regret-34 takaci様

(ん?)





3日ぶりに登校した正門前がいつもとは異なっていた。





報道関係者と思われる人間やカメラがいくつか見られた。





(あれから結構経っているのにまだいるのか・・・ってまだ3日前か)





秀一郎の主観と客観的な時間のズレを感じる。





あれからまる2日間は、秀一郎にはとてつもなく長い時間に感じていた。





教室に入ると、





「おっ、佐伯が来た!」





「佐伯くん!」





クラスメイトに取り囲まれた。





「佐伯くん大丈夫?酷いケガして病院から出れないって聞いたけど・・・」





女子生徒が今にも泣き出しそうな目でそう声をかけてきた。





「はあ?それデマだって。俺はかすり傷だから」





「それと桐山さんは?すごい血だったけど・・・」





「まだ予断は許さないし、目覚めまで数日かかるらしいけど、峠は越えた」





「ホント?」





「ああ」





「よかった・・・ホントによかったあ・・・」





秀一郎のこの報告で女子生徒の何人かが泣き出した。





「でも佐伯すげえな。お前このクラスの、いやこの学校のヒーローだぜ!」





「ヒーローって、何言ってんだよ、俺は・・・」





「謙遜すんなよ!その腕だって名誉の負傷じゃねえか!」





「ナイフ振り回してる奴に向かって取り押さえるなんて普通じゃ出来ねえよ!」





「それにお前ってあの芯愛の菅野からも一目置かれてんだろ。やっぱすげえ」





周りはどんどん盛り上がり、秀一郎をもり立てる。





(なんだこれ?)





事実が捩じ曲がって伝わっているように感じた。





途端に空しく、悲しい気持ちになる。





そしてそれが、苛立ちに変わる。





「勝手に騒いでんじゃねえ!」





突然、秀一郎は怒鳴りつけた。





一気に静かになる。





「俺の、俺のせいで桐山は刺されたんだ。桐山はマジで死にかけた。俺の目の前で何度も心臓が止まった。そんな俺がヒーローなもんか!」





空気が凍る。





ガラッ・・・





「おい何してる、みんな早く席につけ」





黒川が入って来た。





ぎこちない空気のまま、全員席についた。





「あー、いまだに報道陣が来ていて騒がしいが、みんな授業に集中するように。それとみんなが心配している桐山だが、危機は脱した。あとは意識が回復するのを待つだけだ。安心しろ」





この言葉で教室が一気に活気づいた。





「あー静かに、あと今日の連絡事項だが・・・」





朝のホームルームは滞りなく終わった。





最後に黒川が秀一郎に、昼休みに職員室に来るように伝えたが、それを茶化す者はいなかった。










そして昼休み。





秀一郎が黒川の机に向かうと、先客がいた。





「真緒ちゃん?」





「あ、センパイ」





「真緒ちゃんも呼ばれたの?」





「はい・・・」





少し困惑気味の真緒。





ここで黒川が、





「お前らは今回の事件の当事者だ。ちょっと相談だが・・・」





黒川は事務的な口調で話を始めた。





「取材って、俺たちがですか?」





「今回の事件の焦点は大きくふたつだ。まずは不審者の侵入を防げず、ケガ人を出した学校側の責任。これは明らかにマイナスだ。だがその件に関して逃げる気はない。責任はとる。そしてもう一点は教師ではなく生徒が不審者を取り押さえたこと。これはプラスだ。そして世間はそれを成し遂げた、つまりお前らふたりの声を聞きたがっているんだ」





「そんな・・・そんなのプラスじゃない。明らかなマイナスだ。俺が油断したから桐山は刺されたんだ」





「あたしもそうです。蹴りが甘かった。だから簡単に復活して・・・ちゃんとした蹴りを入れてれば桐山先輩が傷つくことはなかったんです・・・」





責任を感じて落ち込むふたり。





「佐伯に小崎、責任があるのは学校であり、教師の我々だ。お前らが悔いることも恥じることもないんだ」





「でも実際は!」





「侵入者を防げなかったのは学校の不手際で、その結果桐山が命を落としかねない怪我を負った。佐伯、お前も怪我をした。にも関わらずお前は勇敢に立ち向かい、小崎と協力して侵入者を取り押さえたんだ」





「それは違います!俺は勇敢なんかじゃない!ただ無謀なだけだ!それで桐山を・・・」





「佐伯、落ち着け!」





黒川が一喝した。





だが秀一郎は納得がいかなかった。





「先生の言ったことは事実誤認です。順序が違う。だから話が美化してます」





「だが、これが世間に伝わってる事だ。お前らふたりは今回大失態を侵した当校での唯一の光なんだ」





「そんなのいい迷惑です。間違った事実で英雄視されるより、ちゃんと事実を伝えて罵られたほうがマシです」





「佐伯、そう思うなら、お前の生の声を報道のマイクに伝える気はあるか?」





黒川は真剣な目で秀一郎に問い掛けてきた。





「・・・構いません。全部話します。先生には悪いですが、学校の体面なんか関係ないですから」





「あたしも、ちゃんと話します。ニュースはなんか間違っているような気がしてました。それをきちんと伝えたいです」





真緒も秀一郎と同じ気持ちだった。





「わかった。では放課後に時間を設ける。学校側で台本を用意したりしない。お前らの心の声をマイクに伝えてみろ」





こうして放課後に急遽、ふたりは報道陣のカメラとマイクの前で話すことになった。





当初は学校の中庭で簡単な囲み取材程度の予定だったが、





時間にふたりが案内されたのは大きな会議室だった。





「なんでこんなとこでやるんですか!?」





秀一郎は不満を訴えたが、





「報道陣が予想以上に多くてここしか入らなかったんだ。かなり緊張するぞ」





「けど、こんなの、ただの晒し者じゃないですか」





会議室の一番前に長机が置かれ、これから座る席の前にはおびただしい数のマイクがセットされている。





さらに数える気にならないくらいの報道陣とカメラ。





普通の人間ならすくみ上がる。





「だが、世間の関心がそれだけ高いということだ。ここまで来たら逃げるわけにはいかない。この会見には私も、他の教師も出る。出来る限りのフォローはする。準備はいいか?」





