regret-28 takaci様

夏休みも半ば。





「あっつ〜い、なんもやる気しな〜い・・・」





心底奈緒はだらけきっていた。





自宅の冷房の効いた部屋でゴロゴロする毎日。





「お前、そんなんで宿題進んでんのか?」





奈緒のだらけ具合に呆れる秀一郎。





旅行前に宿題を片付けるよう言ったが、結局は頓挫した。





「奈緒、ちょっとは真面目にやりなさい」





真緒も口を酸っぱくして言ってるが、





「大丈夫、クラスの友達か、最悪菅野の仲間で頭いいのがいるからそれを写すから〜」





全くやる気がなかった。





「なあ真緒ちゃん、奈緒の教育間違えたんじゃないか?宿題は写すものだと思ってるみたいだぞこいつ?」





「まあ、あたしも短気で、奈緒が時間かけても自力で宿題出来ないの見てるとじれったくて、ついつい写させちゃってたんですね。昔から・・・」





「それが結局こうなったわけか・・・」





姉のちょっとした油断と優しさが妹の堕落に繋がってしまった。





ピンポーン





呼び鈴が鳴った。





真緒が玄関に向かう。





「おい、来たぞ。ちっとはしゃんとしろ」





「別にいい〜。どうせ正ちゃんでしょ。今更取り繕う仲じゃないし〜」





「ダメだこりゃ」





奈緒のだらけは重症だった。





「奈緒、若狭先輩がお土産くれたよ。鶴屋のケーキだよ」





「えっ、マジ?」





奈緒の目が一気に輝く。





確かに真緒は鶴屋と書かれたケーキの箱を両手で大切そうに持っている。





「あたし紅茶入れる。とっておきのダージリン出すよ。お姉ちゃんも手伝って」





「はいはい」





「女の子って現金だな・・・」





奈緒と態度の変わりようを見て、そう感じずにはいられない秀一郎だった。











しばらく後、応接セットに4つのケーキとティーセットが並んだ。





真緒、奈緒と秀一郎、そしてケーキを持ってきた正弘がテーブルを取り囲む。





「しっかし若狭、お前にしては気がきくな。わざわざケーキ持ってくるなんてさ」





「ま、俺からふたりに頼みがあるからな。ちょっと協力して欲しいんだよ」





と言って、冊子を2冊差し出し、奈緒と真緒の前に置く。





「なにこれ?」





ケーキを頬張りながらそれを手にした奈緒。





「今年、映研が撮る予定の映画の脚本。んで主役の女の子とその姉の役が空いたままでな」





「ちょっと待て、若狭お前、その役をこのふたりに?」





「頼む!ちょうどいい人材がいないんだよ!いろいろ考えたんだけど、実の姉妹でしかも双子なら見た目のインパクトもあるし、是非お願いしたいんだ!」





手を合わせて頼み込む正弘。





「え、演技ですか?あたしちょっと自信ないです・・・」





困り顔を見せる真緒。





「映画かあ・・・面白そうかも」





対する奈緒は少し乗り気。





「で、どんな役をやらせるんだ?」





秀一郎が尋ねると、正弘は映画の説明を始めた。





ごく普通の女子高生。





友達に恵まれ、家族に恵まれ、充実した学校生活を送る。





そして、恋が訪れた。





学校の先輩。





急速に惹かれ、そして恋が成就する。





さらに楽しい日々になる。





だが、それを快く思わない者が身内にいた。





実の姉。





同じように妹の恋人に惹かれ、恋に落ちた。





でもその恋は実らない。





大切な妹が、恋の邪魔になる。





妹への愛情を憎悪が覆う。





ぎくしゃくする姉妹関係。





楽しかった日常が、辛い日々に変わる。





そして・・・





「なんか、いい話かも・・・ジーンと来た」





感動する奈緒。





「本当にいい話ですね。それに切なくて悲しい話・・・でもこんな話の演技なんて・・・」





真緒はさらに自信を無くす。





「大丈夫、ふたりが演じやすいように脚本は直すから。こっちも出来る限りサポートする。だから頼むよ」





「ねえお姉ちゃん、やってみようよ!秀も反対しないよね?」





「お前なあ、それより宿題片付けろ。映画なんて始めたら絶対に手付かずになるぞ」





「宿題?それならうちも手伝うよ。映研に頭いいのがいるからそいつに教われば芯愛の宿題くらい・・・」





「バカ若狭!そんな甘言いまのこいつに言ったら・・・」





もう遅かった。





「やる!あたし絶対やる!お姉ちゃんもやらせる!決定!」





奈緒のごり押し炸裂。





秀一郎の意見も真緒の意見も、奈緒のこの一言で全て決まってしまった。





「・・・ったく、こいつは・・・」





再び心底呆れる秀一郎だった。












都内某所。





「先生、お疲れ様です」





小説家、東城綾はイベントに出席していた。





「先輩」





「あ、美鈴ちゃんも来てたんだ」





笑顔を見せる綾。





