regret-29 takaci様

「えっ、フェードですか?」





ディーラーのメカニックが真剣な顔でつかさのZ34のブレーキを覗き込む。





「はい、最初はいいんですけど、何度かハードブレーキ繰り返すと効きが甘くなって、ペダルもなんか少しフニャッと柔らかくなる感じで」





「ハードブレーキって、どのくらいですか?」





「えっと、スピードメーターは見てないんですけど、5速6500くらいからガツンと踏んで3速か2速まで落とすのを何回か繰り返すと・・・」





つかさは説明しながら、メカニックの視線が冷ややかになっているのがわかった。






「西野さん、なんでリミッター切ったんですか?」





国産車は180キロでリミッターが作動してそれ以上速度が出ない。





つかさの説明では5速で6500回転まで回している。





これだと計算上では車速は210キロオーバーになる。





つかさが違法改造のリミッターカット&法定速度オーバーを行ってるのは明らかだった。





「あの、あたし、向こう(フランス)でZ33に乗ってるんです。あっちは高速移動はざらで200キロオーバーでの巡航が出来ないとダメなんですよ。だからこの子も同じようにしたいなあと思って・・・」





苦し紛れに説明するつかさ。





メカニックは少し呆れ顔で、





「この車は国内使用前提でセッティングされてます。オーバー200キロからのフルブレーキ性能までは考えてません。それに対応することも出来ますがそうすると街乗りで悪影響が出ますからね」





「でも向こうの33は高速ブレーキ繰り返してもしっかりしてましたよ?」





「たぶんブレンボのブレーキが入ってるんでしょう。性能は一級品ですがコストがかかるので現行は自社製のブレーキになったんですよ」





「そっかあ。でももう少しブレーキしっかりして欲しいんですよね。じゃないと踏めないし、あの車に勝負を挑むのちょっと苦しいんだよなあ」





悩み顔を見せるつかさ。





「ちょっと小耳に挟んだんですが、西野さんが追ってるのって黒のポルシェターボですか?現行の997ターボ」





「知ってるんですか?」





「小説家東城綾の車です。あそこ走ってる人の間ではそこそこ名が通ってます。噂ですが常時ブースト1.2で550馬力オーバー、さらに湾岸ではスクランブルで1.8かけて800馬力という化け物です」





「800馬力かあ。どおりで・・・」





つかさは湾岸で突き放された綾のポルシェの非現実的な加速を思い出していた。





「対するこのZはノーマルに吸排気系のみですからせいぜい340馬力ってところです。車重はほぼ一緒。しかも向こうは4駆です。追いかけるどころかついて行くことすら無理ですよ」





「あたしはブレーキが何とかなれば行けそうな気がするんですけど、無茶ですか?」





「無茶ですね。本気で追うならGT−Rに乗り換えないと」





「GT−Rってあそこに置いてあるアレですよね?」





「はい、お客さんの車ですけど。どうぞご覧になってください」





そしてつかさはムスッとした顔でGT−Rと対面した。





(なんで同じメーカーの車でこうも違うんだろ?)





押し出しの強い面構え。





無骨なスタイル。





Zとは異なり、エレガンスのかけらもない。





(確かに速いかもしれないけど、このカッコはなあ・・・それに価格も倍以上なんだよねこの子)





綾を追うには最適な手段だとしても、この車に命を乗せる気にはなれなかった。





「西野さん」





メカニックが見積もりを持ってやってきた。





「ブレーキ強化ですが、ニスモのパッドとブレーキオイルに換えます。一晩預けて頂ければ出来ますよ」





つかさは見積もりに目を通すと、





「じゃ、お願いします」





と、笑顔で作業を依頼した。





(あたしはこの子で頑張るぞっと)





