regret-32 takaci様

「では再会を祝して、カンパ〜イ!」





つかさとさつき、美女ふたりがグラスを鳴らした。





「でも西野さん、車で来たんだよね?東京からここまで結構かかったでしょ?」





「全然よ。たかが500キロくらいじゃない。向こうじゃ1000キロ以上の車移動が当たり前だもん。まあ日本は高速でも100キロ規制だからちょっと時間かかるけどね」





「やっぱ西野さんカッコイイよ。もうヨーロッパを渡り歩く菓子職人なんだね」





「あたしはたいしたことないよ。さつきちゃんのほうが凄い。伝統の老舗旅館の若女将なんでしょ?」





「まあ、一応ね。それだけあたしも歳とったってことだね。こうして西野さんとふたりで居酒屋のカウンターで呑む日が来るなんて思いもしなかったよ」





つかさがさつきを訪ねて東京から京都まで車を飛ばし、さつきの馴染みの居酒屋で芋焼酎を呑むふたり。





「なんかね。さつきちゃんの元気を分けてもらいたかったの。ちょっと凹んでね。女の自信を失ったって言うか・・・」





「それって恋愛絡みの話?」





さつきの目が光る。





「さつきちゃんは、今・・・恋してる?」





「あたしは全然だね。言い寄る男は多いけど、ろくな男がいないからね。それに仕事も忙しいし」





「もう、淳平くんのこと、諦めちゃった?」





「そーゆー西野さんはまだ真中を追ってんの?」





「うん・・・」





「ってことは、真中に色仕掛けして、それで拒否られて自信なくしたってことかな?」





「・・・うん・・・」





つかさは暗い表情で俯いてしまった。





「そりゃ仕方ないよ。真中って堅い男だからね。あたしなんてどんだけ色仕掛けしたか覚えてないよ。それを全て断った男だから」





「お互い知らない間柄だったらそれもわかるけど、あたしと淳平くんは知った関係。何度も肌を合わせた。だったら敷居低いでしょ。それにそんなの黙ってれば誰もわからないんだし」





つかさは唇を尖らせる。





「でもなあ、真中だよね。軽い気持ちで女を抱くような男じゃないよ」





「それはわかってる。でも逆に言えばあたしにそれだけ淳平くんを惹き付けるものがないってことになる。それは認めたくないの」





「・・・難しいところだね」





さつきにしては珍しく考え込むような顔で冷や奴を口にする。





そしてグラスを煽ると、





「西野さんに魅力がないってことはないだろうね。男なら・・・真中でも揺らいだと思う。でもそれでも手を出さなかったのは、それで失いたくないものがあるから・・・かな?」





「それが・・・東城さん・・・なんだよね・・・」





明るく活気のある店内だが、ふたりの美女の空気は重い。





「西野さんは、日本に帰って来てそんなに経ってないよね?」





「うん、まだ1ヶ月にもならない」





「じゃあ、東城さんがいまどんなポジションなのか、よく知らないよね」





「なんか、凄い売れっ子の小説家なんだよね」





「これは伝え聞いた話なんだけど、ここまで売れっ子になったのは、真中がきっかけなんだよ」





「淳平くんが?」





驚くつかさ。





「それまでの東城さんは、実力はあるけど地味な作家。大きな賞を何度もとっててそこそこ売れてたみたいだけど、まあ一般受けはしない人。そんな感じだったの」





さつきはグラスのお代わりを注文した。





店員が素早くさつきに新しいグラスを渡す。





「で、去年の暮れくらいに出した東城さんの新刊が大ブレイクしたの。それまでの堅い作品から一変して、小学生からおじいちゃんまでが読んで楽しめる本。そんなのを出したの」





さつきのグラスの氷が鳴る。





「それと同時に、出版社が東城さんの顔を出したの。それまではほとんど知られてなかった東城綾という小説家の姿が明らかになった。そうなればどうなるか想像つくよね。あれだけの美人を周りが放っておくわけがない。さらにブレイクした。あれは凄かった。あたしのとこまで取材に来たからね」





「さつきちゃんのところに?」





「高校の同級生で同じ部活って理由だけでね。まあそれに便乗して宣伝させてもらったよ。少しは稼がせてもらったかな」







「はあ・・・」





ただ驚くつかさ。





「で、あたしのところまで来た理由は、東城さんが全くと言っていいほどメディア露出しなかったから。出るのは出版社企画のイベントくらい。東城綾という人物を知るには情報が少な過ぎる。メディアも一般人も東城さんの情報を知りたがった。そこでたどり着いたのが、東城さんのブログなの」





「ブログ?」





「ブレイクする前から、してからもずっとマメに更新されるブログがあるの。アクセスが集中して繋がらないこともあったみたいね。唯一、東城さんの生の声が聞ける場所なの。で、そのブログで明らかになったのが、恋人の存在」





「恋人って・・・」





「そう、真中。顔や名前は出てないけどね。けどあのふたりを知ってる人なら文面からわかる。中学で知り合った同級生で東城さんを変えてくれた男。そんなの真中しかいない」





「そっか・・・東城さんは公式に淳平くんの存在を明らかにしてるんだ・・・」





「いまの東城さんは凄いペースで新作を書き続けてる。さらにそれもみんな大ヒット。そんな作品を書ける1番の要因に、真中の存在だと言ってる。真中の声が、真中が東城さんの作品を変えたとね。今の東城さんが在るのは、真中が側にいてくれるから。そこまで言ってるの」





