regret-10 takaci様

どこまで踏み込んでいいものだろうか?





秀一郎には恋人がいる。





そして現在、クラスメイトの女子から誘われている。





(でも、お礼でお茶一杯くらいならいいよな。確かおじさんの世話になってるって言ってたし)





少々ひっかかるものはあったが、秀一郎は沙織の誘いを受けることにした。





「じゃあ、こっちだよ」





沙織は少し笑顔を見せ、案内する。





錆びた階段を上り、一番奥の部屋に進む。





明らかに塗り直されたとわかる鉄の扉が時代を感じさせる。





扉の中央上方に[桐山]と楷書体で書かれたプレート。





沙織は鍵を解除し、扉を開けると、素早く明かりを点した。





「さ、どうぞ」





「お、おじゃまします」





秀一郎はやや戸惑いながら狭い玄関に靴を置いた。





狭い部屋だった。





広さは秀一郎の部屋と同じくらい。





ただ、それ以上に広く感じる。





家具類が極端に少なかった。





目立つのは勉強机と箪笥くらい、あとは部屋の中央に置かれた折り畳みテーブルと、窓際の隅に置かれた小さなテレビと棚。





そして手前隅に置かれている小さな仏壇。





ほのかに線香の香が感じられる。





ひと部屋にあるのはそれくらい。





そして、他の部屋はない。





あとは狭いキッチンと、奥にバス、トイレがあるくらい。





典型的なワンルームだった。





立ち尽くす秀一郎に、





「あ、適当に座ってて。すぐに支度するから」





キッチンでお茶の用意をする沙織。





言われるままに秀一郎はテーブルの側に腰を下ろした。





そして改めて部屋を見回す。





やはり物が少なかった。





掃除や手入れは行き届いてるようだが、古さは否めない。





それになによりも、





(女の子らしくない)





とにかく落ち着いた部屋だった。





比較対象で真っ先に思い浮かんだのが、奈緒の部屋。





何度も入ったことのあるその部屋は、いかにも女の子らしい調度品がある。





姉の真緒の部屋も、趣こそ多少異なるものの、基本的には女の子らしい部屋。





この沙織の部屋にはそれがなかった。





「はい、どうぞ」





沙織が来客用の湯呑みに緑茶を注ぎ、丁寧に差し出した。





「いただきます」





湯呑みを取り、そっと口をつける。





「うん、美味いよ」





秀一郎がそう言うと、沙織はにっこり微笑んだ。





「ところで、前におじさんの世話になってるって聞いた覚えあるけど・・・」





「うん、生活費とか金銭的な部分でね。おじさん遠くに住んでるから」





「じゃあ、一人暮らしなのか?」





「うん。生まれてからずっとお母さんと一緒にここに住んでたんだけど、あたしひとりになったら急にこのお部屋が広く感じて、なんか寂しいんだ」





「えっ、この部屋にふたりで住んでたの?」





「うん・・・」





秀一郎は三度部屋を見回した。





広さはやはり自分の部屋と大差ない。





この限られた空間をふたりの人間で共用する。





さらに生活の全てをこの広さで行う。





想像がつかない世界だった。





「もっと、いろんなものを置いたら?ほら、ぬいぐるみとか、ドレッサーとかさ」





「この部屋には、お母さんとの想い出がいっぱいあるんだ。この部屋の感じを変えると、なんかそれもなくなっちゃいそうで・・・」





「そう・・・か・・・」





それ以上の言葉は出なかった。





(桐山は、まだ母親を亡くした悲しみから抜け切れていない。たったひとりの親なんだ。1年やそこらで吹っ切るのも無理だろう)





(いっそのこと引っ越し・・・いやダメだ。桐山は母親との思い出を大切にしてる。その思い出が詰まったここから出るなんて無理だろう)





「やっぱ・・・重い・・・よね・・・」





「桐山・・・」





絶句する秀一郎。





沙織は涙を溜めていた。





「勇気出して、友達誘おうって、佐伯くん、誘ったけど、けどこんな部屋に誘われても困るよね。少しでも明るい感じにしたいけど・・・出来ないんだ・・・どうしても・・・」





涙を必死にこらえようとしてるももの、どんどん溢れ返ってくる。





秀一郎は強烈に胸に詰まるものを感じ、





「桐山・・・」





気が付いたら、沙織を抱きしめていた。





「佐伯くん・・・ゴメン・・・ゴメンね・・・うう・・・」





沙織は秀一郎の胸の中で泣きじゃくった。










(俺はなにやってんだ・・・)





沙織の部屋を出て、暗い家路に着く秀一郎は強い自責の念に駆られていた。





(なんで桐山を抱きしめたんだ?あれは完全に友達の範疇を超えている)





(でも・・・あのまま放っておくなんて出来ない。俺は桐山の力になりたい)





(でも、俺に何が出来る?奈緒がいる俺に、一体なにが・・・)





(そもそも、どこまでが許されて、どこまでがダメなんだ?)





秀一郎の苦悩はしばらく続いた。










結局、その日はあまり眠れなかった。





翌朝の秀一郎は明らかに寝不足気味で顔色が冴えなかった。





「先輩、どうしたんですか?顔色悪いですよ」





と、弁当を持ってきた真緒に指摘されてしまった。





慌ててごまかして受け取った弁当が、いつもより重く感じた。





自然と席に向かう足取りも重くなる。





そのまま重い表情で席に着く。





(ん?)





