regret-3 takaci様

「ったく、勝手に抜け駆けしやがって」





「何が抜け駆けだよ。たまたま偶然会ってただけだよ」





放課後、正弘は秀一郎の部屋に押しかけていた。





正弘としては同じクラスになった沙織と何としても親睦を深めたいので、そのための策を秀一郎とふたりで練ろうという腹積もりだった。





だが偶然、秀一郎と沙織が屋上で仲良く会話しているのを目撃したことで、協議内容に若干の変更が余儀なくされた。





「とにかく去年に佐伯と桐山は知り合ってて、桐山はお前と友達になりたがってる。それでいいな?」





「まあそうだけど、で、若狭はどうすんだ?俺をきっかけにして桐山狙うのか?」





「いや、それは難しそうだなあ。たぶん桐山はお前に惚れてる。その間に入り込むのはちょっとなあ」





「は?桐山が俺に?なんでだよ?俺好かれるような事なにもしてないぜ」





「桐山が大切にしていたキーケースが壊れてそれを直した。好きになるには充分な理由じゃないかよ」





「そうかあ?あんなことちょっと気が回る男なら誰でも出来るぜ。そんな難しい加工じゃないし」





「お前は簡単にやっちまうからそう思えるだけで、実際出来る奴なんてほとんど居ないって。お前意外と鈍いなあ」





「んな事言われても・・・あの桐山だろ?それで俺を好き?なんかまるで実感沸かねえよ」





秀一郎が空笑いを浮かべていると、










「秀いる〜?開けていい?」





扉の向こうから女の子の声が届いた。





「ああ」





秀一郎が答えると扉が開き、





「はいこれおばさんから。あ、正ちゃんこんにちわ〜」





かなり小柄で元気の良さそうな女の子がトレイにお茶菓子を持って入ってきた。





少し童顔っぽいが整った顔立ちを持っており、ダークブラウンのセミロングヘアーが可愛さと活発そうな感じを連想させる。





「よっ奈緒ちゃん!それ制服?確か4月から高校生だよね?」





正弘が尋ねると、





「そうで〜す!あたしブレザー着てみたかったから嬉しい!」





紺のブレザーにライトブラウンのタータンチェックのスカートがよく似合っている。





「でも受験に失敗しなければ奈緒もセーラー服だったんだよな」





「秀は一言多いんだよっ!」





ぱこーん!





トレイを小テーブルの上に素早く置くと、側にあったマンガ雑誌を丸めてこれまた素早く秀一郎の頭を叩いた。





(奈緒ちゃんって確か佐伯の従姉妹だったはずだよなあ。かわいいけど性格キツいよなあ)





目の前の秀一郎とのやり取りを見ながら、正弘はそんな風に感じていた。





正弘が秀一郎の部屋まで遊びに来るようになったのは去年の春にクラスで友達になってからで、この奈緒という少女と知り合ったのもこの部屋だった。





この小柄な少女はとても明るく社交性が高い。





ただ口調や動作はやや活発過ぎる感もあり、キツイ言葉に圧倒されることも少なくなかった。





そんな奈緒に正弘は、





「そうだ奈緒ちゃんも聞いてよ、この佐伯の鈍感っぷりをさ」





秀一郎と沙織の今日の出来事を奈緒に話し出した。










奈緒はじっと正弘の話に耳を傾けていて、聞き終えると、





「それ古いキーケースの話だよね。あたし聞いた覚えある」





と言い出した。





「え、マジ?誰に聞いたの?」





驚く正弘。





「あ〜確か話したっけ。それで奈緒がグズッて、そうだ、それがきっかけで俺がタグ造るはめになったんだよ」





秀一郎は少し不満げな表情で隣に座る奈緒の胸元を指差した。





「あ、そうそう。これね」





奈緒はブラウスの中から細いチェーンで首から下げられたドッグタグを取り出した。





「それメッチャ苦労したぞ。形が悪いとか輝きがないとか散々文句言われて、俺はアクセサリーなんか造れないっつったのに無理矢理造らされてさ」





「うん、散々言ったよね〜。でもその甲斐あって満足なものが出来て毎日着けてるんだからいいでしょ?それにこれと同じようなもの、買うと高いんだよ」





「そりゃそうかもしれんけどさ」





(ん?)





