regret-9 takaci様

古いブラウン管テレビにハンディカメラで撮影された映像が流れている。





その画面を眼鏡の奥から鋭い視線が捕らえていた。











「へえ、由奈ちゃんに会ったんだあ」





「角倉も覚えてるのか?篠原を」





「そりゃかわいい子だったし、結婚で学校辞めたのも印象強かったからね。それにそもそも俺は由奈ちゃんを撮りたかったから」





「ほお、では私は篠原の代役だったのか?」





黒川の視線が一段と鋭さを増す。





「まあ、由奈ちゃんが辞めてなかったら栞ちゃんには声かけてなかったかも」





並の男なら動揺してしまう強烈な視線受けても動じないのが角倉だった。





「けどあの由奈ちゃんがもう高校生の親かあ。俺たちも歳とったよなあ」





「それは言うな。それに篠原は結婚が早過ぎたんだ。そもそもな」





「とか言ってると、あっと言う間に行き遅れるよ?」





含みのある笑みで突っ込む角倉。





黒川は少し動揺を顔に表しつつも、





「そ、その話はもういい。それよりどうなんだ?その、真中の撮った作品は」





話題を本題に切り替えた。





角倉の目が変わった。





仕事の目、映画監督の厳しい目を見せる。





「・・・真中の心は死んじゃいない。こんな簡単なショートムービーでも、ちゃんと仕事してる。これはプロの領域さ」





角倉がそう評価したのは、淳平が後輩のために見本として簡単に撮影、制作されたものだった。





「そうか。で、どうするんだ?真中にそう言って自信を取り戻させるのか?」





「栞ちゃんから言ってくれないかな?あいつたまにここに教えに来るんでしょ?その時にさりげなくさ」





「なぜ私がそこまでせねばならん?いくら教え子でも、それは角倉の役割だ!」





黒川は角倉に非難の声を出した。





それを受けた角倉は、





「いやーそーなんだけどねー、だけどさー」





煮え切らない態度を示した。





そうなると当然のごとく怒る黒川。





「男ならハッキリ言え!そもそも真中が映画の道を諦めた理由はなんだ?私はただ大きな挫折があったとしか聞いていない。お前なら真相を知ってるんだろう。まずそれから話せ!」





「いや、もちろん知ってるけど、これ栞ちゃんに言ったら俺が殺されそうで・・・」





「ほお、なら何も言わずにここで永眠するか、全て言ってから存命の機会を得るか選択しろ」





黒川は先ほど見ていた大きなブラウン管テレビを振りかざして角倉に狙いを定める。





「わ、わかったわかりました。話しますからそれ置いて・・・」











角倉はお茶をすすりながら、ゆっくりとした口調で語り出した。





「真中は技術の問題で失敗したわけじゃない。ある請け負った仕事で相手に詐欺紛いの手口で騙されて、とんでもない借金を背負わされたんだ」





「借金か、どれくらいだ?」





「俺たちじゃどう頑張っても返せそうにない金額さ。





しかもヤバイ系のところがキッツイ取り立てに来てさ。俺もヒビッちまって、真中を突き放したんだよ」





「なにぃ?お前は後輩を、部下を見捨てたのか?」





「だって仕方ないじゃん。あんな恐い奴らに毎日取り立てに来られたら俺や他の部下の仕事にまで影響が出る。真中に責任押し付けるのがあの時の最善の方法だったんだよ!」





「まあいい、それで、その後は?」






「真中は事務所に顔を出さなくなった。連絡もよこさないし、こっちから連絡もつかない。たぶん俺を巻き込みたくなかったんだろう。とにかく音沙汰がなくなった。まあ俺も正直ホッとしてたよ」





ここで湯呑みに一口つける。





「んで、4ヶ月くらいかな、全く連絡がなかった真中から連絡が来たんだよ。借金は整理した。けどもう懲りたから映画の仕事はしない、ってね」





「たった4ヶ月で莫大な借金を全て返したのか?どうやったんだ?」





「それも気になったけど、けど俺は真中をうちに戻すことを最優先に考えた。失敗は誰にもある。これを期に同じ過ちを繰り替えさなければいい。そもそもあいつはいいものを持ってる。ここで辞めさせるのはあまりにも惜しい。だから何度も俺から連絡して戻るように説得した。けどあいつは頑固に断り続けて・・・」





少し軟らかかった角倉の表情が厳しくなった。





「そしたら、真中の恋人って女が俺のところにやって来たんだ」





「真中の恋人?誰だ?」





「その女も君の教え子さ。小説家の東城綾だよ」





「なに、あの東城が真中の恋人?」





驚く黒川。






「そ。あの大人気の美人小説家が俺の小汚い事務所に来たんだよ。んで用件はただひとつ、これ以上真中には干渉するな、とね」





「なぜ東城がそんな事を?」





「真中は全てを捨てたそうだ。親も、恋人も、友人も、とにかく全ての関係を断ち切った。全てをひとりで被ろうとした。そして身も心もボロボロになった。んで彼女はそんな真中を偶然知って、たまらず救いの手を差し延べた」






