regret-14 takaci様
梅雨の時期特有のジメッとした空気が身体にまとわりつく。
空模様も青空が見えない。
短いサイクルで天候が変わりつつも日に日に気温が上がっており、夏が近いことを感じられる。
朝。
秀一郎はいつものように学校に向かう通学路で足を進めていた。
(ん?あれは・・・)
見覚えのある小柄な泉坂高校のセーラー服姿を見つけた。
小走りで駆け寄る。
「よっ真緒ちゃん、おはよ」
「あ、佐伯センパイ、おはようございます」
にっこりと微笑む真緒。
笑顔がとても絵になる少女である。
だが秀一郎は、
「真緒ちゃん、どうしたの?なんか元気ないみたいだけど」
その笑顔がいつもとは異なるように感じた。
「そ、そんなことないですよ。あたしはいつも通りです」
少し慌てた感じで隣の秀一郎に顔を向けたまま小走りで駆け出す。
すると、
ドンッ。
前を歩く男子生徒の背中にぶつかってしまった。
「痛えなコラぁ!」
いかにもガラの悪そうな男だった。
「すみません!」
ペコリと頭を下げる真緒。
このような状況ではガラの悪い男ならつけあがるのが常套だが、
「お、お前は1年の小崎・・・あの芯愛の菅野をシメた・・・」
真緒を見て震え上がっていた。
「あ、あの・・・」
その態度に戸惑い真緒はおずおずと手を挙げる。
すると男は敏感に反応して、
「ひえっ!俺が悪かった!だから許して〜!」
叫びながら去っていった。
「なんだありゃ」
呆れる秀一郎。
「最近、あんな感じなんです。ほとんど全ての男子があたしを恐がってるみたいて・・・」
真緒は元気のない表情を見せていた。
「とゆーわけでお前ら、責任持ってなんとかしろ」
腕を組んで秀一郎が一喝した。
「んなこと言われてもなあ・・・」
隣に座る正弘は非協力的な態度を示す。
「お姉ちゃんのためなら協力するけど、あたし他校だよ。どうすんの?」
向かいの奈緒は戸惑い顔だった。
奈緒の隣には真緒がしょんぼりと座っている。
放課後、駅前のファーストフード店での緊急会議を秀一郎が召集した。
秀一郎は、
「いいか、そもそもこうなったのは奈緒が芯愛で騒ぎを起こしたのが発端だ。さらにそのことをウチの学校に広めたのは若狭だ。責任はお前らにある」
と言い切った。
「ちょっとあんた、またヘンな噂広めたの!どんだけ口が軽い男なのよ!」
正弘に対して怒る奈緒。
「お、俺はただちょっと真緒ちゃんの凄さを伝えたかっただけだっつの。こんな風になるなんて思いもしなかったんだよ」
正弘の弁明はどこか力がない。
「そんな浅はかな考えが女の子を傷つけるのよ!あたしだけじゃなくお姉ちゃんまで傷つけるなんてホント最低」
「ちょっと待て!俺がいつ奈緒ちゃんを傷つけたんだ?俺が傷つけられたことはあっても逆はねえぞ!」
「秀がロリコンだって広めたのあんたでしょ。あたしすっごい傷ついたんだから」
「いや、それ事実だろ?」
正弘の口は軽かった。
言わなくてもいい事を口にしてしまう。
「あんたねえ、それはあたしらが幼く見えるって言ってるようなもんなのよ。あたしもお姉ちゃんも気にしてんの。ホント地獄に送ってやろうか・・・」
奈緒が凄まじい怒りのオーラを放つ。
「地獄って、なんだよ?」
「ふん!あたしねえ、あの菅野を含めてその仲間たちから[アネさん]って呼ばれてんのよ。まあ迷惑だけど結構慕われてんのよ。あたしが気にいらない奴がいたらシメあげるって言ってくれてんの。けど女の子には手を出せないらしいから男限定だけどね。あたしが一言あんたの名前を菅野たちに・・・」