愛車Z34と駆け抜けることを心に誓うつかさだった。











シュイーン・・・





金属独特の匂いが漂う工場の中でリューターの電気音が響く。





「全く、何で俺が映画の小道具なんぞ造るはめになるんだ?」





秀一郎は自分の状況に不満を口にしながらも、丁寧に指輪を磨いていた。





「うわあ・・・」





秀一郎の指先でどんどん輝きを増していく指輪を奈緒は目をキラキラさせながら眺めていた。





「ほら、はめてみろ。どうだ?」





「うん・・・ぴったり」





奈緒の中指で輝く指輪。





「はあ〜ようやく出来た〜」





「でも秀も指輪造れるじゃない。前は無理って言ってなかった?」





「あのなあ、それってメッチャ手間かかってんの。たまたま会社の機械が空いてたから出来たけど、それの手間をコスト換算すると割り合わんぞ」





事実その通りだった。





この指輪は映研から「こんな感じで頼む」と渡されたラフスケッチを元に秀一郎が削り出しで仕上げたものだった。





これがアクセサリー職人ならラフスケッチから感性で仕上げるのが普通だが、そのようなデザインセンスに自信がからっきしない秀一郎はわざわざ3DCADで図面を引き、さらに親の会社にあるコンピュータ制御の旋盤で削り出すという手法をとって造られた。





本来、CADと旋盤は高精度が要求される精密部品を造るために必要なもので、アクセサリー製作に使われることはコストの関係でありえない。





この指輪はアクセサリーにしては無駄な手間がかかり、無意味な高精度を持っていた。





「でも金属って綺麗だよね。こんなに輝くんだよね」





奈緒は磨きあげられた指輪を光にかざして驚いている。





「でもそれ材料ステンレスだからな。時間経つと簡単にくすむぞ。やっぱシルバーかプラチナじゃないとな」





「じゃ、シルバーかプラチナで造ればよかったじゃない」





「材料費でいくらかかるんだよ。それにシルバーじゃ柔らか過ぎて旋盤で削れん」





「ふうん。でもこれって変わった形だよね。なんでこんなんにしたんだろ?」





「若狭の話だと、映像をCG加工して演出するのにその形じゃないとダメらしい。そんなことしなけりゃ雑貨屋か夜店で売ってる指輪で充分なんだってさ」





「あ、そういえば雑貨屋で思い出した。映画の撮影で雑貨屋さんに行くんだよね。なんか桐山さんのバイト先らしいよ。なんかいいものあるかなあ?」





「映画に桐山も関わってるのか?あいつ文芸部だぞ」





「映研に脚本書ける人がいないんだって。たから文才ある人が集まってる文芸部に頼んでるみたいよ。今も脚本の手直ししてる。で、今年の脚本は桐山さんが書いてるんだって」





「おいおい、そんなんで撮影出来るのか?確か撮影って来週早々からだろ?練習とか台詞合わせとかどうすんだ?」





不安になる秀一郎。





「新しい脚本は正ちゃんが今日中に持って来てくれる予定。届き次第あたしとお姉ちゃんは自主トレ始めるよ。撮影の舞台も泉坂高校とその周りらしいから、大掛かりなものじゃないよ」





「ふうん。映研OBの真中先輩から聞いた話だと、昔は撮影のために合宿してたらしいぞ」





「その頃の泉坂映研は力あったみたいね。ちゃんと賞も貰ってたみたい。小説家の東城綾も泉坂の映研出身らしいし」





「東城綾かあ・・・」





夏休み当初、バイト先のビルで出会ったとてつもない美人を思い出した。





「イデデデデ!?」





突然、奈緒が秀一郎の耳を思いきり抓った。





「コラ!デレっとしてたぞ!あの美人思い出してたろ!?」





怒る奈緒。





「お、思い出すくらいいいだろ?それくらいでヤキモチ妬くな!」





奈緒は耳を放すと、





「だって東城綾ってあたしとまるで違うタイプじゃない。それに桐山さんも東城綾に近い感じがあるから嫌なの!」





口を尖らせた。





「桐山が東城綾みたいに?う〜んどうかなあ?あそこまで美人になるのかなあ?」





再び思考を巡らすと、





「考えるなあ!」





また奈緒が飛び掛かってきた。





「ちょ、おま・・・落ち着けって!」





奈緒のヤキモチに慌てつつ対応に手を焼く秀一郎だったが、





傍目には楽しくじゃれあう仲のよい恋人同士にしか見えなかった。





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