regret-7 takaci様

泉坂高校は中間テストの時期に差し掛かっていた。





部活動もなく、生徒たちの顔色がいつもと変わっているように感じられる。





そして秀一郎の顔色も冴えなかった。





(真緒ちゃん、どうしたんだろ・・・)





鞄と弁当箱を抱えながら職員室に向かっていた。





弁当の受け渡しは基本的には真緒が朝のホームルーム前に秀一郎のクラスに届け、放課後すぐに秀一郎が真緒のクラスに返している。





今日も朝に届けてくれた弁当箱を返しに真緒のクラスにやってきたが、真緒は不在だった。





話を聞くと、生徒指導教師から呼び出しにあったとの事だった。





(真緒ちゃんは基本的に大人しい子だ。問題になるような騒ぎを自分から起こすようなことは絶対にしない。生徒指導は黒川だったな。経緯を聞いてフォローしておこう)





職員室に向かうルートの途中に生徒指導室がある。





生徒にはあまり関わりたくない場所だが、その前に私服の女性が立っており、その女性に見覚えのある後ろ姿が熱心に話し掛けている。





「おい若狭、こんなところでなにやってんだ?」





「また佐伯かお前には関係ねえよ!いいからロリコンは黙ってろよ俺の恋路の邪魔すんなよ!」





とても迷惑そうな声で叫んできた。





「お前・・・殺すぞ」





拳が怒りでわなわなと震える秀一郎。





人の噂とは恐ろしいもので「秀一郎はロリコン」という噂がすっかり広がっていた。





火元はクラスメイトの御崎里津子で、その煙を正弘が広げていた。





秀一郎はその火消しに躍起になっているももの、一度広まってしまったものを沈静化するのは難しかった。





「まあいい、ところでお前はまたナンパしてんのか?」





「ナンパじゃねえよ!このお姉さんが困った顔で立っていたから少しでも力になれたらと思って声かけたんだよ!ナンパなんて気はこれっぽっちもねえ!」





とは言いながらも正弘の目はギラギラしている。





「そんな目で言われても説得力ねえな。それよりその人が誰なのか、お前わかってんのか?」





「それをこれからお話するつもりだったんだよ!そこに佐伯が邪魔してんじゃねえか!」





「全く、知らないってのはこわいよな」





呆れる秀一郎に、





「秀くんこんにちは」





私服の女性が秀一郎に声をかけてきた。





「こんにちは。まさかこんな時期の学校で会うとは思いませんでしたよ」





と秀一郎。





「え、なに?佐伯テメエこの綺麗なお姉さん知ってんのか?テメエの守備範囲は幼女だけじゃねえのか?」





正弘が目の色を変えて突っ込んできた。





「お前にはいつか制裁を喰らわせてやる・・・まあいい。その人はな、真緒ちゃんのお母さんだ」





「ええっ!?」





さらに驚く正弘。





「マジですか?どうみても20台半ばくらいにしか見えないんすけど」





「ありがとう。よく言われるんです」





確かにふたりの高校生の娘がいるような年齢には見えない、とても若々しい笑顔を見せている。





「ところで今日は?」





秀一郎がそう尋ねると、その笑顔がさっと曇った。





「実は真緒の事で先生から電話があったの、私と少し話がしたいと言われてね・・・」





「親の呼び出し?」





声をあげて驚いた正弘だった。





秀一郎も同じように驚き、なかなか次の言葉が出て来ず、その間にふたつの人影が迫ってきた。





この学校随一を誇る妖艶グラマラスボディの持ち主と、まだ幼い感が残る小柄な少女。





「あ、お母さん。それに先輩まで・・・」





申し訳なさそうな表情を見せる真緒。





「小崎真緒さんのお母様ですか?」





「はい。いつも娘がお世話になっております」





「生徒指導担当の黒川です。お忙しい所に御呼び立てして申し訳ありません」





「えっ、黒川・・・ひょっとして、栞?」





「え?」





「やっぱり栞だ。ほら私、覚えてないかな?由奈よ」





「由奈・・・篠原、篠原由奈か」





「ありがとう、覚えててくれたんだ。16年、いや17年ぶりね」





「もうそんなになるのか・・・そうだな、この子はもう高校生だから、それくらいにはなるな。そうか、小崎は由奈の子か。なるほど、言われてみれば確かにどこか面影がある」





黒川は普段はまずお目にかかれない柔和な表情を見せている。





「あの、先生、これは一体」





状況が理解出来ない秀一郎が尋ねた。





「ああ、私と由奈・・・小崎のお母様は高校の同級生なんだ」





「同級生?マジですか?」





「本当よ。と言っても半年だけだったけどね。私は結婚して学校辞めちゃったから」





真緒の母、由奈は懐かしそうにニッコリと微笑んだ。





「由奈、積もる話もあるだろうが、まずは真緒さんのことを話そう」





「なにか問題があったの?」





「心配するな。なにも問題はない。ただ少し周辺にきな臭い噂があってな、出来れば未然に防ぎたいと考えて、その相談だ」





黒川は安心させるような笑顔で指導室の扉を開けて案内する。





由奈は秀一郎たちに軽く頭を下げ、





「じゃあ先輩、ご心配おかけしてすみません」





真緒も丁寧に頭を下げてから、指導室の扉を閉めた。





「しかし驚いたな。黒川と由奈さんが同級生とはな」





