regret-36 takaci様

さらに意外な人物も一緒だった。





「よっ、佐伯くん」





「ま、真中先輩?」





綾の恋人、真中淳平が後ろに立っていた。





「えっ、佐伯くんの知り合い?」





「ああ、泉坂の先輩で俺のバイト先と同じビルに入ってる商社に勤めてる真中さん」





「そういえば君はあのビルで一度顔を合わせてたよね?」





綾は休憩室でほんの少し顔を合わせたことを覚えていた。





そして花を入れ替えるために花瓶を受け取り、一旦部屋から出ていった。





「でも真中さんがなんでここに?」





「唯に頼まれたんだ」





「唯?」





と言われても顔が思い浮かばない。





「あの、唯お姉さんですか?」





沙織がそう尋ねると、秀一郎ははっと思い出した。





夏休み前の沙織の縁談話。





変態議員秘書とその手下の4人組。





そしてそれらの悪巧みを止め明らかになったときに謝りに来た見た目が若い女性。





「そういえばあの人、南戸唯って名前だったっけ。それに確かこっちに幼なじみがいて学生時代は住んでたって・・・」





「そう。その唯の幼なじみが俺で、住んでたのは俺の実家だ」





「へえ〜っ」





秀一郎は世の中は狭いものだと実感していた。





ここで綾が花瓶を持って帰ってきた。





「唯ちゃん、いまNPO法人の団体で支援活動してるの。確かアフリカの小さな国にいるからよほどのことがないと帰って来れないのよ」





「あの、東城先生も唯お姉さんのことをご存知なんですか?」





「ふふ、先生なんて堅苦しい呼び方しないで。綾でいいよ、沙織ちゃん」





「あ、は、はい。ありがとうございます」





ベッドの上で恐縮しまくる沙織。





その綾の話で、学生時代に淳平と綾と唯で仲良く過ごしていたことが語られた。





「唯ちゃん、沙織ちゃんのことをすごく心配してた。ホントは駆け付けたいんだけどそれは無理。親の死に目にも逢えない苛酷な環境で働いてるの」





「それでまず俺の実家に連絡が来て、聞いたら泉坂の事件の当事者って話で、それから黒川先生に連絡して詳しい話を聞いたら佐伯くんの名前が出て来てさ。俺もびっくりしたよ」





「そうだったんですか」





親戚が来れない事情を聞いて、秀一郎は少しホッとした。





「沙織ちゃんは頼れる身寄りがいないんでしょ?もし迷惑じゃなければあたしがいろいろ身の回りのことをするよ」





「えっ、そんな、東城先生があたしの世話なんて・・・先生だってお忙しい方なんですからそんなのお願い出来ないです」





綾の申し出を、沙織は顔を真っ赤にして首を振る。





「沙織ちゃん、あたしに気を遣わなくていいよ。唯ちゃんも心配してるし、あたしにとっては泉坂の、文芸部の大切な後輩なんだから、ね」





「は、はい、ありがとうございます。あたし夢みたいです。先生・・・じゃなくて、その・・・綾さんのファンで、いろんな本を読みました。それで・・・」





女同士で話が盛り上がりそうな空気だった。





そこで淳平が秀一郎の肩を叩き、手招く。





男ふたりは静かに部屋から出た。










フロアの休憩スペースに移動して、淳平はコーヒーを秀一郎に差し出した。





「真中先輩ありがとうございます。桐山って東城綾の大ファンなんです。あんなに嬉しそうな桐山初めてです」





秀一郎の声も弾む。





「いや、それはいいんだけどさ、ちょっと立ち入った話聞いていいかな?」





淳平は複雑な顔を浮かべている。





「あ、はい、なんですか?」





「あの沙織ちゃん、佐伯くんの友達なの?」





「はい」





「ホントにそれだけ?」





「えっ?」





「かわいい子だし、性格だって良さそうだ。女の子として、異性としては見てないの?」





「それは・・・」





答えに詰まる。





(桐山は友達で、俺の恩人で、それで・・・)





