regret-16 takaci様

梅雨が明けて街に強い日差しが照り付ける。





多くの人が行き交う通りに、ひとりの美女が立っていた。





これが夕刻の繁華街だったら数分おきにナンパされること間違いなしだが、今はまだ昼前でここはオフィスビル街。





さらによく見ると少し普通の美女とは雰囲気が異なる。





レディーススーツとカジュアルの中間くらいの服装は、決して遊びにここに来ているわけでないのが伺える。





さらに持っているふたつの鞄。





ひとつは一般的なビジネスバッグだが、もうひとつ肩から下げている大きな鞄はあまりお目にかからない。





それがプロ向けの本格的なカメラバッグだと分かるのはごく一部の人間だった。





この美女はずっと固い表情だったが、行き交う人の中からこちらに向かう人影を見つけると、少し柔らかくなった。





その人物もこれまた美女で、優しい笑みを見せた。





「美鈴ちゃん、久しぶりね」





やってきた美女がそう声をかけた。





「東城先輩・・・いえ、東城先生、今日は一日よろしくお願いします」





しっかりと頭を下げた。





「いいよ、先生なんて堅苦しい呼び方しなくても。あたしたちは泉坂の先輩と後輩なんだから」





「は、はいっ。ありがとうございます!」





ニッコリと笑うその笑顔は、学生時代でもめったにお目にかかれないものだった。





外村美鈴は現在、フリーのジャーナリストという肩書を持っていた。





一流大学を出てそのまま一流企業に就職したが、人を見る目が厳しい美鈴には職場の上司は尊敬に値しない人物であり、それが態度に表れてしまった。





そうなると結果は日の目を見るより明らかで、すぐに辞表を書くことになった。





一度は再就職も考えたが、自分の性格は一般社会では長続きしないことを察すると、比較的自由に動ける今の仕事を選んだ。





もともと頭がよく、文才もあったのでジャーナリストという仕事には上手く馴染めている。





いろんな記事を書いているが、今日は美人人気小説家、東城綾の取材だった。





時間もちょうどよかったので、食事をしながら話をすることになり、近くに停めてある綾の車まで移動する。





「うわ、すごい・・・」





綾の車を一目見た美鈴の開口一番だった。





「ポルシェに乗ってるとは聞いてましたけど、ホントだったんですね。なんか迫力ありますね。羽根ついてるし」





「前のバンパーとウィングはGT3RS用を付けてる。派手なのは好みじゃないけど性能優先だから仕方ないかな」





綾はそう説明しながらポケットから取り出したサングラスを身につけた。





「えっ、先輩がサングラス使ってるんですか?」





驚く美鈴。





「日中で車に乗る時は必需品だよ。付けてたほうが運転しやすいんだ。似合わないってよく言われるけどね」





少し照れ笑いを浮かべ、車に乗り込んだ。





交通量の多い都内の道路は流れが悪く、車も止まりがちになる。





あと舗装もさほどスムーズではない。





「ゴメンねこんな車で。うるさいし乗り心地悪いでしょ」





このポルシェは超高速域の安定性を重視したチューニングがされており、ノーマルと比べてサスペンションがかなり硬くなっている。





特にこのような市街地の低速走行では路面の僅かな段差が乗員にダイレクトに伝わってくる。





「いえ、そんなことないですよ。オーディオの音だってちゃんと聞こえますし、乗り心地は確かに硬いですけど不快感は無いです。なんか不思議な感じですね」





「車に詳しい人はそう言ってくれるんだけど、いつも横に乗る人は不満なの。でもそれも仕方ないかなとは思ってるけどね」





「あの、いつも乗ってる人って、その・・・」





遠慮がちになる美鈴。





それを見た綾はクスッと笑い、





「美鈴ちゃんも今日の取材前にあたしの事、いろいろ下調べしたでしょ?あたしが今、誰と付き合ってるとかね。別に隠してる事でもないし」





「あ、はい。いろいろ聞きました。あと兄貴が情報通でそこからもいろいろ・・・」





「外村くんはあたしのことをあまり良く思ってないでしょうね。心をお金で買ったとか言ってるんじゃないかな」





「あ、いえ、そんなことは・・・」





美鈴はとても困ったような表情を浮かべている。





「いいよ別に、あたし否定しないから」





綾はサバサバとした表情でそう語った。





「あたし、その、聞いてます。真中先輩が背負った莫大な借金を東城先輩が肩代わりしたって。本当なんです?」





「淳平は不当で法外な借金を背負わされて本当に苦しんでた。しかも今まで支えてきた仲間にまで見捨てられて、ホントたったひとりで全てを抱えてた。そんな状況を知って放っておくなんてあたしには出来なかった」





「でもだからって全額払うのはやり過ぎじゃないですか?甘言を受け入れる真中先輩もどうかと思いますけど」





「あたしが押し切ったのよ。債権者からすれば誰が払うかなんて問題ない。債務整理出来ればそれでいいのよ。淳平が何か言い出す前に全部整理したの」





「なんか、東城先輩って変わりましたね。前はそんなに積極的じゃなかったです。今は真中先輩の事を下の名前で呼び捨てだし、だいぶイメージ違います。いや、あたしは今の東城先輩は好きですけど」





「なりふり構ってられなかったの。淳平が危機的状況であたしなら助けられる。しかも西野さんがいない。この機会を逃したらあたしは淳平の側にはいられない。もう必死で今の立場を手に入れたんだ」





