regret-15 takaci様
日曜の朝。
待ち合わせ場所に好適な駅前には人影が目立っていた。
秀一郎は指定の場所に向かいながら腕時計に目を落とす。
(9時50分か)
待ち合わせ時間は10時なのであと10分ほどある。
秀一郎は時間にルーズなタイプではなく、大体時間は守る。
どちらかと言えば奈緒のほうがルーズだが、他人の時間と行動には口煩く秀一郎が先に待ち合わせ場所にいないと怒る。
そんな奈緒と付き合い出してからは自然と先んじて行動するようになった。
人の多い駅前に着いた秀一郎は一通り辺りを見回した。
(ん?)
見覚えのある小柄な人影が立っていた。
ただ服装はいつもの身軽な装いではなくどこかお洒落をした感じで、つばの長い白の帽子が大きく印象を変えている。
一目見て別人かと疑った。
だが改めて見ると、本人で間違いない。
慌てて駆け寄った。
「真緒ちゃん」
「あ、センパイ、おはようございます」
いつもより三割増しの魅力を放つ笑顔だった。
「ごめん、待った?」
「いえ、あたしもいま来たとこです」
「でも驚いた。一瞬別人かと思ったよ」
「えへへ、ちょっと気合い入れました。いつもとは違う感じで、でも奈緒とも違う方向性を目指したんですけど、どうですか?」
「うん、似合ってるよ。けど俺なんか普段のまんまだもんな。なんか悪いな」
「そんなことないです。センパイ違いますよ」
「え、そう?」
と言われても大きく印象を変えている自覚はない。
真緒は少し複雑な笑みで、
「時計が、いつものとは違います」
と言った。
「あ、そんなとこまで気付いたんだ」
驚く秀一郎。
いま身につけている時計は奈緒とのペアウオッチではない。
数日前の朝、ファーストフード店でのミーティングの翌日、
一番に奈緒からメールが入った。
「今度の日曜にお姉ちゃんとデートしなさい。その日一日だけはあたしのことは忘れておもいっきり楽しませてあげて」
という一文だった。
ならば、という事で秀一郎はペアウオッチを外した。
奈緒の事を表に出さないために。
気付かれないと思っていたが、真緒はちゃんと気付いていた。
「まあ、せっかく奈緒がくれた機会なんだ。今日は奈緒のことは忘れてふたりでぱっと楽しもう」
「はいっ!」
元気よく答えた真緒。
そしてふたりは歩き出した。
ここは待ち合わせ場所には最適であり、恋人達もそれなりに目が付く。
秀一郎たちの後を追うように、ふたつの姿が歩いていった。
「うわあ・・・」
目を輝かせる真緒。
デートの場所に選んだのは遊園地だった。
デートにしては定番だが意外にも秀一郎はここに来るのは初めてだった。
「センパイって絶叫マシーン駄目ですか?」
「駄目ってわけじゃないよ。まあ好き好んで乗るほどでもないけどね」
「奈緒は好きですよ。でもなんでここに来ないんだろ?」
「いつでも行ける場所はあまり行きたがらない。なんか期間限定のイベントとかが好きであちこち引っ張り回されてるよ」
「そっか。それで定番の場所が避けられちゃってるんですね。でもよかった!センパイも初めての場所で!」
とにかく真緒は楽しそうだった。
秀一郎の心も和む。
「さあ、まず何から乗る?」
「じゃあメインデイッシュは後にとっておいてまずは肩慣らしで・・・」
ふたりは楽しそうなアトラクションに向かった。
遊園地は人を楽しい気分にさせてくれる。
絶叫系でおもいっきり叫べばスッキリするし、和み系は心が温かくなる。
建造物や出店なども遊び心満載で見てるだけで楽しくなる。
ふたりはいろんなアトラクションを楽しんで、心の底から笑った。
まるで恋人同士のように。
「ふう、結構いろいろ乗ったよなあ」
オープンテラスのカフェで一息つく秀一郎。
「そうですね。でもまだメインデイッシュ残ってますよ」
真緒はまだ元気いっぱいだ。