考え込む。





これが沙織ではなく里津子のことなら、すぐに友達だと返答出来ただろう。





沙織のことをあらためて聞かれると、答えられなかった。





「すぐに答えられないってことは、それだけ簡単には割り切れないと思ってるわけだよね」





秀一郎の口から言葉が出ないことで、淳平はそう結論づけた。





「はい・・・」





「いや、それをどうこう言うつもりはないよ。大概の男ならかわいい女の子はそういう目で見るし、仲良くなりたいって思うことは自然な感情だ。間違っちゃいない」





「確かにそうかもしれません、でも俺は・・・」





淳平の言葉をそのまま鵜呑みにはしたくなかった。





それが顔に表れる。





「やっぱり佐伯くんは真面目だな。俺とは大違いだ」





淳平はそれを読み取り、微笑むとコーヒーに口をつけた。





「俺自身も理由はわからんけど、高校時代はけっこうモテてさ。綾もそうだし、他にもふたりくらいの女の子から好かれてたんだ。で、みんな俺にはもったいないくらいのいい子ばかりで、俺決められなくてさ、ずっとフラフラしてたんだ」





「は、はあ」





「佐伯くんは気付いてないかもしれないけど、沙織ちゃんは綾に似ている。姿じゃなくて、性格とか目とかがね。高校時代の綾と少しダブる。綾はあんな目で俺を見てた。同じような目で佐伯くんを見てるよ」





「それって・・・」





「あんま無責任なこと言えないしもし違ってたら謝って済むことじゃないけど、たぶん間違いない。沙織ちゃんは佐伯くん、君のことが好きだ」





この淳平の言葉で、秀一郎の心がズシンと重くなった。





それが顔に表れる。





「まあ予想はしてたけど、あまり嬉しそうじゃないね。明らかな困り顔だ」





「いえ、そんなことないです。女子から好かれるのは嬉しいです。でも俺には奈緒が・・・」





「あの小さくてかわいい子は奈緒ちゃんっていうのかい、君の彼女の」
「奈緒はいろいろダメなところがあるけど、俺を支えてくれてます。俺は奈緒に支えられてます。桐山が刺されたときはメッチャ取り乱して、奈緒のことはすっぱり忘れてました。けどあいつはそんな俺をただじっと待っててくれた。それだけじゃない。奈緒がいてくれたから俺は強くなれた。今の俺は奈緒がいるからなんです」





「軽い気持ちで付き合ってはいないんだね。でも、沙織ちゃんに告白されたらどうする、簡単に断れるかい?」





「それは・・・」





断る、という一言が出なかった。





その事実にあらためて気付き、落胆する秀一郎。





「困らせることを言ってゴメン。けどこういうことは悩んで欲しいんだ。自分の心とちゃんと向き合って、固めた結論を出さないと最後は泣くことになる。自分も相手もね」





淳平は昔を思い出すような顔を見せた。





「真中さんも、そうだったんですか?」





「俺はみんな泣かせた。綾も他の女の子もな。で、結果的にはみんないなくなった」





「え?でも今は・・・」





「そんな俺に綾が手を差し延べてくれたけど、それはただ運がよかっただけさ。俺はフラフラした揚句、最後に全て失ってたんだ」





「そう・・・なんですか・・・」





「沙織ちゃんと奈緒ちゃん、どっちもいい子だと思う。けどだからってふたりを選ぶことは出来ない。どちらかひとりだけだ。あと結論は先延ばしにしないほうがいい。先にすればするほど後で辛くなるから」





「はい・・・」





「じゃあそろそろ戻ろう」





秀一郎は淳平の背中を見ながら沙織の部屋に戻る。





(俺は・・・)





沙織を意識して、楽しそうな笑顔を見せるその顔を見れなかった。










その後、秀一郎の苦悩は続いた。





奈緒から来る日常のメール。





相変わらずわけのわからない内容だが、心が暖かくなる。





(やっぱ奈緒がいると退屈しない。ホッとする)





あらためてそう感じるが、翌日教室で沙織の空席を見ると、今度は沙織が気になる。





(桐山、大丈夫かな・・・あの東城綾が世話してくれるなら心配ないだろうけど、うまくやってるかな)





秀一郎のなかで、沙織の存在は明らかに大きくなっていた。





昼休み。





いつものように弁当を開ける。





(これは・・・)





奈緒が作った弁当。





(俺は、これを食べられる立場なのか?)