「じゃあやっぱり東城先輩は、卒業してからもずっと真中先輩のことを?」





「淳平はあたしにとってかけがえのない存在。そんな男性は一生に一度出会えるかどうかよ。今の仕事を始めていろんな男の人に会った。言い寄る人も少なくなかった。でも淳平以上の人はいなかった。これまでも、これからもずっとね」





「先輩にとって真中先輩がとても大切な人ということはわかりました。じゃあいずれは・・・」





「そういう美鈴ちゃんはどうなの?」





「えっ?」





「美鈴ちゃんは真面目で堅い性格だから、ファッションでそんなところにリングはめないでしょ?」





綾はハンドルを握りながら美鈴の左手薬指に光る指輪に目を送る。





「あ、はい。春にプロポーズされて、年明けに式を挙げる予定です」





幸福いっぱいの笑みを見せる美鈴。





「おめでとう」





「ありがとうございます。でも東城先輩もそんな話があるんじゃないですか?」





「ううん。あたしのほうは全然だよ。それにあたしは今の状態が続けばいいの。今の美鈴ちゃんにこんなこと言ったら気を悪くするかもしれないけど、あたしは型にハマった幸せはいらない。今でもそれ以上に幸せだから」





「なんか真中先輩に腹が立ちます。ちょっとの勇気と決断で幸せが待ってるのに。なに考えてんだか」





「淳平は自由になりたいのよ」





「自由?」





美鈴の顔に疑問符が浮かび上がる。





「淳平はいま懸命にお金を貯めてる。あたしが肩代わりした分をいつか返したいって。あたしのしたことで淳平は負い目を感じてる。それを無くしたいってことだね」





「真中先輩ってそんなに律儀でしたっけ?複数の女の間をふらふらしてた優柔不断な男でしたよね」





「それも根は真面目で、自分よりまず相手のことを考えてたからだよ。相手の心を傷つけるのを嫌うし、土足で踏み込むような真似は絶対にしない。本当に優しい人なの」





「東城先輩は本当に真中先輩が好きなんですね。間違いなく世界で一番真中先輩への愛情は強いですよ。もっと自信持って下さい」





「そう言ってもらえると嬉しいな。けどあたしと同じくらい淳平を愛してる人はいるよ。もうひとり間違いなくね」





「えっ?」












チャイムが鳴る。





一日の授業が終わり、これから放課後。





「おーい佐伯、今日は一緒に帰れるか?」





正弘が秀一郎に声をかけた。





「いや、今日も来てるからダメだな。あっちはもう短縮授業だからな」





携帯を見ながらそう答える秀一郎。





「しっかしまあよく続いてるよな。あそこからここまで結構距離あるよな」





「まあ俺も正直驚いてるよ。じゃあ待たせると怒るから俺行くわ」





「ああ、じゃあまた明日な」





「ああ、じゃあな」





秀一郎は鞄と弁当箱を手にして教室をあとにした。





いつもなら弁当箱を真緒に届けてから帰るのだが、ここ数日は手にしたまま昇降口を出る。





下校時刻なので生徒の数は多い。





校舎脇にある掲示板の前に、他校の制服姿の小柄な少女が立っていた。





秀一郎はその少女に近寄り、





「よっ、お待たせ」





優しく声をかけた。





「秀、おかえりっ!」





満面の笑みを浮かべて秀一郎に飛び付く奈緒だった。





真緒とのデートの翌日から奈緒は頻繁に秀一郎の側にいるようになった。





授業が終わると芯愛から泉坂まで逢うためにやってきて、一緒に帰るようになった。





バイトが終わった後も時間を作って逢うようになっている。





どうやら真緒とのデートが奈緒にとってカンフル剤になったようだ。





「お前なあ、ただでさえ他校の制服で目立つんだから、もう少し大人しくしろよ」





抱き着く奈緒の頭を弁当箱でコツンと叩く。





「別に今更でしょ。どうせあたしたちのことはこっちでも知れ渡ってるんだからね」





奈緒は動じないが、秀一郎は他の生徒からの視線が痛かった。





「おおっ、見つけた見つけた!お熱いねおふたりさん!」





こんなふたりに元気よく声をかける女子の声。





振り向くと、





「なんだ御崎か。なんの用だ?」





秀一郎のクラスメイト、御崎里津子が立っていた。





「御崎って、あ〜あんたね!秀がロリコンだってデマ広めたのは!」





初対面の相手でも遠慮なく怒りを見せる奈緒。





「いや〜ゴメンゴメン。あたしも噂ってこんなに簡単に広まるなんて思わなくってさ。けど半分は当たってると思うなあ。制服着てないと中学生に間違われない?」





里津子も奈緒に対して遠慮がなかった。





ぷうと頬を膨らませる奈緒。





「ところで、改めて何の用だ?奈緒をからかうためだけに来たわけじゃないだろ?」





秀一郎がそう尋ねると、





「いや〜さすが佐伯くん、察しがいいねえ。実はふたりに頼みがあるんだよ。あたしの友達を救うために力を貸して欲しいんだ」





「友達を助ける?いったい誰だ?」





秀一郎は里津子に歩み寄る。





すると里津子は秀一郎を無視して奈緒にグイッと歩み寄り、





「奈緒ちゃん、あなたの大切な彼氏をちょいっと貸してくれないかな?」





と、とんでもない頼み込みを言い出した。





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