「でもよかったよな。天気もいいしそんなに暑くないし、賑やかだけどうんざりするほど混んでるわけでもない。ちょうどいい感じだな」
「そうですね」
ニッコリと微笑む真緒。
だが、
「これで、あのふたりがいなければもっと楽しいですけど」
何か含みのあるようにそう漏らした。
その含みを秀一郎は察知し、
「真緒ちゃんも気付いてた?」
少し固い表情でそう尋ねた。
「朝からずっと視界の隅で同じ人がいるんですから、普通の人なら気付きます。尾行下手ですねあのふたり」
「まあ、俺たちと同じ時間、同じ場所からここに来たってことも考えられなくもないけど、ちょっと一緒に居すぎだよな。大概のアトラクションに加えて昼飯の場所まで一緒だったもんな。つかず離れずの場所でさ」
秀一郎は真緒を視線の正面に捕らえながら、視界の隅に注意を向けた。
少し離れた席に自分たちと同じ年頃に見える男女ふたりの姿を確認した。
一見デート風にも見えるが、秀一郎たちの後を追うように行動している。
明らかにおかしい。
「けどどうする?うっとうしいけど向こうから仕掛けてくる気配はない。だからってこっちから動いてもシラを切られる気がするな」
秀一郎が頭をひねると、
「ちょっと揺さ振ってみましょうか?」
真緒が悪戯っぽい笑みを浮かべた。
席を立つ秀一郎と真緒。
その様子を少し離れた席から見ていたふたりも少し間を置いて席を立ち、後を追う。
間にいくつかの人影を取り、悟られないように。
園内は人こそ多いものの、ブラインドになりそうな建物はあまりない。
多少離れていても、見失うことはなかった。
秀一郎たちが通路を曲がり、建物の死角に消えた。
この園内では数少ないブラインド。
少し駆け足気味になる。
通路を曲がる。
「!?」
表情が変わった。
秀一郎たちの姿を見失った。
辺りを見回すが、どこにもいない。
ふたりは二言三言交わすと、二手に別れた。
人込みを掻き分けて進む男の表情からは少し焦りが感じられる。
男は周囲を見回しながら駆け足で進み、いくつかの角を曲がった。
だが見当たらない。
どんどん駆け足が速まり、周囲への注意も散漫になる。
大きな建物の角を曲がると、
「うっ!?」
驚きで絶句し立ち止まる。
「はい、お疲れさん」
秀一郎が全てを見透かしたような笑みで立っていた。
「くっ!」
男は慌ててきびすを返す。
が、
「うっ!」
真緒が行く手を遮っていた。
こちらは厳しい表情で、キッと強い視線で睨みつける。
行き場を失った男が諦めるには充分だった。
「わ、悪かった、悪気はないんだ」
男はその場にへたりこんだ。
「あなた、誰の差し金なの?」
「そんなん関係ねえ、俺達が勝手に動いたんだ。菅野さんは関係ねえ」
「菅野?あいつの仲間なの?」
「誤解だ。菅野さんはあんたに、瞬動には一切手を出さない。あくまで俺の独断だ」
「じゃあお前ひとりで真緒ちゃんの首を狩りに来たのか?」
秀一郎がそう詰め寄ると、
「じ、冗談じゃねえ!菅野さんが手に負えない相手じゃ俺たちが束にかかっても勝てねえよ。瞬動に加えて前衛のあんたが居ちゃどうにもならねえ。俺はそこまで頭のネジはぶっ飛んでねえ!」
(前衛か、俺はそんな風に思われてるのか)
心の中で苦笑いする秀一郎。
ここで、この男と行動を共にしていた女もやってきた。
「あっ!?」
当然だが驚く。
「まあ、俺たちもあんたらをどうこうするつもりはない。けど話は聞かせてもらうぞ」
秀一郎がそう言うと、男は固い表情で頷いた。
場所を変え、売店の脇のベンチにこのふたりは座らされた。
その前に秀一郎と真緒が立っている。
そんな状況で男の話が始まった。
この村瀬という男は芯愛高校の1年生で奈緒とは別クラス。一緒にいた女は実の恋人で同級生。しかもこちらは奈緒のクラスメイトだった。
村瀬はやはり菅野と関係があり、先輩が菅野の仲間との事だった。
