regret-20 takaci様

最後の男が倒れたと同時に秀一郎もダメージから回復してよろよろと立ち上がり、真緒の元へ向かう。





「センパイ、大丈夫ですか?」





「なんとかな。真緒ちゃんも最後の男にはてこずったみたいだな。まさか拳を出すとは」





「あたしの拳は弱いからあまり意味がないんです。でもあの男も小柄だったから揺さぶりには使えると思って。まあ上手く行きましたね」





「さて、こいつらどうする?」





「さすがに警察でしょう。ナイフまで出してきて、奈緒を殴り倒した。立派な傷害です。桐山先輩にはそう連絡しました。すぐ来ると思います」





「そうか」










「うおおお!」





(ん?)





須田が凄い形相で秀一郎に向かってきた。





転がっていた鈍器を手にして。





真緒が出ようとしたが、秀一郎は手で遮り、





「確かこうだな」





身構えた。





須田が迫って来る。





鈍器が振り下ろされる。





秀一郎は際どいタイミングで避けつつ踏み込み、





バキイッ!!





須田の頬に強烈なカウンターを入れた。





よろよろと崩れ落ちる須田。





「テメエら全員まとめて警察に突き出してやるからな!」





秀一郎がそう叫んだ時、沙織たちが警官を連れて駆け付けた。










その後は慌ただしかった。





須田たちの身柄は警察に確保され、秀一郎たちも事情聴取を受け、奈緒の親が呼ばれて被害届が提出された。





週が明けると、須田の正体が明るみになり、須田の地元はちょっとした騒ぎになった。





須田の自宅から中高生の少女ばかり集めた猥褻な写真やビデオが多数見つかり、押収された。





中には須田が自ら撮影したものもあり、被害少女はかなりの数にのぼっていた。





そしてその少女を集めていたのが一緒に捕まった4人組で、余罪が追求されている。





沙織との結婚話も須田にその気はなく、ただ沙織の身体だけが目当てだった。





「初めて見た時から怪しいオヤジとは思ってたけど、ここまで変態野郎だったとはね。でもよかったよ沙織が被害に遭わなくて」





「御崎、そうかもしれんが桐山は辛い立場だぞ。俺たちはともかく、無関係な奈緒や菅野たちを巻き込んじまった。今もバタバタしてるんじゃないかな」





事件以降、沙織は学校に姿を見せなかった。





そして学校はそのまま夏休みに入った。











コンコン





「奈緒、俺だ。入っていいか?」





扉の向こうから奈緒の頷く声が届いた。





秀一郎は扉を開け、奈緒の部屋に入る。





明るい部屋はファンシーなグッズで彩られている。





奈緒はベッドに座り、キャラクター物のぬいぐるみを抱き抱えていた。





ただ、いつもの元気な笑顔はない。





「ちゃんと食べてるか?ちゃんと寝たか?」





奈緒の反応はない。





「そうか。元気だったら気晴らしにどこか行こうかとも思ったけど、そんな元気はなさそうだな」





奈緒の隣に腰を下ろす。





すると奈緒が秀一郎の手を握る。





「秀と一緒だと安心してぐっすり寝れるけど、ひとりは怖い」





やはりいつもの元気はなく、弱々しい。





「よっぽど怖かったんだな」





「怖かった。ナイフ突き付けられるなんて初めてだったから。いつ刺されるか気が気じゃなかった」





秀一郎は奈緒の身体を抱き寄せ、頭を優しく撫でる。





「逆らいたかった。じゃなきゃレイプされる。でも逆らったら殺される。どうすればいいのかわからなかった。たとえ命が助かっても、秀に嫌な思いさせるのは嫌。それで嫌われるなんてもっと嫌。でもやっぱり生きていたい。そんなことばっかり繰り返してた。今も考える。秀が助けてくれなかったらどうなってたのか。どうすればよかったのかわからない。あたし・・・」





