regret-18 takaci様
「もしもし、僕だ。実は予定変更で明日の仕事はなくなった。ああ、ホテルはとってあるから明日まで遊んでいけばいい。ところでメールを見たのだが・・・そうか、よくやった。僕はまだ仕事が残ってるから夕方に合流しよう。それまでに逃がすなよ。ではまた」
携帯を切る。
(まったく、予定外の邪魔のせいであの女を取り逃がしてしまった。でもまあいい。今夜はこの子に憂さ晴らしをするとしよう)
ニヤリと不気味な笑みを浮かべる須田の携帯画面には、送られてきた奈緒の写真が写っていた。
「スマン。完全に俺の責任だ」
芯愛の菅野。
自校だけでなく、周辺他校までその名を轟かす大物。
そんな男が秀一郎と真緒に頭を下げていた。
「詫びは全部終わってからだ。状況を教えてくれ。どうしてこうなったんだ?なんで奈緒が?」
秀一郎の言葉からは動揺が感じられた。
菅野は多くの人間から恐れられていて、本音で語り合える人間は数少ない。
その少ない人間のひとりが奈緒だった。
奈緒は菅野と対等に話し、悪い点ははっきり指摘し、何かとぶつかることの多い教師たちとの上手い付き合い方などを教えたりした。
その結果、菅野やその仲間たちの信頼を得ることになり、特に仲間の慕いぶりは凄かった。
そしてそんな奈緒が今回の件で秀一郎と少し距離を置くことが知れ渡ると、仲間たちが護衛の名目で奈緒と行動を共にすると言い出した。
「小崎は割と目立つしあんな性格だ。ひとりでうろついてたらナンパされたり、揉め事になったりするだろう。だったら誰か付けておいたほうがいいと思ってそうしたんだが、見通しが甘かった。俺たちに手を出してくる奴らがまだこのシマにいたとはな」
「そいつらの目星はついてるんですか?」
真緒は菅野に厳しい視線を送る。
「いま探ってるが、どうやら振興勢力だ。やられたのがふたりでひとりは緊急入院だ。かなり無茶しやがる連中で、初めて見る奴らだそうだ。4人組で動いてる」
「じゃあ相手を実際に見て、捜査出来るのはひとりだけなんですね。相手を見つけるのは難しいかな」
困り顔を見せる真緒。
「警察には?」
「一応動いてるが当てにはならねえ。所詮俺たちのケンカだと思ってやがる。奴らが動くには事件性がまだ薄いんだ」
「警察が動くのは事件が起きてから、か。けどそれじゃ遅い」
秀一郎はバイト先の弁護士事務所でよく聞く警察の体質を思い出し、歯痒い思いを抱いていた。
「とにかく現状で出来ることは小崎の捜索だ。もう仲間たちは動いてる。そこでお前に頼みがあるんだが」
菅野は秀一郎に目を向ける。
「なんだ?」
「恋人なら、小崎の写真持ってないか?お前の携帯に」
「写真?そりゃ持ってるが」
「その写真を俺にくれないか?俺から捜索に出てる仲間全員に送る。写真があったほうが捜索しやすい」
「わかった」
納得した秀一郎は携帯を取り出した。
そして現場を中心として、広域の奈緒の捜索が始まった。
「桐山、お前まで付き合わなくてもいいんだぞ?」
「ううん、もとはあたしのせいでこうなったの。だからと手伝わせて。じゃないとあたしの気がすまない」
事件が発覚したとき、危険度が高く感じたので沙織と里津子には帰るように促したのだが、沙織はそれでもついてきた。
秀一郎は真緒と沙織の3人で捜索に回った。
だが、なかなか手掛かりは掴めない。
菅野のルートで奈緒の携帯位置のGPS探索も行われたが、電源が切られているようで足取りは掴めなかった。
「センパイ、この事件どう見ます?」
「やり方が乱暴過ぎるな。菅野を挑発するにしてもやり過ぎだ」
いくら人気のない路地裏とは言え、街のど真ん中で凶器を用いてメッタ殴りしてひとりは緊急入院。
さらに無抵抗の奈緒をナイフで脅して拉致。
フィクションでしか成立しないような事態である。
「そこなんです。菅野にケンカを売るにしては派手過ぎます。菅野を知ってたらこんなことは出来ない。相手はたぶん菅野を知らないんです」
「けどここいらの奴らで菅野を知らないってよっぽどのモグリかバカだろ?」
「だから、たぶんこの地元の人間じゃない。週末にエリア外から来た、もしくは地方から遊びに来たような奴らじゃないでしょうか?」
「考えられなくはないな。でもそうなると、目的はあくまで奈緒か」
「いま捜索にはかなりの人数が動いてます。目撃情報はそれなりに集まると思います。でも相手の全体像を掴み間違えたらその情報が無駄になります」
捜索している全員が一旦集まりこれまで得られた情報を整理することになった。
いくつか有力な手掛かりも得られており、奈緒を含めた5人は電車でとある地区に向かったようだった。
だが菅野はこの情報をあまり信じない。
敵はあくまで自分の縄張りの中にいると思っていた。
逆に真緒は情報通りの移動を主張した。
(菅野のカン、それに真緒ちゃんのカン、どちらが正しいのか・・・)
秀一郎には判断がつかなかった。
真緒の考えに同意したい気持ちもあるが、ならば相手は高いリスクの上に奈緒を得たことになる。
奈緒にそこまでのリスクを払うのは考えにくい。
結局、話し合いでも結論は出ず、二手に別れることになった。
主力は地元の捜索、真緒たちは証言をもとに移動。
(これが正しいのか?)
真緒と行動を共にする秀一郎は、揺れる電車の中で心もまた揺れていた。
着いた先は官公庁が集まる街だった。
平日なら賑わっているだろうが、さすがに休日はがらんとしている。
(こんなところに奈緒がいるのか?)