秀一郎と真緒は小さく頷いた。





そして校長を先頭に、会見の席に出る。





まばゆいばかりのフラッシュが焚かれる。





一礼して、席についた。





多くの報道陣の目とカメラが向けられている。





いやがおうでもでも緊張が高まる。





(ヤバい、緊張してきた。ちゃんと喋れるかな俺・・・)





平常心を失いかける。





(でも、ここできちんと喋れなかったら意味がないんだ)





黒川が報道陣にこの会見での注意事項を話し始めた。





(落ち着け・・・落ち着くんだ。ちゃんと事実を追って伝えるだけだ。それくらい出来なくてどうするんだ・・・桐山が見てたら・・・)





沙織の姿を思い出す。





今まで見てきたいつもの顔。





あまり見れない笑顔。





恥ずかしそうな困り顔。





そして、刺された直後の血の気が失せた顔。





蘇生の光景。





(桐山・・・)





不思議と落ち着いてきた。





「佐伯、準備はいいか?」





黒川が尋ねてきた。





「・・・はい、大丈夫です」





秀一郎の腹は決まった。





落ち着いた顔で、事件の説明を始めた。












「・・・これが、あのときに起こったことの経緯です。俺・・・僕の油断が彼女の大怪我に繋がりました。今でも後悔しています。軽率な行動でした」





秀一郎はそう締め括った。





そして報道陣の質問に入った。





「佐伯くん、君は犯人を目にしたとき、逃げようとは思わなかったの?」





「もちろん思いました。ですが目が合ってしまって、もう僕に向かって来ていました。あのとき、ナイフに背を向けるほうが危ないと思いました」





「では君と犯人の交錯は避けようのない事態だった。でも君は逃げずに勇敢に立ち向かい、手傷を負いながらも、小崎さんと協力して犯人を取り押さえた」





「そうです。でも押さえ切れずに振りほどかれてしまった。そこで隠し持ってたナイフを向けられて・・・」





「そこを桐山さんが君をかばって刺された」





「そうです」





「でも、桐山さんがいなければ君が刺されてた。そうだよね?」





「そうなったと思います。でもそれなら怪我人は僕ひとりで済みました。結果的に怪我人が増えたんです」





「その考えは楽観的過ぎると思うけど?」





記者が秀一郎の予想外の言葉をかけてきた。





「えっ?」





「確かに桐山さんが刺されたけど、もし君が刺されてたら君が命を失ってたかもしれない」





「それは、そうかも知れませんが・・・」





「死者一名より、怪我人ニ名のほうがよかったと思うけど?」





「けど、それは結果論です。現に彼女は死にかけたんです」





「でも助かった。結果的にはそれでよかったんじゃないのかな?先生方はどう思ってますか?」





これを受けて黒川が、





「このふたり、佐伯くんと小崎さんはとても責任感が強く、桐山さんの怪我をとても重く受け止めています。ですが、あそこで犯人を取り押さえなければ他の生徒、教師にも被害者が出ていた可能性もあります。犯人の侵入を許した当校の責任はあります。ですがここにいるふたりの勇気ある行動が被害を最小限に留めたと考えております」





と、はっきりと秀一郎と真緒を擁護する発言をした。





その後、秀一郎と真緒には事件の状況を聞く質問はなく、会見は無事終了した。





その夜、





「すごーい、これって秀とお姉ちゃんだよね。ホントに映ってるよ」





秀一郎宅は親が今日も不在で奈緒が夕飯に誘ったので、小崎家の食卓を囲むことになった。





そしてテレビに映るのは放課後の会見だった。





学校側の要請で秀一郎と真緒の顔は映されず、名前も出ていない。





ただ声と、包帯を巻いた左腕のみ映っていた。





秀一郎も真緒も会見では自らの非を認めていたが、ニュースでその点を非難することはなかった。





非難されたのは犯人のみで、秀一郎たちはむしろそれに立ち向かったことを評価していた。





「秀一郎くんは立派だね。あれだけカメラを向けられても動じていないとはね」





奈緒と真緒の父、真也も秀一郎を褒める。





「いや、結構ビビってましたよ。さすがにあれは緊張しましたね」





「でも口調はいつも通りだよ。普通なら上ずるところだよね」





「真緒はちょっと声が高かったみたいね」





母の由奈が笑顔でそう指摘した。





「そ、そうだね。凄く緊張してたから」





頬を赤くする真緒。





「けどこれで秀一郎くんも肩の荷が下りただろ?事実を伝えても非難は受けなかったし、刺された友達も峠を越えたことだし」





「まあ、そうですね」





とは言いつつも、すっきりしない心情だった。





「でもこんなんなら秀もお姉ちゃんも顔出せばよかったじゃん。あたしも鼻高々だったのに」





「勘弁してくれよ。そんなのただの晒し者だ」





奈緒の暢気な言葉に呆れつつも、まだ沙織が気になる秀一郎だった。







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