「由奈さん?お前彼女の親をそんな呼び方してんのか?」





「じゃあ逆に聞くが、あの人に対しておばさんと呼べるか?」





「あ、確かにそう言われるとちょっと、いやかなり抵抗あるな。ぱっと見はお姉さんだよな。実際若いよな?」





「詳しくは知らんけど、確か高校中退して1年もしないうちに奈緒と真緒ちゃん産んでるって聞いた覚えあるな」





「そうかあそんなに若いんだあ。しかも人妻。なんかいいな・・・」





正弘のだらしない顔が危ない妄想を展開させているのが一目でわかる。





「若狭、奈緒からの情報だ。駅前の新しく出来たカフェに芯愛のかわいい女子が頻繁に出入りしてるらしい。どうやら他校の男子との出会いを求めているようで・・・」





「行ってくる!」





正弘は目の色を変えてダッシュして行った。





「やれやれ、ホントわかりやすい軽薄な奴だな・・・」





親友の行動に呆れて苦笑いを浮かべる秀一郎だった。











やや日が傾きかけた頃、真緒とその母、由奈は校門に向かっていた歩いていた。





真緒はやや伏せ目がちで、由奈は優しい微笑で。





「あ、佐伯センパイ・・・」





校門の側に立っている秀一郎の姿を真緒が捉えた。





「よっ真緒ちゃん、お疲れ」





微笑む秀一郎。





「秀くん、待っててくれたの?ありがとう」





「いえ、俺もこれ返さなきゃと思ってたんで」





いつも受け取っている弁当箱をぶら下げる。





「じゃあこれは私が預かるわ。私は買い物してくので、秀くんに真緒をお願いしてもいいかしら?」





「わかりました。ちゃんと送ります」





そう答えた秀一郎に由奈はニッコリと微笑んで、





「じゃあ私はここで。真緒、また後でね」





手を振って後にした。





「あ、お母さん・・・」





残されたやや戸惑い顔の真緒だった。





その後、並んで歩くふたり。





「長かったみたいだな、黒川の話」





「うん、お母さんと先生の昔話で盛り上がって・・・」





「そっか。でも黒川と由奈さんが同級生ってのは驚いたな」





「そうですね。あたしもちょっとビックリしました」





真緒は妹の奈緒と比べると、大人しい性格で会話が続きにくい。





しばしば沈黙に包まれながら、家路を進む。





「なんか、他校の生徒の間であたしの名前が出てるみたいなんです。その・・・少し問題のある人たちの間で・・・」





元気のない声でそう伝える真緒。





「そっか、真緒ちゃん強いもんな。でもただの噂だろ?教師の連中も細かいこと気にし過ぎなんだよ。気にすんなよ」





「噂って言えば、センパイも噂立ってますよね」





「ああ、あれね。俺としては不本意なんだが、なんかあっというまに広まっちまった。奈緒が聞いたら激怒するだろうなあ」





「あの、あたし言っちゃいました。その噂、奈緒に」





「えっマジ?」





顔色を変える秀一郎。





「はい・・・」





「あいつ、それでなんか言ってた?」





奈緒本人からはその噂の話題になったことも、メールでやり取りしたこともない。





「奈緒ね、怒りもあったけどそれ以上にショック受けたみたい。本人も少し自覚してたみたいで・・・」





「まあ、痛いところを突かれたって感じか」





「そうですね。あと、若狭センパイのせいにしてるようで・・・今度会ったら痛い目にあわせるって息巻いてました」





「相変わらずカンが鋭い奴だな。まあ間違いじゃないが・・・」





とは言うものの、友人が自分の彼女から危害を受けるのはいい気分がしない、わけでもなかった。





(ま、酬いかもな。そうなったら適当なところで止めるから、痛い目受けてくれ)





意外に薄情な秀一郎だった。





「でも、やっぱり羨ましいです。奈緒が」





真緒が小さな声でそう漏らした。





「え、何が?」





「奈緒にはセンパイという素敵な彼がいるのがやっぱりいいなって。毎朝早起きしてお弁当作ってる時って、とても幸せそうなんです。あたしもそんな素敵な恋がしたいって、最近よく思うんです」





「そうなんだ。でも真緒ちゃんかわいいから、言い寄る男子は少なくないんじゃないかな。そのうちいい男が見つかるよ」





「センパイ、それってのろけですか?」





「えっ、なんで?」





秀一郎には真緒の言葉の意図がわからない。





真緒は少し悪戯っぽい微笑みを見せて、





「だって、あたしをかわいいって言うことって、奈緒もかわいいってことですよね?見た目ほとんど一緒なんだもん」





と突っ込んだ。





「え、いや、そんなつもりはないけど・・・それにそれだけじゃなくって真緒ちゃんは性格もかわいいって!奈緒みたいに気が強くないし、女の子らしいと思うよ!」





と少し照れながらフォローを入れた。





「ふふっ、ありがとうございます。でもだからと言っても理想の恋って、簡単には手に入らないですよ」





真緒は笑顔の中に少し切なげな表情を見せた。





「真緒ちゃん、ひょっとして好きな男でもいるの?」





秀一郎はそう感じ、口にした。





真緒は、





「ふふっ、内緒です!」





夕日を背に、とてもかわいらしい笑顔を見せた。





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