正弘は声を失い、みるみる顔色が悪くなっていく。
「コラ、それくらいにしておけ」
じっとやり取りを聞いていた秀一郎が向かいの奈緒をゲンコツで軽く小突いた。
「いったあい」
とは言うもののオーバーアクション丸出し。
「いいか、俺たちはこれから真緒ちゃんのために共同戦線を張る仲間なんだ。一方的な抑圧はするんじゃない」
「わかった。秀が言うならそうする」
奈緒は大人しく引き下がった。
「へえ、やっぱ彼氏には逆らえないか。かわいい面もあるじゃないか」
ここで調子に乗らなけれはいいのに正弘は調子づく。
「うっさい」
やや頬を赤くしながら不機嫌そうにあしらう奈緒。
「ふーん、奈緒ちゃんっていわゆるツンデレキャラなのかな?いつもはツンツンしっぱなしだけど彼氏の前だとデレるわけか。なんかわかりやすいな」
「そんなことはどうだっていいわよ。それより本題。お姉ちゃんを恐がらせない方法だけど、ゴメン、あたし全く思い浮かばないよ」
これまた奈緒がキツい言葉を発した。
「お前、あっさり言うな」
呆れる秀一郎。
奈緒の隣の真緒は少なからずショックを受けていた。
「けど事実としてお姉ちゃんの異名の[瞬動]が恐れとともに広まってる。特にやられた菅野みたいな奴らは尊敬っていうか羨望の眼差しで見ている。ここまで有名で大きな名前を隠そうとすること自体が無理あると思うな」
「だから別に隠す必要はないんだ。真緒ちゃんが別に恐くない普通の女の子だってことが広まればいいんだ。多少ケンカが強くても性格は優しいんだからさ。その辺をアピール出来ないかな?」
「うーん、でもそれはお姉ちゃん自身のほうで何とかしないとダメっていうか、志の問題だと思う。あたしが出来るのは菅野たちにお姉ちゃんの武勇伝を話さないようにって口止めするくらいよ。あとは泉坂側でなんとかするしかないでしょ」
「まあ、そう言われればそうだな。真緒ちゃんの志か・・・」
ここで秀一郎は再び真緒に目を向けた。
相変わらず黙って俯いている。
「真緒ちゃん、ひょっとして迷惑だった?」
秀一郎には真緒が困っているように見えた。
「あ、いえ、そんなことはないです。とても嬉しいんですけど、でもやっぱり恐がられるのは仕方ないかなって思ってるんです。嫌なんですけど、でもどうしようもないのかなって・・・」
ますます暗くなる真緒。
「お姉ちゃん、それじゃ何も変わらないよ」
奈緒がそう励ますものの、
「うん、でも何かして、それで変わればうれしいけど、それ以上に何も変わらないのが怖い。そうなったらあたし立ち直れないかも・・・」
真緒の本心は弱気だった。
「う〜ん」
悩みで言葉が出ない秀一郎。
逆に正弘は、
「うん、真緒ちゃんかわいいよ!そのおしとやかで大人しいところなんか女の子らしくてとてもいいよ!妹とは大違いだ!」
「秀も一言多いけど、あんたは三言ばかり多そうね」
怒る奈緒を無視して、
「ねえ真緒ちゃん、試しに俺と付き合ってみない?」
と言い出した。
「ええっ!?」
驚く真緒。
「いや、お互いのことはあまり知らないし、恋愛感情とかはまだないと思うけどさ、とりあえず仲良く一緒に居るようにしてお互いをよく知るようになればきっといい・・・ゲハッ!?」
奈緒がトレイで正弘の横っ面をおもいっきりぶっ叩いた。
その反動で正弘は椅子から転げ落ちる。
「いきなりなにぬかしてんのよ!このエロ変態!」
