regret-2 takaci様
「佐伯くん、なんでここに?」
「俺は若狭を待っててさ。てか、俺の名前知ってるの?」
始業式の後のホームルームで自己紹介をさせるクラスもあるが、担任の黒川はさせなかったので新たなクラスメイトの顔と名前を覚える機会はなく、秀一郎も全然わからない。
今朝の正弘との会話がなかったら、桐山沙織という名前は知らなかった。
また沙織が秀一郎の名前と顔を一致させる機会はまだなかったので、沙織の口から自分の名前が出てきたことが意外だった。
そんな沙織は静かに秀一郎の側に歩み寄り、
「もちろん知ってるよ。だって・・・」
スカートのポケットから古いキーケースを取り出した。
「あたしの大切なこれを、直してくれた人だから」
優しくかわいい笑顔を見せた。
去年の秋頃、このふたりは出会っていた。
とある放課後、秀一郎が校舎の階段を上がっていた時、
「ん?」
上からこのキーケースが転がって落ちてきた。
自然に拾いあげたとき、女子生徒が慌てて降りてきた。
「お前のか?」
「うん。拾ってくれてありがとう」
「別にいいけど、これ壊れてるぞ」
「ええっ!?」
「ほら、鍵が外れてる。これお前のだろ?」
秀一郎の右手の上にはこのキーケース本体と、明らかにこの本体から外れたと判る鍵が乗っていた。
「本当だ、どうしよう・・・」
「えらく古くて使い込んだキーケースだな。寿命じゃないかな」
「そんな・・・でもそうかも・・・どうしよう・・・」
女子生徒の口調はかなり重い。
「大切なものなのか?」
「うん。お母さんの形見なの・・・」
「お母さん?」
その言葉に驚き、この女子生徒の顔に目をやると、
「うん・・・どうしよう・・・」
今にも泣き出しそうな表情だった。
それを見た秀一郎は改めて手にしているキーケースに視線を落とし、
「・・・ちょっと見てみるよ」
キーケースを開けて破損部分を確認した。
「・・・この留め金が壊れたんだな」
「直るの?」
「元通りには戻らない。けど多少見た目の雰囲気が変わってもいいのなら、何とかなるかも」
「本当?」
必死にすがるような目を秀一郎に向けた。
「お前、これから時間大丈夫か?ちょっとかかると思うけど」
「うん、大丈夫」
「よし、じゃあ行こう。付いてきてくれ」
秀一郎は引き返して階段を下りる。
女子生徒も秀一郎の後を追った。
ふたりが向かったのは、技術室。
秀一郎は技術担当教師に
、
「先生、材料少し分けてください。あと工具使わせてください」
そう断りを入れ、
「えーっと確かここにちょうど良さそうなステンレスの板材が・・・あったあった」
材料を手に取り、
「これでここを外して・・・」
工具を使って壊れた留め金を丁寧に外した。
そしてノギスで採寸し、形状を頭に入れてから材料を旋盤にセットする。
「よし・・・」
旋盤が動き出し、金属音を奏でながらステンレス材の形がみるみる変わっていく。
「よし、これであとは・・・」
大まかな形が出来た材料を旋盤から外し、リューター(電動ヤスリ)を使い手作業で最後の微調整をして、
「よし、これでOKだ」
新たに造った留め金を丁寧にキーケースにはめ込んだ。
「ほらよ。新たに造ったところだけ光沢の具合が違っちゃったけど、キーケースとしては使えるはずだ」
女子生徒に手渡すと、
「わあすごいすごい!壊れた部品を一から造って直しちゃうなんて・・・」
感激してとても良い笑顔を見せていた。
「壊れた部品そのものに手を入れて直すことも出来なくはないけど意外と手間かかるしまた壊れる可能性も高いんだ。それならその部品そのものを一から造ったほうが手っ取り早いし
楽で確実だ。そんなに難しい形してなかったしね」
そう説明している時に、ポケットの携帯がメール着信を知らせる。