人気のない街を真の当たりにした秀一郎はそんな感覚に囚われた。
「二手に別れましょう。あたしとセンパイで南側を。桐山先輩は彼らと一緒に北側をお願いします」
真緒が指示を出し、それ通りに動く。
(こうなったら真緒ちゃんのカンに頼るしかない)
陽が傾いてきた。
(あまり時間はない。そんな気がする)
焦る秀一郎。
ふたりは広大な公園に足を踏み入れた。
休みの日なのに人気はほとんどない。
(これじゃ目撃証言を聞く相手がいないな。場所を変えたほうが・・・)
そんなことを考えてた時だった。
「・・・」
風に流れて届いた微かな声。
「センパイ!」
「ああ、向こうだ!」
ふたり揃って気付いた。
駆け足で向かう。
次第に声がはっきりと聞こえる。
何かに抗うように感じるその声。
(間違いない)
秀一郎は確信を得て、その鼓動が早まる。
視界が開け、広場に出た。
その片隅に、いた。
男に囲まれ、その中のひとりに右手首を掴まれ顔をしかめている少女。
「奈緒!」
「あ、秀!」
声を輝かせる奈緒。
秀一郎の視線は自然と腕を掴んでいる男に向く。
「お前は昼間の!」
さすがに少し驚いた。
数時間前に沙織の結婚相手として現れたうだつの上がらない議院秘書、須田が奈緒の細腕を掴んでいた。
「なっ、あの生意気なガキか?」
須田も驚いているようだった。
「ということはお前がこの女の・・・ええい忌ま忌ましい!こんな女もう要らん!」
須田は乱暴に奈緒の腕を放すと、
バッシーン!!
右の平手で奈緒の頬を思い切り殴り付けた。
反動で奈緒の小さな身体は整備された公園の固い路面に叩き付けられる。
「テッメエ、なにしやがる!」
冷静な秀一郎の頭がカッとなる。
「やかましい!おいお前ら、このガキを徹底的に叩きのめせ!報酬は弾んでやる!」
須田も激昂して取り巻きに平然と犯罪行為を命じた。
それを請けた取り巻きの4人は秀一郎に嫌な笑みを向ける。
ひとりがごつい工具を振りかざして向かってきた。
普段の秀一郎ならまず冷静に対応策を練っただろう。
だが、今の秀一郎はキレていた。
真緒の静止の言葉がかすめたような気がするが、構わず突き進む。
男の鈍器が迫る。
(こんなもん、真緒ちゃんの動きに比べりゃ全然のろいし、単純だ)
鈍器を際どいタイミングでかわし、
バキイッ!!
渾身の右ストレートを相手の顎に入れた。
(まずひとり)
ふたりめが同じような鈍器で襲い掛かる。
(こいつも同じだ。全然のろい)
秀一郎は鈍器をかわしつつ、ボディに蹴りを入れた。
「ぐおっ!」
呻き声をあげた相手の身体が折れ、顎が下がる。
そこに渾身の回し蹴りを入れると、相手は吹っ飛んでいった。
(ふたり)
三人目はアーミーナイフを振りかざしてきた。
(こいつものろい)
とは思うものの、身体は大きな回避行動を採る。
本能が強大な危機を察知し、それが間合いに表れ、秀一郎の射程に相手が入らない。
(さすがにナイフはヤバイか。けどこのままじゃまずい)
そう思った時、
パアン!
「ぐっ?」
真緒の正確かつ鋭い蹴りが相手のナイフを持つ右手に入った。
相手も真緒に気を取られる。
秀一郎にはそれで充分だった。
一気に間合いを詰め、
相手がそれに気付いた時には、全体重をかけた右ストレートが入っていた。
(あとひとり!)
残ったひとりは秀一郎より小柄で武器も持っていなかった。
(こんな奴が最後か。これなら!)
秀一郎は勢いに乗っていた。
自信を持って最後の相手にパンチを放つ。
だが、
(当たらない?)
俊敏なフットワークを駆使され、秀一郎のパンチは空振りを続ける。
少し焦り出した時。
相手のボディブローが入った。
「ぐっ?」
苦痛が身体を走る、
が、なんとか堪えて射程に入った相手に右ストレートを撃つ。
(捕らえた)
と思った矢先だった。
突然、視界が大きく揺れ動く、
訳がわからないまま、身体全体に大きな衝撃が走る。
やがて視界が落ち着き、それが夕焼けに染まる空だと気付くのにしばらくかかった。
(俺は・・・やられたのか・・・)
顎が痛い。
(そうか、カウンターを喰らったんだ)
それに気付き、身体を起こそうと動く、
だが足がガクガクと震えて立てない。
相当なダメージだった。
とりあえず上体だけ起こし、首を振って状況を確認する。
秀一郎を倒した最後の相手と真緒が高速のフットワークの応酬を続けていた。
「あなた、ボクサーね?」
「そういうあんたは結構な空手の腕だな」
男がニヤリと嫌な笑みを見せる。
「空手やってる奴らはケンカも最強と思ってるみたいだが、空手はボクシングと比べて遅い。いくら威力があっても当たらなきゃ意味がねえ」
男が真緒に突進する。
「へっ、どうせ避けるしか出来ねえだろ!女ならすぐにバテて足が止まる・・・」
バキイッ!
真緒の拳が男の顔面に直撃した。
「なっ・・・」
驚く男。
男はフットワークを止めずに絶えず動くが、真緒の拳が当たり続ける。
「くっそ!」
男が大振りになった。
その瞬間を見逃す真緒ではない。
一瞬で移動し、
「ぐはあっ!」
男のこめかみに回し蹴りを入れた。
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