regret-26 takaci様

「綾は最近ここが好きだよな、C1内回りが」





「うん、速度乗らないし道も狭いけど、だからこそ丁寧な運転が要求されるの。走るたびにいろんな発見あるしね」





「で、夜も更けて一般車が減ったら湾岸か」





「最近は新環状を走る人も多いけど、あたしは横浜まで踏み切るのが好きだよ」





「ま、人それぞれだな」





綾がルームミラーを気にした。





「どうした?」





「後ろ、何か来る」





「この車だといろんなのが勝負に来るよなあ。今度は何だ?」





淳平は後ろを振り返った。





純白の光が迫ってくる。





「何だあ?あまり見かけない車だな」





「Zね。現行型のZ34」





ぐんぐん背後から迫って来る。





さらに前から左コーナーが迫って来る。





「・・・」





綾は少し考え、余裕を持ってブレーキを踏む。





そしてイン側のラインを開けた。





背後のZが一気に迫り、2台並んでコーナーに入る。





互いにドライバーの顔がわかる。





「・・・」





「・・・」





無言で確認するふたりの女性ドライバー。





綾の助手席で、淳平は思わぬ形での再会に驚いていた。





(つかさ・・・)





じっとこちらを見つめているつかさの姿が背後に消えた。





綾がコーナー立ち上がりでアクセルを一気に踏み込んだ。





強大なGが淳平の身体にもかかる。





「日本に帰って来てるとは聞いたけど、まさかここで会うとは思わなかったな」





「つかさは、俺たちに会いにここに来たのか?」





「さっきの顔から察するには、そうだと思うよ。あたしがこの車でここを走ってること、知ってる人は知ってるから」





「そうか・・・」





「振り切るよ」





「任せる」





淳平は力無く答えた。





綾のポルシェの中央モニターには、この車の詳細情報が写し出されている。





(水温、油温、油圧OK、排気温正常、問題なし)





コーナーを抜け、アクセルを踏み込む。





[BOOST 1.2]





とモニターに大きく表示される。





(ブースト正常、ハンチング無し)





黒の997ターボが一気に加速した。





「うわ、なにあれ・・・」





一気に開く車間につかさは唖然とした。





つかさもアクセルを踏み込んでいるが、加速の差は歴然。





(日本でもフランスでもポルシェターボは速いって聞いてたけど、ここまでとは・・・)





それでもステアリングを握り直し、気合いを入れる。





(でもここはC1。踏みっぱなしなんて場所はない。それにこの子はコーナーは得意。ブレーキングとコーナーで差は詰まる)





つかさは自分を信じて、愛車を信じてコーナーに高い速度で進入していった。





前の綾が一般車に詰まって加速しない。





(チャンス!)





つかさは隙を突いて一般車まとめて綾を抜いた。





コーナーが迫る。





限界ギリギリまで我慢してブレーキを踏む。





だがその横を綾がノーブレーキで突っ込んだ。





(ちょっ、東城さん死ぬ気?)





完全にブレーキが遅れたと思った。





だがその一瞬後、ポルシェのブレーキランプが点灯した。





路面に張り付き、急減速するポルシェターボ。





そして何事もなかったように、普通にコーナーをクリアした。





またまた唖然とするつかさ。





(あれが世界一と言われるポルシェのブレーキかあ。この子もよく止まると思ってたけど、ちょっとレベル違うな)





「やっぱりこの車は化け物だな。加速も凄いけどブレーキはもっと凄い」





助手席の淳平もポルシェのブレーキ性能に舌を巻いていた。





「止まれない車じゃないと踏めないんだよ。だから奮発してPCB入れたんだから」





綾は笑顔を見せる。





つかさは車の性能差を痛感しながらも、くじけずに懸命についていった。





「つかさ、離れないな」





淳平は後ろのつかさも隣の綾も心配で気が気でない。





「少し一般車が多いね。それに今のあたしじゃこの車でC1は少し持て余すんだ」





「おいおい、無理だけはするなよ」





「大丈夫、西野さんには悪いけど、コース変えるよ」





コースを選ぶ権利は先行車にある。





ついていくのもよし、分岐して離れるのもよし。





公道の戦いは自由だ。





江戸橋ジャンクション。





綾はC1内回りから9号線に向かう。





「えっ、東城さんそっち行くの?」





つかさにとってはは厳しい局面になる。





車の差は歴然。





C1なら劣るパワーを腕でカバー出来たが、9号〜湾岸の高速コースでは歯がたたない。





(でも、あたし引かないからね)