「奈緒、そんなこと考える必要はない。もう済んだことだ。俺は必ずお前を助けるから」





「でも秀、今回はたまたまだよ。運が良かっただけ。次がないなんて言い切れないし、あって、もし最悪の事態に、避けようのない事になったらどうすればいいの?」





「奈緒は奈緒。何があっても奈緒は変わらない。奈緒の替わりなんていない。俺も奈緒を失いたくない。だから命が最優先だ。誰も奈緒が死ぬことなんて望んじゃいない」





「秀はあたしがレイプされても好きでいてくれるの?」





「浮気で他の男と遊ばれるのは嫌だけど、それは違うだろ。奈緒が俺を好きでいてくれるなら、俺の気持ちは変わらない」





「でも、もしそうなったらやっぱり嫌だよね?」





奈緒らしくない、ネガティブな思考になっている。





事件の傷痕が深いことを秀一郎は感じ取った。





「奈緒」





秀一郎は奈緒を両腕で優しく抱きしめる。





小柄な奈緒がすっぽりと秀一郎の腕の中に納まる。





「奈緒にはいい面も悪い面もある。付き合って行くにはいいことばかり、楽しいことばかりじゃない。いろいろ、悪いことも辛いこともある。俺は奈緒と一緒なら、そんなことは乗り越えられる。何があっても乗り越える。だから大丈夫だ。あまり気にするな」





「ほんと?」





涙ぐむ奈緒。





めったに泣かない奈緒が涙を見せていた。





「ああ、ホントだ。だからもうネガティブに考えるな」





「うん、ありがとう秀・・・グスッ」





「あと、今日これから桐山が謝りに来るけど、あいつも被害者なんだ、許せないと思うだろうけど、なんとか許してやって欲しい」





「うん、秀が言うならそうする」





奈緒は素直だった。











その日の午後、沙織がひとりの女性を連れてやってきた。





ぱっと見は二十歳前後くらいで、背格好は奈緒より少し高い程度の小柄な女性だった。





沙織によると、生活を支援していて今回の縁談話を持ち掛けてきたおじさんの一人娘との事だった。





「南戸唯といいます。本来なら父が直々にお伺いして謝罪するところですが、今回の件で父もショックで寝込んでしまい、母も付き添いで・・・」





情けなさと恥ずかしさが唯の表情から伺える。





「父と議員の先生は昔からの付き合いで、先生は父の自慢でもあったんです。地元で先生は大きな権力を持ってて意見する人もいなくて・・・そんなの言い訳にしかなりませんが、悪気はなかったんです。本当にすみませんでした」





この場には奈緒の両親に真緒も同席したが、何も言わず優しい笑顔で唯と沙織を許した。





ただ秀一郎は、





「いくら立場上辛くても、桐山に縁談を持ち掛けたのは常識的にどうかと思う」





と苦言を呈した。





それを受けた唯は、





「それも反省しています。それに沙織ちゃんと将来の事を話しました。こちらからの押し付けでなく、沙織ちゃんの夢を、沙織ちゃんの意志を優先して支えていきます」





と、はっきりと言い切った。





その言葉と唯の態度を受け、ずっと硬かった秀一郎の表情が少し柔らかくなった。





その後は打ち解けていろいろと雑談をし、この南戸唯という女性についてはいろいろ驚かされた。





見た目と雰囲気から大学生くらいに見えたが、実年齢はそれより上でもう社会人であること。





さらに高校時代は比較的近所に住んでいて、幼馴染が泉坂高速出身との事だった。





奈緒の家を出た後、当時世話になった幼馴染の家に顔を出すとの事で、ひとりで帰っていった。





「じゃあ桐山先輩はあたしが送ります」





と真緒が言い出し、胸の仕えが取れた沙織は真緒と一緒に笑顔で小崎家を後にした。





「桐山も思ったより元気そうでよかった。あと、真緒ちゃんとすっかり仲良くなったみたいだな」





「お姉ちゃんも本が好きで、なんかその辺で波長が合うみたいね。はあ・・・」





ため息を付く奈緒。





「そんなに桐山を毛嫌いするなよ。お前が思ってるより全然いい子だぞ」





「いい子だから嫌なの」





「は?」





「だってあの桐山さん、綺麗だしスタイルいいし頭いいしおしとやかなんて完璧じゃない。あたしには無いものみんな持ってる。なんか悔しいし劣等感あるのよ」





少し頬を赤くしてそう漏らした。





それを見た秀一郎は少しおかしく感じて自然と笑ってしまった。





「な、なによお〜!」





当然だが奈緒は膨れる。





「いや悪い悪い。お前がそんな風に感じてたのが意外でさ」





「あたしは結構一生懸命なんだから!今回も秀にいっぱい助けてもらったから頑張らなきゃって思ってるの!」





「そうか。でもその気持ちだけで充分だ。さっきも言ったけど、奈緒は奈緒なんだからな」





奈緒の頭にぽんと手を置いた。





「うんっ。でもあたし頑張るからね!」





にっこりと微笑む奈緒。





事件後初めて、奈緒に奈緒らしい笑顔が戻った。







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