おもむろに携帯を取り出し確認すると、
「あ、いけね!すっかり忘れてた!」
「えっ?」
「ゴメン俺急ぎの用事あるからもう行くから。じゃあな」
「あ、あの、お礼・・・」
「そんなのいいって!俺急ぐから。じゃあ大切に使ってくれよ!」
と、秀一郎は慌ただしく技術室をあとにした。
結局この女子生徒の名前すら聞いてなかった。
「あの女子とまさか同じクラスになるなんて、あの時は思わなかったよ」
「あたしあの後に佐伯くんのこと、技術の先生に聞いたんだ。本当は出来るだけ早くお礼に行きたかったんだけど・・・ゴメンなさい」
「いや、別にいいって!ホントに簡単に造っただけだからさ」
「技術の先生言ってたよ。佐伯くんの腕前は学年トップレベルだって。だから理系に行かなかったのはとても意外だよ」
「みんなからもそう言われてるよ。けど、やりたいことがあってさ」
「やりたいこと?」
「ああ・・・」
秀一郎は再び空を見上げた。
「ウチの親って小さな部品製造会社やってるんだよ。で、俺が中2のときかな。仕事のトラブルで訴えられたんだ」
「訴えられた?」
驚く沙織。
「ああ、訴えられるなんて経験初めてだから家族全員慌てたよ。でもこっちに非は無くってさ。でもそれをどうやって分かってもらうか凄く悩んで・・・で、そんなウチを助けてくれたのが弁
護士の先生だったんだ」
「弁護士?」
「本当に凄いと思った。もうこじれにこじれてどうにもならなかった話をうまくまとめて、結局和解出来たんだよ。もう絶対に解決は無理だと思ってたんだけど、簡単に解決しちゃったんだ。
それを目の当たりにしたらさ、俺もそんな事が出来る大人になりたいって思ってさ・・・」
「じゃあ、夢は弁護士?」
「まあ、な。簡単になれるものじゃないけど、その道を目指したいんだ。だったらまずはどっかの法学部に行くのがセオリーだろ」
「佐伯くんってやっぱり凄いね。もうしっかりとした将来の道を決めてるなんて。あたしなんて全然だよ」
「けど桐山って成績いいんだろ?ならいろんな道が選べていいんじゃないか?」
「そんなことないよ。それに成績なんて良くても、それで学校が楽しくなるわけでもないし・・・」
そう話す沙織の表情が暗くなる。
「桐山?」
「あたし人付き合いが苦手で友達少ないんだ。前のクラスで仲良かった子はみんな他のクラス。だから寂しいし、ちょっと不安なんだ」
「そっか。でも馴染んで行けば自然と話す相手出来るって」
「そう、かな?」
「ああ。それにもし誰も居なかった時は、俺でも良ければ話相手になってやるよ」
「本当?あたしと友達になってくれる?」
「ああ、俺なんかでも良ければな」
「ありがとう。凄くうれしい。あたしなんか明日から学校が凄く楽しみになったかも」
無邪気な笑顔を見せる沙織を見て、
「大袈裟だな」
と言いつつもこちらも笑顔になる秀一郎だった。
その後沙織は部活があるとの事で屋上をあとにした。
(女子の友達か。この学校じゃ初めてになるかもな・・・)
自然と笑顔がこぼれる秀一郎。
「佐伯テメエ・・・」
「ん?なんだ若狭か。やっと終わったのか?」
屋上の入口に正弘が立っていた。
かなり不機嫌の色を浮かべて。
「どうしたんだ、なに怒ってんだよ?」
「俺の知らないところで勝手に桐山と早速仲良くなりやがって、お前って奴は・・・」
「ぐ、偶然だって。さっきたまたまここで一緒になって少し話しただけだって!」
「あのめったに笑わない桐山がすげえ上機嫌な笑顔で階段下りてったぞ!てめえ桐山に何したんだ!?」
「だから何もしてねえよ!とにかく落ち着け!」
放課後の学校での青春のひとコマであった。
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