regret-21 takaci様

秀一郎たち高校生は夏休み。





一ヶ月以上の長い休暇の真っ最中にいた。





学生の夏休みの過ごし方は様々である。





遊び倒す者。





勉強に励む者。





部活動、スポーツに打ち込む者。





いろいろである。





秀一郎は宿題を早々に片付けて、バイトに励んでいた。





「佐伯くん、よく働くねえ」





所長の峰岸が笑顔で褒めると、





「一応目標ありますから」





と、こちらも元気に答えた。





「佐伯くんは車が欲しいんだったよな」





「免許の金は親が出してくれますが、車は自分の金で買うことになってます。だから今から貯金してます」





「もう車種とか決めてるの?」





「その辺はまだ考え中です。奈緒の親父さんが車関係の仕事してますからいろいろ聞いてますけど、悩みますよね」





ここで田嶋が、





「佐伯くん、貯金もバイトに励むのもいいけど、ちゃんと彼女構ってあげてる?寂しい思いさせちゃダメよ」





と釘を刺してきた。





「大丈夫です。明後日からあいつも一緒に友達集まって旅行行きますんで。だからその前に宿題片付けるように言ってあります」





「彼女は宿題やらないの?」





「終わりになってから慌てるタイプですね。去年までは姉のを丸写しでしたけど、今年は学校違うからその手は使えないんで。まあ苦労してるみたいです」





苦笑いを浮かべる秀一郎。
















時計は昼の直前を指している。





事務所の扉が静かに開いた。





「こんにちは〜」





トートバッグを下げた奈緒が姿を見せた。





「いらっしゃい。毎日ご苦労様」





笑顔で迎える峰岸。





「おっす、ちったあ進んだか?」





「また壁にぶつかった。だからまた教えて」





と、トートバッグを押さえる奈緒だった。





奈緒はほぼ毎日、秀一郎のバイト先に弁当を届けていた。





昼休みの時間に一緒に食事をして、たわいもない話をして、宿題を教えてもらったり。





それが奈緒の選んだ夏休みの日常だった。





トートバッグにはふたり分の弁当と奈緒の宿題が入っている。





宿題はほぼ毎日持って来ている。





要所は秀一郎の力を借りないと乗り越えられないのが実情だった。





「しっかしお前大丈夫か?そんなんで学校の授業ついてけてんのか?」





奈緒の出来の悪さに不安になる秀一郎。





「大丈夫よ。今回の宿題がやけに難しいだけよ。これでも学年二桁の成績で通知表も悪くなかったんだからね」





と奈緒は得意げに言った。





実際に見せられた通知表は優秀な数値が並んでいたのを思い出しつつも、





「学校の違いってデカイんだな」





とボソッと呟いた。





ふたりはこのビルの最上階にある休憩室に向かった。





そこそこ眺めがよく、落ち着いた雰囲気なのでふたりの昼休みはいつもここである。





秀一郎はいつものように休憩室の扉を開けた。











「だから俺はもう撮らないって言ってるだろ!」





どこかで聞いたことのある声が届いた。





ふと目を向けると、秀一郎の先輩でこのビルに入っている商社に籍を置く真中淳平の姿があった。





「そこを何とか頼む!とにかく一度会ってみてくれ。それから考えてくれればいいから、なっ?」





もうひとり、淳平に頼み込む男がいた。





スーツ姿の淳平とは対象的に、とても軽い服装が印象的に見えた。





淳平と目が合う。





「お、お疲れ様です」





「あっ、ごめんね騒いでて。俺ももう出て行くからさ」





淳平は秀一郎には普段の優しい笑顔を見せた。





一緒にいる男も秀一郎に目を向ける。





「おい真中、誰だよ?」





「ここの弁護士事務所でバイトしてる佐伯くんだ。俺たちの優秀な後輩だよ」





「それはこっちの野郎だろ。俺は男なんか興味ない。あの女の子のことを聞いてんの!」





「へっ、あたし?」





目をパチクリさせる奈緒。





「俺もちょくちょく目にしてたから気になってたけど、実はよく知らない。えっと、佐伯くんの友達?それとも彼女?」





淳平に聞かれて、





「あの、彼女です。一応」





少し照れながら答えた。





「なによ秀、一応ってなんなの?」





ムッとする奈緒。





「は?」





「なんかそう言われると別に本カノがいるように聞こえる。あたしは所詮一応ってわけだ」





「なっなに言い出すんだよ?一応ってのはな、えー・・・」





秀一郎は奈緒の思わぬ突っ込みに少し慌て、





「はは。それはね、君が佐伯くんにとってとても大切って言うか、眩しいからそう出ちゃうんだよ」





淳平が奈緒に笑顔でフォローを入れた。





「え?」





「男ってさ、どんなにれっきとした恋人でも、相手が自分には不釣り合いなくらいにいい子だと劣等感みたいなものが出て、つい一応って言っちゃうんだ。それだけ君が素晴らしい女の子ってことだよ」