「そう・・・なんだ・・・」





つかさの声に張りがなくなる。





「春先くらいに東城さんの新作発表でメディアの取材を受けたことがあってね。翌日の芸能ニュースはそればっかり。その時に記者の質問で、成功の要因は何かみたいなことを聞かれてね、東城さんこう答えたのよ。[簡単に恋を諦めない]ってね、自信たっぷり、ホント幸せそうな笑顔で答えたから、これだけで凄い話題になった。これたぶん今年の流行語になるよ」





「なんか、東城さん変わったね。いつも大人しくて弱気で自信なさげで・・・そんなイメージだったけど、今は違うんだね」





「そうだね。東城さんは内気で引っ込み思案なところがあったけど、今は違う。真中の支えの力で自信を手に入れた。ちょっと無敵っぽいよね」





「・・・」





声を失うつかさ。





「落ち込んでるところに追い込みかけるようだけど、あたし、真中と西野さんなら付け入る隙があると思ってた。けど東城さんだと無理だね。あたしはずっと真中と東城さんの両方見てたからね。あのふたりってただ一緒にいるだけでも雰囲気あった。こんな言い方したくないけど、たぶん、運命のふたりのような気がする。結ばれるべくして結ばれたふたり。だからすっぱり諦められた。そりゃ男と女だからいろいろあるだろうけど、外からの力でふたりを引き裂くのは無理な気がする。たとえ出来たとしても、代わりに失うものも大きいよ。それでも真中を追う?」





「あたしは・・・」





グラスに映るつかさの顔は、明らかに自信を失っていた。











放課後、





秀一郎は靴を履き変えて昇降口を出た。





「おっす、佐伯くん!」





「お、御崎と桐山か」





里津子と沙織が笑顔で一緒に立っていた。





「これから沙織と一緒に買い物行くんだけど、佐伯くんもどう?」





「いやゴメン、これからバイトなんだ」





「そっかあ。じゃあ途中まで一緒に行こうよ」





「ああ」





クラスの女子と一緒に帰る。





男なら決して気分の悪いものではない。





3人で楽しく談笑しながら正門へ向かう。





「キャアアア!」





突然、その正門から悲鳴が聞こえた。





「なんだ?」





自然と緊張が走る。





駆けてくる生徒たち。





その先に、明らかに不審者とわかる男がごついナイフを振り回して暴れていた。





(ヤバイ!)





そう思ったとき、男と目が合った。





呻き声をあげて向かってきた。





「御崎、桐山、逃げろ!誰か先生呼んで来るんだ!」





それだけ言うと、秀一郎も男に向かう。





本心は逃げたかった。





だが狙いは秀一郎に定められている。





この状態では相手に背を向けるほうが危ないと判断した結果だった。





秀一郎は一定の間合いを保ち、男をキッと睨みつつナイフをかわす。





(こうやって俺に引き付けさせて時間を稼ぐんだ。いずれ先生が来る)





そう考えるが、なかなか来ない。





僅かな時間が何倍にも感じる。





(遅い。これなら俺が倒したほうが・・・)





男はユラユラとした動きで挙動が掴みづらいが、さほど強敵とは思えない。





積極的な思いが芽生え、それが間合いに現れる。





「つっ!?」





突然、左腕に鋭い痛みが走る。





ナイフがかすめた。





赤い筋が流れ、血が滴り落ちる。





「ぐっ・・・」





理性で抑えていた恐怖が沸き上がる。





男がニヤリと不気味な笑みを見せる。





(このままじゃやられる。くそ、まだ誰も来ないのか?)





焦り出す秀一郎。





そのとき、





「センパイ!」





真緒の声が届いた。





秀一郎の背後から男目掛けて鞄が飛ぶ。





男はそれを大きな動作でよける。





その直後。





「たあっ!」





「ぐあっ?」





一瞬だった。





背後から現れた真緒の左足が男のナイフを弾き飛ばし、





そこで体勢の乱れた男の脇腹に真緒の右足が入った。





崩れ落ちる男。





一気に形勢逆転。





秀一郎は男の背後に回り、両腕で押さえ込む。





「センパイ大丈夫ですか?その腕!」





緊迫する真緒の声。





「大丈夫、かすり傷だ。それより助かったよ。やっぱ真緒ちゃんすげえよ」





自然と笑顔になる秀一郎。





何人かの男性教師が駆けて来るのが見える。





(これで大丈夫だ)





ほんの少し、秀一郎の緊張が緩んだ。





「うああああ!」





突然、男が暴れ出した。





秀一郎も慌てて押さえ込むが、左腕に痛みが走る。





(しまった!)





振りほどかれた。





さらに、隠し持っていたバタフライナイフを秀一郎に向ける。





避けようのない間合い。





(刺される!)





思わず目を閉じる。





ドン!





身体に衝撃が伝わった。





(刺された・・・)





痛みが来る・・・





(・・・あれ?)





と思ったが、何も来ない。





恐る恐る目を開ける。





(えっ?)





秀一郎の目の前には、男ではない別の人影があった。





(セーラー服・・・)





「たあっ!」





バキイイッ!!





真緒が掛け声とともに男を蹴り飛ばす。





転がった男の身体を教師たちが押さえ込んだ。





(真緒ちゃんじゃない。じゃあ・・・)





長い黒髪。





「佐伯くん・・・よかっ・・・た・・・」





「・・・桐山?」





血の気の失せた沙織の顔。





秀一郎の手に違和感を感じる。





「・・・うわああああ!?」





鮮血がべっとりとついていた。





崩れ落ちる沙織の身体。





「おい桐山しっかりしろ!桐山!桐山!!」





反応はない。





秀一郎の眼前で、沙織の鮮血の海が広がっていった。







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