regret-1 takaci様
ピリリリリ・・・ピリリリリ・・・
カーテンの隙間から柔らかい朝日が差し込む静かな部屋に電子アラーム音が鳴り響く。
ベッドの中からモゾモゾと手が伸び、音源の目覚まし時計のボタンを止めた。
「・・・朝か。なんかだるいな・・・」
寝起き間もない頭はぼんやりとしか動かない。
♪〜〜♪♪
今度は携帯が鳴った。
そのメロディは主にメール着信を知らせる。
持ち主は緩慢な動作で携帯を手に取り、画面を覗き込んだ。
「あいつは朝から元気だな・・・そっか、今日から学校だったな・・・」
重い気分の要因に気付いてさらにやる気が無くなるが、このままベッドでのんびりしていられるほどの時間の猶予はない。
少ない気力を奮い起たせてベッドから抜け出し、ゆったりとした動作で部屋から出ていった。
4月。
今日から新しい学期、新しい学年が始まる。
生徒が学校に着いてまず最初に確認することがある。
他の生徒もその確認作業のため校舎の一角に集まっており、賑わいを見せている。
「6組か・・・」
クラス分けを表示する大きなボードの中に、自分の名前を確認した。
佐伯秀一郎
そして秀一郎は他の知った名前を捜し始めた。
「ふーん、まあ予想通りのクラス分けだな・・・」
それが秀一郎の感想だった。
「よっ、佐伯!」
「おお、若狭か」
振り返ると、友人であり去年のクラスメイトが立っていた。
「今年も同じクラスだな。また一年よろしくな」
「おお、そういやそうだったな」
秀一郎は友人の挨拶を受けて、また改めて掲示板を見上げた。
若狭正弘
秀一郎と同じ6組にこの友人の名前があるのを確認した。
「しっかし面白くないクラス分けだな。旧3組は大体が新3組だぞ。俺達は小数派だな」
正弘がそう感想を言うと、
「それだけ文1を選択する奴が多かったってことだな。それよりお前がマジで文2を選んだことが俺には驚きだ」
秀一郎は皮肉めいた顔を正弘に向けた。
高校のクラス分けは選択科目で決まる。
秀一郎の通う泉坂高校は1年から2年に進級する際、大きく3つに分けられる。
まず文系と理系。
そして文系は私立四大、短大希望の文1と国公立四大希望の文2が選択出来る。
1組から4組が文1で5組から7組が文2、8組が理系クラスになっている。
秀一郎は1年3組だったが、クラスメイトの大多数は文1を選択して2年3組の半数以上を占めていた。
逆に文2を選択した元クラスメイトは少なく、知っている名前はまばらだった。
簡単に言えば文2は文1よりレベルが高く、成績の良い生徒が集まる傾向にある。
正弘の成績は全体でも低い方なので、友人の秀一郎でなくても文2の選択は意外に思えた。
「確かに俺は佐伯より成績悪いさ。でも俺からすれば佐伯が文系選択したほうが意外だ。お前は理系に行くと思ってたからな」
「まあな、けど俺なりに考えがあるのさ」
「とにかく楽しくやろうぜ。幸い目当ての女子も一緒のクラスになったからな」
「女子?」
正弘のこの言葉に反応した秀一郎。
正弘は獲物を定めた獣のような眼を輝かせ、
「桐山が同じクラスだ」
笑みを浮かべて掲示板を見上げていた。
「桐山?」
秀一郎は初めて聞く名前だった。
改めて掲示板を見ると、確かに6組に名前があった。
桐山沙織
「お前、桐山知らないのか?」
ふたりは6組の教室に入ると、真っ先にその話になった。
「知らないって。他のクラスの女子で名前知ってる奴なんて居ないって」
それが秀一郎の事実だった。
「全くお前は何のために共学の高校に来たんだよ・・・かわいい女子の名前は押さえておこうぜ」
呆れる正弘。
「ってことは、その桐山って女子はかわいいのか?」
「俺達の学年じゃかなりレベル高いぜ。おまけに成績優秀。ただ人付き合いが苦手で友達は少ない。男子の友達なんてゼロだそうだ」
「お前、そんな女子とどうやって仲良くなるつもりだ?ハードル高くないか?」
「そこで同じクラスメイトって状況を活用するのさ。これから毎日顔を合わせるんだ。親しくなるきっかけはいくらでもやってくるさ。お、噂をすれば、あれが桐山さ」
正弘が後ろの扉を指差したので自然とそこに顔が向く。
「ん?」
すっと長い黒髪がまず眼に入った。
正弘の言う通り、確かに整った顔立ちをしており
どこか上品な感じに見える。
だがそれよりも先に、
(あの子・・・)
ガラッ
「おーいこれから始業式だ。全員体育館に行けー」
「はあ・・・これで担任が黒川先生じゃなかったらよかったのになあ・・・」
ガクッと落ち込む正弘は、秀一郎の表情の変化に気付かなかった。
(正弘あいつどのくらい時間かかるのかなあ・・・放課後付き合えって、どこ行くつもりだあ)
今日は始業式のみで授業はない。
ただ正弘が、
「放課後付き合え。俺ちょっと部活に顔出して来るからちょっと待ってろよ」
と言われたので、屋上で時間を潰していた。
「・・・」
何も考えず空を見上げて雲の流れを追う。
秀一郎はここからのこの眺めがお気に入りだった。
待っている時間は主観的には「ちょっと」を越えている気もするが、今はさほど気にならない。
ガチャン
鉄の扉が開く音が耳に届いた。
反射的にそちらに目を向ける。
「桐山?」
入口に今日からのクラスメイト、桐山沙織が立っていた。
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