regret-35 takaci様
秀一郎のバイトが終わるのが大体午後7時。
それから何もなければまっすぐ帰るが、ここ数日は毎日寄り道をしていた。
バイト先から沙織が入院している総合病院まで歩いて10分とかからない。
集中治療室での完全看護状態では面会出来ないが、それでも足を運んでいた。
沙織が搬送されてから5日、
秀一郎は集中治療室に向かった。
そして部屋の前で立ち止まる。
「あれ?」
桐山沙織と書かれたネームプレートがなくなっていた。
(ってことは・・・)
沙織はこの部屋から出された事になる。
秀一郎はナースステーションに向かった。
「すみません、ちょっとお尋ねしたいんですが」
「ああ、あなたね。毎日ご苦労様」
看護師は秀一郎の顔を覚えていた。
「桐山さんは容態が安定したのでこのフロアの303号室に移りましたよ」
「じゃあ意識は?」
「まだ眠っていますが、もうすぐ回復しますよ」
朗報に胸が軽くなる。
「もう面会も大丈夫な部屋だから行ってもいいですよ」
「ありがとうございます。ところで俺以外に面会に来たのは・・・」
「たぶんあなた以外はいないと思います。ここや受付で尋ねてきた人は記憶にないです」
「そうですが、ありがとうございます」
秀一郎は一礼して、沙織の部屋に向かった。
(やっぱり誰も来てないのか・・・)
この5日間で秀一郎以外の来訪者はいないとのことだった。
親戚も他の友人も学校関係者も来ていない。
(まあ先生たちは病院からの連絡待ちだろうし、他の友達も先生から今は行くなと言われてるから仕方ないけど、でも親戚関係が誰ひとり来ないなんて・・・)
そんな立場の沙織を思うと、心が痛む。
「303・・・ここか」
確かに桐山沙織というネームプレートがある。
そしてそれ以外の名前はない。
(個室か。まあ容態考えれば当然だよな)
ノックした。
当然、返事はない。
静かに扉を開けて、部屋に入った。
個室にしてはやや狭く感じる部屋だった。
入口からはベッドとカーテン以外のものは目に入らない。
明かりも点いていたが、どことなく暗く感じる。
静かにベッドに寄る。
(桐山・・・)
穏やかな寝顔がそこにあった。
酸素マスク等は見当たらないが、ベッドの側で計器類が動いていた。
(よかった・・・)
集中治療室から出れたとは言え、もっと物々しい姿を想像していた秀一郎はひと安心した。
(でも何もない部屋だな。明日は花でも持って来よう)
そんな事を考えながら部屋を出ようとしたとき、
「・・・ん・・・」
沙織が小さな声をあげた。
「桐山?」
沙織を呼ぶ。
「・・・」
ゆっくりと目が開いた。
「桐山、気がついたか?俺がわかるか?」
「・・・佐伯くん・・・」
弱々しい声だが、確かに秀一郎の名を呼んだ。
「よかった・・・」
笑顔を浮かべる秀一郎。
「あたし・・・どうして・・・」
「ここは病院だ。桐山は俺をかばって刺されたんだ。覚えてるか?」
「・・・うん・・・でも・・・そのあとは・・・」
秀一郎は沙織が刺された直後に意識を失って、この病院に緊急搬送されたこと。
今の日時と、今日まで5日間昏睡状態だったことを告げた。
「あたし・・・そんなに・・・寝てたんだ・・・心配かけて・・・ゴメンね・・・」
「とにかく今はゆっくり休め。あ、看護婦さん呼ばなきゃ」
秀一郎はインカムを押して沙織の意識が戻ったことを告げると、ふたりの看護師が飛んできた。
ほどなくして医師も来て、簡単な検診が行われた。
「なんか・・・相当・・・重傷だったんだね・・・身体・・・全然動かないや・・・」
「とにかく今は身体を治すことだけ考えるんだ。他のことは俺に任せろ。とりあえず身の回りのものを持って来ないとな」
「そんな・・・悪いよ・・・」
「気にすんな。桐山は俺の恩人だ。出来ることはさせてくれ。家の鍵は・・・先生か看護婦さんに聞いてみるよ」
「いろいろ・・・ゴメンね・・・」
沙織は謝りながらも、最後は笑顔を見せた。
「さてと、身の回り品か。どうするかな」
帰り道、かつて秀一郎が直した沙織の部屋の鍵が入ったキーケースを手にしながら、秀一郎は考えを巡らす。
この鍵は沙織の所持品で、病院で預かっていたので、ナースステーションに申し出たら渡してくれた。
(鍵を手に入れても、俺が部屋に入っていろいろ持ち出すわけにはいかないからな)
こういうことは同性に頼むしかない。
(でも奈緒はダメだな。真緒ちゃんは、ちょっと頼みづらいな。そうなると・・・)
ひとり思い浮かんだ。
(確かこの前の旅行のときにメアドを交換したから・・・あったあった)
携帯の画面に「御崎里津子」の文字が表示される。
簡単に用件を打ち込んで送信。
すると、
「おっ」
30秒もしないうちに、里津子から着信が入った。
翌日の夕方、
「沙織ぃ〜、よかったぁ〜!」
涙を流して喜ぶ里津子と、
「桐山先輩すみません、あたしが不甲斐ないせいで・・・」
申し訳なさそうに謝る真緒、
それと秀一郎の3人で面会に訪れた。
放課後にこの3人で沙織の部屋から必要なものを運び出してきた。
「みんなありがとう。あと迷惑かけてごめんなさい。警察の人にも無茶しちゃダメだって怒られちゃった」
