regret-17 takaci様
奈緒には独占欲が強い面があった。
自分の大切なものを他人に奪われるのを極端に嫌う。
たった一日でしかも日頃世話になっている実の姉にさえも恋人を貸すのを躊躇い、悩んだ末に出した苦渋の決断だった。
そんな奈緒に初対面の里津子が秀一郎を貸せと言ったら、
「なんで貸さなきゃならないのよ!絶対に嫌!」
と反発するのは必至だった。
だがそのあたりは里津子も承知しており、説得のためふたりを購買の席に案内した。
自販機でコーヒーを買い、ふたりの前に置くと、真剣な顔を見せてふたりの前に座った。
「あたしね、どうしても困っている友達を助けてやりたいんだ。そのためには佐伯くんの協力が必要で、彼女の君の了承が必要なんだよ」
「友達っていったい誰だ?話から推測するとクラスメイトの女子みたいだが」
「沙織よ」
「桐山が?何があったんだ?」
秀一郎の顔つきが変わる。
里津子は少し小声で、
「佐伯くんは沙織の両親が居なくて天涯孤独なの知ってる?」
と聞いてきた。
「あ、ああ。今はひとり暮らしで、親戚のおじさんから金銭的な援助を受けてるって」
「そこまで知ってるなら話早いよ。そのおじさんが沙織に縁談を持ち掛けてんのよ」
「縁談?マジで?まだ高2だぞ?早過ぎないか?」
「そう思うでしょ!けどそのおじさんって人は考えが古くて、こっちでひとり暮らししてるよりは早々に結婚して新しい家庭を築くべきって考えらしいのよ」
「またえらくアナクロな考えだな。で、桐山はどう言ってんだ?」
「当然のごとくそんな気はなし。沙織はここを卒業して、奨学金で大学に行って将来はルポライター目指してるの。結婚なんて考えもつかなかったって」
「じゃあ断ればいいじゃない!いくら世話になってても嫌なものは嫌と言うべきよ!」
奈緒は強い口調で一般論を口にする。
それを受けた里津子は困り顔で、
「そうやってハッキリ言える立場じゃないのよ沙織は。支援してくれてるおじさんって人も遠い親戚みたいなの。そんな人が今の沙織の生活を支えてて、その支えがないと沙織はこっちでの生活が出来なくなるの。沙織は弱い立場なのよ。でもだからって結婚相手を押し付けられるなんて嫌よ」
「ってことは、もう相手が決まってんだよな。その、桐山と結婚しようっていう男が」
「それがね、そのおじさんの地元の代議士の息子って奴らしいの。今はその父親の秘書やってるんだって。歳は30過ぎのオッサン。当然だけど沙織とは面識無し」
「うっわ、なんかキモい。いい歳して親の臑かじってる田舎のボンボンじゃん。マジキモい!」
露骨に嫌な顔をする奈緒。
「そうでしょ!あたしだってキモいし、沙織も同じ気持ちなの。そんな変なオッサンと結婚なんてしたくないのよ。普通の子なら誰だってそう思うわよ。わかるでしょ?」
「でも、そこになんで秀が出て来るの?話の内容からすると、どうせ秀にその桐山って女の恋人役でもさせようってつもりでしょ?」
奈緒の勘は鋭かった。
「そう。恋人役が望ましいけど、それが無理ならせめてフリーだって事にして欲しいの。いくら縁談でも最後は当人の気持ち。沙織に好きな人がいるなら断るには充分な理由。でもその好きな人にもう彼女がいるとなると難しくなっちゃう。先が見えない恋より、確実な縁談を奨められちゃう。だから協力してほしいの」
必死な表情で頼み込み里津子。
「ちょっと待て、話の大筋はわかった。でもなんで俺なんだ?」
「そうよそうよ。別に秀じゃなくても誰でもいいじゃない。例えばほら、正ちゃんとかさ」
「まず佐伯くんが沙織にとって唯一の男友達なこと。それと佐伯くんなら向こうの相手に充分対抗出来るかなって思ってね」
「はあ?」
秀一郎は里津子の言葉の意図が分からない。
「佐伯くんてレベル高いのよ。頭良くて弁護士志望でもうそんなとこでバイトまでしてる。しかも度胸もあってケンカも強い。意外と女子の間では人気高いのよ」
「おいおい、俺は別に頭良くないしケンカだってほとんどしたことないぞ。そんなこと言われても全く実感ないけどなあ」
里津子は奈緒に目を向け、
「バックにあの子、あなたのお姉さんがいるでしょ。だからみんな声かけ辛いってのが現状よ。もしあのお姉さんがいなかったらいろんな女子から誘われて、あなたの今の立場はないかもしれないよ?」
厳しい指摘を入れる。
「そ、そんなことないもん!あたしと秀は強い絆で結ばれてるんだからね!たとえ学校が違っても、お姉ちゃんがいなくても絶対に浮気なんかさせないもん!」
「ふうん、そんなに自信あるんだあ」
奈緒の態度を見た里津子は嫌な笑みを浮かべた。