「東城先生の数少ないファンサービスの機会は記事にしたかったので。もしよければこれから少しお話いいですか?」





「いいよ。ちょうどお昼だし」





「じゃあ、この近くにお洒落なイタリアンのお店があるんです。そこに行きましょう」





ふたり笑顔で会場をあとにする。





そこに、





「東城先生、面会を希望されるお客様がお見えです」





係員がやって来た。





「面会?」





綾は怪訝な顔をする。





「中学の同級生で西野とおっしゃる女性です。先生もよくご存知とのことですが・・・」





「西野さん?」





綾の顔が変わった。





「先輩・・・」





美鈴にも緊張が走る。





綾から滅多に出さない、敵意が出ているのがわかる。





「先生?」





係員も綾の変化に気付きかけたが、





「はい。西野さんはよく知ってます。お会いしたいので案内お願いします」





綾がイベント用の笑顔をすぐに繕ったので、それ以上察知されることはなかった。





そして係員に誘導され、ロビーに出た。





昼時ということもあり、ロビーは人が多く穏やかな雰囲気だった。





その中で、壁にもたれかかり、強い意志が込められた目を輝かせる美女が立っていた。





係員が誘導する。





向こうもこちらに気付いた。





ぶつかり合う視線。





「では私はこれで」





綾をつかさの側まで案内すると、係員は去っていった。





(東城先輩と西野さん、あたしが高一の合宿のときに一緒だった。あのときは和やかだったけど・・・)





今は敵意剥き出しのふたり。





「西野さん、久しぶり・・・ってわけでもないか。この前にあの場所で出会ってるよね。あまり無茶しちゃダメだよ。あそこで無理すると簡単に命を落とすから」





「そのあたしを振り切った東城さんは無茶をしていないの?」





「あたしは車なりに走らせただけよ。あたしと西野さんの車、速度域が明らかに違うから。本来ならついて来られる車じゃないよ。あのZじゃ」





つかさの目が鋭さを増す。





「で、ここまでわざわざあたしにあたしに会いに来た理由は?まさかあそこで再戦の申し込みってわけでもないよね?」





笑顔で皮肉混じりの言葉を口にする綾。





それでもつかさは表情を変えない。





「はっきり単刀直入に言うよ。淳平くんに逢わせて」





「なぜあたしに?直接淳平に逢いに行けばいいんじゃないのかな?」





「今の淳平くんは東城さんが縛ってる。そんな状況で彼があたしに逢ってくれるわけがない。だからここに来たのよ」





「すごい事情誤認してるけど、今はそれを議論する時間はないよね・・・」





綾はふうと一息つき、ハンドバッグからメモ帳を取り出してペンを走らせる。





そして一枚破ってつかさに差し出した。





「はい、今の淳平の携帯とメアド。連絡はつくと思うけど、彼はいま仕事でフィリピンだから。帰国は明後日15時に成田。よければ迎えに行けばちょうどいいかもね。そうするならあたし

からも連絡しておくけど、どうする?」





「東城さん、今のあなたから淳平くんの連絡先を得るのがどういうことなのかわかってるつもり。でもそれでも・・・なりふり構ってられないんだ。だから・・・」





つかさは俯いたまま、メモを受け取った。





「ありがとう、あたし迎えに行く」





「わかった。淳平とじっくり話せるといいね。じゃああたし行くから。西野さんまたね。美鈴ちゃん行きましょう」





綾はあっさりとつかさとの再会を済ませた。





「え?あ、その、西野さん失礼します」





綾の対応に驚いた美鈴は慌ててつかさにぺこりと頭を下げ、綾のあとを追った。





「ちょ、ちょっと東城先輩、いいんですか?」





「いいって、なにが?」





「西野さんにあんな簡単に真中先輩の連絡先教えちゃって。西野さんは真中先輩の元カノですよ!まずくないですか?」





「大丈夫よ。いまの西野さんが淳平の心を奪えるわけがない。せいぜい頑張っても淳平に抱かれるくらいでしょうね」





「抱かれるって、それ立派な浮気じゃないですか!」





「そうかもね。でもあたしはあまり気にしない。ちゃんとあたしを求めて、愛で包んで抱いてくれればそれだけで満足。逆に愛のないセックスなんてただ空しいだけ。男もも女も。そんなの

無意味よ」





「つ、つまり、真中先輩と西野さんは無意味なセックスしか出来ないってことですか?」





「そう。そんなの恐れることじゃない。だったら逆にちゃんと逢わせてあげたほうがいい。そうすれば現状がどうなのかはっきりわかるからね」





「なんか・・・先輩すごく余裕ですね。それってやっぱり真中先輩との絆に自信があるからですか?」





「自信か・・・それもあるけど、これは自信と言うより、プライドかな・・・」





そう語る綾の横顔は、高校時代の内気な少女の面影は無くなっていた。





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