9号線の中速コーナーを正確な操作で丁寧に、速く駆け抜ける。





一般車もそこそこ走っていることもあり、なんとかついて行ける。





ただつかさのZの安全装置が働き、コーナー立ち上がりで加速が鈍くなる。





「もう、邪魔!」





豪を煮やしたつかさは安全装置のスイッチを切った。





インジケータに[VDC OFF]のオレンジランプが点いた。





これでパワーをフルに使えるが、スピンの危険性が高まる。





つかさは車体を揺らしながら速いスピードでコーナーに進入し、軽いドリフト状態で駆け抜ける。





その様子は前を走る綾のルームミラーからも確認出来た。





「西野さん、すごい無茶してる。あんな車でついて来られるわけないのに。あれじゃ危ないよ」





「なんとか出来ないのか?」





さらに心配顔になる淳平。





「大丈夫、もうすぐ湾岸。フルパワーで一気に突き放すよ」





「おい、フルパワーって・・・」





「車のコンディションは問題ない。大丈夫。湾岸に入れば一瞬で終わるから」





辰巳ジャンクション。





前方を一般車が塞いでいる。





綾は無理せず、アクセルを緩めた。





(チャンス)





後ろのつかさは綾が一般車に捕まったことを確認した。





一気にアクセルを踏み込み、車間を詰める。





綾がようやく一般車をすり抜けた。





つかさも同じラインで、より高い速度ですり抜けた。





湾岸合流。





前方、オールクリアー。





綾もアクセルを踏み込むが、後ろのつかさのほうが車速が乗っており、差がぐんぐん詰まって並びかける。





(ここで前に出る。で、2キロ走って11号に。新環状なら勝負出来る)





つかさはロスなくマニュアルシフトを操作し、ぐんぐん加速する。





綾のポルシェと並んだ。





(このまま前に・・・えっ?)





綾の表情が見えた。





(東城さん、笑ってる・・・)





嫌な予感がした。











綾はステアリングのスイッチを押す。





モニターに赤文字で[SCRAMBLE 1.8]と表示される





そして、





(えっ・・・)





綾のポルシェは非現実的な加速で一気に突き放した。





茫然とするつかさ。





ポルシェのテールがつかさの視界から消えるまで、たいした時間はかからなかった。





つかさはふっと力が抜け、アクセルを緩める。





「あーあ、やっぱ無理だったか。ま、こうなるとは思ってたけど・・・」





(でも、あたしは諦めない。必ず淳平くんを取り返す)





湾岸をクルージングしながら、つかさは内なる想いをあらためて確認した。













「へえ、なかなか面白いところじゃないか」





「でしょ?なんか昔の町並みって懐かしいけど新鮮だよね!」





翌日、秀一郎たちは旅館から少し足を延ばして、近くの街の商店街に繰り出した。





都会の街にはない独特の雰囲気が秀一郎たち都会の若者には新鮮だった。





皆元気よく古びた街を歩く。





ただ、





「おい、大丈夫か?」





秀一郎の隣を歩く奈緒はローテンションだった。





「うん、ただ眠いだけ・・・」





「女子同士だと話が盛り上がるって聞くからな。どうせ夜更かししたんだろ」





「そんなに盛り上がってないよ。ただあまり寝れなかっただけ」





奈緒の顔色が悪い。





「ホントに大丈夫か?」





「ちょっと、大丈夫じゃない・・・かも・・・」





少し先に木陰にある古びたベンチを見つけた。





「ちょっとそこで休め」





秀一郎は皆に先に行くように告げると、奈緒をベンチに座らせ、その隣に腰を下ろした。





「ゴメンね、迷惑かけて・・・」





奈緒らしい元気がない。





「気にするな。なんか飲み物買って来ようか?」





「ううん、秀が側にいてくれるだけでいい・・・ここ気持ちいい・・・」





木陰で風も通る場所なので心地よい。





「・・・」





奈緒は頭を秀一郎の肩にあずけ、すぐに寝息を立て始めた。





(ただの寝不足か・・・)





