regret-5 takaci様

新年度が始まって3週間ほどが過ぎた。





新しいクラスメイトにも馴染み出して、自然といくつかのグループに分かれている。





秀一郎は正弘と共に男子5人ほどで構成しているグループのひとりになった。





休み時間などはこのメンツで動いている。











とある昼休み。





秀一郎はひとりになった。





いつもの仲間が委員会やら部活やらサボりなどで教室から姿を消していた。





(今日はひとりで昼メシか)





白と水色のチェック柄のナプキンに包まれた弁当箱を取り出した。





「佐伯くん、今日はひとり?」





席の前に沙織が立っていた。





「ん、ああ」





「よかったら、お昼一緒にどうかな?」





「ああ、俺は構わんけど」





「そう。なら一緒に食べよ」





沙織はいつも一緒にいる女子のクラスメイトをひとり連れて来て、近くの机を合わせて3人分の席を作った。





そして女子らしい花柄のナプキンに包まれた小さな弁当箱を持ってきた。





「女子の弁当って本当に小さいよな。それでよく保つよな?」





「うん、これでお腹いっぱいになるよ。多いかなって思う日もあるよ」





と沙織。





「沙織は少食だよね。あたしはもう少し食べるかな」





(こいつは確か御崎だったっけ、御崎里津子)





沙織が連れて来たクラスメイトの名前を思い出し、





「っても御崎の弁当も小さいぜ。俺からすれば似たようなもんだぜ」





「そっか。男子にはそう見えるんだね。あたしの感覚だと沙織のとあたしのは結構違うかな。それにあたしは足らないと購買のパン買ってくるもん」





「ふうん。女子と男子の感覚の違いだな」





秀一郎はそう感じた。





「佐伯くんって女子に詳しいとばかり思ってたけど、案外そうでもないんだね」





「御崎、なんだよそれ?」





「クラスのみんな知ってるよ。佐伯くん、毎日1年の女子からお弁当受け取ってること。あの子って佐伯くんの彼女?」





「いや違うよ」





「じゃあなんでお弁当受け取ってるの?あの1年のかわいい子は佐伯くんに好意があって、それを佐伯くんも少しは感じながら受け取ってる。あたしの推理だとこんな感じだけどどう?」