気持ち悪い虫を見つけたような目つきで罵った。
「さ、佐伯、自分の彼女の管理はきちんとしろよな。ちょっと凶暴過ぎるし教育的指導が必須だぞ」
奈緒には何を言っても無駄と悟ったか、正弘は秀一郎にクレームをつけてきた。
「かばうつもりはないが奈緒は好き嫌いがはっきりしてるだけだ。気分屋でコロコロ変わるしな。まあだからと言っても今のはやり過ぎのような気もするがお前も悪い。どさくさ紛れになに言ってんだ?」
秀一郎も不快感をあらわにする。
「あの、若狭センパイ、気持ちはその、うれしいんですが、やっぱり好きじゃない人と付き合ってみるなんて、あたしには無理です」
真緒が申し訳なさそうにそう告げると、
「ほら、またお姉ちゃんに嫌な思いさせてる!お姉ちゃんは人の好意を受けないとか頼みを断るとかそういうのすっごい嫌うんだからね!ホント最低中の最低!」
奈緒が追い撃ちをかけた。
「佐伯、俺の認識が甘かった。妹だけじゃなく姉も結構容赦ないな・・・」
正弘はベッコリと凹んでいた。
「まあ、若狭のことは一旦無視して、」
秀一郎も冷たかった。
「真緒ちゃんの気持ちもわかった。確かに怖いってのもわかる。けどだからって今でも辛いだろ?時が経てば自然と収まることならともかく、放っておくとドンドン尾ヒレが付いてひどくなる可能性が高い。そうなったらますます辛くなるよ?」
「そう、ですよね。正直もうあんな目で見られたくないんです。仕方ないかなと考えるようにしても、やっぱり辛いです。あたし、普通の女の子のように見て欲しいです。普通に仲良くなって、普通に恋愛して、そんな普通の女子高生になってみたいです。そう、奈緒みたいに・・・」
真緒は妹に羨望の眼差しを向けた。
その様子を見ていた正弘は、
「ねえ、真緒ちゃんって誰かと付き合ったことってないの?」
「あ、はい。あたしは全然・・・」
「じゃあ男と一日デートとかは?」
「そんな、デートなんてしたことないです。けど、なんか憧れます」
顔を赤くしてそう答えた。
「じゃあさ、試しに佐伯あたりと一日デートしてみれば?価値観っつーか考え方が変わるかもしれないよ?」
「ええっ!?」
また驚く真緒。
「ちょ、おま、なに言い出すんだ?」
秀一郎も慌てる。
正弘はそんなふたりを見ながら、
「まあ俺じゃ役不足としても、佐伯ならいいんじゃないか?何たって妹の彼氏で少なくともいろいろ知った間柄だ。ちょっとした恋人気分で一日過ごすのも悪くないんじゃないか?」
「で、でも、佐伯センパイは奈緒の彼氏なんですよ?」
「まあそれは一旦置いといて、真緒ちゃんは佐伯をどう思う?デートの相手として不満かい?」
「そ、そんなことないです。その、素敵な人だと思います」
顔を真っ赤にして答える真緒。
それを聞いた秀一郎の顔も少し赤くなる。
「じゃあ佐伯はどうだ?真緒ちゃんに不満ある?一日も一緒に過ごしたくないか?」
「そ、そんなわけねえよ。真緒ちゃんはいい子だよ」
真緒の顔がさらに赤くなった。
「よし、じゃあほぼ決まりだ。この二人が一日デートしてみる。あとは奈緒ちゃんが了解すれば万事解決。どう?」
正弘はここでようやく奈緒に顔を向けた。
秀一郎も、真緒も奈緒の様子を伺う。
奈緒はほんの少し不満げに見える表情で俯いていて、
勢いよくコーラを取ってストローで一気飲みして、
バンと大きな音を立てて空になったカップを置いた。
「・・・一晩考えさせて・・・」
低く、どこか迫力を感じさせる声でそう答える奈緒だった。
NEXT