奈緒の穏やかな寝顔を見た秀一郎はホッと胸を撫で下ろす。





「奈緒ちゃん、大丈夫?」





里津子が心配そうな顔でやって来た。





「ああ、どうやらただの寝不足らしい」





「そっか、ひょっとして夕べのアレが原因かな?」





「アレって、真緒ちゃんのケンカか?」





「ううん、女子の部屋でちょっとね。沙織と奈緒ちゃんで見解の相違みたいなのがあってね、少し雰囲気悪くなったんだ」





「桐山と?」






「うん、でもまあ仕方ないかな。沙織と奈緒ちゃん、相入れないところがあるみたいだから。隣いいかな?」





「あ、ああ」





里津子は秀一郎の隣に腰を下ろした。





「沙織と奈緒ちゃんのこと、佐伯くんは気にしないで、っていうのは難しいかもしれないけど、これは当人間の問題だから口だししないほうがいいよ。これ女の子の意見ね」





「あ、ああ。わかったよ」





「あと、佐伯くんホントにありがとう。君のおかげで男を見る目が変わったよ」





「は、なんだよそれ?」





秀一郎の疑問に、里津子の笑みが少し悲しい色を見せた。





秀一郎から視線を外し、正面を向く。





「これ、沙織にも友達にも誰にも話してないこと。結構重い話だけど、聞いてくれる?」





「あ、ああ。俺でよければ」





「昨日ケンカになった男たち、リーダー各に金魚のフンみたいに付いてたふたりの男、あいつらあたしと顔見知りなんだけど・・・」





「ああ、御崎に絡んできた奴らだろ?」





「あたしね、あいつらとその仲間たちにマワされたの。中3の時に」





「なっ・・・」





さすがに言葉を失った。





「あたし、ずっとそれ引きずっててね、トラウマになった。男が信用出来なくなった。ここに来たくもなかった。ちょっと身体もおかしくなって、寝れなくなった。今も睡眠薬使ってる。薬に頼らないとまともな生活が出来ないんだ」





想像以上に重い話だった。





「けど、そんなんでよくここに来る気になったな」





「このままじゃダメだって思ったんだ。逃げてばかりじゃダメだって。だからあたしから男子誘って、みんなでこの場所で楽しい思い出作ろうって・・・ちゃんと自分に向き合おうって・・・ゴメンね。怒った?こんなあたしのわがままに付き合わせて」





「怒るわけねえよ。それに俺は楽しい。みんなと騒いで美味い飯食って、いい部屋に泊まれて、満足してる」





「あんなケンカに巻き込まれたのに?あたしが誘わなかったらあんな危険な目に遭わなかったんだよ?」





「そんなネガティブに考えるな・・・って無理なことかもしれないけど、でも前向きに考えろよ。心が後ろ向きだとどんどん悪くなる。えーっと、その・・・なんて言えばいいのかよくわかんねえけど・・・その・・・」





里津子を励ます上手い言葉が出てこず、もどかしい秀一郎。





だが里津子にはそれで充分だった。





「いいよ。佐伯くんありがとう。その気持ちだけでうれしいよ。やっぱり優しいね」





「スマン、気の効いた言葉が出て来なかった。まだまだダメだな俺も」





「ううん、佐伯くんは立派だよ。奈緒ちゃんだけでなく他もちゃんと見えてる。カッコイイし、惚れちゃうよ」





「えっ?そ、そんなこと言われると・・・ちょっと困るな」





少し照れる秀一郎。





「困るって、奈緒ちゃんが居るから?」





「ああ、こいつって気は強いけど根っこはそれほどじゃない。だからちょっと大きな悩み抱えるとすぐふさぎ込むんだ。俺で支えれるなら支えないとな」





「ふたりはラブラブで羨ましいとは思うけど、ちょっと奈緒ちゃんは佐伯くんに依存し過ぎのような気がするよ」





「まあ、な。もっといろんなことに自信持って、自立して欲しいとも思う。けどそれはもうしばらく先だな」





「そう・・・だね」





秀一郎に身を預けて穏やかな寝息を立てる奈緒の姿を見て、より一層そう感じる秀一郎だった。





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