「菅野さんは確かに怖がられてるけど、スジは通す人だ。曲がったことが嫌いだし、弱いものイジメなんて陰険な真似は絶対しねえ。話せば言うほど怖い人じゃねえんだ。特に姉さんとの事があってからは円くなった」
「姉さん?ひょっとして奈緒のことか?」
秀一郎は奈緒が正弘に話していた言葉を思い出した。
「ああ・・・」
そこからの男の話には秀一郎は驚くばかりだった。
あの一件以降、奈緒は菅野らと顔なじみになり、校内で高い頻度で話をする間柄になっていた。
芯愛の生徒からの奈緒の評判は「一本筋の通った気の強い女」
相手が素行の悪い問題児でも指導教師でも気に入らないことはハッキリ口に出す。
しかも面倒見がいいので、多くの生徒が慕っているとの事だった。
特に菅野らの信望は厚く、
「うちの先公どもは腐った奴らばっかだ。何かにつけて菅野さんたちにイチャモンつけてくる。けど姉さんはそんな先公にも話つけてくれるし、バカな俺達にいろいろ知恵つけてくれた。姉さんに助けられた奴は多い。俺達は姉さんについて行くって誓ってんだ」
(奈緒って学校ではそんなに人望あったんだ。前は好き嫌いがハッキリ別れる女だったんだけどなあ。けどマジで姉さんって呼ばれてんだ)
そう聞いていたものの、あれは正弘を脅かすための奈緒の作り話だと思っていた秀一郎はすっかり驚いていた。
「でも最近、姉さんの様子がおかしかったんだ。気になってたら、コイツが今日の事を掴んだんだ」
と、男は隣に座る女に目線を飛ばした。
「あたしも小崎さんにはいろいろ良くしてもらってるの。小崎さんはいつも明るくてホント励まされるんだ。でもそんな小崎さんがここ数日は大人しくて不安げな表情で・・・あたし気になって尋ねたら、大切な恋人を一日だけお姉さんに貸すことになって、それが不安だって言ったの」
「え?」
また驚く秀一郎。
真緒の表情も変わった。
女は話を続けて、
「小崎さんのお姉さんは恋愛に不慣れで男の子との接し方もまだ知らなくて、そんなお姉さんに少しでも男の子に慣れてもらうためだって言ってた。けど不安で・・・当たり前よ。たったひとりの大切な人をいくら姉妹の間柄でも、やっぱり嫌よ。だって男の子だもん。何もないという保証はないわよ」
「俺は姉さんの姉が瞬動だって知ってたし。姉さんの恋人があんただって事も知ってる。俺達はあんたにも一目置いてる。何より姉さんが認めた男だし、たったひとりで菅野さんたちに刃向かってきた。その度胸はすげえと俺も思ってる」
「そりゃどうも」
まさかこんなところでこんな相手から褒められるとは思ってなかった秀一郎。
「けどあんたという男が完全に分かってるわけじゃない。万が一がないとは言えねえ。人のデートを監視するなんて嫌だけど、姉さんが傷つく姿は見たくねえ。だからこいつと相談して、そっと様子を伺おうって決めたんだ。完全に俺達の独断だし、このことは他の誰も知らねえ」
「分かった。じゃあ改めて言うけど、俺だって奈緒を泣かせるような事はしない。お前らの言ってる万が一なんて絶対にしない」
秀一郎がそう言い切ったので安心したのか、このふたりは全てを話し終えたらあっさり引き上げた。
秀一郎はそんなふたりのあとを目で追いつつ、
「はあ、結局奈緒が絡んでたのか。全く・・・」
ため息が出た。
「でも、奈緒の気持ちも分かります。たぶん身を切るような思いだったんじゃないかな。あの子って自分のものを取り上げられるのをものすごく嫌うから」
「それは大袈裟じゃない?俺ってそんな扱い受けてないと思うけど?」
「センパイは見てないですから。奈緒の影の努力を」
真緒は真顔でそう言うものの、実感は沸かない秀一郎だった。
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