regret-30 takaci様

平日の午後の成田空港。





それほど長くないフライトだったが、淳平は少し疲れていた。





(何度も飛行機は乗ってるけど、やっぱ慣れん)





これだけ緊張と気疲れが伴う乗り物にはあまり厄介になりたくないのが本音だが、仕事なので仕方がない。





(まあ、今日はこのまま直帰すればいいからラクだけど・・・)





だが、気になることがあった。





昨夜受けた綾からのメール。





にわかに信じられなかったので慌てて電話した。





その時の綾はいつもの綾らしくなく、感情をあらわにしていた。





(あんな綾は久しぶりだった。よっぽど不安なんだろう)





これから待ち受けている事態が事実なら、それも頷ける。





だが、どうしても信じられなかった。





通路を抜け、到着ロビーに出る。





迎えが来てるなら、だいたいがここで顔を合わせる。





たまに綾が来ることもある。





だが今日は、





(ホントにいるのか?)





辺りを見回す。





「おーい、淳平くんこっちー」





声がした。





目を向ける。





(・・・いた・・・)





懐かしい声。





懐かしい笑顔。





足を向ける。





鼓動が高鳴る。





「淳平くんお疲れ様。あと久しぶり。元気そうだね」





「ああ、おかげさまでな。つかさも元気そうだな」





「うん、でもちょっと寂しかった。ひとりなのは慣れてるけど、少し辛かった。その・・・あれ?やだ・・・」





つかさの瞳から涙が溢れ出す。





淳平の胸もつまる。





「突然ごめんね。絶対泣かないって決めてたのに・・・あたし・・・」





淳平はごつい手をつかさの頭にポンと置く。





これが今の淳平に出来る精一杯だった。





感動の再会の後、ふたりはつかさの車で東京に向かう。





「はぁ〜、やっぱ車の乗り心地はこれくらいがいいな」





「そうかな?この子も硬いほうだよ」





「でもこれはノーマルだろ。足回りをチューニングした車はガチガチでひどいからな」





「それって東城さんの車?」





「ああ。安全に速くするためらしいけど、かなり悪くなってる。高速はまだマシだけど下道だと乗ってられん」





「でも仕方ないんじゃない、800馬力だよね?」





「そんな馬力あってどうすんだよ。ノーマルで480馬力だったはずだけどそれで充分だよ。それ以上の速さを求めることが理解出来ん」





「そもそもなんで東城さんがポルシェなの?なんか全然似合わないんだけど」





「綾は東京が拠点だけど、執筆用に軽井沢にも部屋があるんだ。最初はその間を高速かつ快適に移動するためにベンツ買ったんだけど、それで夜の首都高にハマって、そこで無茶して潰して、それで買ったのがあのポルシェ」





「潰したって、ベンツを首都高で?」





驚くつかさ。





「ああ、2000万のベンツを湾岸で200キロオーバーでぶつけたから一発全損。それでも懲りずに、より速い車に乗り換えて走ってんだからな」





呆れ顔の淳平。





「あの東城さんが、ファッションじゃなくて本気でポルシェターボに乗ってるんだ。どうりで速いわけだ」





「そういうつかさも、なんでこんな車に乗ってるんだ?これも結構なスポーツカーだろ」





「向こうは鉄道より道路網が発達してるから長距離移動は車がメインなの。それである程度速くて手頃な車が欲しくて、で、見つかったのがこの子のひとつ前の型なの。それが向こうの足なんだ」





「で、それが気にいったから、こっちでこれを買ったのか」





「うん。この子のスタイルに一目惚れしちゃってね。まあ日本の足でこの子はちょっとオーバークオリティのような気がするけど。普段は置きっぱなしだから」





「確かに無駄かもな。それにこれだと首都高も走れちゃうもんな。正直あそこで逢うとは思わなかった」





「・・・あたし負けっぱなしは嫌だから。この子でちゃんと東城さんにリベンジするつもりだよ」





つかさは真剣にやる気を口にした。





「おいおいやめとけって。この前だって相当無茶してたろ?ミラー越しでもわかったぞ。綾の車を追いかけるのは無理だ。危険過ぎる」





止める淳平。





「でもそれじゃ東城さんに頭上がらないよ。今日こうして逢えたのも東城さんにお願いしたから。今はそれしか方法がないからそうしたけど、ホントは嫌だよそんなの」





「・・・つかさは、また俺とやり直すつもりなのか?」





淳平は暗い声でそう尋ねた。





「・・・もちろん。あたしずっと諦めてないから。あんな終わりかたは認めない」





つかさは強い口調で自分の強い意志を表す。





「その気持ちは嬉しい。でも今の俺には綾がいる。綾が俺を必要としてくれるなら、俺は綾から離れない。離れるわけにはいかないんだ」





「それもわかるよ。淳平くんにとって東城さんは恩人。でもその立場を利用して側にいるのがあたしは許せない。そんなの淳平くんが断れるわけないじゃない。東城さんだってわかっててやってる確信犯よ。それでいいの?」





