がする。金で心が買えるのか?実際そんな人もいるかもしれないけど、あの真中先輩がそんな人間なのか?)





秀一郎は率直な疑問を抱く。





だが、それを口にはしなかった。





沙織が綾に羨望の眼差しを向けている。





さらに綾の自信に満ちた表情。





この状況ではただ空気を乱すだけのように感じ、口を閉ざす。





その心の内で、綾に対する疑問が広がっていった。






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