「その推理ハズレ」





秀一郎は玉子焼きを口に運びつつピシャリと言い切った。





「じゃああの子って佐伯くんのなんなの?」





好奇心いっぱいの表情で里津子は突っ込んでくる。





「本当はあまり言いたくないんだけど、へんな噂が広まるのも困るしな・・・」





秀一郎は少し考えてから、





「俺、別の高校に彼女いるんだけど・・・」





「ええっ、ホント?」





里津子の目が一気に輝く。





「ああ。んで毎日弁当持って来てくれるあの子、真緒ちゃんってんだけど、あの子はその彼女の双子の姉なんだよ」





「へえーっ。じゃあそのお弁当は、彼女が?」





「そう。去年はおふくろが作ってたんだけど、今年からこうなった。俺の知らない間に打ち合わせがあったらしい」





「じゃあなに、もうふたりの関係は親も知ってるんだあ?」





「ああ。お互いの家をしょっちゅう行き来してるからな。外で逢うのって意外と金かかるしな」





「ふうーん、そうなんだあ。あの子は双子の姉なんだあ。・・・ってことは、佐伯くんってロリコンなの?」





この里津子の突っ込みを受けた秀一郎は思わず口に含んでいたお茶を吹き出しそうになったが、なんとかこらえて、





「おいおい、なんでそうなるんだ?」





抗議の色全開の視線を里津子に向けた。





それを受けた里津子は、





「だってあの子の双子ってことは、ほとんどそっくりなんでしょ?」





「あ、ああ。髪型が違うくらいかな。ぱっと見は」





「あの子、ちっちゃいでしょ?」





「まあ、そうだな。真緒ちゃんの身長は知らないけど、奈緒とほとんど同じだろうな」





奈緒の身長が153センチだと本人から聞いたことを思い出した。





「で、あの子って童顔じゃん」





「童顔と言われれば、そうだろうなあ」





実年齢より上に見られたことがないと聞いた記憶を思い出した。





「ちっちゃくて童顔な子が好きって、ロリコンじゃないの?」





「御崎ちょっと待て、お前の言わんとしてることは理解した。確かに一理ある。でもそれは違うぞ。俺は決してロリコンじゃない」





からかう里津子に対し必死に弁明する秀一郎。





盛り上がるふたりの目には、暗い顔で箸を進める沙織の表情は写っていなかった。











放課後。





(さてどうする?)





バイトまではまだ時間があり、外で時間を潰すのは金がかかるので気が引ける。





そんな秀一郎は校内をブラブラと歩いていた。





(学校で時間を潰せる所かあ。ほとんど行ったことないけど、ちょっと覗いてみるか・・・)





頭の中にとある場所が思い浮かび、自然と足が向いていた。





図書室





やや堅苦しそうな雰囲気を醸し出しているこの扉を開いた。




中はやはり静かでどことなく涼しい。





まばらではあれが生徒の姿はあり、静かに本を読んだり自習したりしている。





(やっぱ堅苦しい感じだな)





予想通りの雰囲気で秀一郎には正直苦手だったが、足を踏み入れた。





この学校の貯蔵書を確認しておきたかった。





(法律関連の書類は・・・やっぱりあまりないな)





秀一郎が求めている書籍関係は見つからなかった。





でもそのまま帰るにはまだ時間があるので、他にどんな貯蔵本があるか見て回る。





(ん、あれは・・・)





本棚の前にクラスメイトを見つけた。





「桐山、おっす」





「あ、佐伯くん」





眼鏡をかけた沙織が本を開いていた。





「桐山はよくここに来るの?」





「うん。あたし文芸部だから資料探したりでよく利用してるんだ」





(桐山ってもともと賢そうに見えるけど、眼鏡かけるとよりそう見えるな。ホント才女って感じだ)





「ん、佐伯くん?」





「あ、いやその・・・」





秀一郎の頬がやや赤みを帯びていた。





(ヤバイヤバイ思わず見とれてた。こんな所を真緒ちゃんにでも見つかったらマジ殺されかねん)





「あ、あのさ、じゃあ今持ってるその本も参考にするの?」





話題を切り替える。





「あ、うん。でもこれは参考って言うより、あたしがただ好きだから読んでるの。この作家さんのファンでね、ここには全ての作品があるからよく来るんだ」





「へえ、どんな作家さんなの?」





秀一郎は沙織が手にしている本の背表紙を覗き込んだ。





[東城綾]と記載されている。





「あれこの名前?どっかで聞いたことあるような・・・確か小説家じゃなかったっけ。かなり美人の」





「そうだよ。この高校出身の人の中ではいまいちばん有名かもね。本当に綺麗な人で、素晴らしい小説を次から次へと生み出してる。凄い先輩だよ」





「あ、思い出した東城綾。凄い美人だよ。俺あーゆー人タイプだなあ」





「あれ、佐伯くんって幼い感じの子が好みじゃないの?」





「なんだよ桐山まで・・・言っとくけど俺は決してロリコンじゃないからな!頼むぜ!へんな噂広めないでくれよ!」





「ふふっ、佐伯くん必死になってる。なんかおかしいな」






沙織は楽しそうにクスクスと笑い出した。





「全く・・・それに大事なのは見た目じゃなくて中身だろ。まあ見た目はいいに越したことはないけどさ、性格って言うか相性みたいなものが合わないと付き合うなんて無理だって。大事なのはそこだよ」