「・・・この件で綾と話でも始めたら揉めに揉めるな。水と油、平行線だ」





淳平からふうとため息が出た。





「東城さんはなんて言ってるの?」





「綾はその辺のことは理解してる。つかさの言葉を借りれば、確信犯だと自覚してるよ。でもそれ以前につかさが許せないそうだ」





「な、なんで?」





驚くつかさ。





「俺はあの借金を背負ったとき、全ての縁を切った。つかさはもちろん、他の友達や親までな。そうして他の人間を巻き込まないのが最善だと思った。でもそんな俺をぶん殴ってでも離れずにしがみついているべきだったと綾は言ってる」





「そんな!そんなの東城さんはあのときの淳平くんを知らないから言えるのよ!あの剣幕知らないから!」





「それでも一緒に側について借金と向き合うべきだったと。つかさも俺が振ったという口実で俺の借金から逃げ、自分の仕事を口実に海外に逃げたというのが綾の考えだ」





「そんな・・・そんなの東城さんの勝手な考えよ。東城さんはお金も力も持ってるからそんなことが言えるの。強者の論理よ」





「そうだな。でも力ってのは絶大だ。綾は俺が映画の道を進むのを止めてない。サポートするとも言ってくれる。けどやってみてわかったけど、あの世界はいろいろ厳しい。綾のサポートがあれば生活面はクリアかもしれんが、それはあまりに情けない。男としてな」





「もう、淳平くんは夢を追わないの?」





「そんな気持ちが全くないかと言えば嘘だな。でも現実的には無理だ。収入だって今の半分以下になる。いつまでも夢を追いかけて稼がない男と、自分の力を活かしてそれ相応に稼げる男、つかさはどっちがいい?」





「うーん、学生時代なら間違いなく夢を追って欲しかったけど今は・・・ゴメン微妙だね」





「だろ。現実は厳しいよ」





学生時代の頃とは違い、現実社会の厳しさをわかっているふたりだった。





「ありがとう、ここでいいよ」





「淳平くん、このあたりで暮らしてるの?」





泉坂とはそこそこ離れた場所である。





「ああ、この先のワンルーム。ここいらは家賃も手頃だし交通の便も悪くないからな」





「あたしてっきり東城さんと同棲してるかと思った」





「そこまで俺は図々しくないし、まだ世話にはなりたくないよ」





「淳平くん、変わったね。なんか凄く大人になった」





「そうか?」





「うん。それと、あたしの気持ちは変わらない。やっぱりあたしは淳平くんが好き。だから・・・」





つかさは淳平にそっと抱き着き、





「淳平くんが望むなら、あたし全然構わないよ」





耳元で甘く囁く。





「つかさ!」





そんな甘言を受ける淳平ではなかった。





左手で優しく身体を離し、右手をポンとつかさの頭に乗せる。





「今の俺は綾の恋人だ。浮気は出来ないし、そんなの何も生まない。気持ちだけで充分だよ」





「・・・うん、わかった。じゃ淳平くんまたね。絶対またね!」





「ああ、またな」





名残惜しそうにつかさは帰っていった。





(またな、か・・・相変わらずフラフラしてるな俺は・・・)





つかさに強い言葉が言えなかった淳平は自分の心の弱さを情けなく感じていた。












「さてと、奈緒の奴真面目にやってるかな」





夏休みも終盤。





秀一郎はがらんとした泉坂高校に足を運んでいた。





追加で頼まれた小道具を届けるのと、撮影の様子を覗くためである。





まず映研の部室に顔を出したが、不在だった。





(そういや今日な中庭で撮影するとか言ってたっけ)





そして出向くと、いた。





学生が数人。





若狭はレフ板を持っていた。





小柄な少女がふたりやって来る。





お揃いの泉坂の制服。





お揃いのロングヘアー。





真緒と奈緒だった。





「センパイ、お疲れ様です」





「お前、何やってんの?」





「あ、これウイッグです。奈緒とお揃いの髪形にしてみたんです。こうするとホント双子みたい・・・」





ゴツン!





「きゃん!?」





口調からすると真緒らしき方の頭を、秀一郎はゲンコツを落とした。





「悪ふざけはやめろ。バレバレだ」





「いった〜。もう、なんでわかったの?」





口調ががらりと変わる。





一見は真緒に見えたほうが奈緒だった。





「慣れん言葉遣いしてるからイントネーションおかしいし、それに目つきが違う。わかるっつの」





「なんだあ、つまんない。みんな騙されたのに?」





「へっ?」





映研の連中を見回すと、みな感心しているような目を向けている。





「いやさあ、見た目のインパクト狙ってふたり同じ髪形にしてみたんだけど、どっちがどっちだかわかんなくなってさ。俺からすれば見た目も声も全く一緒だからなあ」





と正弘は苦笑いを浮かべる。





「まあ、ぱっと見は一緒だろうな。けどよく見ると目つきが違うから。そこが見分けるポイントだ」





「あと服を制服じゃなくてもっと身体のラインがわかると見分けつくんだよな。細いほうが真緒ちゃんで太い・・・」





また正弘が余計な一言を口にする。





それを聞き逃す奈緒ではない。





バキイイッ!!





真緒ばりの派手な回し蹴りを正弘に入れた。





「なに思いっきり失礼なこと抜かしてんのよ!このエロ変態!」





「全く、お前らは・・・」





正弘と奈緒のふたりに呆れる秀一郎だった。





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