「ではその莫大な借金は、東城が?」





「たぶんね。俺たち庶民にはどうにもならない額だけど、日本トップの売上を誇る彼女ならポンと払えるだろうからね。あー恐ろしい格差社会。日本の未来はこれでいいんだろーか」





投げやり気味の口調で嘆く角倉。






「では、真中を苦しめた映画社会に対して東城が嫌悪感を抱いている、というところか」





「まあ、そこまでじゃないと思うけど、とにかく真中を見放した俺の元に戻るのは絶対反対だってさ。まーボロカスに言われたよ。さすが日本トップの天才小説家。口も立つし弁も立つ。確かに美人だけどもー二度と会いたくない。俺あの子嫌い」





角倉のヤサグレ度合いがさらに増す。





「ふっ、お前がそこまで落ち込むとは、相当キツイ言葉を浴びたんだな。しかしあの大人しい東城がそこまで言うとは、あいつも成長したな」





黒川は嬉しそうに微笑む。





「でもあの子が真中の側にいるのはハードル高いよなあ。なんだかんだで男の生き方って女で決まるんだよねえ。俺が独り身なのも自分のやりたい事を女に縛られたくないからだからなあ」




「自分の甲斐性無しを別の言葉で上手くごまかすものだな」





「でも栞ちゃんこれホントだよ。俺としては別れて欲しいけど、難しいよなあ。真中も優しいから自分を救ってくれた女を突き放すなんて出来ないだろうし、そもそもあの子恐いからなあ・・・」





「恐い?東城がか?」





怪訝そうな顔をする黒川。





それを見た角倉は何か吹っ切れたような目を向けると、





「あの子、東城綾は真中のためなら平気で自分の命を差し出すし、平気で人を殺すよ」





低い声で言い放った。





「なっ・・・そんな馬鹿なことがあるか!そんなの映画や小説の世界の話だ。みな自分の身がいちばんかわいい。有り得ん!」





「ま、普通はそうだけどね。いざという時は自分が大事。だから俺も真中を見放した。けどあの子、東城綾は普通じゃないよ。あの真中への愛は異常だよ」






強い口調で否定する黒川に対して、何かを悟ったような語り口をする角倉だった。











(ふう、今日も一日疲れたな・・・)





学校を終え、バイトを終えた秀一郎は明かりが徐々に消えつつある商店街を進んでいた。






夕刻ならそれなりに人通りはあるが、この時間になると寂しさを感じる。






眠りに付きかけているこの道を歩む見覚えのある姿を捕らえた。





(ウチの制服だ)






泉坂高校のセーラー服に、学校指定の鞄を下げている。






それに加え、地味なエコバッグ。







逆方向からこちらに向かってくるその姿は、周囲が薄暗いせいもあり、顔まではわからなかった。






だんだん近付く。





顔がわかるような距離になる。






「桐山?」






俯き加減で寂しげな姿は、クラスメイトの沙織だった。





「あ、佐伯くん」






秀一郎に気付いた沙織は、少し笑った。





「こんな時間になにしてんだ?」





買い物帰りにしては時間が遅すぎる。





「そんな佐伯くんも、どうしてここに?」





「俺はバイトの帰りだよ」





「あ、あたしも一緒だよ」





「桐山もバイトしてんのか?」






秀一郎には意外だった。





沙織はゆっくりと頷き、






「この近くの雑貨屋さんで働いてるの」






「こんな時間までか?」






「今日はちょっと遅くなっちゃった。少し忙しくて」






「・・・家まで送るよ」






「え、いいよそんな・・・」







手を振って戸惑う沙織。






だが秀一郎は、





「こんな時間に、知っている女子をひとりで帰らせるなんて出来ないって!」






と、強く言った。






「でも、ちょっと遠いよ」







「なら尚更だ。なんかあったらまずいって。俺のことは気にしなくていいから、送らせてくれ」






「・・・うん。迷惑かけてゴメンなさい」








沙織は申し訳なさそうに頭を下げた。





それからふたり並んで歩く。





ボツポツと思いついた事を話題にするが、流れが悪く会話は途切れがちになる。





沙織の帰り道は、お世辞にも安全とは言えなかった。






車の通りが多い幹線道路。






街灯が全くない、薄気味悪いほど暗い道。






ガラの悪い連中がたむろしているコンビニの前。






高2の女子が夜のひとり歩きをするには危な過ぎる道だった。






そして道中20分ほど歩いて、






「ここなの・・・」






沙織が立ち止まった。






「ここ?」






秀一郎の目は、かなり古い木造2階建ての小さいアパートを捕らえていた。






「あの、佐伯くん」





「ん、なに?」






「あの、お礼ってわけじゃないけど、ウチに寄ってお茶飲んでいかない?あたし、それくらいしか出来ないから」






沙織が遠慮がちにそう切り出した。






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