「そっか、中身か。そうだよね、それが一番大事だよね・・・」





沙織の声のテンションが一気に下がった。





「桐山?」





「あたしね、最近になってようやくクラスで友達出来たの」





「ああ、御崎だろ」





「うん。りっちゃんってとても気さくで、人見知りの激しいあたしにも楽しく話しかけてくれたの」





「裏表がないように見えるな。ま、少々突っ込みが厳しい気もするがな」





秀一郎は昼休みのやり取りを思い出した。





「うん。だからあたしからも積極的になって仲良くならなきゃって思うんだけど、なかなかその勇気が出ない。気が付くといつもひとりでここで本読んでる。で、終鈴に追われるように学校出て、でも帰る気にならなくて適当に街をふらついて・・・そんな毎日。なんかそんな自分がとても嫌」





「ちょっと待てよ、帰りたくないなんて、家族・・・」





(あ、そういえば桐山は・・・)





去年の秋を思い出した。





沙織が大切にしていたキーケース。






それを母の形見と言ってた事を。





気まずい空気が流れる。





「あたしのお母さん、シングルマザーだったの。女手ひとつであたしを育てて、頑張ってこの学校に入れてくれた。でもあまり身体は丈夫じゃなくて、去年・・」





涙声になる沙織。





さらに空気が重くなった。





「桐山、なんかゴメンな。辛いこと思い出させて」





「ううん、あたしこそ・・・ゴメンなさい。うん、もう大丈夫。もう、いっぱい泣いたから、だからもう泣かないって決めたんだ」





沙織は気丈に笑顔を見せた。





「そっか・・・じゃあいま桐山は・・・」





「親戚のおじさんのお世話になってる。良くしてもらってるけど、けどみんな正直困るよね?親がいないって・・・やっぱ重いよね。だから、そう思うとね、なんか気が引けちゃうんだ。仲良くなるのが怖くなって・・・あたし、弱いから・・・」





沙織は顔を背け、寂しい横顔を見せる。





「桐山、大丈夫だよ!」





秀一郎は明るい口調で励ます言葉を出した。





「佐伯くん・・・」





「桐山って基本的に素直でいい性格だと思うよ。奈緒は、俺の彼女は桐山よりずっとキツくてさ、若狭なんてめっちゃ敵視してんだ。そんな奴でも友達は結構いるんだ。桐山に欠けているのは自信だと思う。もっと自分に自信もてば、きっと変わるよ!」













すっかり日が落ちて暗い道を秀一郎はひとりで歩いていた。





バイトの時間が迫っていたので、秀一郎は沙織に自分の言葉の全てを伝えることが出来ずに図書室をあとにした。





そのことが気にかかり、バイトの間も沙織のことが頭から離れなかった。





(俺は桐山に自信を持てと言った。確かに自信が持てれば桐山は変わると思うけど・・・)





(桐山にその自信の裏付けがなければ、自信は得られない)





(今日の桐山、最後は笑ってたけど、明らかに繕った笑顔だった。なんかとてもはかなく、脆い感じた)





(桐山はいまひとりだ。頼れる友達なんてまだいないんだろう。友達か彼氏が支えなきゃ、ダメな気がする)





(友達か彼氏が・・・)





いろいろ思い悩む。





なんとかして支えたいという気持ちが強まるが、真逆に否定の想いも強まる。





(俺じゃダメだ。俺は桐山の支えになれない。もし前に若狭の言ったことが本当なら・・・)






(桐山が俺を好きだとしたら、俺はその気持ちに応えられない。余計に桐山を苦しめるだけだ)





(俺には・・・何も出来ない・・・)






無力さをヒシヒシと感じ、自然と落ち込んで足も重くなる。






(そういや今日は親父もおふくろも仕事でいないんだっけ。晩飯どうするかな・・・)






明かりの点いていない自宅を想像してさらに気が重くなる。






その重い気持ちのまま、自宅の門に手をかけた。





「ん、あれ?」





点いていないはずの明かりが点いている。






玄関から、いくつかの窓からも暖かい光が漏れている。





門を開け、玄関の扉に手をかけると、





ガチャン





(鍵もかかってない)





少し不思議に感じながら扉を開け、






「ただいま」





いつも通りに自宅に入り、静かに扉を閉めた。






ガチャン





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