机の中に、他人が入れたと思われるルーズリーフの切れ端があった。





二つ折りにされたそれを開く。





[昨日はごめんなさい。昨日のことは全部忘れて下さい 桐山沙織]





綺麗な字でそう書かれていた。





慌てて教室を見回す。





(桐山・・・)





沙織の姿はなかった。





昼休み。





沙織は早々に教室から姿を消していた。





(まるで俺と顔を合わせるのを避けてるみたいだな・・・いやそりゃ自意識過剰か)





奈緒手製の弁当を口に運びながら、沙織を気にする自分に少し嫌気がさす。





「おい佐伯、放課後付き合えよ」





向かいに座って購買のパンを頬張る正弘が秀一郎の顔色を伺わずに高いテンションで声をかけてきた。





「なんだよ、今度はどこだよ?」





「芯愛だよ」





「芯愛?」





奈緒が通う高校だ。





「何しに行くんだよ?ご主人様に呼び出されたのか?」





このご主人様とは奈緒を指す。





「アレには用はねえよ!」





「俺の前でアレって言うな。奈緒が聞いたら徹底的にシバかれるぞ」





「とにかく芯愛にはレベル高い女子が多いらしい。チェックに行こうぜ!」





「そんな理由で俺が行けるかよ。奈緒と鉢合わせしたらどうすんだ?」





「そん時にお前が迎えに来たって言うんだよ。そすればあいつが俺にイチャモンつけることもないだろ!」





「要は俺に奈緒の壁になれってことか・・・」





正弘らしからぬ策略の巡らせ方と、その原動力の煩悩パワーに呆れる秀一郎だった。










放課後。





秀一郎は弁当箱を返す際に、





「奈緒の学校にちょっと顔出してくる」





と一言真緒に言って、正弘とともに芯愛高校に向かった。





事前にメールを送ってその旨を伝えれば確実に奈緒に逢えるが、それは正弘によって止められた。





「あくまで目当ては芯愛の女子だ。そんなことしたらあいつに必ず邪魔建てされる。あくまでアポ無しで行くんだ」





正弘はとことん奈緒を避けたいらしい。





そして芯愛の正門前に着いたふたり。





下校時間と重なっており、ブレザーの男女の姿が目立つ。





(奈緒、まだいるかな?あいつ部活はやってないからもう帰ったかな?)





ブレザーの集団の中から小柄な恋人の姿を探すが見当たらない。





「そういや、あいつヤバイよな?」





「1年の小崎だろ。なんであいつらに刃向かうんだろうな。呼び出しまで喰らってよ」





芯愛の男子生徒のこの会話が突然秀一郎の耳に飛び込んで来た。





「おい、どういうことだ?」





話をしていた男子を捕まえる秀一郎。





その男子は始めはうろたえていたが、





「ウチの1年の女子が不良グループのトップに目を付けられて今日呼び出されてんだよ。ウチの菅野って男にさ」





「どこだ!そいつらはどこにいる?」





「が、学校の裏にあるウェーブってダンスカフェだよ。奴らがよくたむろしてる店だ」





秀一郎は男を振りほどくと、血相を変えて走り出そうとした。





「おい佐伯待てよ!」





正弘が止める。





「なんだよ!急がないと奈緒がヤバイんだ!」





「お前なにもわかってねえよ!芯愛の菅野って言ったらこのあたりで最強最悪の男だぞ!そんな奴のとこにノコノコ出向いてもやられるだけだ!」





「だからって奈緒を放って置けるか!」





秀一郎は正弘を振りほどくと、一目散にダッシュした。





学校の裏手にあるダンスカフェはすぐに見つかった。





寂れたビルの地下一階にあり、そこへ下る階段の雰囲気だけでもかなり暗い。





秀一郎は込み上げる恐怖を理性で押さえ込み、階段を駆け降りて扉に手をかける。





「あんたらホント情けないわね!大の男がひとりじゃなにも出来ないの!?ホント馬鹿の集まりね!」





「んだとお!このアマいい気になりやがって!」





奈緒の叫び声と、それに激昂する男の声が届く。





「奈緒!」





秀一郎はたまらずドアを開けた。





「あ、秀!」





奈緒の笑顔が飛び込む。





「おいおいなんだテメエはよお!痛い目みたくなかったらすっこんでろ!」





いかにもガラの悪そうな男が凄みを効かす。





だが秀一郎も引かない。





「悪いが俺も引き下がれないんだよ!その女に近付くな!」





奈緒が駆け寄り、秀一郎の背中に身体を隠す。





「なんだてめえ、そのアマの男かよ?」





「そうだ」





「そうか、なら仕方ねえ、お前の女がこっちのシマでオイタをしたんでな。一緒に痛い目みてもらおうか」





凄みを効かせたガラの悪そうな男が4人、ゆらりと向かってくる。





さらにその奥に、リーダー格と思われる男がどっかりと座って嫌な笑みを浮かべている。





(5対1か。どうする・・・)





背中に奈緒の体温を感じながら、秀一郎はこの場を切り抜ける策を巡らせる。





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