regret-13 takaci様
6月。
夏至が近く陽が長い。
梅雨に入っているが、今日は中休みでよく晴れた土曜だった。
郊外にある広大な霊園。
[小崎家之墓]と彫られた墓石の前で丁寧にしゃがんで手を合わせる奈緒。
その傍らに立つ秀一郎は奈緒の様子を見て、自分も静かに手を合わせた。
「そういえば去年も来たよな?墓参り」
「うん、ホントはちゃんと命日に来たいんだけど、さすがに平日は来れないから。なんかおばあちゃんに申し訳ないな」
霊園の通路を歩きながら話すふたり。
「奈緒はおばあちゃん子だったんだよな」
「うん。おばあちゃん優しくて、いっつも甘えてた。だからおばあちゃんが天国逝っちゃった時は凄く落ち込んだよ。もう4年になるのかあ」
空を見上げる奈緒。
「けど墓参りって家族全員で行くものじゃないの?」
「まあそうかもしれないけど、ウチの場合はお父さんが決まってこの時期は仕事で海外だからね。だからあたしが家族代表みたいな感じ」
「奈緒の親父さん、フランスだっけ?」
「うん、毎年決まってこの時期にしてるレースの取材」
奈緒の父、小崎真也はモータージャーナリストでその世界では名が通っている。
いろいろ楽しく雑談しながら出口に向かうふたり。
広大な敷地なので、たどり着くまで時間がかかる上に丘陵地にあるので急な坂や階段の上り下りがもれなくセットされている。しかも暑い。
ふたりの額には汗が吹き出している。
そんな中で、秀一郎は妙な光景が目に入った。
「ん?」
「どうしたの秀?」
「あれ、ウチの制服だ」
秀一郎が指差した先には、泉坂高校のセーラー服の姿があった。
「えっ、冬服?」
それを見つけた奈緒も驚く。
今は6月。
制服も白の夏服に変わっている。
季節外れの冬服を身に纏った女子がこちらに振り向いた。
「あれ、桐山?」
間違いなく沙織だった。
沙織も秀一郎たちに気付き、微笑みを浮かべ木製の水桶を提げながら向かってきた。
「こんにちは。佐伯くんもお墓参り?」
「ああ。桐山もか?」
「うん、今日はお母さんの命日だから」
「そっか、じゃあその恰好は喪服代わりか」
「うん、あたしちゃんとした喪服持ってないから」
「いや、でも俺たち学生はそれでいいんじゃないか?俺も持ってないし」
「ねえ秀、モフクってなに?」
ここで奈緒が不機嫌そうな声で割って入って来た。
「は?お前喪服知らないの?命日って言葉知ってるのに?」
驚くと言うか、呆れる秀一郎。
「うん」
「あのなあ、喪服ってのは葬式とか法事とか、故人を偲ぶ行事の時に着る黒い服の事」
「ああ、あの暑そうな服ね。でもあたしも持ってないよ」
「俺たち学生は、そういう時は制服を着るのが通例。一応俺たちの正装だからな。てかお前もおばあちゃんの葬式の時に着たろ?ちょうどこれくらいの時期に」
「あ、そういえばそうだったような・・・でも確か雨降ってたからあまり暑かった覚えは・・・ないと思う」
「ったく、相変わらずお前はもの覚え悪いなあ」
「ふん!どーせあたしは頭悪いですよ〜」
最後はふて腐れる奈緒だった。
だがすぐに話を切り替えた。
これが奈緒のいい所でもあり、悪いところだ。
「ところで秀、この人誰?クラスメイト?」
沙織を指差し、尋ねた。
「ああ、同じクラスの桐山だよ。お前と違って頭いいぜ」
「そ、そんなことないよ」
沙織は慌てて手を振り、
「は、はじめまして。桐山沙織です。あなたが小崎奈緒さんね?」
と、奈緒に笑顔を向けた。
「えっ、あたしの事知ってるの?なんで?」
驚く奈緒に、
「佐伯くんに恋人がいるのは知ってるし、あなたの名前も佐伯くんから聞いてる。あといつもお弁当届けてる双子のお姉さんにそっくりだったから。たぶんそうだと思って」
沙織は笑顔で答えた。
「ま、見た目はそっくりでも中身は別人だけどな」
「ふん!どーせあたしはお姉ちゃんみたいに素直じゃないよ!秀行くよ!」
「あ、おい待てよ?」
突然スタスタとこの場から去ろうとする奈緒に驚き、
「ゴメン桐山、またな」
沙織に一言詫びを入れ、秀一郎は後を追った。
「おい奈緒、待てって!」
追い付いた秀一郎が呼び掛けるものの、奈緒は無視してただ歩みを進める。
「なんだよ、ちょっとからかっただけだろ?いつものお前なら絡んでくるのにさっきのは何だよ?まるで桐山を無視したみたいじゃないかよ」
「したみたい、じゃなくて、したのよ」
「は?」
「なんかあの女ムカついた。不幸な優等生ぶっておまけに上から目線でさ」
「いや、桐山はそんな奴じゃないぞ。それに物理的に上から目線に見えただけじゃないのか?」
一般的な女子高生の背を持つ沙織からは、小柄な奈緒には上から見下ろす形になる。
「そんなんじゃないわよ。とにかくあーゆー女は嫌いなの」
奈緒は不機嫌な表情を崩さない。
「わけわかんねえよ。桐山ってごく普通の女の子だぞ。なんか偏見あるんじゃないのか?」
秀一郎には今の奈緒の気持ちは分からない。
「そうかもね。ねえ秀、あの女ってただのクラスメイト?それとも友達?」
「桐山は・・・友達だ」
ただのクラスメイトと言うにはいろいろ踏み込んでいる気がするので抵抗があった。
「そう。じゃあワガママ言わせて」
「はあ?」
「あの女とはあまり仲良くしないで」
「へ?」
驚き、思わず立ち止まった秀一郎。
奈緒はそのまま先を歩いていく。
晴れていた空が、次第に曇り始めていた。
ザアアアアア・・・・
陽が落ちると、雨が降り始めた。
雨音を聞きながら、秀一郎は机に向かって宿題の片付けをしていた。
(しっかし奈緒の奴、なんで初対面の桐山をあんなに嫌ったんだ?ホントわけわかんねえ)
墓参りのあと、一緒に帰る予定だったが、
「ひとりにさせて」
と奈緒が言い出したので現地解散となった。
(俺と桐山とのやり取りでなんか気に障ることでもあったか?いや特にない。じゃなんであいつはグズってんだ?)
