regret-4 takaci様

「おはよ〜」





「お〜っす」





朝の挨拶が飛び交う校舎。





今日から通常授業が始まり、重い気分の生徒が多いだろう。





秀一郎も重い気分だった。





(今日から授業か。ダルいなあ・・・)





(それに若狭の奴、あれから携帯もメールも反応ない。今日ちゃんと来てるかなあ・・・)





恋人の言葉で激しく傷ついた友人を心配していた。





そんなことを考えながら教室に向かい、後ろの扉から入ると、





(なんだ、来てるじゃないか)





席に背中を丸めて座っている正弘の姿を確認した。





秀一郎は自分の席に鞄を置いてから丸い背中に近付いた。





「おっす、昨日は悪かったな」





「・・・」





反応がない。





「あ、あいつ、ちょっと口が悪いんだよ。その辺は俺もよく言うんだけどなかなか直らなくてさ。けど悪気はないんだ。勘弁してくれ」





「あ〜、別に今はそんなに落ち込んでないからいいぜ」





ようやく返事が返ってきた。





だが言葉とは裏腹にテンションは低い。





丸めた背中をゆっくりと起こし、緩慢な動作で背後の秀一郎に顔を向けた。





明らかに不機嫌の色を出している。





「しっかし佐伯ってどうなんだろうな〜。幸せなのか不幸なのかよくわかんねえな」





「なんだよそれ?」





「男にとって彼女がいるってことは幸せだと思う。そこは俺も否定しねえ。でもその彼女があんなにガキっぽくて性格悪いのはどうなんだろうなって思ってよ」





「ま、まあ、好き嫌いがハッキリ分かれる奴だからな。でもあんなでもいい面はあるんだ。ちゃんと女の子なんだよ」





「で、いつから付き合い出したんだ?俺が去年おまえん家に行った時にはもういたよな?」





「知り合ったのは中3の文化祭だ。それから受験勉強の合間に一緒に遊んだりしてて、で、卒業式の日に告られたんだよ」





「へえ、向こうからか。お前ってモテるんだな」





「告られたのは生まれてこのかたその一度きりだよ。まあ俺としても断る理由がなかったし、一緒に居て楽しい子だったからOKしたんだ」





「中学卒業の頃からってなると、もう1年以上か。結構続いてるな」





少し驚きの色を見せる正弘。





秀一郎は左腕を出して腕時計を見せると、





「これは先月、1周年記念でって事で買ったんだ。最初はペアリングって言い出したんだけど、俺はアクセサリー着ける気はさらさらないから全力でダメだと言い張ったからこれになったんだよ。でも正直予算オーバーだった。キツかったよ」





秀一郎は楽しそうな笑みを浮かべているものの、言葉にはそれなりの苦労が読み取れる。





「付き合うってのも楽しいだけじゃなさそうだな?」





「いろいろあったよ。あんな性格だからケンカなんてしょっちゅうだし、マジで別れそうな時期もあった。けどいろいろあって、周りの人に支えられたりして、今に至るってとこかな。キツいこともあったけど、まあ楽しかったな。じゃなきゃとっくに別れてるよ」





「なるほど、そういうもんなのか」





正弘にとって秀一郎の言葉は新鮮で自分には未知の世界の話であり、自然と納得して頷く動作を繰り返していた。











そして時間は昼休み。





秀一郎と正弘はふたりとも弁当の持ち合わせがなかったので購買に足を向けた。





「しっかし佐伯にゃ悪いが、奈緒ちゃんは俺的にはナシだな。見た目はかわいいけどあんな気の強い女は俺はダメだ」





「よっぽど昨日の言葉が堪えたんだな」





「とにかくあの女は俺の天敵だ。いつか必ず俺の恐さをわからせる・・・」





「おいおいへんな気おこすなよ。それに奈緒に刃向かおうとするのはちょっと・・・」





購買に向かう道中の廊下、ふたりは背後の様子など全く気に留めていなかった。





後ろから駆け足気味で近付く足音など気付かない。





「佐伯センパイ!」





この声でようやく気付き、ふたり揃って振り向く。





小柄な女子生徒の笑顔がそこにあった。





「おお」





秀一郎には見覚えのある顔だったが、この場で会うとは思わなかったので少し驚く。





だがそれ以上に驚いたのが正弘だった。





「で、出やがったな天敵!」





奈緒と瓜二つの少女が立っていた。





「な、なんですか天敵って・・・」





この言葉で少女も驚く。





その中で事態を冷静に読み取っていたのが秀一郎だった。





「若狭、よく見てみろ、この子は奈緒じゃない」





「え?」





「確かに背格好はそっくりだが、まず髪型が違う。それに奈緒は泉坂に落ちて今は芯愛高校だ。だから泉坂のセーラー服を着てここにいることは有り得ない。あとよく見ると目つきが違う。この子のほうが円い」