「そ、そうだよ!自信満々だよ!秀だって絶対に浮気なんかしないよね!ねっ!?」
「あ、ああ」
そう答えるしかない秀一郎。
「じゃあ一時的にちょっと彼氏をフリーにするくらいどうだっていいでしょ?」
「うっ?」
詰まる奈緒。
(御崎の誘導尋問にハマったな)
そう分析する秀一郎だった。
結局、里津子の作戦勝ちの結果となり、奈緒は秀一郎を一時的に自由の身にすることに同意してしまった。
ただ、姉の真緒の監視付きが条件となり、さらに奈緒と里津子の間でいくつかの交渉が交わされたようだった。
話が始まってからこの交渉が終わるまで、秀一郎の意思が汲み取られることはなかった。
(俺、やるともやらないとも言ってないよなあ。勝手に話が進んでやることになってる。まあ、いいか。桐山の力になれるのならな)
不条理を少し感じながらも自らを納得させる秀一郎だった。
翌日の放課後、
今日は部活が休みの文芸部室に関係者が集まった。
当事者の沙織と話を持ち掛けた里津子、この話を受けた秀一郎に、奈緒からお目付け役を請け負った真緒。
「みんなゴメンね。あたしのことで迷惑かけて」
まず沙織が頭を下げた。
「気にしないでよ沙織!あたしたち友達だよ!困った時はお互い様だよ」
「そうだよ桐山、気にするな」
明るく励ます里津子と秀一郎。
「でもやっぱり申し訳なくて、真緒ちゃんまで巻き込んじゃって」
とにかく申し訳なさ気な沙織。
「いえ、あたしも桐山先輩の気持ちわかります。いくら親代わりの人でも他人が選んだ相手と結婚なんて嫌です!あたし桐山先輩応援します!」
この中では最も部外者の真緒が一番積極的だった。
「で、具体的にはどこまで話が進んでるんだ?」
秀一郎が本題に入る。
「おじさんがこの話に本当に乗り気で、どんどん進めてるの。それで、今度の週末に相手の人があたしに会いにこっちまで来ることになってて・・・」
そう話す沙織は本当に困り顔を見せた。
「で、その相手の写真とかは?」
興味津々の目で里津子が尋ねると、沙織は静かに首を横に振る。
「えっ、知らないの?」
驚く秀一郎。
里津子も真緒も同様の表情を見せる。
「相手の人はあたしを知ってるみたいなの。お母さんの葬儀に来てたみたいで、調べたら参列者名簿に名前が載ってた。けどあたしは全然覚えてないの。泣いてばっかりで人の目なんて気にする余裕なかった」
「そりゃそうだろ。葬式に来た人の顔なんていちいち覚えてられないだろ」
(ましてや唯一の親を失ったんだ。そんなことに気が回るわけねえ)
秀一郎の胸がぐっと締め付けられる。
「ひょっとして、その相手の人、誤解しちゃったのかもしれませんね」
真緒がぽつんとそう漏らすと、他の3人の視線が集まった。
「桐山先輩って綺麗な人で、そんな人の泣き顔を見たらたくさんの男の人の心が揺れると思うんです。庇護欲がそそられるって言うんでしょうか」
「それは一理あるかもな」
頷く秀一郎。
「センパイも弱いですよね?奈緒の泣き顔に」
「ま、まあ、大概の男なら女の子に泣かれると弱いだろ。だから俺は泣かせたら負けだと思ってるけどな」
「ふうん。やっぱり佐伯くんて優しいね」
感心顔を見せる里津子。
秀一郎は少し照れながら、
「お、俺のことはいいだろ。それより本題だ。で、どうするんだ?週末にはその相手の男が来るんだろ?どう対応する?」
「来るんだったら会うしかないと思うけど、沙織ひとりで会わせるのはちょっと不安だな。沙織って圧しに弱い面があるから、向こうにペース握られるとまずいかも」
里津子がそう言うと、
「うん、あたしもそうなりそうな気がする」
心配顔の沙織。
「じゃあまずあたしが会ってみようかな?沙織は急用で都合が悪くなったって事にしてさ。どうせ田舎のボンボンだからうろたえて情けない面を見せるんじゃないかな。んでそこに隠れてた沙織を出して、精神的にダメージ与えるのよ!」
「いや、それは甘い。相手は大人で曲がりなりにも議員秘書だろ。バイト先でもそういう人をたまに目にするけど、海千山千の奴らばかりだ。一筋縄ではいかないと思ってたほうがいい。それと適当な理由付けて会わせないのは反対だ。結果を先延ばしにするだけだし、桐山の立場も悪くなる」
秀一郎が里津子の案に駄目出しを入れた。
「そっかあ。じゃあどうしよう?」
「うーん・・・」
頭を捻る秀一郎、沙織、里津子の3人。
「あの、あたし思い付いたんですが・・・」
そこに真緒が遠慮がちに切り出した。
そして、週末が訪れた。
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