そう話す沙織の声は昨日より格段に元気がよい。
「警察来たのか?」
「うん。簡単な事情聴取受けた。あと黒川先生も来たよ。今回は学校の不手際だから出席は考慮してくれるって。でもテストでちゃんと点を取ればって釘刺されたけど」
「テストって受けられるんですか?中間までひと月もないですよ?」
真緒がそう尋ねると、
「さすがに中間は真に合わないと思う。だからテストは放課後にひとりで受けることになりそう。けど文化祭と修学旅行は大丈夫だと、思いたいね」
沙織は苦笑いを浮かべた。
「そっか、やっぱりそれくらいかかるよな。でも焦らずにゆっくり治せよ」
「うん。でも入院中なにしよう?あと何日かすれば起き上がれるようになるから、それからどうやって時間を使おうか考えちゃう」
「文芸部の創作やれば?時間あるなら思いっきり壮大なストーリーにするとか?」
そう提案する里津子。
「でも病室ってノートパソコン持ち込んでいいのかなあ?」
「大概の病院なら許可貰えばOKのはずだ。あ、それならモバイルカード貸すよ。ここでもネット繋げるよ」
「え、そんな、いいよ。それって定額でお金かかるものでしょ?」
「いいっていいって。どうせほとんど使わないものだから気にするな」
「でも、なんかみんな一生懸命勉強してるときに遊ぶのって気が引けるって言うか・・・」
「沙織は真面目だなあ。そんなこと気にしてると治り遅くなるよ。それにあたしなんかほとんど授業聞いてないし」
「まあ、御崎はもちっと真面目に授業聞いたほうが良くないか?成績ヤバめだろ?」
里津子をからかう秀一郎。
「そ〜なんだよ〜。沙織のノート頼りに乗り切って来たけどそれ使えないんだよね〜中間どうしよ〜」
(ここにもいたか奈緒の同類が)
オーバーアクションで落ち込む里津子を秀一郎は呆れながら眺めていた。
奈緒も自分ではノートをとらずに他人のノートで乗り切っている。
ただ里津子と異なるのは、奈緒の成績が学内では悪くないこと。
とにかく奈緒は呆れるほど要領がいい。
それを秀一郎が話すと。
「あたし奈緒ちゃんに弟子入りしようかな・・・」
里津子は真顔で冗談みたいなことを口にした。
「でも根は真面目ですよあの子は。こうして毎日センパイのお弁当作ってますし」
苦笑いを浮かべ、とりあえずフォローを入れる真緒。
「奈緒ちゃんって無邪気なんだよね」
沙織もフォローを入れる。
「そうかなあ?」
ふたりにそう言われても秀一郎は首を傾げていた。
「でもホントノートどうしよ・・・」
まだ考え込んでいた里津子。
「りっちゃんゴメンね。でもあたしもノートどうしよう・・・」
それが沙織に移ってしまった。
「なんなら俺でよければノート持って来ようか?」
見るに見かねた秀一郎がそう進言すると、
「ホント?ありがとう、すごく助かるよ」
沙織は笑顔を見せた。
「ホント桐山は真面目だな。もっと気楽に過ごしたほうが・・・」
と言いかけたとき、
「佐伯ぐ〜んあだじにも救いのでを〜!ノードぉぉ〜」
半泣きの里津子がすがりついてきた。
「ちょ、おま・・・落ち着けって!わかった!わかったから離せ!」
真緒の前で他の女子と身体を密着させるのはどうも気分が悪かった。
もし奈緒の耳に入ったら・・・面倒なことになるのは目に見えている。
それぞれがそれぞれの思惑で必死な様子を真緒と沙織は笑顔で眺めていた。
それから10日ほどが過ぎた。
沙織は順調に回復し、ベッドから起きられるようになった。
ただ、まだ立って歩くことは出来ない。
秀一郎は里津子と1日置きで沙織の見舞いに行っている。
授業のノートと宿題のプリント類を主に届けている。
ちなみに里津子は宿題で出たプリントは沙織に渡し、沙織が解いたものを回収している。
それをどう使っているかは書くまでもない。
「えっ、りっちゃんってあたしのプリント丸写しなの?」
「ああ、でも全くの丸写しだと正解率が高すぎるから要所はわざと間違えた解答を書いてるんじゃないか?」
暴露する秀一郎。
「そんなことしなくても解いたほうが楽じゃないかな。下手に細工に神経遣うほうが時間かかりそう」
「そりゃ桐山が頭いいからだよ。普通の奴はいろいろ孝策するんだよ。まあそうやってズルすると一部の例外除いてテストでボロボロになるけどな。たぶん御崎は今度の中間は悲惨たぞ。ま、報いだから仕方ないか」
「ねえ、その例外ってひょっとして、奈緒ちゃん?」
「そ〜なんだよ。あいつロクに勉強せずにテスト乗り切ってるからなあ。どこでどんな悪さしてんのか想像つかん」
「たぶん影で、佐伯くんの知らないところで努力してるんだよ」
「そーかなあ?」
沙織はそうフォローするも秀一郎は信じられなかった。
そんな話をしながら沙織は秀一郎のノートを写している。
コンコン・・・
ドアがなった。
「はい、どうぞ」
沙織が返事すると、扉が静かに開いた。
大きな花束が目に入る。
そして、
「えっ?」
沙織は驚いてシャープペンを落とした。
「な、なんで・・・」
秀一郎も同じように驚く。
「はじめまして、桐山沙織さん」
泉坂出身の美人天才小説家、東城綾が花束を持って立っていた。
NEXT