「なるほど、言われてみれば確かに・・・」





秀一郎の言う通りよく見ると、奈緒とは異なる部分がある。





奈緒はセミロングだが、この子はショートだ。





顔の造りはほとんど同じだが、目つきが奈緒ほど鋭くはなく、穏やかな感じがする。





「佐伯、この子は誰なんだ?」





「奈緒の双子の姉、真緒ちゃんだ」





「姉?双子?」





また驚き、改めて見直す正弘。





それに対し、





「奈緒の姉の小崎真緒です。はじめまして」





真緒はまず丁寧に頭を下げた。





「あ、こちらこそはじめまして。2年の若狭っす」





釣られて頭を下げる正弘。





「若狭先輩ですね。昨日は妹が失礼な事を言ったそうで、本当にすみませんでした」





「あ、いやいやいいよ!もう気にしてないから!」





「妹の奈緒は昔から口が悪くて人の気分を害することが多いんです。私からもよく言ってきかせますので・・・どうか今回は許してあげてください」





「いや〜だからいいっていいって!俺ってほら心が広いからさ、いちいちそんな細かいこと気にしないんだよ!ハッハッハー!」





真緒の低姿勢を受けてすっかり上機嫌になる正弘だった。





(お前、さっき自分の恐さをわからせるとか言ってなかったか?ホント流されやすいなあ)





正弘の軽薄ぶりに呆れる秀一郎。





正弘はさらに調子づき、





「真緒ちゃんだっけ、これから昼メシだよね?だったら一緒にどうだい?あ、そうだ、そのあと学校案内してあげるよ!新入生だから分からないことだらけでしょ?この俺が親切丁寧にいろいろ教えてあげるよ!あ、全然気にしなくていいよ!下級生のために上級生が協力するのは当たり前のことなんだからさ!あ、そうそう・・・」





ナンパを始めていた。





「おい若狭、それくらいにしておけよ」





「何だよお前も俺の恋路の邪魔するのかよ!お前と違って俺は寂しい独り身なんだよ!親友なら協力するのが筋だろ!」





怒る正弘に対し、





「真緒ちゃんって大人しそうでかわいい顔してるけど、怒るとめっちゃ恐いぞ。あと空手初段だ。並の男なら一発でやられるぞ」





冷静な顔で事実を伝えた。





「え?」





それまで調子のよかった正弘の勢いが止まった。





「それマジ?空手強いの?」





「はいっ!」





「は、はは・・・」





元気よく答える真緒の返事を受けた正弘は、力のない空笑いを出していた。











放課後、





「やっぱ佐伯は幸せもんなんだろうなあ」





「まあ、そうなるんだろうな」





帰途につくふたり。





昼休みに真緒は秀一郎に弁当を届けにやって来た。





「奈緒から預かったんです。ちゃんと食べてくださいね」





と、弁当箱を渡された。





もちろん、中身は奈緒の手製だった。





「意外だったのがその弁当の出来がよかったことた。見た目綺麗だったし、なにより美味かった」





「奈緒は料理得意だし、家事全般も一通りこなすからな」





「なんか負けた気がする・・・」





奈緒の弁当を見て、つまみ食いした正弘は妙な敗北感に包まれていた。





そのままたわいもない会話をしながら歩く。





「あ、おーいセンパーイ!」





突然正弘が手を挙げて誰かを呼ぶ。





すると、10メートルほど先の自販機の横にスーツ姿の男が立っており、軽く手を挙げた。





正弘と共にそのまま歩みよる。





「先輩お疲れ様です。いま仕事中ですか?」





「ああ、外周りみたいなもんだ。んでちょっとコーヒーブレイクな」





缶コーヒーを片手に笑顔を見せる。





(先輩ってことは、うちのOBなんだろうな。歳は、20代半ばくらいかなあ?)





秀一郎は男の外見からそんなふうに感じていた。





「君たちもなんか飲みなよ」





その男が小銭を取り出して自販機に入れる。





「いえ、いいっすよ。そんなつもりじゃなかったし」





「いいからいいから、こういう場面は年上が財布を出すもんなんだ。遠慮なく飲めよ」





「じゃあお言葉に甘えて、先輩いただきます!」





元気よく応える正弘。





「ほら、君もどうぞ」





「あ、ありがとうございます」





秀一郎も遠慮がちに自販機のボタンを押した。





(優しそうな人だな)





男の笑顔から、秀一郎はそんな第一印象を受けていた。





その後、男は正弘と少し会話をしていたら携帯が鳴り、





「じゃこれから仕事に戻るから」





と言って去って行った。





「ありがとうございます!またよろしくお願いします!」





正弘は男の背中に頭を下げ、秀一郎もそれに習った。





男の背中が離れると、





「なあ、あれ誰だ?ウチのOBか?」





秀一郎は正弘に尋ねた。





「ああ、映研のOBの真中先輩だ」





「そういやお前って映研だったな」





「先輩はたまに映研に来てくれるんだけど、マジで凄いぜ。部室の中で10分くらいカメラ回して、それをパパッと編集したらショートムービーが出来てるんだ。CG加工とか一切無しでさ。あのセンスはマジで凄いぜ。ありゃプロの仕事だ」





正弘の言葉からは、真中という男に対する尊敬の念が伝わってくる。





「じゃあ本当にプロとしてその世界で仕事してるのか?なんか普通のサラリーマンに見えたけど」





「その辺は聞いてないけど、いくつか作品は作ったって聞いたことある。プロなんじゃないかなあ」





「ふうん」





人込みの中に消えていく背中を追う秀一郎。





(映像のプロってもっと厳しいイメージあるけどなあ。なんか似つかわない優しそうな人だよなあ)





真中という先輩に対し、そう感じる秀一郎だった。




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