ふたりのやり取りを目の前で見聞きしていた正弘は少し違和感を感じていた。





「ま、その女子がどう思ってるかは分からないけど、秀にその気がないから無理でしょ」





「ちょっと奈緒ちゃん、なんでそんな風に決め付けるのさ?桐山ってかなりレベル高いんだぜ」





正弘がそう口にすると、





「いくらどんなにかわいくても、きっかけがあったなら即座に行動しなきゃダメでしょ。もう半年前の話よ?今からじゃいくらなんでも遅すぎるよ。今のご時世で待ちの女なんてダメダメ」





ばっさりと切り捨てた。





(うっわ、やっぱキッツいな〜)





奈緒の鋭い言葉にやや引き気味になる正弘だったが、奈緒は全く気にせずに部屋の片隅に積んであった雑誌を取り出し、





「ねえ秀、今度ここ行こうよ?」





「どこだよ・・・ったく、お前はへんなとこが好きだよなあ」





やや呆れ気味の声を出す秀一郎。





(んん?)





正弘の違和感が疑問に変わる。





(あいつら見てるのデート情報誌じゃねえか。なんでこんなもんが佐伯の部屋にあるんだ?そもそもお前ら、近すぎないか?)





秀一郎と奈緒は顔が触れそうな距離で雑誌を見ている。





そして、





(んんん?)





決定的なものを見つけた。





「おい佐伯、お前の時計だけど・・・」





「時計?ああ、これか?」





秀一郎は左腕に着けている腕時計をかざした。





「その時計、ひょっとして奈緒ちゃんが着けてるのと・・・」





「あ、これ?」





奈緒も左腕を出した。





男物と女物でサイズや微妙な違いはあるが、同じデザインのシックなアナログ時計が並んだ。





誰が見ても分かる。ペアウオッチだ。





「これ、どうしたの?」





「この前、秀に買ってもらったんだ。ホントはリングがよかったんだけど、秀はアクセサリーの類は嫌いだし、学校で禁止で着けられないのもなんかやだし、その辺を考えてこれにしたんだ。時計なら禁止にならないしね」





奈緒は時計を視線を落としながらとても嬉しそうな笑顔を見せた。





正弘の疑問が確信に変わった。











「お前らって従姉妹じゃないのか?」





この言葉で、





「「は?」」





ふたりの口から同時に疑問符が飛び出し、





「ちょっと秀!あんたなに言ってんのよ!?」





奈緒が怒りの表情で秀一郎の胸元を掴んだ。





「ちょっと待て!俺はお前を従姉妹なんて言ったことはねえ!若狭はもちろん、誰にもだ!」





慌てて全否定する秀一郎。





「じゃあなんで・・・って、あれ?あたし・・・」





奈緒は掴んでいた右手を離して顎に人差し指を当て記憶を巡り、





「なんか言った覚えある・・・かも・・・って、あ、言った」





さっぱりした表情で事実を口にした。





「なんだよお前が犯人かよ!」





「ゴメンね。まだ付き合い始めた頃で正ちゃんとも初対面でちょっと照れがあったってゆーか、まあそんな時もあったね、ははは・・・」





笑ってごまかそうとする奈緒。










「ちょ、ちょっと待ったあー!!」





ここで遂に正弘が立ち上がり、ふたりの会話を制した。





「なんだよお前ら、話の内容から察すると、お前らは従姉妹じゃなくって・・・つ、付き合ってる、つ・・・つまり・・・こ、こい、恋人同士、ってことか?」





正弘は顔を赤くして、かなり動揺した口調で真相を確かめる。





それに対し秀一郎と奈緒はやけにあっさりした表情で、





「ああ」





「うん」





素直に認めた。





「なっ、なにぃーっ!?じゃあその・・・お前らは恋人同士がする・・・き、きっ・・・いやその・・・あの・・・」





さらに顔が赤くなり、動揺も大きくなって言葉もままならない。





それに業を煮やしたのが、





「なによお!男ならはっきり言いなさいよ!」





奈緒だった。





同じく立ち上がり、下から正弘をキッと睨みつける。





「ばっバカヤロ!そん・・・そんな恥ずかしいこと・・・言えるか・・・よ」





顔を背け、モゴモゴとそう言うのが精一杯だった。





「うっわ、最悪」





「な、なにぃ?」





奈緒の目の色はとても冷たく、かつ嫌なものをじとっと軽蔑の眼差しを見せていた。





「ひとりで勝手にエロ妄想で盛り上がって口に出来ないなんて典型的なムッツリね。なんか凄くキモい。最低」





正弘の心に容赦ない鋭い言葉の刃が突き刺さる。





「・・・・・」





しばらく固まり、





「・・・ちっくしょおおおおお!!!」





怒鳴りながら部屋を出ていった。





「お、おい若狭!?」





秀一郎が呼び止めた気がするが、構わず駆けていく。





勢いに任せて秀一郎の家を飛び出し、





「うおおおおおお!!!!!」





やり場のない怒りと悔しさを叫び声に込めて住宅街を駆け抜けて行った。




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