急に罪悪感を覚える。





箸が止まりがちになるが、だからと言って残すのは奈緒に悪いと思い、無理矢理腹に詰め込んだ。





放課後。





いつものように真緒の教室に向かう。





「センパイ、お疲れ様です」





いつもと変わらぬ笑顔を見せる真緒。





秀一郎はそんな真緒に空の弁当箱を渡し、





「真緒ちゃん、その、奈緒に伝えて欲しいことがあるんだけど」





「はい?」





「その・・・弁当はしばらくいいって・・・」





「えっ?」





驚く真緒。





「いやその、いつまでも奈緒に甘えてるのもどうかと思ってさ。それに毎日大変だろうし・・・」





「センパイ!」





真緒が真っすぐな目で秀一郎を呼ぶ。





「な、なに?」





「他の女子からお弁当食べて下さいって迫られてるんですか?」





「な、ないない。それはないって!」





慌てて否定する。





「じゃあ奈緒のお弁当まずいですか?そんなことないですよね!それにもしそうだったらセンパイは直接奈緒に言いますよね?」





「あ、ああ。弁当に不満はないんだ」





「だったら食べてください。なにも問題ないです」





「いや、だから、奈緒じゃなくて俺の問題で・・・」





「桐山先輩ですね?」





「えっ?」





図星を突かれ、言葉に詰まる。





「センパイ、一緒に帰りませんか?ちょっとお話したいです」





いつもの真っすぐな目。





今の秀一郎は、まるで心を射抜かれているように感じていた。





帰り道。





並んで歩くふたり。





「あたし、センパイが桐山先輩に惹かれるのはある程度仕方ないかなって思います」





「えっ?」





真緒から思いもよらない言葉が出た。





「あたし桐山先輩とよく話しました。センパイの話題になることも多かったです。それで薄々感じてました。桐山先輩はセンパイが好きだって」





「それ、別の人にも言われたよ」





「けど、桐山先輩があの時、センパイをかばって刺されたのはホントびっくりしました。やろうと思っても、あれは出来ません。桐山先輩は身体が勝手に動いたと言ってましたけど、普通は動きません」





「だろうな。そうは思っても本能が危機を察知するともう動けない」





幾度か、ナイフを交えた交戦の経験から秀一郎はそれを学んでいた。





「それでも桐山先輩は動いた。本能を圧し殺してセンパイを護るために我が身を差し出した。それが出来るなんてものすごく強い想いです」





「そう・・・だよな・・・」





「センパイもそれに気付いた。だからあんなに一生懸命に桐山先輩の側から離れなかったんです」





「いや、それは違う。俺はただ責任を感じただけだ。それに桐山は孤独だ。放っておけなかった。それだけだ」





「そうかもしれませんが、それも含めてです。桐山先輩の行動がセンパイの心を掴んで惹き付けた。あのときのセンパイは桐山先輩しか見えてなかった。これは事実です」





「そうだな・・・」





「だからあたしは奈緒を止めました。あの子、センパイが怪我をしたと知ったらすごく心配顔ですぐにでも病院に駆け付ける勢いでした。でもあのときのセンパイは奈緒に冷たく当たったはずです。桐山先輩しか見えてない状況では奈緒を邪魔に感じるでしょう。もしそうなってたらあの子はショックを受けます」





「だから奈緒は俺ん家で待ってたのか」





「今もそうです。ただ桐山先輩に強く惹きつけられてる。だから奈緒の優しさに罪悪感を覚えているだけだと思います」





「一時的なものか・・・」





「そうですね」





真緒の説明は納得出来ないわけでもない。





ただ、それで割り切れるものでもなかった。





「センパイ、明日、久々にきちんと朝練やりましょう」





「えっ?」





「気分転換です。思い切り身体を動かせばすっきりしますよ」





笑顔を見せる真緒だった。






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