「そうなの?」





一気に上機嫌になり、目を嬉々として声を弾ませる奈緒。





「ああ、まあ、そう言うことにしておこう、でも付け上がるなよ」





「へへっ、なんだ秀ってもしかして照れてる?」





「なんだよ、悪いか?」





「んーんー、別にっ!」





淳平の機転で奈緒の機嫌は一気に回復した。





「ところで真中先輩、そちらの方は?ひょっとして俺の先輩ですか?」





「ああ、高校の同級生の外村だ。こいつも君の先輩になるな。今は芸能プロダクションの社長をしている」





「どーも」





外村は軽く手を挙げた。





「ところでそっちの彼女、結構かわいいよね。ひょっとして見込みあるかもよ」





「えっ、それってスカウトですか?」





さらに目を輝かせる奈緒。





「まだ原石だけど、磨けば光るかもね。そうだな、真中に撮ってもらえばいい画になるかもな」





「だから俺は撮らないって言ってるだろ!」





「撮るって、そう言えば真中先輩って以前そういう仕事されてたんですよね?」





秀一郎は以前の淳平との話を思い出した。





「ああ。特に女の子を撮らせたらピカ一だ。今でもな。だから今ウチから売り出す女の子をこいつに撮ってもらおうと社長自ら頼みに来たんだよ」」





「えっ、真中先輩、それって凄くないですか!」





驚く秀一郎。





だが淳平はあくまで不満顔で、





「それは過去の話で俺は今は商社のサラリーマン。もう仕事で映像に関わる気はないんだ」





「そんな堅いこと言うなよ。まだ真中なら現役で通用するぜ!だから頼むよ!」





乗り気でない淳平を持ち上げてその気にさせようとする外村。





ここで休憩室の扉が開いた。











「ダメよ外村くん、無理強いはよくないよ」





とてつもない美女が表れた。





「げっ、東城、なんでここに?」





一気に顔色が悪くなる外村。





ここで奈緒と秀一郎が小声で盛り上がる。





「ねえ秀、あれって小説家の東城綾だよね!初めて生で見た!凄い美人!」





「ああ、テレビや雑誌じゃ見たことあるけど、俺も生は初めてだ。この人も泉坂の先輩なんだよな確か」





思わず見とれる秀一郎。





綾は淳平の側に寄り、





「これから淳平と一緒にお昼の予定だったんだけど、外村くんもどう?」





と、とても魅惑的な笑顔を見せた。





だが外村は、





「いや、遠慮しとこう。せっかくのふたりの時間を邪魔したくないし、またキッツイ言葉を喰らいそうだからな」





魅惑の奥にある危険を察知したかのようにそそくさと引き上げる。





そして扉に手をかけたとき、





「あ、そうだ真中、お前つかさちゃんのブログ知ってるか?」





思い出したように尋ねてきた。





「それってフランス語のやつだろ。存在は知ってるが俺は日本語と英語しか解らんからな。だからチェックはしてない」





淳平は素っ気なく答えた。





「今は翻訳サイト使えば何とかなるけどな。まあそれはいいとして、彼女近々日本に帰って来るらしいぜ。ブログにそう書いてあった。じゃあな」





外村は言うことだけ言うとそのまま帰って行った。





淳平は複雑な表情を浮かべていた。





「淳平、あたしたちも行きましょう」





そんな淳平に優しく微笑みかける綾。





全てを察しているかのような笑みだった。





「あの、おふたりって恋人同士なんですか?」





ここで奈緒が好奇心満々の目で問い掛ける。





すると綾は幸せそうな笑みを見せ、





「そうだよ。淳平はあたしにとってかけがえのない人よ」





と、サラっと答えた。





「じゃあ俺たちも行くよ。佐伯くんまたな」





淳平は少し照れながら、綾を連れて休憩室から出て行った。





「わあ凄い!こんなとこであんな超有名人に会うなんて思わなかった。しかも恋人と一緒なんて、なんか凄いものを見た気がする」





テンションの高い奈緒。





「俺も驚いたな。まさか真中さんの恋人があの東城綾とはね」





「あの真中さんって凄いね。美人小説家が恋人で芸能プロダクションの社長と知り合いなんだよね」





「しかも三人とも泉坂の先輩だ」





「秀ってなにげに凄い学校行ってるんだね。ひょっとしたら将来有名になるかもね。あっでもあたしのほうが有名になっちゃうかも、なんてね」





「なんだよお前さっき声かけられたのがそんなに嬉しいか?そもそも芸能界なんて興味あるの?」





「そんなの意識したことなかったもん。なんか別世界って感じかな。でも少しだけやってみたい気がする」





「まあいろいろ厳しいらしいからお前には合わないと思うぞ。それより早く飯にしてお前の宿題を片付けちまおう」





「うんっ!」





近くの席に着き、奈緒はトートバッグから弁当箱を取り出した。





(さっきの真中先輩、なんか・・・)





幸せいっぱいの笑みを浮かべていた綾に対し、淳平はどこか複雑で繕ったような笑みだったのが少し気になる秀一郎だった。







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