奈緒の心が掴めない。
ブーッ・・・
机の上でマナーモードの携帯が震える。
取り上げて開くと、奈緒からのメールだった。
「・・・わけわからん・・・」
また秀一郎を悩ます手紙だった。
[今夜ウチあたし以外いないから。身体綺麗にして待ってる。必ず来てよね]
(なんで不機嫌なあいつから誘うんだ?ホント女ってわからん・・・)
悩みは尽きないが、誘いを断るわけにもいかないので身支度を始めた。
「よく降るな・・・」
ホテルのカーテンを少し開け、雨でぼんやり霞んだ夜景に目を落とす淳平。
晴れていれば最高の夜景だが、今夜はそれが望めなかった。
「・・・」
さっと表情が曇り、ガラスにその顔が映る。
「西野さんのこと考えてるの?」
ギクリとして振り向くと、ベッドの綾が意味深な目を向けていた。
胸から下はシーツに覆われているが、薄布越しでもなまめかしいラインが浮かび上がっている。
多くの男が魅了されるその肢体は、いまは淳平ひとりのものである。
大概の男なら、東城綾という女のために全力を尽くすだろう。
彼女を幸せにするために。自分も幸せになるために。
淳平もそうだった。
だが今の綾の意味深な瞳は、幸せには見えなかった。
「そ、そんなことないよ」
慌てて否定する淳平。
だが綾は、
「嘘、つかなくていいよ。淳平がまだ西野さんを吹っ切れていないのはわかってる。淳平っていろんなことを簡単に割り切れる人じゃないもん」
今の綾にはごまかしは無駄と察した淳平は、
「こんな、雨の日だったんだ。俺が西野を振った日が」
辛そうな表情でそう漏らした。
「雨が降ると思い出すの?」
「そんなわけじゃないけど、やっぱ辛い思い出は忘れられない。振られるのも辛いけど振るのはもっと辛い。俺はさつきを振り、つかさを振り、そして綾も振った。ホント振ってばかりの人生だ。贅沢な男だよな」
「それだけ淳平が真っすぐで優しいんだよ。適当にごまかしてたくさんの女の子と付き合う男の人もたくさんいる。でも淳平は出来ないもんね」
綾は優しい笑みを見せた。
「綾、ゴメン。俺がつかさを吹っ切るにはまだしばらくかかりそうだ。でもこれだけはハッキリ言える。俺は綾が好きだ。ずっと一緒にいたい。その気持ちは嘘じゃない」
「あたしも淳平が大好き。かけがえのない人。だからあたしも大丈夫。大丈夫だから」
「ありがとう・・・」
淳平に笑みがこぼれた。
「でも・・・」
綾は顔を背け、目が明らかに冷たくなった。
「綾?」
「あたし、西野さんだけは絶対に許さないから・・・」
俯き加減でそうぽつりと漏らした言葉は、凄みが感じられた。
グオオオオ!!!
フランスの古都、ルマン。
普段は静かなこの町に、年に一度の祭典が訪れていた。
全世界から集まった50台近い車が、24時間先のゴール目掛けて死闘を繰り広げる。
その模様は各国から集まったプレスによって全世界に伝えられる。
奈緒と真緒の父、小崎真也もプレスのひとりとして、助手を連れて取材に訪れていた。
「序盤から両雄一歩も譲らない展開だな。今年は天気もいいし、ハイペースの闘いになりそうだ」
「そうですね。ところで小崎さんどこ行くんです?」
ふたりはメインスタンド裏の出店が並ぶ一角に足を運んでいた。
「この時間から売り出される人気の菓子があるんだ。ほらあそこだ」
人込みを掻き分けひとつの屋台に向かう。
「こんにちは。今年も来たよ」
「あ、いらっしゃいませ」
(えっ、日本語?)
驚く助手。
出店に立っていたのは、日本人の若い女性だった。
「へえ、ルマンの出店で日本人がいるなんて意外っすね」
「彼女は西野つかささん。フランスに修行に来ている菓子職人だ。ここでも有名であっという間に売り切れになるんだ」
「取材お疲れ様です。今年のオススメは・・・」
つかさは目を輝かせて日本人プレスに色とりどりの菓子を勧め始めた。
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